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始まりの時

  「お疲れ様でしたーっ」

日用雑貨、輸入雑貨を取り扱うショップ〔petit couleurプチ・クルール〕。

春夏秋冬初菜ひととせはながこの店に訪れたのは、すでにPM5:30を回っていた頃だった。


 午前中にはこの五式市に着いていたはずなのに。初菜は今でも怒りを感じている。

 総本部でのランクUP審査に4時間も待たされた上に、結果が出るのに後2時間はかかると告げられ、我慢できずに総本部を理由をつけて飛び出してきた。

 ここについた頃にはそんな時間になっていた。

 

 リリアガーデン1階にある15坪程度の小さいお店。

 初菜は栗里町にある別のショッピングモールの中の同系列店に勤めている。

 店の広さは同じ程度だが、今話題の観光地の中の店と、建ってから数年経過したショッピングモールの中にある自分の勤める店とは、客の混み方に雲泥の差が生じていた。

 売り上げはたしか3倍近く差があったはず……。

 初菜はここで我に返る。

 今は仕事で来ているわけではない。(別件の仕事のようなものだが…)

 せっかく友達に会いに来ているのだ。

 が、狭い店内は客がすれ違うのが困難な程混みあっている。

もう少し後にした方がいいかもしれない…。

 そんな時17時上がりのスタッフが、帰り支度でバックルーム(在庫などを置く、店からは見えないスタッフが出入りする空間)から元気よく帰りの挨拶をして出てきた。

「あ、すみませーん」

 と、初菜にぶつかりそうになり頭を下げて店から出て行った。

 初菜は意を決してレジにいるスタッフに声をかけてみた。

「お忙しいところすみません」

「はい?!」

 まだ10代後半だろう。羨ましいぐらい元気な様子で、声をかけた女性スタッフが返事をしてきた。

「私、栗里店からきました春夏秋冬といいます。千歳店長さんはいらっしゃいますか?」

「今、店長は会議に出てますけど…もしかして〔春・夏・秋・冬〕と書いて〔ひととせ〕さんですかっ!?お待ちしてたんですよ」

 なんじゃ、その説明はっ!!思わず、初菜は心の中で毒ついた。

 外見は髪はショートで茶色。かわいいという感じの美少女だ。

 笑顔がとても印象的。…で。なんでこんな子が自分の事を知っているのだろう??

 あぁ、そうか。希空のあがきっと私の事を話していたんだろうな。私、珍しい苗字だし。

 でも、私…今日、ここに来るって希空に言ってなかったけど…。

 栗里のお店からここに連絡でもしたのかな? 

