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それぞれの繋がり

  「倭さん。その人は?」

 初菜の傷の治療中、尚哉が勝海に気がついた。

「あ、えっと……俺は倭先輩の大学の後輩で、小林勝海って言うんだ。

 それで……」

 しどろもどろで勝海が自分の立場を説明しようとしているときに、なぜかここで、尚哉の表情が優れないことを、神楽が気がついた。

「どうしたの?尚哉?」

「ん……あぁ。この〔境〕に入れるんだから、結構高いランクの〔浄化者〕なんだろうと思ったんだよ」

「そうだよね。そして倭さんの後輩ってことは、きっと色々苦労したんだろうけど……」

「あぁ、やっぱりわかってくれる?」

 神楽の話が聞こえたらしく、勝海は嬉しそうに話しかけた。

「そりゃぁ。倭さんに関わって苦労しない人なんていないと思うけど……」

 日ごろの恨みなのだろうか。神楽がそこをやけに強調した。

「そうそう。そうなん……」

 おほん。と、倭が咳払いをひとつすると、神楽と勝海はぴたりと話を止めた。

「その話は次に、ゆっっくりとね。神楽くん、勝海くん……」

 にっこりと微笑む倭に、神楽と勝海は恐怖から、血の気が音を立てて引いていくのがわかった。


  「冗談はさておき。彼が、小松健太郎の姿をした〔ミュトス〕を倒したんですよ。

 その場でいきなり覚醒しましてね。ランクは恐らく〔B+〕は超えるでしょう」

「それは心強いな……。〔カタルシス〕のことは聞いたかい?」

 田中が勝海を頼もしそうに眺め、勝海は状況が掴めないまま、笑顔で「はぁ」と答えるしかなかった。

「おおよそのことは聞いてます。でも、俺自身まだよく現状が把握出来てなくて……」

 覚醒したばかりなのか、勝海は疲れきった様子で力なく話していた。

「その前にお互い少し休んだ方がいいな。俺もこんなに力を使ったのは本当に久しぶりだよ……」

 その場に座り込んでしまった田中に、初菜が横になりながら心配そうに見つめた。

「ごめんなさい……田中さん」

「そう?俺は今、最高に気分がいいねぇ」

 田中は清清しい笑顔を初菜に向けた。

 そんな笑顔が初菜には本当に嬉しかった。



  詳しい話は明日にということで、それぞれが各々の家や部屋に帰っていった。

 勝海はとりあえず倭のマンションに戻った。


 

