1.高須です。
キーンコーンカーンコーン・・・・・・・
「起立、礼!」
「ありがとうございました」
目を開けるとともにおなじみの挨拶が部屋に響いた。と、言ってもあまり真面目ではないこの学校で「ありがとうございました」ってちゃんと言うのは先生と、比較的優等生タイプの生徒数人だけだ。ま、私にいたっては起立することもなく終わったことなんだけど。
「タカスン、マジウケルし」
「さすがにパネェよ!」 ※パネェ=半端ねぇ
おなじみの挨拶が終わった後、同じクラスの女の子が二人、笑いながら寄ってきた。二人とも今風の子、という感じで“ギャル”と言えばいいのかな。化粧はバッチリ、髪は茶髪で髪型も朝時間をかけてセットしてきている。スッピンでボサボサの髪で学校に登校してくるぐらいなら遅刻なんかおかまいなし、というタイプだ。多分この二人だけじゃなくて、この学校全体に言える事だろうけど。
とりあえず私は今時の言葉とかよく分からないから、真面目タイプではないということだけ言っておこう。
「・・・・・・・・・うん?」
「まーだ起きてないな?」
「パネェ!」
起きたばっかりの私はもともとあまり得意でないタイプの人達との会話にすぐに反応ができなかった。一人はまだ「パネェ」としか発言してないし。
「席についてー!帰りのHR始めるぞ!」
結局返事をしない内に担任の先生(推定四十五歳)が入ってきた。
「もう帰れるのか。。。」
「パネェ!」
ポツリとつぶやいた一言に、またお決まりの声が返ってきた。席に戻りながら反応するなんて、女の子は何でこんなにお喋り好きなんだろう、とかまだ眠っている頭でボンヤリと思った。
こんな私も女の子としてはどうなんだろう?って思うけどね。
私、高須リン。十七歳の高校二年生。
つい二週間前にこの高校に転入してきた。
前の学校とは違う時間割の組み方にまだ慣れていないけど、とりあえず今日も無事に学校生活が終わって良かった。先生がいつもの口調で何か話しているけど、そんなことはお構いなしにさっさと帰る準備を始める。特に長引くような話もなく、帰りの挨拶が終わるとリンは自分の荷物を持って教室のドアへとさっさと向かう。
「ちょっとタカスン、待って待って!」
「今日帰り付き合ってよ。」
ドアへと真っ直ぐに向かっていたリンをさっきの二人が慌てて呼び止めてくる。リンはそんな二人に呼び止められて「何?」と口には出さず表情で反応した。
「タカスン本トに無口だよねー」
「マジパネェし!」
おおっと、まだ「パネェ」ワールドは続くようだ。それにしてもこの二人、話す順番がいつも一緒な気がする。だから片方の子がいつも「パネェ」と言っているのだ。
「今日さ、どうしてもメンバーが足らねぇんだよ。」
「お願い、タカスン用事ないなら私らに付き合って?」
一瞬で話の内容がわかり思いっきり嫌な顔になる。授業の合間に合コンのメンバーが足りないとか愚痴をこぼしていたからだ。でもその時はリンを誘わなかった。どうせ首を縦に振るわけはないだろうとか思ったからだろうが、それは正解だ。
「そんなに嫌な顔しないでよ。」
「変なメンバーじゃないからさ!」
と、言っても嫌なものは嫌だ。もともと大勢で集まって騒ぐとかいうのが好きじゃない。相手が変だろうと変じゃなかろうと、そんなのは関係なしにだ。
「タカスンいつもさっさと帰るしさぁー」
「親睦会もやらず終いだしさぁー」
いつも先に話す子がいつの間にか取り出した鏡で髪型をチェックしながら言う。合コン前とあって、休み時間より入念にチェックしている。
それにしても二人そろって語尾を延ばさないで欲しい。何だかこっちのテンポがおかしくなってくる。
「本とは引き立て役呼びたかったんだけどさぁ、」
「テンション下がるからやめてな、って先に言われちゃってー」