 そんな事を瞬間的にぐるぐると頭の中で初菜は考えていた。

「あっ、あたしぃ、池沢里湖いけざわりこっていいます。よろしくお願いしますっ」

 とても元気よく池沢里湖は初菜の両手を取り、ぶんぶんと上下させながら満面の笑顔で自己紹介をした。

「よ……よろしくお願いします…」

「春夏秋冬さんってかわいいっ!!あのぉ、「初菜さん」って呼んでいいですか?」

「えっ!?あ、はい…」

「やった!!あっと…いらっしゃいませっ!!」

 初菜を混乱に落としいれたことに気が付くこともなく、里湖はレジで接客をしていた。

 じっと両手を見つめ、初菜は「明るい子だな…」とだけ印象を心の中で呟いた。


  「……初菜ちゃんっ!!」

 聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。

 初菜が慌てて振り返った。

「希空っ…じゃなく…千歳店長!!」

「……やめて…。初菜ちゃん…なんか恥ずかしいから…」

 再会そうそう、希空はうんざりという顔をし、初菜は苦笑いを見せるしかなかった。

 初菜が再会を待ちわびていた本人。千歳希空ちとせのあが店長会議を終えて店に戻ってきた。

「久しぶりだねっ!!」

 うれしそうに希空が初菜の手をとった。

「うんっ。なかなか来られなくてごめんね」

「店長っ。休憩どうぞっ。今日、まだ昼休みもとってないっすよね」

 絶妙なタイミングで里湖の声が2人に届いた。

「ごめんね里湖ちゃんっ。すぐ戻るから!!」

「いいですよ。1時間はどうぞ。あと少しで海鈴まりんも来ますから」

「うん、ありがとう。お言葉に甘えて、行ってきます!」

 希空は里湖と簡単な会話を交わし、バックルームから自分のジャケットと荷物をとってくると、初菜を促してそのまま店を出た。


  「いい子だね。里湖ちゃん…。とても元気があるし、面白いし」

 話せる場所をと飲食店を物色している時に、初菜が里湖の感想を言った。

「たしかに…でも、すごく助かってる…。仕事も出来るし。まだ19歳だけど、今うちのチーフをやってもらってるしね」

「あの子ならわかるな。うちのお店に来て欲しいくらいかも」

「それはだめーっ」

「けちっ」

 2人はあははと笑いあった。

 

  結局、ファーストフードの店に落ち着き、それぞれセットメニューを頼むと席に座った。

「ねぇ…さっき田中さんに会ったよ……」

 初菜は希空の突然の告白に、口に含んでいたコーラを噴出しそうになった。

「え…なんで希空が田中さんを知ってるの……ってか、いたの?」

「うん。……初菜ちゃんのことも田中さんが教えてくれたから…」

「そう…。でもさっき…里湖ちゃんも私のこと知ってたし……」

「う…ん」

 希空が表情を歪め、言葉を止めた。何かをひどく迷っている様子が伺えた。

「おっ!!いたいたっ!!」

 なじみのある声が聞こえ、初菜が希空の後ろにスーツ姿の田中を見つけた。コートとバックを片手に田中は笑顔で2人のところにやってきた。

「田中さんっ!!」

 初菜が驚いて座っていた体制から腰を浮かしかけた。

「あぁ、いいから、いいから。座って。で、隣いいかな?」

「え…は、はい」

 田中は入ってきた勢いのまま、ちゃっかり初菜の空いていた隣の席に座った。

「希空ちゃん。10分ぶり…くらいかな?」

「そうですね、田中社長」

「田中…社長……って?」

 状況が掴めないまま初菜は顔を忙しそうに左右に振り、田中と希空を交互に見比べていた。

「先月〔プチ・クルール〕の社長が代わっただろ?それが俺」

 田中が笑顔で初菜に告げた。

 業績が苦しかった〔プチ・クルール〕は先月、会社が買収され社長が交代した。

 たしかに田中という名前の人が、新しい社長になったと連絡を受けていたが…。

 しかし業務内容、店の取り扱い商品など大きく変わることもなく、従業員も現状維持だった。

 ほとんど変化もないまま、あまり会う機会もなくなじみはなかったが、それでも年に何回か店に顔を出していた猪野社長が交代した……ということしか把握していなかった。

 初菜は〔プチ・クルール〕の栗里店のチーフを任されている。

 3ヶ月前までは希空がそのポジションにいた。が、五式店が新しく出来るということで希空が店長として異動し、初菜がその後を継いだ形になった。

 直接関係があり、詳しい説明がなされてたのは、やはり店長ということになるのだろう。

 新しい店を任されて早々の出来事で、希空は大変な思いをしたのかもしれない。

 連絡は頻繁にやり取りはしていたが……。

 頑張りやの希空のことだから、きっと大変な状況でも弱音は言ってこないだろう……。

 初菜は混んでいるという理由だけで、3ヶ月も親友が大変な思いをしているのに会いにも来なかった自分の無責任さに、深い罪悪感を感じていた。

  