  その夜。

 「えっ……警察を辞めることになる……んですか?」

 勝海は倭の詳しい説明の中、その部分に一番反応した。

 倭もどれほど勝海が「刑事」というものに憧れていたか良く知っている。

 それは高校の後輩だった希空も同じことだった。

「正義バカ」とまで言われた勝海は、将来警察官なり、刑事となることを夢見て頑張ってきていたのだ。


  倭はあえて説得という形は取らず、勝海が刑事を続けていかれるよう、最大限の配慮をすると説明した。

「でも……俺がアヤセ署に留まり続けるということは、あの〔ミュトス〕って輩を呼び寄せることにもなるんですよね……」

 勝海は職業柄なのか、状況の整理には長けており、自分の立場を把握しその状況の改善には、どうしようかと考えていた。

「お前の勤めてるアヤセの近くには、〔カタルシス〕の東新井支部がある。

 そこの近くに「東新井薬師」がある。そこは昔から〔不浄地〕で、「薬師」がその〔不浄地〕を封印している役目があるから、他の地域より〔根源体〕の出現率も高い。

〔発現者〕も何人かいる地域ではあるんだが……。

 恐らくお前が加わると、その反動は〔根源体〕の出現率の高さに跳ね返ってくるだろう。

 少々厄介なことにはなるだろうが……」

 勝海は沈黙していた。

 すぐに出せる答えでもない。

「焦ることはないさ」と倭が苦笑した。


  が、神楽、和がしげしげと2人の会話を見つめていた。

「どうした、2人とも?」

 倭が2人に尋ねた。

「倭がそんな話し方してるとこ、はじめて見た」

「尚哉が倭さんは2重人格っぽいとこあるって言ってたけど……。

 僕らには本性を伏せてたってことだ?」

 神楽の言い方には棘があるが、和も興味深げに見ているので、倭はますます苦笑いを浮かべ

「まぁね。僕を怒らせるとそうとう怖いということさ」

 と、和と神楽の馴染みの話し方で答えた。

「今度は俺がそんな話し方、はじめて見ました……なんて言いませんよ。

 散々見てますからね……」

 今度は勝海が倭の今の姿に苦笑となり

「なんか、先輩。この家じゃ「お父さん」みたいですね」と言った。

「だろ?希空さんが俺の奥さんだからな……」

「……だぁー!!そうだったぁ……」

 大きく肩を落とす勝海の姿に

「なんかすごくわかり易い人ですね」

 キッチンで希空の手伝いをしていた尚哉が話しかけ

「すごくかっこよくて人気がある先輩だったんだ。でもあれじゃ、倭さんとお笑いコンビ結成した方がいいよね」

 と、希空は呆れた口調で答えていた。


  「少し考えさせてください。時間は取らせません。

 たぶん……辞める方向になると思いますけど……」

 勝海はあっさりと言い切った。

 自分の我を通すことより、少しでも危険を減らすことを第一に考える、勝海らしい答えだった。

「でも、辞めたら辞めたで俺はこの五式市に来ることになるんでしょうけど……。

 パートナーとかって必要なんですよね?」

「ああ、そのことか。そうなったら、お前は俺と組むんだよ」

 倭に言われ、勝海は言葉を失った。

「ま……まじですかぁ??」

「まじだろう?他に人員空いてないんだし。ランク的にもそうなるだろうからな。

 いいじゃないか。前のようにお前と組んでバカやるのも楽しいだろう」

 聞けば、大学時代。2人で探偵のようなことをやっていたらしい。

 倭の頭脳と勝海の行動力で、結構な数の事件を解決したとか。

 勝海自身、このときの経験が警察でそうとう活かされていると、先ほどは誇らしげに答えていた。

 が、いざ再び倭と組むとなると、それは困るらしく。

「うわぁ……まじでかぁ」と頭を抱えていた。

「そんなに嫌なのか?お前は?」と倭に言い返されると

「そんなことはないんです!!ただぁ……うわぁ」

 勝海はひどくうろたえて、答えになってない答えを言っていた。


  倭と勝海はきっといいコンビだったのではないかと、希空にはその絵が浮かぶようで、笑わずにはいられなかった。



  勝海は早々に用意された部屋に向かい、疲れていたのだろう、すぐにいびきが部屋の外に漏れていた。

 

  勝海が部屋に向かう少し前、とんでもない事実を残していた。

 これに打ちのめされていたのは神楽で、尚哉も少なからずショックを受けていた。

「俺の妹が九流学園の2年にいるんだよ。名前は「三橋鈴」っていうんだ」

 なんでも、勝海の両親は5年前に離婚をしていたのだそうだが、それを機に母親と妹が五式市に移り住んだということだった。

 しかし両親仲は今だに良好で、別れる必要はなかったのではというのが子供たちの感想らしい。

 妹の鈴はブラコンのようで、ことあるごとに、今は1人暮らしをしている勝海の部屋に訪れては、泊まっていくことを明かした。

「そうかぁ、同級生か!!本当にこれも縁なんだろうな。よろしく頼むな!!

 妄想癖が激しいやつだから、がつんって言ってやってくれ」

 嬉しそうに言っていた勝海には申し訳ないが、神楽は三橋鈴の片思いの相手であり、毎日のように受ける、激しい攻撃アタックに困り果ててるとは、とても言えなかった。


  そんな神楽も尚哉も、そして和も自室に戻り、あんなに賑やかだったリビングには希空と倭が残された。

「疲れましたね。倭さん……」

「あぁ。そうですね」

 倭はじっと希空を見つめた。

「どうしました?」と希空が笑顔で聞き返すと

「初菜さんが、言っていましたよね。「会ってきました」って。あれは誰のことなんでしょう?希空さんは知っているんでしょう?」

 倭は一体、いくつそんな「観察眼」を持っているんだろう。そしてそのうちのひとつは、ずっと自分に向けられているのだろう……。

 ここまで隠し事をしにくい相手は出会ったことがない。

「……はい。

 ここへ来る前。初菜ちゃんのお母さんに会う機会があったんです……」


  希空が〔プチ・クルール〕の栗里店にいたときの、8月の終わりごろだっただろうか。

 もう少しで、開店準備のため希空は五式店に異動する慌しさの中、初菜の母親が尋ねてきた。

 初菜と母親の仲の悪さは知っていたし、希空や初菜はここに勤めていることは、話していないと初菜からも聞いていた。

 だが、所詮小さい街の中のこと。ばれていない方がおかしいことではあるが。

 そんな初菜の母親が希空に会うために尋ねてきたことに、少なからず違和感を感じないわけにはいかなかった。


  希空が早番で19時で仕事をあがる直前に訪れ、母親は話をしたいと申し出た。

 その日は初菜が休みの日で、店のほかのスタッフにもわからないようにと、客を装いやって来ていたので、希空は急いで19時になるとすぐに仕事を終え、初菜の母親と建物内のレストランに入った。


