第八話 あんた誰!?
あれから毎日が慌ただしく過ぎ、双星高校進学を決意してから一週間が経った。
意識が変わると見えてくる景色が違う様な気がする、あくまで気がするだけ、だけど。
部活に打ち込む下級生が輝いて見えたり見えなかったり、いちゃついてるカップルが微笑ましく見えなかったり見えなかったり。曖昧だけど。
ただ一つだけはっきりとした事があるそれは…。
「勉強全然やってねぇぇぇぇ!」
毎日絵梨ねぇと勇吾が勉強を教えに来てくれてるのに色々と理由を付けて断ってしまっている。
何て事だ、これじゃ進学どころか卒業すら危うい。
いや、まだ義務教育だから卒業は出来る。
「落ち着け、落ち着くんだ俺。まず左右逆に履いている靴下を履き直してだな…。」
靴下に左右逆なんてねぇし!右左逆も無いし!
朝からかなり焦ってるな俺…。
『コンコン』
「歩、朝からどうした?」
「あに、、お兄ちゃん?どうしたのノックなんかして、入ってきなよ。」
「あ、うん。」
朝からの絶叫を聞いた兄貴が俺の部屋を訪ねてきた。
年頃の妹だと思い態々ノックをしてくるあたりが兄貴の思い遣りを感じる。
「今日は早起きだな、さっきの絶叫はどうしたんだ?」
「ん…、勉強全然してなくてさ。」
「そっか、母さんに聞いたけど双星受けるんだって?」
「うん、でも無理だよな~。」
「ごめん、俺もそう思う。」
「その通りなんだから謝らなくていいよ。」
やっぱり兄貴でもそう感じるか。
少し申し訳なさそうに言う姿に、逆にこっちが申し訳なくなる。
「それでか、二人とも毎日家に来てたのは。」
「そうなんだよ。勇吾はおれ、、じゃなく私が勉強してないの分かってるみたいでさ、絵梨ねぇはとりあえず私に会いに来てるみたいだけど。」
「…兄として一言言うけど、人の好意を無下にしてはいけないよ。まして進学は歩の一生を決める事なんだから。」
「分かってるけどさ…。」
最初から諦めている俺は勉強なんてやる気が無かった。じゃあ何でみんなの前であんな事を言ったのか?と聞かれたら答えられないと思う。
単に偏差値の高い学校を希望する事が格好良く思えただけかもしれないし、そもそも先生に提出した進路希望が何で通ったのかさえも分からない。
女の子の歩は成績が良かったのか?でも体は女の子でも中身は男の歩じゃ多分そう上手くは行かない。
ああぁ誰か俺のやる気スイッチを押してくれぇ、多分背中にある筈、俺一人じゃ手が届かなくて押せない!
「どうした?俯いて頭抱えたと思ったら背中掻き出して。」
「やる気スイッチ探してた。」
「ぷっ、確かそれ去年もやってたよな?テスト近いのに勉強しないからって母さんに散々怒られた時にさ。」
「去年から全然成長してないな…。」
去年の期末テストも全然勉強してなくてお袋にめちゃくちゃ怒られた事もあったな、テストの結果も散々で帰ってから夜中まで怒られたし。
「まず勉強なら兄ちゃんも教えてやるから心配するな。」
「だってお兄ちゃんも大学受験控えてるでしょ?私に付き合わせるなんて悪いよ。」
「大丈夫、復習だと思えば為になるから。」
「お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだ、変わらず優しいや。」
女の子になって色々と変わったが兄貴だけは変わらず優しいままだった。
けど話をしていて何か疑問というか違和感を感じたが、ハッキリしないから深く考える事はしなかった。
「じゃあ兄ちゃんはそろそろ行くから、学校気を付けて行けよ。」
「うん、分かった。ありがと。」
「あぁ、それと言葉遣い、兄ちゃんの前なら気にしなくていいからな。兄貴でもいいし。」
「し、思春期ですからね。いってらっしゃい兄貴!」
「いってきます!」
俺のしどろもどろな話し方に兄貴の方が違和感を感じたみたいだ。
笑いながらそう言った兄貴は男の時と変わらず優しかったが、やっぱり目を見て話をしてくれなくなったのが少し淋しかった。
俺に対して恥ずかしがっている様に見えたが自意識過剰かな、もしかして妹属性なのか?