  しかし、その頃からと比べると、田中を「社長」と言った希空の態度にはこの状況に鍛えられたのかどこか3ヶ月前とは違った店長としての貫禄があるように初菜は思えた。

 寂しい思いもするが、親友の成長に少しうれしさも感じていた。

「今日はリリア五式の偉い人に挨拶をしに来たんだ。と…〔本部〕にも顔出しを兼ねてね」

「た、田中さんっ!!」

 初菜が動揺した。〔プチ・クルール〕では会社のことは〔本社〕と呼んでいる。

〔組織〕の関係者ではない…部外者である希空の前で〔本部〕なんて言葉を言っては、一体どこの〔本部〕だと変に思われてしまうのは避けられない。

「……そうか。初菜ちゃんには言ってなかったのか……。

まぁ、どちらにしても判るからばらすけど…。希空ちゃんも〔浄化者〕の1人なんだよ。

それも〔本部〕専任のね……」

「…えっ」

 驚いた初菜は希空を瞠目した。

「……ごめんなさい」とだけ希空は呟いた。

 先ほどからの希空の困惑ぶりはこのせいだったんだろう。

 なるほど……。里湖が自分のことを知っていた。 

 ということは、希空が店のスタッフに、自分が来ることを事前に伝えることが出来たというわけだ。

 ここで初菜は今までの疑問を払拭出来た。

 だが、初菜が驚いたのはそこではない。〔本部専任〕とは、昨日、田中が話していた〔B+ランク〕以上の〔浄化者〕を表す。……それが希空だということになる。

「まぁ……今は2人とも俺の会社の可愛い大事な社員さんだ。〔組織〕のことはその後でもいいだろ。なぁ……」

 言葉を選びながら、田中が公共の場所ということ、そして2人への気遣いから話を本題に戻そうとした。

「…あの……」初菜が田中に言いかけた。

「んっ!?」と、田中が初菜に笑顔で聞き返した。

「…希空のランクだけ…教えてもらっていいですか?」

 嫉妬をしたわけではない。初菜は、〔浄化者〕という使命の重さを感じていた。

 けして簡単なことではない。嫌なこと、大変な思い……それは何度も経験してきた。

 大好きな希空だけには…大事な友達にそんな苦労はしてほしくない。

 今の状況も、ひとつの店を任され、ただでさえ大変な時期だというのに…。

 まして自分よりランクが上となれば、すでに苦しい戦いを強いられているかもしれない…。

 そんな思いから、瞬間的に口から言葉を自然と紡ぎ出していた。

「……〔B+〕だよ」

 小さな声で希空が呟くように答えた。

「そ…そっか…」

 少しだけ…初菜の気持ちが軽くなった。

 同じかもしれないランク。初菜は正式に結果が出たわけではないが、〔B+〕らしいと言われていた。 ほんの少しだけど……救われた気持ちになれた。

 が、この後、この考えがとても甘いものだったと、初菜は身をもって体験することになるのだが……。 なぜか「…えっ!?」と、田中の方が希空の言葉に驚いた様子を見せていた。

 しかし2人に知られることなく、田中はすぐに口元に笑み称えると、

「んじゃ、もういいかな?今度こそ仕事の話をしようか…」

 だが初菜に向ける田中の笑顔は、どことなくぎこちなかった。


 しばしの雑談の後、希空の携帯に店の里湖から連絡が入り、すぐに〔本部〕に向かうようにと指示があったことを聞いた。

 初菜は里湖が〔本部〕のことを知っていることを驚き、ついては店のことを心配したが、希空から従業員はすべて〔本部〕の関係者で固められており、こういう緊急時の場合は〔本部〕から臨時の店員役の人間が派遣され、業務に支障が出ないようになっていることを告げられた。

 すべては希空が上位ランクの〔浄化者〕だったために施された処置であり、田中が交代で社長になったことも関係していると付け加えた。

  先ほどから、驚愕の事実ばかりを聞かされている。だがいずれもそんな面倒なことばかりをなぜ?とそんな疑問を初菜は思っていた。

〔本部専任〕の〔浄化者〕の日常生活は限りなく保障されており、その活動は〔戦闘〕が主となるため、精神安定を図るためにも施される権利なのだと田中が言った。

 まして〔B+〕ランク以上の〔浄化者〕は世界でも稀有の存在であり、大変貴重な存在ゆえに、〔浄化者〕たちの日常は最重要機密で保護されるべきことなのだということだった。


 やりすぎだろう…。初菜の素直な感想である。

 が、すぐにそれは自分もけして他人事ではないという事実を、突きつけられることになった。

「初菜ちゃんは明日にでも「五式店」への異動の連絡がいくはずだ…。

俺もそういう連絡を受けているからね」

 そうだった…。初菜の心中はひどく複雑だった。

「田中さん…。〔カタルシス〕は〔浄化者〕のためだけにひとつの〔会社〕まで買い取るんですか…!?」

 ここで嫌味のひとつも言いたくなった。

 6年の付き合いがある田中は、単なる仕事?の先輩などではない。初菜にとって家族以上の親しみを持つ、何者にも代えがたい大切な存在だった。今の自分がここにいるのだって……。 

