20.最後の集合
「「はっ!?」」
終了式の日、リンと佳澄と彩女の三人は体育館で話されている校長先生のありがたい話とやらをマイク越しに、やっぱり屋上で聞いていた。と言っても、ただ小さく校長先生の声が聞こえるだけで、実際には佳澄と彩女がリンの話を聞いているだけであった。
「マジ?」
「何で?」
二人は驚きの表情を隠せず、一言の質問が続いた。
「私なりに、色々考えたんだ。」
春一番か春二番か春三番か、どの風かわからないが、少し冷たく強い風が屋上に居る三人を直撃した。
「イキナリでごめんね。」
風で髪の毛がボサボサになりながら、リンは二人に謝った。
「タカスンは、いつも決めてから言うなぁ。」
「ごめん。」
「謝んな。理由を言え。」
佳澄と彩女が、リンを理解しようと耳を傾けた。
「二人に出会えて、良かったなぁ。」
心で思ったことが、ふいに言葉になる。
「バーカ。」
「今頃気が付いたのかよ。」
強気な発言をしながら、佳澄と彩女の目にうっすらと涙が浮かんでいた。それを見て、リンの視界も少し滲んだ。終了式の時間、ずっと強い風に吹かれ寒いと思いながらも三人は屋上で時間を過ごした。
三人で過ごした、最後の屋上だった。
「ねえ、リンちゃんと何があったの?」
水を入れ替えた花瓶を窓際に置きながら、亜貴が新に尋ねた。リン程ではないが、仕事の合間を縫って新の様子をよく見に来ていた亜貴は最近の新の様子がおかしいことに気が付いていた。
「・・・・・・」
新は何も喋らずに、机に置いてあるリンが置き忘れて帰ったプリクラを眺めていた。リンに別れようと言って、もう何日か経っていた。
「新・・・もう。」
亜貴がまた尋ねようと新の顔を見ると、新は目をつぶって眠っていた。だけど、それは決して狸寝入りじゃないとわかっていた。
最近の新は、口数が減り、リハビリを以前よりも意欲的に行っていた。理学療法士など医療スタッフのから受けるリハビリだけじゃなく、病室でも黙々と自分で出来ることを行い、そして気が付いたら疲れ果てて眠っていた。
「多分リンちゃんが来なくなってからよね。」
新がおかしくなる原因として考えられるのは一つ。リンが絡んでいるに違いない。
「こんにちはー。」
新も眠りについてしまい、もう帰ろうかと思った頃病室のドアが静かに開き、小さな声で挨拶しながらリンがヒョコっと顔を出した。
「リ・・・!」
亜貴が驚いてリンを呼ぼうとしたが、新が眠っていることを確認して口を閉じた。
「新今眠ってるから、外でいい?」
亜貴は小声でリンに確認した。今喧嘩か何かをして様子のおかしい二人と同じ病室に居るのはさすがの亜貴も気まずい気がした。リンもすぐに状況を把握し、ドアの場所で頷いた。
「亜貴さんにも話があるんですけど、時間大丈夫ですか?」
落ち着いた表情でリンが話しかけてきたことに亜貴は驚いた。新ともめたりすると、二人揃って様子がおかしくなっていたのに、今回は新だけだ。いつも何かがある度に仲裁の役割を果たしていた亜貴は、リンが東京に来て成長しているのだと気が付いた。
「えっ?」
「ごめんなさい、ずっと新に会いに来るって約束したのに。」
亜貴はリンが言った内容にショックを隠せなかった。喧嘩をしても、いつも何だかんだで仲直りして元通りに、いや、喧嘩をする度に二人の絆は強いものになっているように感じており、それはこれからも続くものだと思っていた。それなのに
「いつから?」
「え?」
「いつから決めてたの?」
亜貴が悲しそうな顔をしている。きっと思ってもいなかったことなのだろう。
「新が目を覚ます、ちょっと前からです。」
「どうして?」
亜貴が少し睨む様な、理解できないという気持ちを前面に出してきた。
「新が目を覚まさなかったら、新は何も知らないままで、もしかしたらそのまま目を覚まさなくて・・・それでも?それでも決めてたの?」
亜貴は新のことを本当に大事に思っている。それを考えると当然の考えだった。
「亜貴さん。新が目を覚ましていなくても、私は同じような道を歩んでたんじゃないかと思うんです。時期は今じゃなかったかもしれない。だけど、いずれはこうなったと思うんです。勝手で本当にごめんなさい。」
亜貴の目に涙が浮かんでいた。新とリンを応援していただけに、リンの固い決意は裏切りのように感じたかもしれない。
「・・・二人にしかわからないことが、あるものね。」
泣くのをこらえるような声で、亜貴が震えるように言った。
「亜貴さん。」
「ごめん、賛成はできない。」
リンに向けてピシャリと言った。リンはある程度覚悟していたようで、一度は困惑の表情をしたものの、すぐに落ち着いた雰囲気を取り戻した。
沈黙した時間が二人の間で少し流れた。
「だけど、覚えておいて。」
亜貴もようやくいつもの落ち着きを取り戻し、正面からリンを見据えた。
「リンちゃんのこと、大好きだよ。」
「亜貴さん。」
亜貴のように、リンの視界も少し滲んだ。最近涙腺が緩んでいるのか、泣いてばっかりだ。
「私もです。私も、亜貴さんのこと大好きです。」
自分の姉とは違う雰囲気の、憧れの人。それは、きっとこれからも変わらないだろう。
「これが最後になったりしないよね?」
亜貴が寂しそうに言った。
「はい。」
リンも心なしか寂しさを感じた。ずっと新との傍で一番応援してくれた人。その感謝は言葉に出来ないくらい、溢れている。
「頑張って。」
そう言って亜貴は自分の右手をリンの方に差し出した。
賛成は出来ないが、固く決意をしているのならそれを応援しようと亜貴は決めた。大事な弟のことを思うとこれでいいのかはわからないけど、リンだって妹のような大事な存在。彼女の意思も、ちゃんと聞き入れよう。
「亜貴さんも、仕事とか頑張って下さい。」
リンも自分の手を差し出して、亜貴の右手を握った。
「新のこと、お願いします。」
まだ寂しさの残るままリンは言った。亜貴は少し悲しそうな笑顔でリンを見つめて静かに頷いた。