『ピンポーン』
うっ、勇吾が来たって事はもうそんな時間か。
一応行く前に靴下確認しておこう…。
「悪い、待たせたな。」
「気にすんな、じゃ行くか。」
折角早く目が覚めたのに結局いつものように待たせる事になってしまった。
しかもここ一週間勉強の誘いも断っていたから何となく気まずさを感じていた。
「あのさ…、今日こそ勉強教えてもらってもいいかな?」
「ついにやる気が出てきたな。俺はいつでもいいぞ。」
「じゃあ晩ごはん食べたら俺の部屋に来てくれるか?」
「えっ、いやそれはマズイんじゃないのか?」
「何がだよ?じゃあ俺が勇吾の部屋に行くか?」
「いや、部屋に連れ込んでる所を姉貴に見られたらそれもマズイかも。」
うわっ、こいつめんどくせぇよ!
完全に女の子としてしか見てないだろ?じゃあ毎日家に来てたのは何なんだよ?
どこで勉強するつもりだったんだよ!
「ねぇ勇吾君?」
「な、何だよその笑顔?」
「女の子扱いするなって言ったよなぁ?」
「いや、その周りの目もあるしさ。待て落ち着け!」
「問答無用!」
俺は一発お見舞いしてやろうと持っていたバックを振り回した。
しかし軽々避ける勇吾に余計腹が立った。
「避けるなぁ!避けた分後悔が増えるぞ!」
「待て待て待て!歩だって可愛い笑顔で俺を油断させて、女の武器使ってるだろっ?」
「可愛い言うなぁ!今ので倍だぞ!」
俺らの争いは学校に着くまで繰り広げられた。
途中スマホを弄りながら歩いていたサラリーマンも俺の形相を見て引いていたに違いない。
毎朝キラキラした視線を送ってくるのもこれで終わりだろう。
「ハァハァ、け、決着は、帰に、につけるかや、な。」
「覚えてたらな、歩が。」
「うるへー、おえは、忘れないかやな。」
クソッ、息があがって上手く喋れない。絶対忘れないからな!
「そう言えば朝のサラリーマンまたキラキラした目で見てたよな。」
「嘘っ!?俺の暴れん坊ぶりを見て引いてないのか?」
「そこがまた良いってやつじゃないのか?」
「チクショー!どいつもこいつもぉぉぉ!」
勇吾の発言で朝から余計疲れてしまった。今日は小テストもあるのに、なんてついてないんだ。
教室に入ると何時もの如く黒川が寄ってきたので適当にあしらう。
その後は女子が集まって来て朝から女子トーク。
俺の胸をいやらしい目で見て、伸ばしてくる女子の手を叩き落とす。
毎日同じ様に繰り返される朝の情事にようやく慣れてきた感じがする。
「ちょっと位触らせてくれてもいいじゃ~ん。」
「毎日毎日嫌だよ、そんなに触りたいなら優花の触りなよ。」
女子の中で胸が大きい方の俺だが、優花も然り気無く大きい様な気がする。直接見た訳じゃないからな!