 我侭と判っていても、離れ離れになるという寂しさを少しも感じさせずに、淡々と仕事と割り切って話す田中に怒りを覚えずにはいられなかった。

「あぁ、そうだよ。特に日本は世界屈指の〔不浄の者〕、〔厄〕の巣窟だからね。

世界に類を見ない多くの上位クラスの〔浄化者〕が存在している地域でもあるんだ。

 俺らからしたら、ぶっちゃけ〔神〕さまだろうっていう、最上位クラスの〔S〕ランクの〔浄化者〕も、世界の半数がこの日本にいる…。それもみんな日本人なんだ。

 そのせいもあって、この日本での活動を少しでも楽にすることや、貴重な〔浄化者〕を守るために、日本…〔カタルシスジャパン〕は世界でも有数な企業グループ〔トモエ〕として発展したという経緯もある」

 今まで知ることもなかった事実の数々。

 この時の田中はまるで別人のようで、初菜の怒りは行き場を失い、驚きと諦めが入り混じったため息をつくことが精一杯だった。

「……私、〔カタルシス〕を甘くみていたかも……」

 誤魔化しを兼ねての台詞。

 初菜は、こんなことしか言えない自分が少し…悲しかった。

「教えなかった俺の責任でもあるよ。〔支部〕の人間にはそこまであまり伝えてないから……。

 逆に希空ちゃんなんかはいやって言うほど、そんな〔本部〕の本当の顔を見せられてきたと思うよ。

 昨日、初菜ちゃんには話したけど、〔B+〕以上…結界外での〔能力発動者〕は〔不浄の者〕や〔厄〕から狙われやすいと言ったろう?

 常に緊張を強いられるそんな〔浄化者〕は、強いストレスに晒される。

 それは後に情緒不安定な状況にも、陥りやすくなることにもなりかねない。ましてや〔戦闘〕が主な活動だ。そんな〔浄化者〕たちにとって、〔日常生活〕はとっても大事なことだからな。

 〔トモエグループ〕が発展したのも、〔浄化者〕を守るために、あれやこれやと手を出し、生活を保障するために、ある程度の社会的地位を確立した結果がこれだ。

 今じゃ、日本のあらゆる分野を掌握し、手を出していないものがないんじゃないかという程の複合企業になっちまってる…。

 そんな〔トモエグループ〕…〔カタルシスジャパン〕が今もっとも最重要保護の対象としているのが、この〔プチ・クルール〕だと言えるわけだ」

「そうか…そんなに守られてるんだ…私たち」

「そうだよ。俺が精一杯、初菜ちゃんたちを守るからさ…」

 疲れているような表情で呟いた初菜を、田中はいつものように初菜の頭に優しく手をのせて語りかけた。

 初菜が拗ねているのは田中にはお見通しだった。でも初菜には今、この状況を、どうしても判ってもらわなくてはならない。怒ると判っていても、ここにいる自分こそが田中が出来る精一杯の行動だった。

「…田中さん。なんか、「たち」なんていらないんじゃないですか?」

 それまで静かに2人の会話を聞いていた希空が、初菜と田中に話しかけた。

「う…ん。まぁ…初菜ちゃんは危険なぐらい〔天然〕だからね。俺としてはどうにも心配でさ…希空ちゃんは大丈夫だけどね…」

「た…田中さん、それ、ひどくないですかっ??」

 初菜が田中を見て、いつものように頬を紅潮させて抗議する。

 うれしいことを押し隠し、田中はおどけた様子で

「そうかなぁ?でもきっとこれから俺は初菜ちゃんたちがうんざりするぐらい、店には顔出しすると思うしさ。〔本部〕からも言われてるし、表の仕事もここが拠点になると思うよ。ほんと、至れりつくせりだわ」

 ここで希空が2人には背を向けて肩を小刻みに震わせ、笑いを押し隠していた。

 田中と初菜がそんな希空を見て互いの顔を見合わせると、慌てて恥ずかしそうに会話を止めた。

「……そこの角を右に曲がったところにあるビルの階段が入り口です……。行きましょう……」

 笑い苦しそうに、希空はなんとか2人に告げた。



今回は戦闘はありません。その分、説明の嵐となってしまいました;

次回から登場人物も増え、〔ピュリファイア〕の本領が発揮されていきます。

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