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11.第一歩

 まだ少し肌寒さが残る空気の中、昨日雷の家に行く時に通った公園とは違う公園の階段にリンは完司と並んで腰掛け、久々の肉まんを頬張る。

「美味しい。」

 素直な感想だった。お互いにどう切り出せばいいのかわからず、二人は黙々と肉まんを口へと運んでいく。

「昨日、ごめんね?」

 肉まんを食べ終えた後、完司が一緒に買ってくれた温かいお茶のペットボトルを軽く握り締めてリンはポツリと言った。

「取り乱しちゃって。」

 付け加えるように、やはりポツリと言った。完司は自分のお茶をゴクリと一口だけ飲んでふうっと息を吐き出した。

「『新』って」

 その名前を出した瞬間リンの肩が軽くビクっと動いたのがわかった。完司はそれに気付いて言葉が止まってしまったが、聞かない訳にはいかない。覚悟を決めてもう一度気になっていた名前を口に出した。

「『新』って彼氏か?」

 若干早口になりながら、一気に言った。リンの視線の先にあるペットボトルを握る手にぎゅっと力が入る。

「うん。」

 完司の質問から少し時間が経ってからリンが頷いた。

「福岡の?」

「うん。」

「今も福岡に居るのか?」

 いつかの日のような会話。リンに初めて兄弟の事を聞いた日だ。だけど、あの日のようにリンの返事はすぐに返ってこない。

「東京に居る・・・・と思う。」

 自信なさげに、ずっと下を向いたまま言うリンの姿はいつも以上に小さく見える。

「“思う”って?」

 完司はおそるおそる聞いた。顔を曇らせたリンにどこまで聞いていいのかわからないからだ。もしかしたら、昨日のようにまた取り乱してしまうのではないかと不安になってしまう。

「連絡がないから。」

 短い返事からは全てを理解することは出来ない。なので、

 連絡がない?いきなり音信普通になった?そしてその新を探す為に東京に来たのか?家族の元を離れて、一人で?高校生の女の子が?

 なんて考えが完司の頭の中をよぎっている。

「まだ、目が覚めていないのかもしれない。」

 完司が考えたシナリオとはどうも違う話の様だ。そうだ、勝手に考えないで、リンから聞くことが事実なのだ。

 雑念を払って、完司は体をリンの方に向けた。リンの視線は相変わらずペットボトルに向けられている。その体勢のまま完司はリンが話すことを、一言一句逃さぬ様にじっと聞いた。

 リンが話してくれた内容は、完司が思っていたよりもずっと過酷なものだった。


「東京?」

「そ、姉貴がさ、リンと来れるなら来てってさ。」

 福岡県のある学校の図書室の隅で、本を読まずにリンは話をしていた。その相手はもちろん、新。周りと馴染めずにお互い一人で来ていた学校の図書室で知り合い、いつからか付き合うようになった。付き合い始めてからもう一年半くらいになるだろうか。新のお姉さんである亜貴(あき)とも仲良くなっていた。

「向こうでの生活も落ち着いてきたし、今ツリーとかイルミネーションが綺麗だからどう?って。ホテルも系列のところだからタダでよし。どうだ?」

 亜貴はこの秋に結婚して東京へと行ってしまった。新の家はホテルやレストランなどを経営している家で、亜貴は現在東京のホテルを管理している。

「行きたいな。貯金下ろせば飛行機代なんとかなりそうやし。でも、本当にタダで泊めてもらっていいと?」

 宿泊代がいらないということは、バイトもしていない高校生にとってはかなり大きい。でも、話を聞いて調べた限りでは結構豪華なホテル。そんな料金がかかりそうな部屋にタダで泊めてもらうのは少し気が引けてしまう。

「いいって。こんな時くらいは家を利用してやれば。」

 新が冷めた様な目で、投げ捨てるように言った。新はある事情から、亜貴を除いて家のことを嫌っている。

「来年の今頃は受験勉強で忙しいだろうし。」

 現に三年生と思われる人達が一心不乱に図書室の机で勉強をしている。二年生になった時から進路の話は度々出ていたが、希望進路のないリンにとっては不愉快な光景でしたなかった。それに、雰囲気がピリピリしており、陰の空気が漂っていて近寄れない。