俺の一言で女子の視線が優花に集まった、もちろん胸に。
「確かに優花も大きいよね。」
「隠れた巨乳だ。」
「ちょっとそんな目で見ないでよ~。」
「羨ましすぐるから揉んでやれ!」
俺から優花に矛先を変えて女子が群がり始めた。
端から見ると恐ろしい光景だ、いつもこの中心に居たかと思うとゾッとした。
優花の悲鳴が聞こえてくると俺は心の中で謝り、そっと手を合わせ合唱した。
朝の朝礼が終わると優花が話し掛けてきた、その姿は少しグッタリしている様に見えた。
「あゆちん酷いよ~。揉みくちゃにされて、お尻まで撫で回されるし~。もう疲れちゃったんだけど~。」
「ははは、ゴメンゴメン!まさかあんなに食い付くとは思わなかったからさ。」
「ウチの女子はセクハラオヤジばかりだよ~。」
「言えてる、顔合わせる度に無数の手が伸びてきて恐いんだけど。」
最初は話し掛けられてもしどろもどろだったが、毎日話している内に普通に会話が出来るようになった。
男の時は勇吾以外とは殆ど話す事が無く学校がつまらなかった。
今はみんなが話し掛けてくれるし、ふざけ合ったりもして学校がとても楽しい。
「あゆちんようやく元に戻った感じがする~。ちょっと言葉が男っぽいけど。」
「えっ、そ、そうかな?」
「やっぱり進学で悩んでたんだね~、勉強順調?」
「それが全然なんだよ…、勇吾と勇吾のお姉さんが教えに来てくれてるんだけどね。」
「勇吾君に家庭教師してもらってるの?じゃあバッチリでしょ~。」
『毎日言い訳して断ってます。』何て人間性を疑われるから言えないし、俺は返事に困って苦笑いしか出来なかった。
「そう言えば先週、勇吾君のお姉さんって人に抱きつかれそうになったよ~。」
「ええぇぇぇ!?優花と会ったって話は聞いたけど、何もしてないって言ってたよ。」
「ウチの女子より怪しい目つきだったよ~、それで警戒してたらいきなり飛び付いて来るからさ~。」
「そ、それで?」
「ギリギリ避けたら丁度歩いてたサラリーマンとぶつかって思いっきり怒ってたよ~。」
あの人は節操無いな~、小学生に続いて俺の同級生にまで手出そうとするなんて。
あの時目が泳いでたから怪しいと思ったんだよな…。
その内本当に捕まるぞ。
「始めて防犯ブザー使いそうになったよ~。」
「た、多分ふざけてたんだと思うよ、面白い人だから。今度あったら注意しとくね。」
何で俺フォローしてんだよ、今日も家に来るはずだから説教しないと!
絵梨ねぇにイライラしつつ午前中の授業は過ぎていき、もちろん小テストもボロボロで無惨な内容だった。
項垂れるようにして昼休みに突入すると勇吾が声を掛けてきた。
「悪い、ちょっと手伝ってくれないか?」
「いいけど何の手伝い?」
「担任に資料運び頼まれて、今日俺日直だからさ。」
「しょうがないな、一つ貸しだぞ。」
「つー訳で女子諸君、歩借りてくからな。」
「「「えっー!!」」」
弁当を一緒に食べようと集まった女子達は一斉に不満の声を上げた。
俺としては過激な女子トークから逃げる口実が出来て良かった。
「お楽しみの弁当タイム邪魔して悪かったな。」
「気にするなよ、女子トーク聞いてるのも疲れるし。」
「ハーレムみたいなもんだろ?」
「勇吾にはそう見えるか…。まっ、学校内の男女関係は詳しくなったけどな。」
「へ~、例えば?」
「体育の先生と英語の先生が怪しいって。」
俺の言葉で勇吾は持ってた資料を落としかけた。
「それって男同士だろ?しかも怪しい止まりかよ。」
「なっ?そんなゴシップでずっと盛り上がってるんだぞ、ハーレムなんて言葉はすぐ消え失せたよ。」
「でもみんなと仲良くやってるようで良かったよ。」
「何で勇吾が心配するんだよ、親父か!」
俺達は笑い話をしながら資料運びを続けた。
ふと気付くと勇吾は俺の3倍の量の資料を運んでいた、これなら俺が手伝うまででも無かったんじゃないのか?
