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15.キスで目覚める!?

「終わったぁー。」

「あー、マジやべぇかも。」

 学年末のテストが終わった瞬間、彩女からは嬉しさの声が、佳澄からはうなだれの声が聞こえてきた。佳澄は国立系のクラスを狙っているため、それなりの成績を取らねばならない。勿論希望者の数にもよるが、点数がいいにこしたことはない。

「「で、タカスンは・・・・」」

 二人の視線がリンの方に向くと、リンもそれに気付いて二人の方に近づいてきた。リンは最近では珍しくなくなったニッコリ顔で、右手でブイサインを作った。

「すげぇ。最近まで授業中ほとんど寝てたヤツが。」

「やっぱ超進学校にいってただけあるなぁ。」

 二人がハァー、と深い息をつきながら呟いた。

「いやいや、進み具合が向こうのが早くてかぶってる部分があったから。」

「それでも出来ない人は出来ないってぇー。」

「やっぱタカスンはパネェよ!」

 慌てて謙遜するリンに、二人の呟きは終わらない。

「これからが、大変だな。」

 ボソっと呟いたリンの一言に二人が驚きの表情で顔を上げた。

「あ、今から新のところに行くから・・・」

「もう?」

「すぐに?」

 二人の顔が一気に真剣になり、リンの顔をじっと見た。リンは落ち着いた顔でこくり、と黙って頷いた。

「「行ってらっしゃい。」」

 佳澄と彩女の、重なった背中を押す一言にリンは相変わらず強い眼差しで返事をした。

「行ってきます。」


 とうとう来てしまった。

 

 大きい病院の前に辿り着くと、リンは大きく深呼吸をした。自分が退院してから一度も来ていない病院に、懐かしさは全く感じない。

 一応新の入院している部屋を受付で確認すると、最後に新の姿を見た部屋と変わっていなかった。全てあの時と変わらぬまま、時間だけが過ぎているのだろうか。新の部屋の前まで来てそう考えると、なかなかドアを開く事が出来ない。

 少しの間、ドアの前で立ち尽くしていると

「リンちゃん?」

 今度は懐かしい、と思える声がした。声が聞こえてきた方を向くと、亜貴が立っていた。亜貴はリンの姿を見て一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの落ち着いた雰囲気になった。顔色が少し悪い気がする。

「・・・・・こんにちは。」

「こんにちは。」

 失礼なことに、リンは亜貴に会うことを頭に入れてなかったので一瞬固まってしまったが、とりあえず挨拶をした。

「体はもう大丈夫なの?」

 亜貴の優しい気遣いに、リンは黙って頷いた。

「新に、会いに来たの?」

 少し不安を顔に浮かばせた顔で、亜貴が続けて質問をしてくる。

「はい。」

 今度は口に出して返事をする。

「もう、逃げたくないんです。」

 亜貴を真っ直ぐに見つめて率直に言った。

「ありがとう。新を、宜しくね。」

 亜貴の口からはまたいつもの決まり文句が出たが、いつもと違うことが二つあった。一つは、この台詞の後に決まって照れる新がここに居ない事。そして、もう一つは亜貴が本当の笑顔じゃないこと。

「じゃ、私は邪魔だろうからもう帰るわね。」

「亜貴さん!」

 足早に去ろうとした亜貴を、リンは慌てて引き止めた。亜貴はピタリ、と止まった。

「私、事故の後、正直東京に来なければ、と思っていました。」

 亜貴に何を言うかを頭の中でまとめていなかったのが、とりあえず何かを言わなくてはいけない。その気持ちでリンはとりあえず言葉を続けた。

「高校生なのに贅沢したからバチが当たったんだ、とかあの日うどんじゃなくてパスタにしていれば、とかそもそも東京に来なければ、とか思えば思うほどキリがなくて。」

 亜貴はリンに背中を向けたまま黙って話を聞いている。

「でも、事故にあって気付けたこともあるんです。自分一人では立ち直れない弱さ、新への依存度の強さ。」

 一人で生きていけない事など、とうの昔から気付いていた。でも、それを認めてしまうと自分は弱いんだって認めることになる。だから頭の中ではずっと否定していた。

 それが弱さだと、気付いた。

「私、自分がすごく弱い人間だって気付いたんです。」

 その弱さは新への負担になっていたのかもしれない。そうでなくても、きっと自立心の強い新にとって負担になる日がいつか訪れていただろうと思えた。

「だから、私強くなります。悪いことでくよくよするだけじゃなくて、いいことを拾ってプラスにできるように。」

 話しているとリンの視界が滲んできた。でも、完司が泣きたい時は泣けばいいんだと教えてくれた。だから我慢なんかしない。

「新と東京に来たことは後悔していません。楽しい思い出も作れましたから。亜貴さん、東京に招いてくれてありがとうございました。」

 亜貴の肩が震えている。泣いているんだ。

 きっと優しい亜貴はずっと自分を責め続けているに違いなかった。自分が誘わなければ、と。

「仕事に、戻るわね。」

 亜貴はそう言って振り返ることもなく、足早に歩いていった。今度はリンは引き止めなかった。どうか、リンの後悔していないという気持ちが伝わって少しでも罪の意識が軽くなればいい。大好きな亜貴に、また笑って欲しい。リンは心からそう思った。

