4.芽生えた気持ち
「マジか!?」
お昼休み、みんながご飯を食べている教室の中に彩女の声が響いた。
「そっかぁ、でも佳澄意外と成績いいしなぁー」
「『意外と』は余計だ。」
言っちゃ悪いが、リンもビックリした。
何の話かというと、進路の話。もう春も近づいている今、高校二年生の終わりのリン達は自分の将来について具体的に考えなくてはいけない。
「親が金のかからないとこしか無理っていうし。」
進路に合わせて三年のクラスは分けられる。一応二年生である今も大まかに理数系と文系に分かれているが、三年はそれに加えてそれぞれ国立クラスと私立クラスに分けられる。
佳澄の親の言う、金のかからないとこ=国立・県立の大学を指すのだろう。
「だから国立クラスの希望になる。」
「そっかぁー、三年も同クラになれるいいなって思ったのになぁー」※同クラ=同じクラス
「ごめん。」
「いや、謝んな。仕方ねぇよな。」
彩女はヘアメイクの専門学校を目指しているため文系の私立クラス希望となる。同じ文系とはいえ、国立希望の佳澄とは違うクラスになることが決定したのだ。仲のいい二人が寂しくないわけがない。二人とも少し暗い表情になった。
「とかしんみりしたのに、成績であぶれたりしてぇー」
暗い顔から一転、いじわるな顔で彩女が佳澄をからかう。
「言うな。シャレにならん。」
さっき成績がいいとか言っておきながら真逆のことを言うのは不思議だが、暗い雰囲気が続かなかったことに安堵の息が漏れる。
「タカスンは?やっぱ国立?」
最初からわかっているかのように彩女が質問してくる。
「うん、一応。」
リンは昼ご飯の菓子パンを食べながら返事をする。今のところ行きたい大学も学部もないけど、将来の選択肢を広げるために国立コースに進む予定だ。
「何か先コーが言ってたらしいよ。この学校始まって以来の快挙があるかもって。」
「へ?」 ※先コー=先公。先生のこと。
佳澄が何やら不吉なことを言う。
「職員室に行ったやつが聞いたって。タカスン、前行ってた学校、超進学校だったんだって?」
「マジ!?あ、でも、っぽいねー」 ※っぽい=それっぽい
どこ情報か知らないけど、先生達そんなこと話していたのか。
「『超』がつくかは知らんけど、一応進学校だったかな。でも、バリバリ勉強して入った学校だし、学内の成績は下の方だったから、そんなに期待されても困るっちゃけど。」
「『ちゃけど』!?」
「タカスンの方言初めて聞いた気がする!」
思ってもいない反応が起こる。
「あ、『ちゃけど』って方言なんだ。知らなかった」
「福岡って方言強いイメージあんのに、タカスンあんま使わないよなぁー?」
「ドラマとかですげぇのにな。」
やっぱりテレビの影響って大きいんだな、とリンは感じた。
「でもテレビでよく聞くような方言、若い世代はあまり使わないよ?」
「「マジか!?」」
二人の声がハモり、さっきの彩女の時より声が大きく教室に響いた。リンにとってはそこまで驚かれたことが驚きだ。リンはテレビでよく聞くような強い方言を使う人は若い世代では今まで会ったことがない。実際にはいるかもしれないし、地域によって方言もさまざまだから断定はできないが。
「方言って憧れるよなー」
「そうなんだ。」
方言のある地域で生まれ育ったリンには理解できない気持ちだった。
結局その昼休みは方言の話で盛り上がり、リンの通っていた高校の話は流れた。それに
少しホッとした自分にリンは気付いていた。
元々皆が思っているほどの方言を使うわけじゃない。でも、方言が抜けてきているのも否定できない。
・・・ううん、自然に抜けてきているんじゃない。きっと意識的に使わないようにしているんだ。
あのことを思い出さないように。
「こんにちは。」
放課後、今日も図書館へと立ち寄った。今日は昨日入り口で出会った二人に会うこともなく、まっすぐに中へと入る。本を返却するカウンターには完司がいた。
「おっす。もう読んだんだ!?」
「はい、一冊だけだったですし。」
挨拶とともに会話が始まる。
「でも昨日帰るの遅かったのに。睡眠時間削って読んだのか?」
「授業中寝てるから平気・・・」
途中でハッとして言葉を止めた。完司がオイオイ、という顔をしている。
「じゃなくて授業と授業の合間にね。」
ヘヘッと笑いながら言い直すが、誤魔化せるわけもなかった。
「まぁいいけど。でも意外だな。」
リンの返却した本をチェックしながら完司はボソッと言った。
「へ?何がですか?」
「授業とか真面目に聞きそうなタイプなのに。」
『真面目』。確かに見た目はそういうタイプかもしれない。髪は染めていないから真っ黒だし、化粧はしていない。スカートも買った時のままの長さで膝が見える程度。同じ高校の、髪を茶髪に染め、バッチリ化粧をして元々長くないスカートをさらに短くしている子達と比べると優等生に見えるだろう。
でも、福岡の制服はセーラー服でスカート丈は膝下だったから、ブレザーのスカートだけでもリンにとっては十分に短いと思ったのだけれど。
「見掛け倒しですよ。」
リンの口から少しトーンの低い声が出た。完司が「えっ?」と顔を上げる。
「お勧めの本何かあります?」
完司の反応を無視してリンの視線は他の人から返却された本の方にある。
「あ、これ、最近映画化した。」
さっき戻ってきたばっかりの本を完司が差し出す。携帯小説として話題を呼び、最近映画化した作品らしい。
完司から本を受け取りパラパラとめくる。携帯小説が原作ということで文章が横書きで書いてある。最近は珍しくないらしいけど、携帯小説を読まないリンにとっては不思議な感じがする。
めくり終わって表紙を閉じると後ろ表紙に書いてあるあらすじが目に入った。
『こんなに人を好きになったのは初めて。だけど、彼が突然留学することになり・・・・・・100万人が泣いた感動のストーリーがついに書籍化!!』
リンの表情がみるみる暗くなっていくのを完司は見逃さなかった。
「リン・・・・?」
不安になって思わず声をかけるけど、リンの視線が完司の方を向くことはなかった。
「ごめんなさい、こういう純愛ストーリーも横書きで書いてあるのも苦手なんですよ。」
そう言ってリンはカウンターの上に静かに本を置き、完司に背を向けて歩き出した。歩く先には昨日借りた本と同じジャンルである推理小説が並んでいる。リンは何事もなかったかのように読む本を選び始める。
完司は向けられた背中からしばらく眼を離すことができなかった。頭の中にはさっきのリンの暗い表情がずっとこびりついている。
(俺じゃ、力になれないのかな。)
完司は昨日の夜の胸の高鳴りを思い出した。やっぱり気のせいなんかじゃなかった。
(やべぇ、俺)
また自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
(リンのこと、好きになったかも。)
自分の気持ちに気付くと恥ずかしさがこみ上げてきて全身が熱くなった。
もっと近づきたい。
さっきのような暗い顔をさせる原因から救ってやりたい。
本を返しに来た人が困ったようにカウンターの前に立ち尽くしていたが、完司はどうしてもリンの背中から視線を外すことが出来ずにしばらく気付くことができなかった。