stage.01 少女皇帝、生まれる。
ひさしぶりの休日の朝。
道路わきの縁石に座った彩乃はうとうとと、半分くらい眠りながらゲームショップの開店を待っていた。
今日はシリーズ九作がすべて大ヒットしたファンタジー系ゲームの、記念すべき十作目の発売日。
タイトルは『ラスト・サーガⅩ』。
「もうすぐ滅びます」的な剣と魔法の世界で、主人公達が各地のダンジョンを攻略しながら旅をして、それぞれの目的を達成しながら世界を救うという王道RPGだ。
このシリーズはすべてライトユーザー向けで、「誰もが先を読める王道な物語を、いかに楽しく盛りあげるか」に挑戦し続けている有名なクリエイターの作品なので、ストーリーも難易度についても安心して遊べるのが良いところ。
ちなみにヘビーユーザー向けに、いくつかの条件を達成しないと出現しない高難度のエクストラ・ダンジョンもあるので、それを目的に購入する人たちも多い。
そして彩乃はなんとかそのソフトを手に入れようと、ショップの入口からのびる長蛇の列の中ほどで待っていた。
すでに整理券は手に入れており、時間さえ来れば確実に買える位置だ。
(はやく、遊びたいな)
ただその一念で長い時間を待ちながら、口元を手でおおい、彩乃はちいさくあくびする。
就職難のあまりブラック系な企業に入社してしまい、いつか殺されるんじゃないかというくらいの勢いで仕事を叩きこまれながら連日残業をしているので、いつもなら休日は丸ごと寝ているくらい睡眠不足。
だから今日も、早朝から起きて開店待ちの行列にならぶのはつらかったが、シリーズ九作をすべて夢中でプレイしてきたファンとして根性で発売日に合わせた休みをもぎとった以上、うっかり寝てしまうようなことは絶対にできない。
事前予約は電話したのが遅すぎて締め切られていたので、今日を逃すとかなり先まで買えそうになく、けっこう必死だ。
しかしどうにも眠たくて、うつらうつらと揺れながら待っていた、その時。
どこからかキキィ! と耳障りな金属音が響き、彩乃は嫌な予感がして振り向いた。
ゲームショップからのびた行列に向かって、すさまじい勢いで突っ込んでくる車が目に映る。
(あ、死んだ)
見た瞬間にそれがわかった。
彩乃は猛スピードで近づいてくる車の真正面に座っていて、背後はシャッターの降りた店、左右は行列にはさまれて逃げ道がない。
これが走馬灯というものか、今までの記憶がすさまじい勢いで脳裏に蘇っては消えていき、その中から家族の顔が浮かんだ。
編み物好きでもの静かな祖母と、おっとりしているのにたくましい母、いつまでも少年のような父と、家族をまとめる年の離れた優しい兄。
祖父は三年前に他界したが、まさかその次が自分だとは夢にも思わなかった。
けれどもう、突っ込んでくる車は目の前だ。
(みんな、ごめんね)
彩乃は車ではなく、そこにはいない家族の顔を見ながら、最後にぽつりと思った。
(ラスト・サーガ、遊びたかった)
直後、すさまじい衝撃で意識がとんだ。
◆×◆×◆×◆
ぱちりと目が覚めて、彩乃はのんびりとあくびをした。
久しぶりにぐっすり眠れたようで、気分がいい。
(ここはどこだろう?)
いつの間にか、ウォーターベッドのようにふわふわして柔らかい、白い木の葉の上で寝そべっている。
すぐそばに小机があり、その上にはファンタジー映画に出てくる聖杯のような古めかしいデザインの、黄金の杯がひとつ置かれていた。
(あー、うう? 違う、映画じゃなくて、私は車にぶつかって死んだような?
つまりここはあの世で、あの世って、ファンタジー映画?)
危険なものは何もなさそうだったので、あわてず騒がず、急ぎもせず、彩乃はのんびり考えながらあたりを見渡した。
待っていれば祖父が迎えに来てくれるのではないかと思ったが、誰もいないし、誰も来ない。
空は青く、見おろせば右下には巨大水晶が花のような形で空中に咲いていて、左下の空には同じく巨大な黒水晶の花が浮遊し、はるか下の方には緑豊かな大地がひろがっている。
彩乃の現在地も、水晶の花たちのように空へ浮かぶ何かの上で、ふかふか木の葉ベッドの後ろにはダイヤモンドとプラチナで造られたような白い大樹があり、地面にはそこから落ちたらしい白い葉が降り積もっている。
他に目立つ物はといえば、すこし離れたところに一枚の扉が立っているだけだ。
(この扉がどこかに通じてるっぽいけど。さて、どうしたものかな)
とりあえず安全そうなこの場所から動くか否か、考えながら無意識に黄金の杯を取り、彩乃は甘く香る透明なそれを飲んだ。
一口、こくりとのどをすべり落ちると同時に、何かがささやく。
―――――― 天界の主たる御方の誕生を言祝ぐ。
(ん?)
不思議に思ってあたりを見まわしたが、誰もいない。
(気のせい? にしてははっきり聞こえたような?)
彩乃はもう一口、黄金の杯をかたむける。
―――――― 汝、神と魔を統べる神魔帝なり。
これはいったい、何なのか。
またささやきかけてきたその声に、彩乃は杯を手にしたまま首をかしげた。
(しんまてい、って、何?)