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16.これからが正念場

「マジか!?」

「おめでとう!」

 新が目を覚ました次の日、リンは朝学校に着くなり佳澄と彩女へと新が目を覚ましたことを報告した。

「良かったなぁ。」

「でも鞄を落とすなんて、タカスン意外とドジだなぁ。」

 二人には鞄を落とした衝撃で目を覚ましたことにしておいた。キスをしようとしていたなんて言うの恥ずかしいし、棚にぶつかったことも理由を聞かれると恥ずかしいのでふせた。多分鞄を落とした音も目を覚ました原因の一つだろうし、嘘ではないとリンは自分に言い聞かせながら、ハハっと笑った。

「でも、これからが正念場だよ。」

 目が覚めました。ハイ、これから元の生活に戻りましょうなんて無理な話だった。脳や体に異常が表れてこないか、意識を回復してからもしばらく検査や観察が必要だし、何よりしばらく眠っていたせいで新の体は自由に動かすことができなくなっていた。骨折や筋力の低下などが原因で自分で体を起こすことも無理だったのだ。けれども、

「生きててくれたから、とりあえずそれだけいいや。」

 そう思えた。リンの落ち着いた笑顔に佳澄と彩女もとりあえず一安心した。


「新。」

「リン、今日も来てくれたのか。」

 授業を終えた後、リンは図書館に立ち寄ることなく真っ直ぐに病院へと向かって来た。

「調子はどう?」

「体が動かない。」

 体を自分で起こせないことにイライラしている様子が新の表情から見て取れた。ベッドのリクライニング機能で少し体を起こした状態で、かろうじて顔だけリンの方に動かせている。

「何か、検査した?」

「午前中レントゲン撮った。骨折は少しずつ回復してるって。」

 新は車が突っ込んできたせいで左の肋骨に左の大腿骨(足の上方)、それに電柱に追突する際にぶつけた額とリンの頭を庇って犠牲にした左腕の骨折をしていた。リンがクッションになったことから額は少しヒビが入ったくらいで済んだが、もし思いっきりぶつかっていた時のことを考えるとゾッとしてしまう。

 しかし意識がなかったというのに、確実に骨を治癒(ちゆ)していた人間の体はすごい。

「そっか、痛みは?」

「薬が効いてる。でも寝返りうてないから、尻とかが痛い。」

 骨折の痛みをほとんど感じないだけでも、マシかもしれない。

「髪、一気に切ったな。」

 ベッドの横の椅子に座ったリンの髪を懐かしむような雰囲気で新が言った。

 新は結べないほど髪の毛が短いリンを今まで見たことがなく、東京に一緒に来た時にはリンの髪の毛は肩甲骨(けんこうこつ)辺りまで伸びていた。そのほどほどに長かった髪の毛を、リンはあの事故の日の事を断ち切るかのようにバッサリと切り落としていた。

「また、伸ばすよ。」

 幸せな日々だったあの頃のように、そして願掛けの一種のようにこれから伸ばしていこうとリンはたった今決意した。


「あ、面会時間もう終わりかぁ。」

 この病室で約三時間半過ごした頃、面会時間の終了を告げる放送が病院内に流れた。

「暗いから気をつけて帰れよ。」

 新が名残惜しそうに別れの挨拶をする。

「うん。明日も来るね。」

 リンは膝の上に置いていた鞄を持って椅子から立ち上がった。元々そんなに喋る方じゃないのに、まだまだ新と喋りたい気分だった。しかし、最低限のルールは守らなくてはならない。 名残惜しそうにリンも挨拶をして部屋を去ろうとした瞬間、新に呼び止められた。

「キスしたい。」

 新が少し頬を染めた状態で、ストレートに物申してきた。そうだ、新はムードなど関係なく自分の考えをズバッと言うタイプなのだ。そういうところがイライラせずに好きなのだが、あの新の目を覚ました時のことを思い出してリンの顔は真っ赤になった。

 それにつられて新の顔もさっきよりも赤くなる。

「そんなに照れることか?」

「て・・・照れるよ!」

 あの時の事がなくても、自分からキスしようなんて・・・正直思ったことあるけど、実行したことがない。しかも、新からお願いされてするなんて普通に考えたら照れる。でも、

「目、つぶって。」

 恥ずかしいので、リンは新の目を見ずにそう要求した。新はニコッと嬉しそうに微笑んでリンの言う通り目をつぶった。リンは一度ゴクリと唾を呑み込み覚悟を決めて、新の顔へと自分の顔を近づけた。心臓がバクバクしている。

「やっぱり、無理!!」  ゴン ドサッ

 リンは自分の心臓の音に耐えられなくなって体を後ろに逸らすと、見事に昨日と同じようにプレーヤーの置いてある棚の角に体をぶつけ、落とした自分の鞄が足に直撃し、その場にうずくまった。しかも停止していたプレーヤーから曲が流れ始めるということまで一緒だった。

「痛っ。」

 何とも間抜けなパターンなのであろう。リンは恥ずかしくて顔を上げることができない。

「今の、何か聞き覚えのある音だったな。」

 新がこらえ切れずに少し笑っている。それに気付くとリンの中で益々恥ずかしさが込み上げてくる。

「よくあるような、珍しい音じゃないよね。」

 リンは気を取り直して鞄を持って立ち上がる。あの時の事は絶対に教えてあげない。そう心で思うリンと何も知らない新の目が合うと、二人は吹きだして笑い始めた。

 こんなに大声で笑ったのは一体いつぶりだろう。ましてや二人でこうやって笑うのは初めてかもしれない。

「新。」

「ん?」

「もう少し、度胸が付くまで待って下さい。」

「何で敬語なんだよ?」

 そう言ってまた新が笑い出す。新がこんなに笑うなんて、知らなかった。こうやって笑う日々がずっと続けばいい。体を自由に動かせないけど、笑って過ごせたら何とかなりそうな気がする。リンはそう思った。

 だけど、現実はそんなに甘くなかった。


「新―ってあら。」

 次の日もリンは図書館に向かわずに、学校から病院に直行して来た。病室のドアを開けると新は眠っており、代わりに亜貴が迎えてくれた。

 新が目を覚ました日、すぐに亜貴に連絡した。すると電話の向こうで泣き始める声が聞こえて、またもやリンは一緒に泣いた。それ以来、二日ぶりである。顔色が二日前よりも大分良くなっている。

「検査もだけど、今日リハビリ計画も立てたりしてね。少し疲れたみたい。」

「そうですか。じゃあ目を覚ますまで待ちます。」

 あいにく最近図書館に行っていないので、暇つぶしとなる本がない。何をしようか、とリンが考え始めると机に置かれた資料が目に入った。検査結果や、今後のリハビリ計画などが書かれている。

「私、もう行くわね。新しいCD持ってきたから、たまに流す曲変えてもらっていい?」

 仮にもホテルの管理者、亜貴はリンの返事を聞く間もなく忙しそうに部屋を出て行った。

 リンは早速新しい曲を掛け始め、椅子に座って机に置かれていた資料に目を通し始めた。専門用語の難しい漢字は読めないし、よく意味も理解できないが、簡単には治らないと悟ることは出来た。

「これからが正念場。」

 リンは佳澄と彩女の前で言った台詞を、もう一度自分に向かって言った。

 一番辛いのは新なんだ。だから、私も覚悟して取り掛からなければいけない。

「一緒に頑張ろうね。」

 眠っている新に向かってリンはつぶやくように言った。


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