とある事件
東京都足立区アヤセ。
「隣の部屋から異臭がする。もう2週間、隣部屋の住人を見ていない」
という通報を受け、近隣の交番から警官が2名、このアパートを訪れていた。
冬場だとういうのに、確かになにか腐った匂いが警官たちの鼻をついた。
大家が鍵を開ける。
典型的な一人暮らし様のワンルームのアパートの一室。時間は昼を少し過ぎた頃。
部屋の電気はつけっぱなし。TVもつけたままだった。そしてエアコンもつけられたまま、むっとした生暖かさが、「異臭」を際立たせていた。
そしてその部屋の中は……。
「KEEP OUT 立入禁止 警視庁」
黄色いテープが張られ、このアパートの住人でない限り出入りが出来ないようになっていた。
この建物の2階から、男性3名の変死体が発見された。
数台のパトカーが止まり、見張りの警官が立つ中、近所の住人たちが野次馬と化し、何事かと遠巻きに中を伺おうとしていた。
遺体の身元は、この部屋の住人、高幡茂、21歳。コンビニのアルバイト店員。
友人の武藤隆、19歳。居酒屋のアルバイト店員。住まいは実家のある埼玉県北葛飾郡栗里町。小松健太郎、21歳。武藤が勤める同じ居酒屋の先輩アルバイト店員。住まいも武藤と同じ実家がある埼玉県北葛飾郡栗里町。
高幡は小松の高校からの友人。
武藤と小松は1ヶ月前よりアルバイト先の居酒屋を無断欠勤し、連絡がつかない状態となっていた。勤め先では2名は真面目で、人間関係にも問題はなかった。
この2名には、それぞれの親より2週間前に捜索願が出されていた。
携帯の番号は変更され、メールアドレスも同様。
武藤にしては、携帯会社まで変えている。
行方がわからなくなる前に武藤に会った友人は、彼がなにかにひどく怯えていた様子を見せていたという。
だが、武藤たちが逃げ出すような真似をしなければならないほど、なにをそこまで恐れていたのか……現時点では何も掴めてはいなかった。
1ヶ月前から武藤隆と小松健太郎が高幡茂の部屋に出入りしていたのを、このアパートの住人たちが目撃していた。
そして2週間前に隣の住人に目撃されたことを最後に、この部屋から出た様子はなかった。
外傷はまったくない。ドアの鍵はかかっており、窓も閉まっている。部屋は完全な密室となっていた。 しかし、3名ともなにかに恐怖し、目をむき出し、その場から逃げださんばかりの姿のまま事切れた様子を見せていた。
遺体は解剖に回される予定になっている。それでなにか結果は出るだろうが……。
所轄の刑事が現場検証の最中に見つかった、とある物を怪訝そうに見つめていた。
「大谷さん、どうしましたか?」
大谷と呼ばれた30代後半の刑事より、10歳は下であろう若い刑事が声をかけて来た。
「……んー。「またか」と思ってな……」
「えっ……それ「水晶」ですよね?」
大谷の言葉に、歳若い刑事…小林は一緒に大谷の持っているビニール袋に入った小さい水晶の結晶を見つめた。
「「また」水晶なんだよ……。前にも何度かこんな事件が起こってな。ガイシャはなにかに怯えた様子で死んでいた。「呪いのビデオ」のせいじゃないかと言う馬鹿もいたが。
解剖でも死因は心臓麻痺となった。
ガイシャは1名の時もあれば、多いと5名という時もあった……。
なのに全員が「心臓麻痺」なんだ」
「それ……「呪いのビデオ」じゃなくて……「○○ノート」なんじゃないですか……」
とても警察官らしからぬ会話だと思いつつも、小林は口にしてしまった。
「……かもしれないなぁ」
怒られると覚悟をしていた小林は、大谷が素直に認めたことに驚いた。
というよりも、そんなことを信じてしまいそうなほど、不可解な事件という他ないのだろう。
「でも大谷さん…。「また」ということは、その現場に必ず水晶があるということなんですか……?」
「あぁ。こんな水晶の結晶や、お守りやストラップ……。必ず全員がどこかに持っていた。
形や持ち物にはバラつきはあったとしても全員が持っている……。
それだけじゃない……。この事件には、これまた「必ず」現れる気味悪い〔奴等〕がいるんだ」
「気味悪い〔奴等〕???」
気味悪いのは今の大谷さんです……とは口が裂けても言えない。
次の瞬間、背後から何者かの気配を感じ、小林と大谷が振り返った。
見張りに立っていた警官に話しかけている、愛想の良い笑顔を浮かべた長身のスーツ姿の男が、2人の目に入った。
「……噂をすればだ……」
嫌悪感をあらわに大谷が視線を逸らしつつ呟いた。
「どうもぉ。公安6課の小早川です」
「また〔あんた〕か」
小早川という男を前に、大谷は嫌悪感を全開で口を開いた。
「自分は……」
まずいと感じ、小林がこの険悪なムードを打破しようと自己紹介を試みた。
が、すぐに小早川に止められた。
「悪いですが……現時点でこの事件は「公安6課」が引き継ぐことになりまして。
後ほど情報を伺いにそちらに行かせていただきますよ。大谷さん……」
大谷が目を丸くした。
が、すぐに怒りで表情が歪んだ。
「勝手にしろっ」
捨て台詞を残し、大谷が現場から足音も荒く去っていく。
小林は小早川に軽く頭を下げ、大谷の後を追った。
「大谷さんっ!!」
階段を勢いよく下りていく大谷の後を、小林は必死に追いかけた。
「大谷さんっ!!あの〔公安6課〕なんて……」
息が上がりながらも、小林がなんとか言葉を紡ぎだす。
「〔タタリ神〕だっ」
「はっ!?」
なんとか追いついた小林に、大谷が履き捨てるように言った。
だが場違いな言葉に、小林はもう一度聞き返してしまった。
「〔公安6課〕。通称〔タタリ神〕。さっきも話したろう。水晶がらみの事件には、全部あいつらが絡んで くる!気持ち悪いのも程があるぜっ!!」
大谷の言葉の語尾は、怒りからくる高揚で声を荒げていた。
小林は立ち止まり、改めてアパートを振り返った。
「……〔タタリ神〕……」