やっぱり男って力あるんだな、勇吾の1/3でも結構重く感じる。
ん?単に俺が元からひ弱だからか?
「三上先輩っ!」
「はいっ?えっと…。」
「2年の白沢です。何してたんですか?」
いきなり声を掛けられちょっとビックリした、この白沢って子は勇吾のファンの一人だ。
この前昇降口で泣かれてしまって(俺のせいでは無い)大変な目にあった。
「えっと、担任に頼まれた資料を運んでたんだよ。」
「私も手伝っていいですか?」
「そ、そんな悪いからいいよ。」
「いいんです、貸してください。」
奪うように持っていた資料を取られたが、俺のじゃなく勇吾のを分けた方が良かったんじゃないかと思った。
しかし白沢は明らかに不機嫌な表情で俺は言い出す事が出来なかった。
「三上先輩っ!」
「はいっ!」
「ちなみにこれはどこに運べばいいんですか?」
「え~と、どこだろうね?ははは。」
白沢に呼ばれるとなんか怒られるんじゃないかと思って体がビクッとなる。
そもそも置場所は聞いてなかったから、単に勇吾について歩いてただけだった。
「先生の話聞いてなかったのかよ、三階の空き教室だよ。」
「教頭のラーメン見てたから聞いてなかった。」
「確かに教頭先生ラーメン食べてたな。てか学校に出前頼むなんてズルいよな。」
「ウチの女子の話だと奥さんと喧嘩中で家に居ないらしいぞ。」
「凄い情報通だな、原因は?」
「キャバクラに飲みに行ったらしいよ。しかも何回も。」
キャバクラなんてよく分からないが女は男がそういう店に行くのを嫌がるみたいだな。
ただお酒を飲んで話をする店なんだろ?
「それは奥さん怒っても当然だな。」
「なんで?お酒飲んで話をするだけなんだろ?」
「簡単に言えばそうなんだけどな。」
「それが喧嘩になるのか?」
「いいか、ちょっと露出の多い服を着たお姉さん方が居て、あんな教頭先生でもちゃんと話を聞いてくれるんだぞ。」
「まぁ、ウチの教頭話長いからみんなウンザリしてるからな。長話聞いてくれるなら良い店じゃん。」
よく分からない。それのどこが喧嘩の原因になるのかさっぱりわからない。
「あの、私の存在忘れてませんよね?」
「そ、そんな事無いよ、手伝ってくれてありがとね。」
「ならいいですけど。いいですか三上先輩、藤崎先輩が言ったお店の他にも、女の人と○○○したり、▲▲▲したり、XXXのサービスなんかしてくれるお店も有るんですからね。」
「えぇぇぇぇ!何ソレ?」
「三上先輩はそんなお店に藤崎先輩が行っても怒らないんですか!?」
女の子なのに淡々と語る白沢、聞いてて恥ずかしくなる中身は男の俺。
しかし勇吾を引き合いに出してくるなんてお門違いもいいところだろ。
「いや、私は別に…。」
「三上先輩は寛大なんですねぇ、そこに惹かれたんですか?」
「まぁまぁ、俺はそういう店は行かないし、そもそも未成年だから。けど白沢さん結構詳しいんだね?」
「兄が大学生なんですけど、家に友達を連れてきてはそんな話ばっかりなんですよ!最低ですよね?年頃の女の子がいるのに。」
「俺には姉貴が居るけど下って何かと大変だよな~、白沢さんの気持ち分かるよ。」
「あ、あの、下の名前で、綾乃で呼んでください。もちろん呼び捨てで構わないので。」
「じゃあそうさせてもらうか、よろしく綾乃!」
「はいぃ、ありがとうございます!」
あ、結構良い感じだこの二人、白沢の目がキラキラしてる。
この前は諦めるって言って俺の胸で泣いたくせに…。
断じてヤキモチじゃありませんから!
「よし!っと二人とも手伝ってもらって悪かったな。」
「いえ、私は全然平気です!」
私は?俺だって全然平気ですから、なんなら後三~四往復しても構いませんけどね!
