stage.05 少女皇帝、提案する。
「ダンジョンを造るのがいいと思うんです」
冥王によって教えられた問題について神竜王ソールとヴァンパイア王ブラッドに確認すると、確かに人界から戻った者たちは血気盛んで、すでにいくつか騒動を起こしていると報告された。
そこで彩乃は提案する。
「みんなが挑戦したくなるようなダンジョンを造って、そこで思いきり暴れてもらってスッキリすれば、きっと大丈夫ではないかと!」
ソールもブラッドも「“だんじょん”とはなんぞや?」という顔をしたが、彼らには敬愛する神魔帝陛下の望みに反対する気などカケラもない。
「御意にございます、陛下。すぐにお造りいたしましょう」
それが何かも知らないままソールがうなずき、ブラッドが訊いた。
「神魔帝陛下。“だんじょん”を造るのには、何が必要でしょうか?」
「ダンジョンはロマンでできてます!」
自分がダンジョンで遊びたいあまり、つい叫んでしまった彩乃は、自分の声の大きさに驚いて、あわててとりつくろった。
「ごめんなさい。今のは聞かなかったことにしてください」
ソールとブラッドは何も言わず、優しい眼差しで彩乃を見守る。
今すぐ伴侶となることは叶わなかったが、彼らは千年ぶりに生まれた神魔帝のそばにいることがただひたすらに、何よりも嬉しかった。
一方、彩乃は心の内がダダ漏れてしまったことが恥ずかしく、すこしばかり頬を赤くして、ごまかすように説明する。
「えーと、ダンジョンというのは、何が出てくるかわからない、不思議な宝箱みたいなものです。たぶん迷宮とか洞窟とか、すぐには出られない入り組んだ造りの建築物、って言った方が正確なんですけど。
それからダンジョンを造るのに必要なものは、とりあえず人材かな?」
この世界の場合は神材か魔材と言うのだろうか、と考えながら彩乃は説明した。
道具類は、神魔帝が「こんなの欲しいな」と願った瞬間に現物が現れる、という便利すぎる天空宮殿で創ればいいので、何とでもなる。
そこでソールとブラッドには、ダンジョンの中身を一緒に考えてくれそうな「罠を仕掛ける達人」や「博識なひと」や「おもしろい道具に詳しいひと」を揃えてほしいと頼んだ。
「心得ました。神族のなかでも選りすぐりの者を連れてまいります」
「待て、神竜の。陛下がお望みのものはすべて魔族の得手だ。こちらで用意しよう」
ブラッドに止められ、ソールはむっとした様子で言った。
「侮辱するか? 夜魔の。神族のなかにも神術を極めた者、罠を使った狩りに熟達した者がいる。彼らは必ず陛下のお役に立つだろう」
彩乃はブラッドが言い返す前に止めた。
「二人とも、そこまで。神族と魔族、両方に協力してもらって造りたいけど、仲良くできないのなら私ひとりでやります」
断言した後、(そうなったらほぼ確実に失敗ダンジョンになるだろうけど)と心の中でつけたす。
幸い、こんなことで神魔帝の計画から外されるのは嫌だと考えたらしく、二人ともすぐに「協力いたします」と答えたので、失敗ダンジョンの危機はとりあえずまぬがれた。
「では、私はダンジョンの外側を用意しますので、二人ともよろしくお願いします」
「御意にございます、陛下」
ソールとブラッドが一礼して謁見の間から消えると、彩乃も玉座から立ちあがり、同じように姿を消した。
次に現れたのは、天界の大地の上。
そこはちょうど天空宮殿の真下だったが、空飛ぶ神魔帝の居所が影を作ることはなく、常春の大地はおだやかな陽射しを浴びている。
(外から見ると、変わった形してるなー)
彩乃は空をあおぎ、外から見ると宮殿ではなく、半透明の白っぽい結晶体がゆったりと回転しているようにしか見えないのを、不思議そうに眺めた。
それはピラミッドの底に、ひっくりかえしたピラミッドをくっつけたような形をして空に浮かんでいるが、中身は彩乃が先までいた天空宮殿と、その奥に『皇帝の大樹』がある神魔帝の居所なのだ。
ちなみにその結晶体よりすこし低い位置に浮かんでいる巨大水晶の花が神竜王ソールの居城で、黒水晶の花がヴァンパイア王ブラッドの居城。
(ファンタジーだ。ラスト・サーガみたいなファンタジー。
うーむ。やっぱりこれは、買えなかったゲームのかわりにこの世界で遊べ、というどなたかの配慮で。ダンジョンが無ければ造れば良いじゃないの、と言わんばかりに与えられた神魔帝の力こそ、その証だよね?)
