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3.図書館へ行こう

「図書館の場所を教えてもらっただけかぁー」

「まぁキモくはないけど、優等生タイプのタカスンには合いそうにないよなぁー」

屋上での集会は一時間程で終わり、解散後である授業と授業の合間の休み時間に佳澄と彩女はトイレに来ていた。もちろんリンは自分に用がないのでこういうのにはわざわざ付き合わない。

「そういえばさぁー」

洗った手の水を吹き飛ばすかのように手を振りながら佳澄が話し出す。

「ん?」

「タカスンと朝一緒になって、もしかして地元に彼氏いたりする?って聞いたんだよね。」

「うん、うん。」

彩女も恋愛話が大好きで、しかも今まで聞いたことのないリンの話に興味をそそられない訳がない。「早く続きが聞きたい」という台詞が顔に書いてあるかのように表情から見て取れる。

しかし、実際は期待とは正反対の、重苦しい内容だった。

「沈黙。」

「へ?」

佳澄に続き、付き添いで来た彩女もなんとなく手を洗う。

「何かトラウマでもあるんだろうなぁー」

「じゃあこれからもタカスンとコイバナはできないってこと?」 ※コイバナ=恋の話

同じく手を拭く物を持っていない彩女も手を振って水を周りに飛ばしながら、残念そうにつぶやく。

「んー、昨日のことは言ってくれただろ?コイバナではないけど。彩のコイバナも聞いてたし、難しいとこだなぁ。」

実は彩女、昨日来ていた一人といい雰囲気になっているらしい。集会でリンの話が終わった後、幸せそうにその話をしていた。その時リンはうん、うん、と頷きながらちゃんと聞いてくれて恋愛話が嫌いという様には見えなかった。

「地元の男話だけはしない方がいいってことか。」

「そうなるね。」

トイレの鏡を見て濡れた手で髪の毛をときながら言った彩女の言葉に佳澄が頷く。

気にならないわけじゃないけど、でも言いたくないなら仕方がない。

「先に言ってくれてサンキュ。うっかり聞いてKYになるとこだったよ。あぶい、あぶい。」                         ※KY=空気読めない

「でもさぁー、あれ超ウケなかった?」

二人共まだ少し濡れた手のまま廊下へと出る。休み時間の女子トイレは利用者が多く、新しい人がどんどん中へと流れてくる。

「あぁ、アレ?」

「「どうしてずっと構ってくれるの?」」

 佳澄がふった話に二人の声がハモった。そして二人で笑い出す。

                          ※ハモる=シンクロする、かぶる

「何のメリットもないのに、ってOLかっつーの!」


キーンコーンカーンコーン・・・・・・・

 チャイムの音が鳴り授業が始まるが、一旦火のついた笑いはおさまらない。廊下ですれ違う人が不思議な顔ですれ違っていったけど、そんなのは気にしない。結局教室に入るまでずっと笑ったままだった。


「また明日。」

 放課後、佳澄と彩女に挨拶をしてリンは早速コウが教えてくれた図書館へと向かう。

「アイツ何か暗いよね。」

「佳澄も彩も、あんなのと付き合ってたらうつるよ?」

 リンがドアを出た直後ぐらいに、未だに名前を覚えていないクラスメイトの声が後ろから聞こえてきた。

「ばーか、今ルンルンで帰ってったじゃねぇか。」

「機嫌は超花丸じゃん。」

 クラスメイトに続き、佳澄と彩女の二人が言い返してくれる声が聞こえた。リンは喧嘩にならないか少し心配になったけど、直に笑い声へと変わって安心する。

 わかってくれる人がいるとこんなにも気持ちが変わる。学校が好きになれるかもしれない。なれたらいい。自分の居場所があるって幸せなことだと知っているから、そう思う。

 ここは東京。生まれ育った福岡とは全然違う。人の数も、電車の数も、日が暮れる時間だって違う。でも、どっちにだって学校はある。福岡で通っていた高校とは雰囲気が全然違うけど、でもここで自分を受け入れてくる人がいる。それだけでいい。

 

「ダチでいるのに理由なんかあるか。」

「面白れぇから居るんだよ。」


 ずっと不思議に思っていた。転入生ってことで最初は興味交じりで話しかけてくる人は多かったけど、新しい環境での戸惑いや元々の性格から反応が鈍かったらその内話しかけてくる人は日に日に少なくなった。それなのにこの二人はずっと話し続けてきてくれた。二人だけで盛り上がっている感も否めなかったけど、でも挨拶はもちろん、テレビの話題なんかで話をふってくれたりした。