「じゃあ戻って飯にするか。じゃあありがとな綾乃!」
「はい、また何かあったら呼んでください!すぐ行きますから!」
「俺だって手伝ったのに…。」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありません!じゃあ私は戻ってお弁当を頂きますのでどうぞごゆっくり。」
「おい、ちょっと待てよ!」
俺は二人を置いてさっさと空き教室から出ていった。その後を勇吾が追いかけて来たけど構わず自分の教室に向かった。
「お~、あゆちんお帰り。ごめん、先に食べちゃったよ。」
「ううん、気にしなくていいよ。私も急いで食べるから。」
「それより勇吾君と二人で秘密のお仕事はどうだったの~?」
「ぶっ、ちょっと変な事言うなよ。」
勇吾と二人で居なくなる=みんなにはそんな目で見られていたのか…。
通りで他の女子達もニヤニヤしてる訳だ。
「みんな変な事考えてるようだけど全く、一切何もしてませんから!」
「「「え~!」」」
「そもそも2年生の子も手伝ってくれたから二人きりではございませんでした。」
「あらら残念だったね。私達期待に胸が膨らんでたのに!」
残念でも無いし期待されても困るんだけど。
そういった意味では白沢が手伝ってくれたから余計な妄想されなくて済むけどな。
午後の授業は上の空だった。
俺は窓の外を見ながら昼休みの事を考えていた。
白沢は諦めらめるって言ったけどあの様子だとそうでもなさそうだし。
それは全然構わない、大いに結構だ。
問題は俺の態度だよなぁ、やっぱり嫉妬?でも白沢の俺に対する態度もなんか嫌だったし。
俺はあの時どっちに対して怒ってたんだろ、戻って来て弁当食べたらどうでも良くなったしな。
そもそも今日の弁当は酷かったな。ご飯にケチャップでハートマーク書くのはいいけど、何でハートマークの真ん中に筋子がセットされてんだ?
ご飯を食べる度に鳥肌が立って、そのせいで俺の怒りもどこかに行ってしまったんだ。
「……え~とじゃあ次の問題を、三上答えてみろ。」
「は、はいっ。え~っと、マイケルはジョージと釣りに行く為に早起きをしました。」
「どうやったらこの漢文をその様に訳せるんだ?今は古文だぞ、英語は前の時間だ。」
「え、あっ、ヤバっ!」
「教科書も出してない、ずっとよそ見をしてこの時期に良い根性してるな。」
「す、すいませんでした!」
俺の突拍子も無い答えにみんな大爆笑していた。
考え事をしている間にもう六時間目に入っていたみたいだ。
結局俺は倍の宿題を出されてしまい一気に落ち込んだ。
「あゆち~んさっきの面白かったよ~。」
「優花酷いよ、教えてくれても良かったじゃん。」
「英語終わった時点で声は掛けたよ~、返事はしてたけど何か考え事してたから無理に声掛けるのは良くないかな~って。」
「えっ、全然覚えてない!」
「ちょっと大丈夫か~い?お昼戻ってから変だよ~。」
俺はそんなに長い時間考え事をしていたのか、ある意味大した集中力だな。
これを勉強に活かせば頭良くなるかなぁ、あくまで活かせればの話だけど。
「お~い、歩帰ろうぜ。」
「あいよ~。」
「いいねぇ、夫婦仲良く下校かい。朝も仲良く登校してるし。」
「木下さぁん、そういう言い方は止めていただけませんかぁ?」
「ひいぃ、口は笑ってるけど目が怖いよぉ。」
木下は事ある毎に俺の胸を触ろうとしたり、勇吾との仲を冷やかしてくる女子だ。
ある意味学校での天敵、胸は俺より大分控えめ。
俺達は帰り道に恒例の神社に寄って行った。
今日も誰も居ない、閑散とした神社は俺達をいつもの様に招き入れた。
「そろそろじいさん帰って来てたかな?」
「ここ一週間全く出てこなかったからな。」
俺は本殿の扉を開けようとした、いつもは鍵が掛かっている扉も今日はすんなりと開いた。
「おっ、開いた。お~い、神様居るか~?居たら出ておいで~。」
「まるで猫探してるみたいだな。」