頭の中の誰へとも知れない問いかけに答えが返るわけもなく、沈黙が流れる。
彩乃はしばらくして、「ダメ」と言われないなら良かろう、と考えた。
(よし! みんなでダンジョン造って、天界荒らさないよう遊んでもらうついでに、私も遊ぼう!)
生まれたからには楽しもう。
彩乃は心の中で結論し、(ダンジョンはロマン!)とちいさな手で拳をにぎった。
そして自分が楽しんで造る気満々で、ようやく意識を現実に戻す。
まずは移動してからずっと空中に浮きっぱなしだったので、なんとなく地上に張り出した太い木の根の苔むしたところへ降りてみた。
やわらかな緑の苔にふんわりと素足がうずもれて、とても心地よい。
陽射しが当たっているところは暖かくてすこし固いが、奥の方はひんやりとして、しっとりと濡れたようにやわらかかった。
(天界は広いけど、何もないように見えるところでも誰かの縄張りになってるから、今ある土地にダンジョンを造るのは良くない。
となると、天空宮殿みたいに、陽射しを遮らないようにして空に浮かばせるのがいいかな)
考えながら、彩乃はあちこちの物影から好奇心いっぱいに自分を見つめるいくつもの視線に気づいたが、彼らが声をかけてくることはなさそうだった。
今は力を抑えているから、彼らが威圧されて動けないということはないはずだが、千年ぶりに現れた神魔帝を相手に、いきなりフレンドリーに声をかけられるのはあの冥王だけだろう。
神族も魔族も、本能レベルで神魔帝を畏れ、敬うのがこの世界の理なのだ。
物影に隠れている住人たちを引きずり出したいとも思わないので、静まりかえった森と草原と、そこを流れる澄んだ小川を見渡して、彩乃は必要なものを探した。
(ダンジョンの基盤といえば石と木かな。あー、でも、この世界の自然物って精霊が宿ってるんだっけ。石の精霊と木の精霊が別々にいると管理が面倒なことになりそう)
すこし悩んで、彩乃はそばにある木や石の精霊たちに訊ねた。
「石と木の精霊が混じり合っているような子、どこかにいないかな?」
木々がさやさやと葉を揺らして「あっちにいるよ」と答えた。
ほとんど動かない石の精霊たちはあまり知らないようだが、木の精霊はお喋り好きらしい。
彩乃がすうっと空中に浮かんで教えられた方向へ進んでいく間、木々が「かわりもの」とか「ふしぎなこ」と話していた。
彼らのそれは陰口ではなく、仲間外れにしているということもなく、単純に珍しがっているだけで悪意はない。
そもそも四大精霊と呼ばれる地水風火の精霊の上位種でなければ、実体のない精霊が自分から強い意志や感情を持つということはないのだ。
彩乃はのんびりと空中散歩を楽しみながら木々の間を抜け、小川を越え、しゃらしゃらと細い滝が流れ落ちるところでその精霊を見つけた。
川辺にある古びた灰色の岩が割れ、その間から生えた一本の木が、滝をすべる水の飛沫を心地よさげに浴びている。
その木が岩の内部の隙間にも外側にもびっしりと根を張っているせいで、石の精霊と木の精霊が混じってひとつにとけているようだ。
彩乃は木を生やしたその岩のそばへ降りると、指先で緑の葉に触れて訊いた。
「ねぇ、君。私のダンジョンになってみない?」