「何で?私といたって何のメリットもないのに、どうしてずっと構ってくれるの?」

 気がついたら屋上で聞いていた。

 佳澄と彩女は一瞬お互いの顔を見て、そしてリンの方を向いて大爆笑した。

「メリットって・・・・!」

「マジウケるし!」

 とっくに授業は始まっている時間なのに、授業に出ていないことを全く悪びれる様子もなく、手を叩きながら笑っている。

 その日の空は雲が少なく、青く澄んでいて綺麗だった。まだ寒さが残っているけど、ほのかに暖かく感じる日だった。その空をバックにしながら、少し乱暴にさらりと台詞を言った二人はとてもかっこ良く、まぶしく見えた。



「ここか。」

 コウが教えてくれた駅を降り、駅前の多くの店から離れほとんど住宅街となった建物の間を黙々と歩き続けること約二十分。図書館と思われる場所に着いた。「思われる」というのは、『図書館』と書かれた看板もなく、人の出入りも見られないから。でも、どうみても普通の家ではない。

 近所のスーパーマーケットよりははるかに小さいけれど、普通の一軒家よりは大きく、外壁は淡い水色。全ての窓にはレースのカーテンがしっかりと閉まっていて、外から中の様子を見ることはできない。入り口のドアは見るからに自動ドアでなく、押したり引いたりするタイプのドア。

 パッと見た感じ、知らないと絶対に通り過ぎるタイプの建物だと思う。

 

 キイッ


 入り口の前でしばらく立ち止まっていると、ドアが開いて中から人がでてきた。

「やっぱカンジかっけぇ。」                ※かっけぇ=かっこいい

「そうか?客を追い出すなんてなんつー店員だよ。」

 訂正。今出てきたのは人ですか?と思わず目を見張った。

 賛否両論の『賛』の声を上げていたのは金髪にバッチリというか、どぎついメイクで元の顔なんかわからないほど黒い顔をして、緑色のミニのワンピースを着た人だった。下着が見えそうなほどのミニのワンピースの上にはゴツゴツしたベルトが光り、足はヒールの高いブーツで決めている。おそらくサロンで焼いたのであろう黒い肌に、黒のマスカラやアイラインなどをしっかりと使っていてとても同じ日本人には見えない。

 そして『否』の声を上げていたのはピンクのTシャツの上に紫のダウンジャケットに黒のショートパンツ、そして『賛』と同じくヒールの高いブーツを履いている人。肌の色は同じくサロンで焼いているのだろう、日本人離れした黒い肌をしている。しかし、何より驚くのは目を中心に顔の半分が黒く塗られている。とても同じ人間とは思えない。

 しかも、ほとんど住宅街の、そして図書館であるはずのこの建物から出てくるにはとてもおかしな光景だった。

「かっけぇから許す。」

「まぁ顔は悪くねぇな。」

 リンの視線を全く気にする様子もなく、二人は喋り続けながら歩いていく。

 さすが東京。初めて見る光景が多い。


浦田(うらた)さーん、このドア何とかなんないっすか?」

 歩いていく二人の背中を見ながらボーっとしていたリンは男の人の声で現実に引き戻された。

「うーん、そうだなぁ。どうすればいい?完司(かんじ)君。」

 建物の奥から白髪混じりの少し背の低い、おっとりとしたおじさんがでてきた。

 肝心のドアはというとさっき勢いよく開けられたのか、閉まることなく外の風を建物の中へと運んでいる。

「いや、俺が聞いてるんですけど。」

 その男の人はコウの知り合いの人だと直感で分かった。

 少し短い長さの髪の毛は茶髪で、耳にはそれほど大きくないピアスをしている。背は平均的で、桜色の髪のコウと比べるとそんなに目立つタイプではない。しかし、切れ長の目にきりっとした顔つきには男らしさを感じる。