  初菜の母親は、ここ数年会っていない筈の、初菜のことをすべて把握していた。

 この時点で希空はまだ〔カタルシス〕には属していなかったが、存在は知っていた。

 そして初菜が自分と同じ〔浄化者〕であることも。

 しかし、初菜は誰にも伝えてはいないはずであった。

 だが母親はすべてを知っていた上で、希空に接触してきたのだった。


  母親はこの時期に訪れていた初菜の微妙な変化さえ知っており、それを希空に伝えてきた。

 そしてこうも告げた。

 初菜はまもなく〔能力発現者ロゴス〕として、完全に覚醒するだろう。と。


  希空は正直、初菜の母親は少し苦手だった。

 自分たちに良い印象を持っていないだろうと思っていたからだ。

 しかし母親はそのことを深く詫び、それが演技だったと告げた。

 希空が驚いていると、次々に驚くべき告白を矢継ぎ早に淡々と語って聞かせた。



 「初菜ちゃんの本当の家族は20年前、交通事故にあったらしんです。

 それは〔ミュトス〕のせいだったようなんですが。

 初菜ちゃんとお兄さんの健司さんのご両親は、〔発現者ロゴス〕だったそうです。

 だからそこを狙われたのではないかって……。ただし今だに詳しい原因は不明だそうで。

 事故のとき、初菜ちゃんと健司さんは本当は亡くなっていたらしく、ご両親はなんとかわが子を生かそうとし、自分たちの〔永久水晶〕をお父さんは健司さんの、お母さんは初菜ちゃんの体にそれぞれ埋めこんで、反撃する力を無くし〔ミュトス〕に取り込まれたのではないかということでした。そんな憶測が成り立つような事故の状況だったと。

 結局、ご両親の遺体は見つからず、初菜ちゃんと健司さんだけが助かった……。


  2人はそれまでの記憶を失っていて、それだけじゃなく、体に埋め込まれた〔永久水晶〕の能力が暴走を起こして、度々施設の一部を破壊したそうです。

 そこで、擬似的に両親をつくり、2人に会わせて見ると、2人の暴走はぴたりと止んで良い効果が出たと言うことで、それからあたしが知っている初菜ちゃんのお母さんとお父さんが、ずっと2人を育ててきたということでした。


  健司さんは、ある程度成長していたせいか、成長とともに、能力は序々に安定しましたが、初菜ちゃんは成長が未熟で、いつ能力の暴発が起きるかわからない状態が続いて。

 それでも社会性を身につけなければならないと、入学した小学校であたしと出会うと、嘘のように能力は安定し、逆に休眠状態になったのだそうです。

 友達という存在は、精神にいい安定をもたらしているということがわかり、これからの能力の安定のため、初菜ちゃんには精神の成長が必要とみた〔カタルシス〕と初菜ちゃんのご両親役の人たちは、特に母親役のその人には、初菜ちゃんに対して印象の悪い母親として、初菜ちゃんが家族内の不和の中でどう成長していくか、良い選択を見つけられるように、演じていくということを決めたのだそうです……。


 話を聞いていて……正直、お母さんの話の内容がよくわからなくて。そんなことする必要の意味があるのかと訊いたりもしたのですが。その人はただ辛そうに笑って「そうよね」としか言わないんです。 それ以上訊くことはあたしには出来ませんでした。

 それから中学1年のとき、初菜ちゃんがあたしと別れることになって、ますます両親の仲が悪くなると、自分から強くなろうという傾向が見られたことを重く見た〔カタルシス〕は、両親の離婚というシナリオに踏み切ったらしいんです。


  高校に上がるときに離婚という形にし、居場所のない状況で初菜ちゃんの休眠していた能力が目覚め始めた。そこに田中さんと片岡さんが初菜ちゃんの教育係として栗里に行き、半休眠状態の能力の開花と、それに集まってくる〔ミュトス〕を退治して回っていた。

 そうして6年。初菜ちゃんは完全に能力が覚醒したら、この五式市に来ることになるだろうということでした。


  ……例え血の繋がりはないとは言え、10年以上もわが子として育てた初菜ちゃんを失いたくはない。だからこそ、あたしに守ってほしいと……。

 田中さんにも片岡さんにもお願いをしているけど、本当はこうしてあたしに会いに来ることは重大な違反行為にあたるそうなのですが、それでもたまらずに会いにきたのだと。

 そう泣きながら…………。

 ただあたしにわかったことは、初菜ちゃんのお母さんが、初菜ちゃんをとても大事に想っているってことでした……」


  倭はただ黙って、希空の話を聞いていた。

 話し終えたとき、希空は行き場のない悲しみから、唇を噛み、顔を俯けていた。

 倭はしっかりと希空を抱きしめた。

「……すみませんでした。無理に聞き出してしまいまして……。

 でもこんな悲しいこと、希空さんの胸だけに留めさせておきたくなかったから……」

 希空の手が倭の背にまわった。

「今度はこんなこと俺に訊かせずに、希空さんから俺に話してください。

 悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも……俺たちで分け合いましょう?ねっ?」

「……」

 希空は返事をしなかった。倭が怪訝な表情になると、希空の方から倭の顔を見上げた。

「ずっとそばにいていいですか?嘘の家族でもいいから……ずっと」

「……当たり前です」

 希空は倭の答えに満面の笑みを称え、もう一度倭の胸に顔を埋めた。

 倭は希空の想いに答えるように、抱きしめる手に力を込めた。


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