 亜貴の姿が完璧に見えなくなると、リンは再びドアの方を向いて、今度はためらうことなくドアを開けた。個室のため、一個しかないベッドに新の姿を確認できた。

「懐かしい曲。」

 ドアを開けると二人でよく聞いていた曲が流れてきた。

 後から知ったことだが、意識を失っている人にはとにかく刺激を与え続けることが大事で、マッサージのように手や足を動かすことも効果があるし、人間の五感で最後まで生き残る耳からの刺激を常に与えることも良いとされているらしい。だから新が一人の状態の時はこうやって音楽を流しているのだった。

 リンは真っ直ぐにCDプレーヤーの元に歩き、そして一時停止のボタンを押した。自分の声だけを新へと届けたかったからだ。

「新。」

 リンはCDプレーヤーから新への方へと体の向きを変え、近づいた。

「弱くてごめんね。」

 返事の返ってこない新を目の当たりにすると、やっぱり悲しい気持ちが込み上げてくる。思っていたよりも、ずっと辛い。

 でも、負けない。負けるもんか。

「これからは出来るだけ毎日来ようと思う。出来るだけ、ね。」

 新がまた目を覚ますことを信じて頑張ろうと思う。女が男の目を覚まそうとするなんて『眠れる森の美女』の逆だな、と思った時ふとした考えがリンの頭の中をよぎった。

「王女は王子のキスにより目覚めたんだよね。」

 確かにそうだけど、私は何を考えているんだ、とリンは全身が熱くなった。でも、もしかしたら、なんて希望も湧いてくる。可能性が少しでもあるなら、たとえ笑われても試してみたい。

 そう思って新の顔へ、自分の顔を近づけた。どちらかと言えばキスは新からしてくるのを待っていたけど、今回は・・・・

「やっぱり、無理!!」  ゴン ドサッ

 あともう少しでお互いの唇が触れるところでリンはそんな少女キャラじゃない!と叫ばんばかりに体を後ろへ逸らした。それと同時にプレーヤーの置いてある棚の角に体をぶつけ、落とした鞄が足に直撃し、思わずその場にうずくまる。

「私は一体何をしているんだ。」

 自分の馬鹿さ加減に呆れながら、リンは一瞬痛くなった体をゆっくり起こした。そして棚にぶつかった衝撃で再び流れ始めた音楽を止めようと、プレーヤーのボタンを押そうとした時に異変を感じた。

「リ、ン?」

 亜貴の時よりも、懐かしいと思える声が耳から入ってきた。リンは金縛りにあったように、体が動かない。

「リ、ン?」

 反応のないリンに向けて、また懐かしい声が聞こえてきた。リンは、おそるおそる振り返って新を見た。


 新の顔がリンの方を向いている。さっきは真っ直ぐ天井の方を向いていたのに。

 新の目が開いている。さっきまで硬く閉じられていたのに。


「リ、ン。」

 口が開いている。さっきまで上唇と下唇がくっついていたのに。

 

「新?」

 リンも、新の名前を呼んだ。それに反応して新が少し嬉しそうに微笑むのを見ると、堪えきれなくなった気持ちが一気に溢れてきた。

「新。新。」

 リンは泣きながらその場に崩れ落ちた。体の水分が枯れるぐらい泣いてまだ二週間も経っていないのに、一体どこからまだ涙が出てくるのだろう。

「新。新。あらた・・・・・・・・・・・」

 『新』以外の言葉が出てこない。『新』以外の言葉が浮かばない。『新』以外の言葉は存在しないんじゃないのか。それぐらい、リンは新を呼んだ。会えなかった分を埋めるように、何度も、何度も。

「リン?」

 リンは頑張ると決めたものの、心のどこかでは怯えていた。新が目を覚まさなかったらどうしよう、と。不安だった。 

 でも新は目を覚ました。今、リンの目の前で。




 神様なんて信じない。

 この考えは多分一生変わらない。


 だけど、新の言葉は信じてたよ。

 


 リンの大きな泣き声で通りかかった患者さんが野次馬のように集まり、驚いた医師や看護師が部屋にすっ飛んできたけど、リンは構うことなく泣き続けた。

 悲しさや辛さじゃなく、嬉しさの涙を再び流れ始めた曲と共に、いつまでも流し続けた。


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