「本を読みに来たの?お嬢さん。」

 コウの知り合いと思われる人をまじまじと見ていると、おっとりとしたおじさんが話しかけてきた。

「あっ・・・・はい。そうです。」

「どうぞ、中に。」

 ニッコリと笑って中へと誘導してくれる。

「あ・・・・・はい。」

 ぎこちなく返事をしながら、迎えてくれたその建物の中に入る。

「もしかして、コウの知り合い?」

 ドアを閉めながら質問された。もう伝わっていたのか。リンはこくん、と首を縦に振った。

「本当に来てくれたんだ、ありがとう。リン、だっけ?名前。」

 笑顔でお礼を言われた。まぶしい笑顔だ。それにしても名前まで伝わっていたのか。

「俺は完司。気の済むまで見てってな。」

 優しく話しかけてくれる。確かさっき出てきた人の片方は文句を言っていたけど、いい人そうに感じる。

 館内に入って中を見回すと、決して多いとは言えないけど、十分な量の本が並んでいる。東京に来てまだ一度も本屋に行っていないリンには懐かしい光景のように思えた。

「はい。」

 嬉しい気分が顔に滲み出ているのが自分でもわかる。

 完司も答えるようにまた笑顔になった。


「バンド仲間?」

「そ。」

 完司は自販機で買った缶コーヒーをリンに手渡しながら答える。

 久しぶりの本にウキウキしていると、館内からはほとんど人がいなくなり、時間はすっかり夜になっていた。もともと人はそんなに多くかったが、新聞や雑誌をずっと読んでいるご老人がいたり、子どもと一緒に来て次に借りる本を一緒に探す主婦がいたりと、決して人が少ない訳ではなかった。

 しかし、閉館間際になるとさすがに少なくなる。本を読む場所だという理念から館内での自習を禁止しているため、リンと同世代の人がギリギリまで居座ることもなく、ほとんど住宅街の中にある図書館周辺は暗く、寂しい場所だと言える。

 そのことから完司がリンを駅まで送ることになった。最初は断ったのだが、浦田さんというおじさんも「送ってもらいなさい」というものだから結局好意に甘えることになった。

「あ、お金。」

「いいって。」

「でも」

 こんな風にさりげなく奢られることに慣れていないから、戸惑わずにはいられない。

「社交辞令じゃなくて、本当に来てくれたお礼ってことで。」

 つき返せないような、もっともらしい理由を付けられた。

「あ、じゃあ頂きます。」

 ペコリと頭を下げながらリンはお礼を言った。

「バンドでは何の担当をしているんですか?」

「ボーカル。コウはドラムだよ。」

「あ、もしかして日本人離れした二人組みはファンの方ですか?」

 館内に入る前にすれ違った二人のことを思い出した。バンドの追っかけをしているのなら、あんな格好をしているのも場違いなあの場所に居たのも頷ける。

「うん、一応。でも日本人離れって・・・浦田さんと同じこと言ってら。」

 完司はフッと笑いながら答えてくれた。やっぱりそうだったんだ。

「応援してくれるのはありがたいけど、図書館に来てギャーギャー騒ぐのはやめて欲しいよな。本も読まないくせに。」

 どうやら片方が完司の熱狂的なファンで、入るのはタダだし、という考えで押し寄せてきたらしい。飲み食いするは注意したら黄色い声をあげるはで本当に迷惑だった様子が完司の話し方から分かる。

「図書館、好きなんですね。」

 アルバイトだから仕方なく、じゃない。本へ、そして本を読みに来る場所である図書館への愛を感じる。

「バンドマンなのに、変だろ?」

 否定せず、笑いながら言う。

「え、何でですか?」

「何でって・・・仲間とか、他のバンドの奴らに知られたときに言われたぜ。「今まで色んなアルバイトの話を聞いてきたけど、地味な図書館で働いている奴始めて聞いた」って。自分でもそう思うし。」

 キョトンとした顔をしながら質問してくるリンに完司は少し驚いた。今まで明るいステージ上ではハジケて歌っているのに、普段は暗い図書館で働いているなんて、っていう反応しかされなかったからだ。

「地味だなんて、ひどいですね。図書館は素敵な場所なのに。」

 うるさい音もなく、純粋に本が好きな人達が憩いを求めてやってくる。そんな落ち着く場所なのに。

「お、わかってるねぇ。」

少しぶーっとしながら図書館をかばうリンに好感が持てる。

「それに、音楽も文学もどっちも同じ芸術なのにね。」

「・・・・・・・・・・・」

 思わず完司の歩く足が止まってしまった。

 リンはあまり深く考えずにさらり言ったのだろうけど、でも心に響く一言だった。


 どくん

 完司の胸が大きく鳴った。


(いやいや、気のせいだ。)


「どうしたんですか?」と振り返るリンを見ながら心の中では否定したが、完司は自分の顔が赤くなっている気がした。

 まだ明るい駅前までたどり着いていなくて良かったと思った。


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