返事が無い、鍵も掛けないで無用心だなと思ったら背後に人気を感じた。
「今日も来たな、偉いぞ。お前たちの事はちゃんと見ていたぞ。」
「えっ、あ、あんた誰っ!?」
「あのどちら様でしょうか?格好を見る限りここの神主様の様ですけど。」
俺達はいつもの老人を予想していたが、全く違う人物に驚いた。
格好は神主のそれと同じようだが、背は勇吾より高く、髪は黒々として長く腰まであり、それを背中の辺りで一つに結んでいた。
整った端正な顔立ちに切れ上がった目、これ以上は上手く表現出来ないがイケメンと言うよりも美男子と言った感じだ。
「なんだ儂の顔を見忘れたか?」
「もしかして、神様か?」
「もしかしても無い、その通りだ。」
「「えぇぇぇぇ!」」
俺達の驚きの声は静かな境内に木霊した。
その様子を見て鼻で笑う神様、一体どうしちゃったの?
「何で若くなってんだ?そもそも別人過ぎるだろ!」
「今の姿は若い頃の儂だ、神パワーを使えば若返る事位朝飯前だ。」
「ちょ、その神パワー俺にも使ってくれよ。」
「それ以上若返ってどうするつもりだ。」
「違うよ、男に戻せって言ってんの!」
俺達が一週間、毎日神社で精進してたのに溜まった神パワーを自分の若返りに使うなんてズルいぞ!
「それは無理だ。」
「また即答すんなよ!神パワーを私利私欲の為に使うなんて罰が当たるぞ。」
「ほほぅ、お主難しい言葉を使うではないか。お主の口から私利私欲とは、四字熟語を覚えたな。」
「ば、馬鹿にすんなー!それ位前から知ってました!」
「そうなのか、国語の時間に英語の教科書出してるのに良く勉強しておるようだな。」
ぐっ、今日の恥ずかしい瞬間を何故か知ってるって事は完全に覗き見されてるな。
しかもじいさんの時もそうだったが、若くなった神様はちょっと意地悪口調が強くなった感じがする。
「まずそれは置いといて、無理ってなんだよ。」
「自分でも実感している筈だ、変わったのは自分だけではない事を。」
「確かに…、女の子の俺に合わせた世界って言うか、元から俺が女の子の世界になってる。」
「そうだ、儂はお主だけに神パワーを使った訳では無く世界を変える程の神パワーを使ったのだ。」
そ、そんな、的外れな願いを叶える為に世界を変える位の力を使うなんて…、馬鹿過ぎるだろっ!
「やっぱり百万回か…、気が遠くなる。」
「いや、百万回より少し増えたぞ。」
「えっ!なんでだよ?俺達の信仰心が足りなかったのか?」
「若返る為に神パワーを使ったからな。」
「なっ、さっきは朝飯前だって言っただろ!そもそも俺達の信仰心を自分の為に使いやがって!」
「年老いた姿だと何かと不便だからな。お主は老人が苦労している姿を見て、飯が美味く感じるのか?」
確かに神様の言う通り、老人が苦労している様を黙って見てるほど俺は非道では無いと思っている。
けど俺は女の子になりたいなんて少しも願ってはいないし、勝手に神パワーを使った神様も悪い様な…。
「ちなみにお主の細々とした願いも一応叶えておいたんだぞ。」
「それってもしかして、小遣いとか身長の事?」
「そうだ。そこも不満なのか?」
「いや、そんな事ありません!神様ありがとうごぜぇますだ!」
「現金な奴だな。彼女と言うのは無理だったからな、お主が女の子であれば不用と思ったからの。」
まぁ、ちょっと欲張ったからな、そこは大目に見てやろう。
女の子同士で付き合ったらそれこそ木下達の格好の餌食だしな。
「ちなみに頭は良くなってるのか?」
「そこが難しかった、お主以前はとんでもなく出来が悪かっただろ?」
「そんなに馬鹿じゃ、、無いと思います。」
「女の子に変えるので余った神パワーじゃ足りなかったみたいでな、ほんの少し良くなった程度だ。」
「ホントに?それでもいいよっ!神様ありがとう!」
「おっと、その笑顔にちょっとキュンとなるな。」
キュンとかいってんじゃねーよ!勇吾にしてもそうだが、俺が元男だって分かってんだろ?