そうですか。じゃあ私も無理ですね。と言いたかったけど、結局この調子で話す二人にペースを奪われて気がついたら手を引かれて学校の門をくぐっていた。さっきまで教室に居たはずなのにいつの間にこんな場所まで誘導されていたんだろう。最近の若者は怖い怖い、とかやっぱり言葉には出さずにおばさんくさいことを心の中で思った。
「じゃあ俺らの出会いに乾杯!!」
「イエーイ!」
最初からやたらと高いテンションで始まる挨拶とみんなの声とコップ同士の奏でる音が店内に響いた。
「タカスンもー!」
「イエーイ!」
リンを連れてきた二人は完全に出遅れたリンのグラスにも自分たちのグラスをぶつけてきた。ただ頭数をそろえたかっただけで、店ではほとんど無視されるだろうとか思っていたので少し驚く。しかも絶対にみんなお酒を飲むとか思っていたのに、女の子は全員制服だからとジュースを注文していたのも驚きだ。さっき思ったように「最近の若者は・・・」と見た目だけで判断している人達と同じ考えを持ってしまった自分を少し恥じた。
まぁ後から昔お酒を注文したら断られたという話を聞いたりとか、男の人が注文したお酒をもらったりしている様子を見て恥じることはなかったかもしれないと思ったけどね。
合コンには私服の男の人五人と、同じ高校の女の子がリンを入れて五人揃った。男の人は髪の毛が金髪だったりピンクの人がいたりと、結構強烈な印象がある。女の子は同じ高校といっても連れてきた二人をのけた後の二人は始めて見た子だった。違うクラスの子だから知らなくてもおかしくはなかっただろうけど、その子達は転入生と言うこともありリンのことを知っていた。
「じゃあまずは・・・自己紹介!」
「イエーイ!」
普通のことを言ってもなぜか盛り上がるこの場所はやっぱり自分に合わない、と乾杯から五分足らずでそう思った。転入してきた時ですら自己紹介が嫌で嫌で仕方なかったのに、こんな高いテンションの中で自己紹介なんかできるわけがない。もう帰りたい、と早々に、やっぱり口には出さずに心の中で思った。
みんなは慣れているかのようにスラスラと自分のことを紹介していく。最近はまっていることを面白おかしく紹介したり、ブレイク中の芸人のワンフレーズを引用したりして、しょっちゅう笑いがおこっている。その度にやっぱりというか「パネェ」という言葉もよく聞こえた。
そしてこの時初めてこの場所に連れてきた二人のフルネームを知った。
いつも先に話す子が永井佳澄、「パネェ」を連発する子が中瀬彩女。最初に話しかけてきた時「私、佳澄。」「私は彩女。彩って呼んで。」という最初からお友達モード全開で苗字なんか聞いたことなかった。知ったところで何か違う関係になるわけじゃないけど、ノリの低いリンにあきもせず話しかけてくれる二人の名前くらいは覚えておかないと失礼かも、と思った。
「じゃあ最後の自己紹介いってみよーう!」
「イエーイ!」
相変わらず盛り上がっている声にハッとすると、自己紹介の順番がいつの間にかリンまで回ってきたらしく、みんなの視線が自分に向いているのがわかった。しかも最後だと言うことでみんなの注目が高まっているのがわかる。
困った・・・。
思わず 止まってしまいその場の空気が張り詰める。
「もしかして緊張しちゃってる?」
乾杯の声を上げた男の人がもう既に酔っ払ってしまってるんじゃないかというハイテンションで話しかけてきた。
「マジで?」
「早くねぇ?」
他の男の人や他のクラスの子がありえないし、というような顔で笑っている。
あの、余計に話し始め辛くなってるんですけど・・・・・。でもそんな中、
「タカスン、ファイト!」
「タカスン、一発!」
小声で応援してくれる二人が居た。もちろんこの場に連れてきた佳澄と彩女だ。
「高須です・・・・・・二年生です。」
ようやく出た声は小さく聞こえなかったのか、みんなりんの方を見ながら動きがピタッと止まっていた。
「え?」
思わずリンの口から声が出る。それを皮切りにみんなの沈黙が一気に破られた。
「えっ?終わり?」
「嘘っ!早っ!」
「ってか苗字と学年だけって・・・!」
みんなが大爆笑している。しかしリンには何がそんなに面白いのかわからない。
