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17.いつまでこのまま

「おはよう。」

「リン、久しぶりだな。」

 学校が休みの土曜日。病院の面会時間は午後からなので、リンは空いた時間の午前中に図書館へと足を運び、完司に挨拶をした。二人が知り合ってからはほとんど毎日会っていたようなものなので、十日間も会わないのは初めてのことだった。何か少し、照れくさいものを感じる。

「おめでとう。」

 切ない気持ちをグッとこらえて完司がリンを祝福した。新が目を覚ましたという次の日、落ち着いた声でリンが電話してきた。あの時も電話越しで祝福したが、直接会った時も祝福もしようと決めていた。

 だけど、リンの表情は少し元気がないように見える。

「どうした?」

「うん、私に何が出来るかなって。」

 昨日新が目を覚ますと、一昨日同様少しイラついているのがわかった。リンと喋る時は平静を装っているが、体が自由に動かないのだ。ストレスが溜まるに決まっている。

「私みたいに少し安静にしてれば治るっていう保障もないんだもん。不安だって強い筈だよね。」

 新は思ったことはストレートに言うのに、リンを心配させるようなことを言わない性格だということを知っていた。だから、余計に心配になる。

「そこまで想われてる新は羨ましいな。」

 カウンターで少し暇を持て余していた完司がしみじみと言う。からかわているようで、リンは少し恥ずかしくなった。

「リンが会いに来てくれるだけで、十分に力になると思うよ。」

 俺だったらきっとそう思う、なんて言えないけど、本心で思ったことを完司は言った。でも、そういう『思う』という抽象的なことでリンの不安は消えないようだった。

「あ、すみません。」

 カウンターの前に滞っていたリンは、子供連れの若いお母さんが本を返そうとしていることに気付くとピョコっと一歩横にずれた。今までに何回もやってきたように借りた本を受け取り、返却の手続きをする間リンはじっとその場で下を向いて完司とまた話そうと待っている。

「リハビリ関係の本ってある?」

 手続きを一通り終えると同時に、リンが質問してきた。

「リハビリ・・・介護福祉の本ならあったと思うけど。」

「案内するよ。」

 またもや、突然背後から浦田さん登場。未だにそれに慣れない自分も進歩がないな、と完司はつくづく思った。そして完司と居る時と違い、ゆっくりと歩き始めた浦田さんについてリンも歩き始めた。一体何度、リンの背後をこうやって見つめたことだろう。

「だから俺は中坊かっての。」

 完司はキュンッと切なくなった自分に冷静にツッコミを入れた。


「俺、いつまでこのままなのかな。」

 病室で理学療法士から簡単なマッサージを受けた後、二人きりになるや否や新がそう切り出した。

「先生は、何て?」

「長期戦を覚悟しとけって。」

 検査をいくつかした結果、新は脳にはっきりとした異常は見られなかった。しかし、体が自由に動かないということだけで不安を掻き立てるには十分だった。クラスで一人で居るのが平気だとしても、まだたったの十七歳。子どもなのだ。

「若いんだから、一年や二年くれてやれ。」

 リンだってまだ子ども。何と返せばいいのかわからなかったけど、無責任な慰めだけはしたくなかった。

「年寄りのような発言だな。」

 新の顔が少し柔らかくなってリンはホッとした。リンは新が早く家を出たがっているのを知っていたので、本当は一年や二年が人生のほんの一部だとしても新にとってはかなり長い年月に感じるだろうと気付いていた。

