14.リンの決意
「はぁー。」
「そんなことが・・・」
昼休み終わりの屋上で、リンから話を聞いた佳澄と彩女はそれぞれ深いため息をついた。リンは新のことを佳澄と彩女に今までのことを話した。一度に複数の人に自分の本音をさらけだすのは生まれて初めてだと思う。
キーンコーン・・・・
昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響いても、三人はそこを動かなかった。気温が上がった暖かな空気の中、並んで澄み切った青空を見上げている。
「で、どうすんの?」
「え?」
チャイムが鳴り終わると同時に、彩女が口を開いた。
「タカスンは、このまま待つの?」
今度は佳澄が聞いてくる。二人の視線が、青空からリンへと移る。リンは青空を眺めたまま、無言で微笑んだ。その表情は柔らかく、落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。
「とりあえず、学年末テストがんばるかな。」
真ん中に居たリンはすくっと立ち上がり、思いっきりのびをした。
「「はっ?」」
佳澄と彩女の声がハモった。
「新の所に行くのに、中途半端な自分では会いにいけないや。」
リンは言い終わるとくるん、と二人の方を向き、そして二人の顔を見つめた。
「待っててくれて、ありがとう。」
作り笑顔なんかじゃない、本当の笑顔でお礼を言った。それに思わず見とれてしまった佳澄と彩女を置いてリンはリンはスタスタ出入口の方へと歩き始めた。
「タカスン?」
佳澄の呼びかけに、リンがピタッと立ち止まる。
「やることちゃんとやって、それから新に会いに行こうと思う。学生の本分は勉強、なんてそこまで真面目じゃないけどさ。でも、勉強は嫌いじゃないし何か少し自信になるようなことがあった方が堂々と新に会いに行ける気がして。だから、来週から始まるテストを頑張ろうと思うの。」
あの事故の後からリンは自分を中途半端だと思っていた。授業もちゃんと受けず、誰にも心を開こうとせず、かと言って新に会いに行くことも出来ず、ただ生きているだけだった。
そんな自分では新に会えない。胸を張って新に会いたい。その為に手っ取り早いのは、まず勉強しか思いつかなかったのだ。
「授業戻るね。話聞いてくれてありがとう。」
そう言ってリンはあっという間にドアの向こうへと消えてしまった。
「一方的に喋って行っちまった。」
「意外と自己チューだな。」 ※自己チュー=自己中心
リンが居なくなってから少しボー然とした後、二人で顔を見合わせてどちらからともなく笑い出した。
「パネェ!」
久々に飛び出した「パネェ」が、同じように授業に出ていない生徒が数人居る屋上に笑い声と共に響いた。
二月の終わりの、春の日差しを感じる日の事だった。
「こんにちは。」
テスト頑張る宣言から一日経った火曜日の放課後、リンは図書館に来ていた。
「おぉ、リンちゃん。いらっしゃい。」
カウンターに立っていた浦田さんがニッコリ笑いながら迎えてくれた。
「本、返しに来ました。来週テストなんで、しばらくここに来るのはお預けにしますね。」
そう言ってリンはカウンターの上に鞄を置き、借りていた本をせかせかと取りだして浦田さんに手渡した。
「そうか、寂しいけど仕方ないね。頑張りなさい。」
自習禁止の図書館なので引き止めることはなく、リンから本を受けとりながら浦田さんはただ応援のエールだけを送った。
「はい。完司君は本を並べてるんですかね?」
パッと周りを見渡した感じ、完司の姿が見えない。浦田さんがカウンターに居るという事は、完司はおそらく本を並べているに違いない。浦田さんもそうだよ、という風に頷いた。
「あ、居た。」
噂をすれば何とやら、本棚と本棚の間の通路をリンに背を向けて歩く完司の姿を捕らえると、パタパタと追いかけた。
「完司君。」
「おぉ、リン。いらっしゃい。」
浦田さんと同じ反応を示したので、思わずフッと笑みがこぼれてしまった。
「何?」
「ううん、何でも。完司君、私来週テストなんだ。」
完司の質問を無視して、さっさと本題に入り出す。いきなり話題が変わるのはもう慣れているので、完司はそのまま聞き入れ、浦田さんと同じように応援のエールを送った。
「ちゃんと勉強してテストを受けて、そしたら新に会いに行こうと思う。」
背筋を伸ばして真っ直ぐと完司を見据えて言った。自分を抑えていた頃と違って、しっかりした顔つきになっている。
「・・・・・・・そうか。」
完司はそれしか言えなかった。正直好きな女の恋路を応援したくないという気持ちもあるけど、立ち直り始めているリンに勘付かれないようなるべく平静を装った。
「じゃ、もう帰るね。」
「おう。テスト終わって、時間あるなら来いよ。」
「うん。」
すぐに方向転換して足早に歩き出したリンは浦田さんに挨拶してあっという間に姿が見えなくなった。リンの姿が視界から消えると、完司はハァッと一息着き、気持ちを切り替えてまた仕事に取り掛かり始めた。
「へっ?」
今日の勤務も終わり、帰ろうとした頃浦田さんが完司を食事へと誘った。
「今日は歌の方もないんでしょ?だったら家にご飯食べにおいで。妻も久々に会いたがっているよ。」
確かに今日はバンドの練習がない。浦田さんの奥さんにも最近会ってないし、久々に美味しい手料理をごちそうになるかな、と思って完司は「はい。」と二つ返事をした。それが浦田さんなりの励ましだと、完司は気付いていた。
「今日は温かったねぇ。」
一緒に図書館から出ると、冬の刺すような痛い寒さが感じられない空気を感じて浦田さんがほのぼのと言った。
「そうですね。」
「桜の花が咲くのにはもう少し時間がかかるねぇ。」
「もうそんな時期なんですね。」
完司はバンドを結成し始めてもう一年になるのか、と心の中でつぶやいた。去年、桜の花が散り始めた頃に完司達四人はグループを結成した。まさか自分の人生に音楽が欠かせないものになるなんて、あの時は思いもしなかった。
「咲いた花が散って、また新しい花を作る。もしかしたら植物は人間よりずっと強いのかもしれないね。」
「えっ?あ、そうっすね。」
穏やかな性格からは想像できない速さで歩き始めた浦田さんに、完司も慌てて後ろを付いていく。
「でも、人間も自分達で思っているよりはずっと強いんだよ。だから完司君、いい歌を作ってまた聞かせてね。」
「あ、新曲の歌詞チェックまだしてねぇ。」
何が『だから』なのか疑問に思う人がいるかもしれないが、色々な経験を積むと歌い方にも違いが出てくる、と昔言われたことがある。つまり、失恋をしてさらに歌に味が出る様歌手としていい経験に変えなさい、という浦田さんなりの応援なのだ。
浦田さんと出会って約五年、言葉が少なくても浦田さんの言いたいことは大体わかるようになった。と、思う。
「今日は生姜焼きだって。」
「やった!」
浦田さんが晩御飯の献立を教えてくれて完司は喜んだ。成人になったとはいえ、まだまだ完司も子どもだ。そんな完司を微笑ましく見ながら浦田さんは相変わらずのスピードで歩いていく。
二人の姿が夜の暗闇の中に消えていっても、楽しそうな話し声が途切れることはなかった。