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6.隣で会話

「え、この図書館に住んでたの?」

 お笑いライブを見に行った次の土曜日、休みということからリンは昼ご飯を食べてすぐにいつもの図書館に来ていた。何も変わらない図書館だけど、いつもと違うのはリンがエプロンを着て、完司の隣に立っていることだ。

「うん。高校通ってた時。親と上手くいってなくてさ。しばらくここに寝泊りさせてもらってたんだ。今はアパート借りて一人暮らししてる。」

 土曜日ということでいつもより人は多い。しかし、休みということで図書館の中でまったりする人が多く、カウンターでの仕事はそれほど多くない。そのことからリンと完司は小さい声で雑談している。

 それを見越してからなのか、浦田さんはちょっと外に出てくる、と言ってリンにエプロンを預けて姿をくらましてしまった。

「浦田さん、どこ行ったんだろうね。」

「悪いな、リン。」

 完司はリンとこうしてカウンターにいることに幸せを感じ、少し戸惑っているリンに感づかれないように一応謝罪した。それにしても今話がとんだな。

 あのお笑いライブ終了後、夜ご飯を食べに行った日からリンが少し打ち解けてくれているように完司は感じていた。その証拠に、一度は遮られた願いだったタメ口で話してくれるようになった。でも相変わらず

「ううん。浦田さんは完司君にとってお父さんみたいな存在?」

 『君』呼ばわりのままだけど。ま、いっか。

「みたいっていうか、本物の親父より親父っぽいけどな。」

 嘘じゃない。完司は今も親父のことが好きになれず、ずっと連絡もとっていない状態なのだ。

「そうなの?」

「うん。」

「あ、こんにちは。」

 少し気まずそうになったリンは、本を借りにきた小学生が来てホッとしたように見えた。さすがというか、手続きのやりとりを教えたつもりはないけど毎日来ているだけのことはある。特に教えることもなく淡々と、間違えることなくカウンターの仕事をこなす。

「「・・・・・・。」」

 小学生が帰ると沈黙になった。リンはさっきとは話題を変えようと思ったものの、新しい話題が浮かばなかった。

「気まずさを感じる必要はないから。」

 その様子を察して完司が言う。

「昔は本当に仲悪かったけど、今は普通の話くらいはしようと思えばできるから。」

 “しようと思えば”つまり、あまり話したくないと言うことか。

「昔はどう接すればいいのかわからなかったんだ。ずっと親父から逃げてた。高校も行く気にならずにサボってフラフラしたりして。でもそのおかげで浦田さんに出会えたんだけどな。最初は浦田さんのことも受け入れなかったけど、今じゃ感謝してるよ。」

 会話の始まりは、なぜここで働いているのかだった。リンもアルバイトを始めようと思って、どういう経由でこの図書館で働くことになったのかを聞いてみたのだ。しかし、アルバイトだと思っていた完司は立派な職員で司書の資格も持っている。完司が言うには「気付いたら浦田さんに促されて取ってた。」らしいけど、完司の想いがないと取れないものだと思う。

「まぶしいなぁ。」

「え?」

「私、将来の夢がなくて。」

 また話がとんだ気がする。まぁ女の子の話ってそんなものだよな、と完司は心の中で納得する。

「図書館も好きだし司書だって素敵だと思うけど、自分がなりたいかって思うと何か違うんだよね。」

 特に理由はない。でも、リンは自分ががやりたい仕事とは違う気がしていた。

「まぁなりたい職業もその理由もハッキリしている人はリンぐらいの高校生だとそう多くないと思うけどな。」

 資格思考の強くなっている今の世の中、大学のカリキュラムにあるしとりあえず取っておくか、という気持ちで司書の資格を取得している人は少なくない。でもその中で資格を利用している人はどれだけいるのだろう。

 リンは完司の言うことももっともだと納得している。進路のことで迷っている人は同じ高校にもたくさんいる。でも、いつも一緒に居る彩女の希望進路が固く決まっているのでどうしても焦りが生じてしまう。彩女がヘアメイクの勉強をしたい理由は「好きだから」。単純に思える理由だが、一番大事な理由だと思う。

「アルバイトすんのはいいんじゃねぇ?きっと新しい世界が見えてくるよ。」

「ここで雇ってあげられたらいいんだけどねぇ。」

 いつの間に帰ってきたのか、そして背後に回っていたのかわからないが、突然浦田さんが会話に入ってきた。

「でも今日はちゃんとアルバイト代渡すからね。」

「とんでもないです!ほとんどここに突っ立ているだけなんで。」

「若者が遠慮するんじゃないの。」

「でも・・・」

 リンの次の言葉が出てこない。浦田さんの勝ちだ。

「そ、くれるっていうんだから貰いなよ。自分が望んでいなかったとしても、今俺が助かってるのは事実だから。」

 嘘じゃない。正直いつ居なくなるか分からない浦田さんにカウンターを任せるよりも、リンにカウンターを任せたほうが安心して本棚の整理なんかができる。浦田さんの言うとおり、リンをアルバイトとして雇いたいくらいだ。

