初菜の想い
希空は、姉の深愛と東京で暮らすことになった。
こんな出来事があってから、すれ違いの多かった両親の仲は、一層冷めてきていた。
初菜の父親が随分と我慢してきたことで、なんとかうまくやっていたのだ。
その父親が背を向けてしまえば、もうこの2人の結びつける「絆」は、希薄になるばかりだった。
それでも2年間は家族の形を保ったが、初菜が中学を卒業する前に両親の離婚が成立した。
離婚はスムーズに決まったが、親権をどちらが得るかが泥沼だった。
一方的に母親が親権を主張した。
でも初菜も健司も母親についていくことは拒絶した。
話し合いの席で、初菜の母親は狂ったように、包丁を持ち出してはわめき散らした。
それを見ていた健司は、初菜に「自分が母さんについていくから、お前は父さんのことを頼むよ」と呟いた。
しかし父親が親権を放棄し、問題は解決した。
初菜たちは母親の実家に行くことになった。
「春夏秋冬」という苗字は、母親の旧姓となる。
初菜の母親の実家は、栗里町では町長や、町議会議員を務める家柄だった。
大地主でもあり、母親は子供のころからなに不自由なく甘やかされて育ってきていた。
兄2人、初菜にとっては伯父にあたる人たちは、祖父の後を継ぎ、長男が2世議員。そして次男が医者だった。
そんな実家に出戻った母親は、それなりに肩身は狭かったようだ。
何事も祖父の言いなりになっていた。
が、健司は厳格な祖父とは折り合いが悪く、初菜も家にいるのは息が詰まる思いだった。
祖父は健司にはゆくゆくは議員を継がせ、初菜にはそれなりの家柄に嫁がせると言っていた。
時代錯誤も甚だしい。そんな考えを捨てられない祖父のそばから、一刻も早く独立することだけを考えるようになった。
祖父は友人関係にまで口を出し始めた。希空のことを、母親はあることないこと
祖父に告げ口をし、連絡をすることさえ難しくなっていた。
そうしてだんだんと疎遠になっていき、連絡をとることもなくなった。
だが、いつかもう一度出会うことを心に強く決めた。だから耐えた。
そんなとき、初菜は〔浄化者〕として目覚めた。
初菜を見つけ出したのは、田中と片岡だった。
はじめのころは能力の使い方さえ覚束ない上に、失敗の多さから初菜は
「辞めたい」ということが口癖になっていた。
こんなところが母親似なのだろうか。
だが、田中も片岡も初菜の話を親身になって聞いてくれた。
そして夜間の外出が出来ない初菜の都合を、色々取り計らったりもした。
中には田中が初菜の高校の先生を偽って、夜に呼び出したりと、スリルたっぷりの出来事もあった。
そんな時間を過ごす中で、田中や片岡に会うことがとても楽しみになっていた。
そして初菜の「浄化者」としての実力も、格段に上がっていった。
田中や片岡の中に、会うことも儘ならない父親の面影を見ていたのかもしれない。
1年後、社会勉強のために、アルバイトをすると嘘をつき、ようやく夜間の外出が出来るようになると、「浄化者」としての活動が本格化した。
驚くことに、その活動にはそれなりの報酬が与えられた。
片岡はいつも、「お給料」と楽しそうに言っていた。が。
高校生の初菜に対して、月に数十万という金額が口座に振り込まれたときは
なにか危ない組織に関わってしまったのではないかと、本気で心配になった。
が気がつくと、田中や片岡に会いたいばっかりに、初菜は〔浄化者〕としての任務を無我夢中でこなしていた。
初菜が高校を卒業するころには、兄の健司は家を飛び出し、行方がわからなくなっていた。
が、健司もまた〔浄化者〕として初菜よりやや遅れて目覚めた。
しかし〔D〕というランクは〔カタルシス〕では最低のランクとなり
〔不浄の者〕を〔感じる〕〔視る〕ことが出来るだけで、〔浄化〕することは出来かった。
そのランク者は「情報提供者」となり、〔不浄の者〕の情報を本部に報告することが任務だった。
そしてその情報にも、報酬は支払われた。
そして情報の内容では、数万円という価値にもなった。
健司は「フリーサポーター」という役目を負い、全国各地を巡り、〔不浄の者〕の情報を集め回っていた。
しかし祖父や母親には、〔カタルシス〕のことも、自分たちのことも一切話すことはなかった。
高校卒業後、2度と家には戻らない覚悟で、東京にある流通会社に就職し、事務職が仕事となった。
初めての1人暮らし。それでも嫌いな母親がいる実家に戻るつもりなど微塵も思わず、不安は心の奥底にねじ込んだ。
が、毎日が深夜までの勤務で、週末は栗里町に帰り〔浄化者〕としての活動をこなすこととなった。
自分が選んだ方法とは言え、半年後には体調を崩し、結局会社を辞めざるを得なかった。
田中の進めで、事務職からかけ離れた販売の仕事を選び、栗里町に戻って、新しく出来たショッピングセンターの中の雑貨屋に勤務することが決まった。
だが、実家に戻ることはなく、駅前のアパートで、1人暮らしをすることにした。
社員も考えたが、〔カタルシス〕の活動を考え、アルバイトとして勤めることを選んだ。
本当はこんな勤めをわざわざする必要もないほどの報酬を、〔浄化者〕としての任務で得ることが充分に出来ていた。
だが、〔カタルシス〕という存在や自分の能力は、初菜の中では〔異常〕な世界の出来事のように思えてならなかった。
今だに違和感が消えないでいる。
兄のように、〔浄化者〕としてだけで、働くことなど考えられなかった。
健司はどうしてこんな〔異常〕……〔非日常〕な事態の中に身を任せることが出来るのだろう。
しかし、〔非日常〕田中がいた。片岡がいた。栗里支部の面々がいた。
こんな能力に目覚めなければ、絶対に出会うことがなかった人たちがいた。
初菜は深呼吸をし、小さなビルの狭い階段を下りた。
〔プチ・クルール〕に入ったことで、希空に再会することも出来た。
やはりこの〔非日常〕がなければ、叶わなかったことだ。
ずっと一緒にいたいと願った田中もそばにいる。
迷うことはもう辞めよう。
逃げることもしない。
私は希空の支えになると決めた。田中のそばにいたいを願った。
ならばこの〔非日常〕を受け入れよう。
薄暗い階段を下りながら、初菜は自分にそう……強く言い聞かせた。
長いお話ですみません。
これからやっと、物語も本題へと進みます。
こちらに出るより早く、別のお話も始めております。
よろしければ合わせて読んでいただけると、もっと内容が楽しめる?かもしれません。