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5.浦田さんワールド

「ごめん、待った?」

「いえ、今来たとこです。」

 まるでカップルのような会話にどくん、と胸がなり「俺は中坊か!」と思わず俺は心の中で自分につっこんだ。

 だけど今まで付き合った時は女の子の方から告白してきてくれたので、自分が先に好きになるのは少し変な感覚だ。

 さて、何でこんな展開になっているのかというと、話は昨日にさかのぼる。


「若いっていいねぇ。」

「☆○■★▲□!?」

 リンの背中をずっと見ていた俺はいきなりの浦田さんの声に驚き、声にならない声を出した。いや、でもそれでよかったかもしれない。静かな館内を乱すことにならなくて良かった。なんて図書館バカな俺。そしてそんな俺を無視してカウンターごしに本を返却するおばさんに挨拶をする浦田さんがひどく落ち着いて見える。

 って、今の俺バッチリ見られてた!?

 また全身が熱くなる。案の定、バッチリ見ていたみたいで、おばさんとのやり取りを終えた浦田さんは俺の方を向いてニッコリ笑った。


「え、もう帰るのかい?」

 リンが「今日は早めに帰ります」と言ってカウンターに居る浦田さんに挨拶をした時、浦田さんは「まだ帰らないで」という反応をした。

「えっと・・・何か都合悪いですか?」

 思わず戸惑うリン。

「もう暗いよ。完司君に送らせるから、ちょっと待って。」

「え、とんでもないです。」

 リンは昨日送ってもらったことに少し申し訳なさを感じ、今日は早く帰ろうと思っていた。しかし、東京のほうが福岡よりも日が暮れるのが早いことを忘れていたため、気付けば外は暗くなっていた。

「危ないよ。」

「でも・・・・」

 昨日は閉館後だったからまだしも、今日は閉館までまだ時間がある。そんなに迷惑をかける訳にはいかない、とリンは躊躇している。

「いいのいいの。いつもはこの時間駅に朝ごはんのパンを買いに行くんだけど、今日は完司君に買ってきてもらうから。」

 浦田さん、ナイス・・・!

 本を棚に並べながら聞こえてきた会話に俺は思わずガッツポーズをする。

「やっぱり、悪いですよ。」

「いいよ、遠慮すんな。」

 嬉しいのを勘付かれない様、完司はカウンターへとさりげなく近付く。

「じゃぁ完司君よろしく。あ、それとコレ。」

 浦田さんがエプロンのポケットをごそごそとあさり、紙切れを取り出した。

「知り合いにもらったんだけど、私は興味ないから完司君と一緒に行っておいで。」

 そう言って取りだされたのはお笑いのチケット二枚。

「次の月曜日、学校終わってから暇かい?」

「今のところ予定はないですけど・・・。」

 何のチケットか確認できないまま、リンはただ浦田さんの質問に答える。

「じゃ、よろしく。」

 浦田さんは有無を言わさずにリンの手にチケットを渡す。その光景を見ながら俺はビックリ仰天していた。

 浦田さん、あなたお笑い大好きじゃないですか!昼間とか人が少ないときに仕事を全部俺に任せて控え室でしょっちゅうお笑いのDVD観ているじゃないですか!そしてたまに笑い声を館内に響かせて俺が気まずい思いをしたりしているじゃないですか!!

 と、心の中で叫ぶだけにしておいた。浦田さん、アンタ最高です。

「そうと決まったらいざと言うときの為に連絡先交換しておきなさい。」

 アンタ呼ばわりしてすみません!それにしてもすげぇ、浦田さん。

 これからは浦田さんが笑い声を館内に響かせても、怒鳴らずに優しく注意しようと思います。

(浦田さんの笑い声よりも完司の怒鳴り声のほうが気まずい雰囲気を漂わせていることに完司は全く気付いていない。)


「あれっ?」

 お笑いの会場に辿り着き、座れる場所を探していると見覚えのある桜色が見えた。

「コウ?」

「嘘っ!?」

 俺は思わず嫌そうな声を上げてしまった。

「リン!それに完司も・・・・。ハーン、今日用事があるからと俺の誘いを断ったのはこういう理由だったのか。」

 コウが少しニヤニヤしながら言う。昨日の夜リンを駅まで送り、自分の家に帰ると、コウから電話があった。今日出かけようと言う誘いだったが、もちろんリンとの約束があるので断った。まさか同じ行き先とは思わなかったし。

「こっちの方が先約だったんだよ!それに浦田さんがどうしてもって言うから・・・」

 言ってないけど、そういうことにしといてくれ。

「わかったわかった。」

 コウが笑いをこらえながら言う。

「コウはお笑いがすきなの?」

 いつの間にかコウの隣に座っているリンはコウに話しかけ始めた。

「ん?嫌いじゃないよ。でも今日来たのは美容院の先輩の知り合いが出るからなんだ。」

「じゃあ、今日はその先輩と来てるの?」

 何か俺と話す時よりリラックスしているように見えるのは気のせいか?