 だけどここは図書館。学校にある図書館じゃなく公共の図書館は国立だと都道府県、それ以外だと市区町村によって管理されていて、自営業みたいに「あと一人雇おう」とか勝手にすることができない。

 ここはそんなに利用者が多いわけじゃなく、経費削減とかで司書として勤務しているのは浦田さんと完司のみ。他にはパートの掃除のおばさんがいるくらいで、休む時には代理の人がどこからともなく派遣されてくる。だけど正直一人くらいはアルバイトを雇って欲しいとは前々から思っていた。

 仕事は本の貸し借りを行うだけでなく色々ある。毎日ぐちゃぐちゃに並び替えられる棚の本を整理し直し、新しい本の購入も膨大なリストから選ぶ。専門書もどれくらい購入したらいいのか頭を悩ませるし、本の場所を聞かれて案内する間にカウンターに人が並んで不機嫌そうな顔をされることもある。あの雑誌も置いてという利用者をなだめたり世間話に付き合ったり・・・・世間の皆さんが思っているよりは意外と忙しい職業なのだ。いつ居なくなるかわからない浦田さんとよく二人で成り立っていると思う。まぁいつ居なくなるかわからないことを除いては浦田さんは優れた司書だと思うけど。

 それはさておき、リンのアルバイト代というのはおそらく浦田さんのポケットマネーから出されるのだろう。仕事をしていないのだからそれくらいは当然だと思う。


「いいのかなぁ。」

「まーだそんなこと言ってる。」

 今日もリンを駅に送りながらリンのぼやきを聞いた。お笑いライブに行った次の日からも毎日図書館にくるリンを駅に送るのはほとんど日課となっていた。最近真っ暗になってから帰ることはなくなったものの、館内に人が少ない時は浦田さんの配慮で駅まで送ることとなっている。帰りには浦田さんに頼まれたパンをちゃんと買って帰るので、リンも遠慮しなくなった。

「だって、結構入ってるよ?」

「自給千円とか普通だろ?」

「高いと思う。」

 福岡にいる時に飲食店やコンビニでアルバイトの募集を見たことあるが、高校生の自給なんて六百八十円とかだ。今日は六時間手伝ったのだが、福岡でアルバイトした時と比べると収入が二千円近く違う。だけど東京で生まれ育った完司にとって、その感覚は理解できないであろう。

「そういえば、完司君っていくつ?」 

 また話がとぶ。でも完司はもう慣れた。

「今年で成人になりました。」

 ということは二十歳。

「へぇー。」

 納得したようにリンが反応する。

「丁度それくらいに見える?」

「うん、お兄ちゃんお姉ちゃんと一緒。それくらいかな、と思ってたから。」

「兄と姉がいんのか。・・・・ん?双子?」

 “お兄ちゃんお姉ちゃんと一緒”ということはそういうことだよな。

「うん。」

 リンは笑顔で返事する。きっと二人のことが大好きなのだろう。リンと知り合って約半月、初めてリンの口から家族の話題が出る。

「上の二人は大学?福岡に居るのか?」

「うん。二人共実家から通ってるよ。」

 初めてコウからリンのことを聞いた時、福岡出身だということも割と最近転入してきたらしいということも聞いていた。でも、聞いていただけだった。

「 “実家から”・・・・・?」

 何か引っかかる違和感があった。

「お前、今一人暮らしなの?」

 東京に来たのは親の仕事の都合だとばかり思っていた。大学生である上の二人が福岡にいることもおかしいことではないし、家を売らずに置いているならその家から通うのもおかしくはない。だけど親が東京に来ているのなら福岡の家は今“実家”とは言えないんじゃないか?


 ヒュウッ


 突然の強い風が二人を通り過ぎていった。リンの髪の毛はうなじが全部隠れるくらいの長さで、結ぶほどの長さはない。その髪の毛がリンの顔を覆い、表情が見えなくなった。

 風が止んだ頃、リンの髪の毛は少し乱れていたけど表情は充分に見て取れた。


 笑ってはいたけど、悲しそうな笑顔をしていた。

 初めて見るリンの表情に、完司は金縛りにあったように何の反応もすることが出来なかった。

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