「えっ?えっ?」
思わず顔が赤くなっていくのがわかる。
「タカスン、面白れぇ!」
「パネェ!ってか顔真っ赤やし!」
かわいーいとか言いながら佳澄と彩女も笑っている。こんな時どうすればいいんだろう?とか困惑している内に
「この子は高須リン。最近ウチの高校に転入してきたんだぁー」
「タカスンって呼んでね」
と語尾にハートを付けているかのように佳澄と彩女が可愛くフォローしてくれた。
なるほど、自己紹介はそんな感じで言うものなのか・・・・と、他の子の自己紹介聞いてた?と突っ込まれるようなことを今理解した。
相変わらず高いテンションで盛り上がり続けるその場に打ち解けることなく、時間だけが過ぎていく。みんなの話もあまり聞かず、「明日は何の授業があったっけぇ?」とか「体操服忘れないようにしないとなぁ。」とか心ここにあらず、という状態で黙々とご飯を食べていると、突然横から男の人の声がした。
「それ、美味しい?」
「へ?」
突然の声にすっとんきょうな声が出た。ずっと下を向いて黙り込んだリンは完全にその場で浮いていた。最初の方は佳澄とか彩女とかが話に巻き込む様な形でなじませようとしてくれていたけど、途中でなぜか席替えがあり、トイレに行ったりする内に席順も最初とはぜんぜん違う場所になり、気がついたら端から二番目という中途半端な席になっていた。佳澄と彩女はリンから一番遠い端っこの席で男の人と楽しそうに話していて、リンが会話に加わることは不可能に近い状態だ。
後で知ったけど、合コンの席替えって珍しくないらしいね。
まぁそれは置いといて、とりあえず話しかけられたビックリした。
「ずっと食べてるよね。大根と水菜のサラダ。」
だってみんなが食べないからとか、上にのってるカリカリのちりめんじゃこも美味しいとか、頭の中ではそんな台詞が回ってたんだけど、リンはまた止まってしまっていた。
ビックリしたのは突然の声のせいだけでなく、話しかけてきた人がピンクの頭をしていたから。鎖骨あたりまで延びている髪の色にムラはなく、桜のような綺麗なピンク色の髪の毛。他に金髪の人がいたり紫色の髪をしている人がいたけど、やっぱりピンク色の髪の毛が一番目立っていると思う。だけど目立つのは髪の毛のせいだけじゃない。顔も小さく色白で整っており、体の線も細いからパッと見ただけでは女の人と間違えている人もいるだろう。
リンも最初にパッと見た時は女の人かと思ったくらいだけど、声は意外と低い声だった。そのギャップも加わりリンは箸を口にくわえたまま、ビックリした表情を変えることなく、とりあえず頭を縦に振った。
「美味しいですよ。」
口の中に入っていたじゃこと大根と水菜を飲み込んでからやっと発言した。
「大根、辛くない?」
「全然。」
じゃあ俺も食お、とポソリとつぶやいて自分の皿によそい始めた。
「タカスン、こんな時は女の子がお皿にとってあげるもんだよ!」
ええと、名前はなんだっけ・・・?ピンク色の髪の毛の男の人とは反対側の隣の席に座っている、隣のクラスの子がアドバイスをしてきた。ヒソヒソ話ではなく、普通の声の大きさの声で喋るものだから「この子は気が利かない子ですよ」とさらされているのかもしれないけど。でも、人は見た目では判断しちゃいけないと佳澄と彩女で思ったから、アドバイスと捉えておこう。
「いいよ、気にしないで。」
特に気にしている様子もなく、ピンク色の髪の毛の人は言った。自己紹介を注意深く聞いていなかったから名前を覚えていなかったけど、その男の人は皇一といった。
このコウとの出会いで・・・ううん、この合コンに来た事で人生が変わったと思う。
この合コンに来て、コウと出会えて、良かった。
まだ慣れない場所でやっと居場所を見付けることが出来たよ。
もちろんコウだけじゃない、佳澄と彩女にも感謝している。私は自分の気持ちを言うのが苦手だから素直に口に出していえないけど、本当にそう思っているよ。
ありがとう。