「それがいきなり昨日体調崩しちゃってさ。代わりに誘った完司も駄目だったし、他のメンバーと来てるよ。今トイレに行ってるけど。」

「え、今日バイト入ってなかったんだ。」

「偶然な。」

 今日は月曜日。完司の勤めている図書館とコウの勤めている美容院は定休日だ。だけど、他のメンバーはアルバイトをしていて、決まった定休日がないので突然誘って捕まることが滅多にない。

「おっ、完司じゃん。と・・・・誰?完司の新しい彼女か?」

 話をしていると噂のメンバーが現れた。

「違う!図書館の常連さんだよ!」

 と言っても先週初めて来たばかりですが。

「高須リンです。」

 リンはその噂のメンバーのオレンジ色の頭から視線が離れないまま軽く自己紹介をした。

「どうも、(らい)です。ギター担当、宜しく。」

 そう言って雷は手を差し出した。リンも特に抵抗することなく握手に応じる。雷は人見知りをしない性格で、相手が緊張していようがすぐに打ち解けることができるタイプだ。俺は二人の握手を見ながら何だかモヤモヤっと少し嫌な気分がした。

「俺も高校生だよ、高二。」

 雷がリンの制服姿を見て高校生だと気付く。

「あ、私もです。」

「タメなんだから、敬語なんて使うなって。」

「あ、はい。じゃない、うん。」

「俺らの知り合った時と同じような会話だな。」

 リンはコウと雷の三人で盛り上がり始めた。しまった、出遅れた。俺とはそんな会話なかったなんて拗ねてる場合じゃねぇ。浦田さんの影響からか、名前を「君」付けで呼ばれて、ずるずると敬語を使われている関係から抜け出すチャンスだ。

「俺にもタメ口でいいから・・・」

 全部言い終わる前に明かりが落ち、俺の言葉は黄色い声にかき消された。お笑いのライブが始まってしまったのだ。

 何てタイミングの悪い・・・。

 ライブはそれなりに楽しかったけど、俺が終始落ち込んでいたのは言うまでもない。


「もうこんな時間だし、飯食いに行こうよ。」

「いいねぇ。」

 ライブ会場を後にしながら雷の誘いにコウがのる。ライブが終わった夜八時ごろ、確かにお腹は空いている。

「リンは?」

「行こっかな。」

「よし、決まり♪」

 おい、俺の意見は!?と思ったけど、断るつもりは別にないので黙って付いていく。こういう時は雷のバイト先のうどん屋に行く流れだ。そのうどん屋に着くまでリンはほとんどずっと雷と喋っていた。もちろん俺やコウとも喋ったけど、同じ高校生同士、話も合うのだろう。そんな二人を複雑な気持ちで後ろから見つめていた。


「あれぇ?みんなそろってどうしたんだ?」

 うどん屋に入ると驚きの声を上げる空色の頭の男が居た。

「何、この偶然は。」

 コウも驚きの声を上げる。

「今日も食いに来てくれたのかよ、毎度♪」

 雷が嬉しそうな顔をしている。

「先輩が奢ってくれるって言うからさ、天ぷらも頼んだぜ。で、その子は誰?」

 雷と同じようにリンに反応する。

「高須リンです。完司君の勤め先の常連です。」

 おぉっ、自己紹介が少し長くなった。しかも俺が言った言葉を足して。

「へぇー。浦田さんいいおっちゃんだよなー。」

 ユキが自分の横の座席を勧めながら浦田さんの名前を出す。そうとも、浦田さんはいいおっちゃんだ。

「ですね。」

 リンが少し微笑みながら返事をする。

「ユキ、ユキの自己紹介がまだだよ。」

 ユキの隣に座ったコウが促す。

「あ、そうか。失礼。幸雄(ゆきお)です。ユキって呼んで。」

 雷がユキの頼んだと思われるうどんと天ぷらを運んできている。

「これでバンドのメンバーが全員揃ったな。」

 テーブルにうどんと天ぷらを置きながら雷が言った。

 本当だ。しかもこんな偶然で。一体どんな糸で結ばれているんだ、俺らは。

「全員で五人なんですね。」

 リンはほのぼのと言う。

「「「「・・・・えっ?」」」」

 四人の反応が一緒だった。

 五人!?俺、コウ、雷、ユキの四人なんですけど。

「いや、俺は違うから。」

「!?」

 全然視界に入っていなかった場所から声がして驚く。

「あ、この人は俺のバイト先の先輩。」

 ユキが説明する。

「リン、ナイスボケ。」

 雷がつっこむ。

「本当、面白ぇやつ。」

 コウがくくっと笑う。

 どうやらユキの先輩が視界に入っていなかったのは俺だけらしい。

「あ、失礼しました!」

 少し顔を赤くして照れているリンがいつもより可愛く見えた。

「いやぁ、ビックリした。」

 ユキの先輩も笑っている。


 それから帰るまでは笑いが全然絶えなかった。

 リンも今日はよく笑っている。


 この笑顔がずっと続けばいい。


 リンの笑顔を見ながら、俺は強くそう思った。


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