新学期
そいつは来るなりこう聞いた。
「夏休み何してたの?」
9月1日、HRが始まる5分前。教室内ではお互いの夏休みを語り合う声で充満していた。
私の隣の席のこいつもまた、いまその一人に入った。高松。夏休み前よりも焼けた。
「…いろいろ。親の実家に帰ったり、ビデオ借りて見たり、とか」
改めて言われると覚えていない。さして内容の濃い事はしていないと思う。部活もしていないし、…そういえば学校に来たのも懇談と、講習の数回だけだ。
高松はふうん、と言って机に肘をついた。顔を私の方に向けて。
こいつの焼けた顔を見て、そう言えばこいつは吹奏楽部だったな、と思い出した。そして同時に、何故焼けているんだ、と思った。室内楽、なのに。
「…吹奏楽って、やけるもん?」
聞かれると、一瞬?マークを頭上に出して、2秒後にああ、と頷いて自分の頬に触れた。「そとで練習する事が多かったから」
私は曖昧にへえ、と言った。吹奏楽の事は、全く、ゼロから分からない。
…でもそう言えば、こいつが楽器を持って外を知らない人(多分楽器を持っていたので先輩だろう)と歩いているのを見た事もあるような気がする。
「…そっちは何してたの」
聞くとすっぱりと、クラブ、と言われた。ずっと?ずっと。とお互いに一言の会話を投げた。私が微妙な顔をしているのに気付いた高松は、はは、と笑った。
「たいへんそうだにゃー、とか思った?」
「語尾の台詞は消して、そっくりそのまま思った。」
即答すると、正直だなあ、と笑われた。そして、でも別にそんなに大変でもないよ、とも。「もう学校来てる感覚とおんなしだからね。苦じゃないもん」
成程、と思った。結局はやっぱり、自分のメンタル的な問題でほとんど解決できるのだ。学校があったってなくったって。
暫くして、高松を呼ぶ女子の声が聞こえた。その人も、たぶん吹奏楽部だったと思う。すこし二人で話をしてから、音楽室の方に消えて行った。
苦じゃないもん
もう一度、高松の言った台詞が脳裏に浮かんだ。
私は自分でも気付かない内に、大きなため息をついた。
…自分の中に、今何もない事を悟って。
何てこと無い高校生の日常会話でした。
読んでくださってありがとうございました。