「年寄りって・・・・さすがにひどくない?」

 花も恥らう乙女の年齢なのに。でも、そうやって憎まれ口を叩けるだけまだ元気な証拠である。

 少し経ってから、そう気付いた。


「俺、いつまでこのままなのかな。」

「え?」

 新の口から二日連続で同じ台詞が飛び出して、リンは驚きを隠せなかった。

「ごめん。昨日も言ったよな。」

「ううん、謝らないで。弱音はどんどん出さないと。」

 完司が言ってくれた言葉とは少し違うけど、弱音も不安も、涙同様に体に溜めてはいけないと思った。

「窓開けようか。今日暖かいよね。」

 三月に入り、もう春だと思えることが多くなってきた。

「リン、何か変わったよな。」

 開けた窓から入ってきた風に心地良さを感じていると、ふいに新がリンにそう発言した。

「髪のせいじゃない?」

「それもあるかもしれないけど、中身もだよ。」

 確かに、東京に来てからリンの中で変化したことがある。それは、本音を言える友達ができたこと。前は友達と呼べるような人が居なかったし、涙なんて見せられなかった。

「それに比べると俺は・・・・・・・・・」

 新の言葉が途中で止まった。明らかに辛そうな顔をしている。

「新・・」

 リンは何と言えばいいのかわからず、ただ窓から入ってくる風をしばらく浴びていることしかできなかった。


「会いに行ってるだけでも大きいよな?」

「うん、そう思う。」

 月曜日、リンは佳澄と彩女に自分の不安な気持ちをさらけ出すと、完司と同じ意見が返ってきた。場所はもちろん屋上。

「だといいけどなぁ。」

 新を上手く励ますことが出来ていないと、リンは少し落ち込んでいた。

「大丈夫だって!」

「自信持て!」

 根拠のない発言だが、何故か元気が出てくる。

 友達の存在ってこんなに大きいんだ。

「今日もいい天気だなぁー。」

「授業なんてありえねぇ。」

 暖かい日差しにウットリとしながら話がポンッと飛んだ。まぁ女の子同士の話では珍しいことではないだろう。

「もう三年かぁ。」

「受験かぁ。」

 学年末テストも終わり、三人が同じクラスで過ごせるのも後わずかだった。口には出さないが、それを感じる寂しさが漂っている。

 三人はチャイムが鳴っても、しばらく屋上を動かなかった。


「おっす。」

「今日はいつもより遅かったな。」

 リンが病室に入ると、窓から入ってくる風を浴びながら少しトゲのある言い方で新が言った。

「うん、掃除当番で。」

 リンはそんな新に一瞬怖さを感じ、思わず嘘をついてしまった。本当は授業が先生の都合で一時間短くなって早く帰れることになったので、三人で思い出作りと題してプリクラを撮ったりコーヒーを飲んだりしているといつもより少し遅くなってしまったのだった。

 しかし、新の様子を見ると正直に言えない。仕方ないという理由じゃないと、納得してくれないと思ったからだ。

「今日は何した?」

「マッサージと、リンちょっとこっちに来て。」

「何・・・っ!」

 リンが新の促したように傍に近づくと、新が右腕をズルズルと掛け布団の上を滑らせてリンの手を触れるように軽く握った。以前程の力もないし、ひんやりとした手だったが、新の確かな温もりを感じ取ることが出来た。

「マッサージのおかげもあって、多少力が入るようになった。少しだけど、進歩しただろ?」

 疲れの滲んだ新の笑顔を見ると、リンの目からあっという間に涙が溢れてこぼれた。

「リン?」

 リンは嬉しさよりも、罪悪感の方で胸がいっぱいだった。新はこの嬉しさを伝えようと待っていたのに、私は友達と遊んで嘘をついてしまったなんて。

「涙は、まだふけねぇや。」

 新は腕をリンの顔の位置まで上げることはまだ無理そうで、少し悔しそうに言う。リンは膝立ちになり、ベッドの高さと自分の顔の高さを同じにして新の手を両手でぎゅっと握り締めた。

「ふけた。」

 リン両手に握られた間から、新が指を少し動かしてリンの涙を拭った。その嬉しさが、表情から見てとれる。

「ありがと。」

 拭ってもらった直後にまた涙がこぼれた。

「リン、俺後遺症残るかも。」

 衝撃的な発言にリンは言葉が何も出なかった。

「電柱に突っ込んだ時、頭を打った衝撃でしばらく意識が戻らなかったんだ。組織的に異常がなくても、何か残ると覚悟しておいた方がいいって言われた。」

 新は悲しそうな表情をしながら、淡々と一気に言った。

「先に左腕が電柱にぶつかっってクッション代わりになったから幾分マシみたいだけどな。」

 新の目が少し光っているのがわかってリンはまた涙が出てきた。

「新。新の腕がこのまま戻らなかったら私が新の腕になる。足が戻らなかったら足になる。失明したら・・・」

 少しでも不安を和らげたかったのに、その先は流れてくる涙に妨害されてしまった。

「サンキュ。」

 新のお礼が罪悪感をより一層強くさせた。



 ごめんね。嘘をついて。

 一緒にリハビリ頑張ろうね。


 言葉に出来ず、リンは心の中でそう新に伝えた。新はそれを感じ取ったのかのように、リンが泣き終わるまで優しい笑顔ですっと見つめていた。

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