「うん。」

 リンは進路の不安を口にすることなく、とりあえず頷く。

「じゃ、早速計画立てよっか。外に出ようぜ。」

 リンはクラスの違う新と放課後こうして図書室に集まり、日が暮れるまで一緒に本を読んだり喋ったりすることが毎日の日課である。元々インドア派の二人が外でデートすることはあまり多くないが、こんな時は別だ。勉強に励む三年生の横で楽しく旅行の話なんて出来る筈がない。

「うん。どこに行く?」

 普段クールなリンの顔に常に笑顔が滲み出ている。それだけ、新への思いが強いのだろう。『旅行』という刺激的な出来事があるから尚更だ。修学旅行が北海道である高校に通っているリンにとっては初めての東京となる。東京ではないが、あの有名な遊園地にだって行きたい。

 考えるだけで、楽しくなってくる。

  


 実際に楽しい旅行の筈だった。

 

 細かく言うと途中までは楽しかったんだ。




「明日福岡に帰っちゃうのね。寂しいなぁ。」

「何言ってるんですかぁ。素敵な旦那さんが居るじゃないですか。」

 あっという間に訪れた東京での最後の夜、亜貴と新の三人で宿泊するホテルのレストランで夜景を見ながら食事をしていた。こんなに素敵な場所、社会人になってある程度お金を稼いでからじゃないと来られないと思っていたのに。付き合っている新の家がたまたま経営しているからと言って来られるなんて、すごく贅沢で幸せだ。

「リンちゃん。新のこと、これからもよろしくね。」

 亜貴から毎回と言うほど、会う度に言われている言葉にリンは笑顔で頷く。そしてその度に新が恥ずかしそうにしている。

「全く、姉貴ってばいつまでたっても小さい子ども扱いだし。」

 食事を終え亜貴と別れた後、部屋へと向かうエレベーターの中で新がぶつぶつと文句を言っている。これもいつもの光景である。

「仕方ないって。亜貴さんにとったら永遠に弟っちゃもん。」

 そしてリンのこの台詞も、もはや決まり文句である。

「そうだけどさ。」

 そんな他愛ない会話をしていると、部屋に着いた。

「すごい。綺麗!」

 部屋のドアを開けると、窓から東京の夜景がすぐに目に入ってきた。昨日は有名な遊園地の近くにあるホテルに泊まった為、この部屋に泊まるのは今日が初めて。こんな素敵な部屋にタダで泊めてもらえるなんて、本当に贅沢で幸せだ。

「新、ありがとう。」

「いや、このホテルに泊まれるのは俺の力じゃないから。」

 夜景に感動したリンの心からのお礼に、新が淡々と言った。確かに新の言うことは正しいのだが、何ともムードのない台詞である。

 でも、そんな飾らない新がリンは好きなのだ。

「新と出会ってから、世界が変わった。」

 リンは夜景に見とれたまま、話を続けた。

 その話は嘘でも大げさでもなかった。中学時代、友達関係がこじれてから周りとつるまなくなった。その心の寂しさを埋めてくれるのが本だったので、高校に入ってからもほとんど毎日図書室に通っていた。そんな時、同じく周りに馴染めない新と出会って一人じゃなくなった。

「俺だって。」

 いつの間にかリンのすぐ後ろに来ていた新に、後ろから抱きしめられた。新の暖かい体温と、心臓の音が伝わってくる。

 付き合い始めてから一人じゃなくなったのはリンだけじゃない。俺だってお前と付き合い始めて一人じゃなくなったんだ。そう言葉には出すのは恥ずかしいから、新はその分リンをぎゅっと強く抱きしめる。

「これからも一緒におってね。」                 ※おってね=居てね

 涙声にハッとして、リンの顔を覗き込むと目に涙が浮かんでいることに気がついた。

『ずっと一人やったけん、この幸せを失うのが怖いと。』

 新はいつの日か、リンが言っていたのを思い出した。その時も「俺だって」って思った。

「こっちの台詞だよ。」

 いつもだったらかっこ悪くて言えないけど、旅行という開放感とこの夜景を前にしたらすんなり言えた。それに感動したのか、リンの目から涙がポロリとこぼれた。その後の笑顔を見ると新はキスをせずにいられなくなった。


 好きだよ。


 二人共不器用で口下手だから言わないけど、その想いを確かめ合うように二人は長い夜を過ごした。そのまま二人で夜に溶けてしまうかのように、何度もお互いの体温を感じ合った。


 どうかこの幸せが永遠に続きますように。

 強くそう祈った。


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