俺が今居る世界は変態しか居ないのか?全く勘弁してくれよ。
「勇吾君、神様の言葉に頷かないでくれる?」
「うっ、いや、ゴメン。」
「謝んな!否定しろよ!」
「なんだ勇吾とやら、もう女の尻に敷かれてるのか?情けないの。」
「おいっ、神様の言葉にニヤニヤすんな!神様もその表現やめろぉぉ!」
完全に弄ばれてる、神様が加わる事で俺と勇吾のパワーバランスが崩れてしまった。
このままでは火を見るより明らかだ…、ってどう言う意味だっけ?
「まぁ、落ち着け。ちょっと度が過ぎたかの。」
「ちょっと所じゃないし!俺百万回目のお願い決まったから。」
「なんだ唐突に、男に戻るんじゃないのか?」
「勇吾と神様も女の子にしてもらう!」
「「なっ!?」」
「そうすれば俺の気持ちが分かるだろ。」
もう決めた、こいつらも女の子にしてやる!
例え一人ででも、百万回でも二百万回でも参拝してやるからなっ!
「ちょっと落ち着こうか。今ね、仲の良い従者の子がいるから女の子になるのはマズイかなぁ。」
「そんなん知らん!」
「お、俺も歩を置いて女の子になるなんてマズイだろ?」
「何言ってんのか分からないから知らん!もう他所の神社行って百万回参拝して来るからな!」
「「調子に乗ってすいませんでした。」」
二人とも俺の覚悟を察したのか土下座をして謝ってきた。
流石に神様の土下座なんて見ること無いから驚いた、神様でも女の子になるのは嫌なんだろうな。
「分かればよろしい、二人とも面を上げい。」
「ははぁ、、じゃあねぇよ!神様に何させてんの?」
「あははは、神様素が出てるよ!」
「全くお主と居ると調子を崩されて敵わん。儂はもう帰るからな。よいか、精進するのだぞ。」
「それはこっちのセリフです~。」
「じゃあ俺らも帰って勉強するか。」
神様が帰るのに合わせて俺達も帰ることにした。
早速良くなった頭で勉強しなきゃな、なんだかヤル気が湧いて来たぞー!
「お主の頭では相当頑張らなきゃ合格出来んからな、そこも精進するんだぞ。」
「えっ?少しは良くなったんじゃないのか?」
「ほんの少しに決まっておるだろ、元がバカ…、良くなかったからな。じゃそういう事で、さらば!」
最後は言い逃げするように本殿へ入って行った神様、頭に来て追いかけるも本殿の中には誰も居なかった。
「悔じいぃ!神様が馬鹿なんて言っちゃダメなんだぞぉぉ!」
「落ち着けって、双星合格して見返してやればいいだろ?」
「そうだな、、勇吾頼むぞ!あの意地悪神様の鼻を明かしてやるんだから!」
「じゃあ晩飯食べたらどこに集合する?図書館か?」
「もちろん俺ん家に決まってんだろ!」
どうして家が隣同士なのに別な場所に集合しなきゃないんだよ!
勇吾はちょっと遠慮気味だったが俺の気迫に負け
て素直に従う事になった。
見てろよ神様っ、本気になった俺の実力を!