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愛しい声

  「初菜さんっ!!」

 意識を失い、初菜が「武藤隆」の姿をした〔ミュトス〕にもたれ掛かった。

-たく。世話焼けるぜ。まぁ、「これ」が手に入れば、「健太郎」がいなくなってもおつりがくるし。「あの人」も喜ぶし。十分に有効活用させてもらいますよ。田中さん……-

「……離せ」

 田中がつぶやいた。

-はっ?なんか言いました?-

「離せって言ったんだよっ!!」

 田中を中心に、小規模な竜巻が巻き起こった。

 怒りで極限の集中力を発揮した田中は、まるで〔支配〕系の〔浄化者〕と変わらぬほどの能力の瞬発性を発現させた。そしてそれはどんどん拡大していく。

「田中さんっ!!無茶は……」

 尚哉が言いかけると、こちらを見た田中の視線に、恐怖で次の言葉を飲み込んだ。

「……風の魔人……」

 尚哉が小声で吐き出した。

「えっ?」

 神楽が尚哉を見た。

「父さんから聞いたことがある。

 田中さんは「黄金世代」といわれた中で、〔共鳴〕系の〔浄化者〕だったにも関わらず、トップランクの攻撃力を持っていたらしい。その戦い方を現したのが、「風の魔人」という言葉だ」

「……じゃぁ、僕らでなんとか初菜さんを」

「あぁ。助け出さないと、田中さんは自分で作った結界さえもぶち壊しかねない……」

 田中が自身で作り出した〔結界〕は、田中の能力の限界そのものでもある。

 〔結界〕の消滅は、田中の〔能力〕の消滅を意味する。田中は〔能力発現者ロゴス〕ではないのだ。尚哉が〔境〕を作り出すにしても、初菜が人質に捕られている以上、結果がどう転ぶかわからない。

 田中をどうフォローすればいいいのか。尚哉は必死に考えを巡らせた。

「それじゃぁ」

 背後から聞こえた第3者の声。

 尚哉と神楽がぎょっとして後ろを振り返った。

「それじゃ、俺に協力してくれないか?」


  -いやぁ、スゴイ、スゴイ。やるじゃん、田中さんっ!!-

 隆モドキが薄ら笑みを浮かべて、田中を嘲笑した。

 モドキが初菜を離さないため、田中はすぐに攻撃をすることをためらっていた。

 どうすればいい?

-どうしたの、田中さん?あぁ、初菜ちゃんは大切な女性だったんでしたっけ?

 俺がもらっちゃうけどぉ-

 完全に楽しんでやがる。

 田中の不利が明らかになってくる。焦りばかりが募るが、田中は必死に考えていた。

(なにか方法があるはずだ……)


  


  初菜は意識が混濁した中で、遥か過去に聞いた懐かしく、優しい声が聞こえていた。

<……な。は……な。初菜。初菜……しっかりして>

(だれ……)

<初菜。大丈夫よ。大丈夫……ママが、初菜を守るから……大丈夫よ>

(……ママ?)

母の声ではない。違う女性。でも、すごく嬉しくて、懐かしくて、ずっと待ち望んでいた声だった。

<初菜……大好きよ>




  刹那。

 初菜が勢いよく顔を上げた。

-はっ?-

 驚く隆モドキの首を、初菜は自分の右手で掴んだ。

 尋常ではないその力で指は首に食い込み、掴んだそばから、首から白い煙が立ち昇る。

-……きさ……ま-

「初菜にはこれ以上、手出しはさせない……。私が守るから……」

 初菜の声だったが、まるで別人のような口調でモドキに話しかけた。


  刹那。神楽の水晶が、隆モドキの背後からもう6発食い込んだ。

-うぎゃぁぁぁっ!!-

 モドキが絶叫した。


  初菜の腹部に食い込んでいたモドキの右腕を、何者かが切り離し、初菜をモドキから連れ離した。

「哲也っ!!」

 片岡が田中のすぐわきに初菜を抱いて現れた。

「なにしてる、こうやんっ!!たたきこめっ!!」

「……ああっ!!」

 風が唸りを上げ、モドキの体に大穴を開けていく。

-あぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!-

 穴から黒い液体が漏れ出す前に、風は休みなくモドキに憎しみを込めて叩き込まれた。

 最後は「声」を上げるまもなく、顔を潰されて、モドキだったものは白い煙と化して消滅した。


  「初菜……初菜っ!!」

 初菜は複数の声に誘われるように、ゆっくりと目を開けた。

「よかった……」

 希空の目が潤んでいた。

 駆けつけた希空たちも加わり、新たに尚哉が作り直した〔境〕の中で、初菜を取り囲んでいる大勢の目が初菜を心配し、目覚めたことに安堵していた。

 怪我は片岡が「治療」している最中で、まだ痛みは残るものの、傷口はほとんど消えていた。

「私……」

「よく頑張ったね……」

 希空がまだ空ろな意識の初菜に語りかけた。

「……誰だったんだろう?すごく、優しい声だったんだ……」

 初菜が呟いた。

「そうか……「会えた」のか」

「はい、会えました……」

 田中に言われ、初菜が答えた直後。

「田中さんっ!!さっきの……いたっ!!」

 さき程の告白がまさか夢だったとか?と、急に意識を取り戻し、不安になった初菜が起き上がろうとして腹部の痛みに顔を顰めた。

「まだだよ、初菜ちゃん。せっかちだなぁ。田中のおっさんは逃げないよ」

 片岡が見慣れた笑顔で初菜に言った。

 初菜はそんな片岡の笑顔に安心しつつ、田中を恐る恐る見た。

「……結婚しようか、初菜ちゃん」

「へっ……?」

「結婚しようって言ったの。初菜ちゃん」

 田中の満面の笑みに、初菜の顔が見る見る真っ赤に茹で上がった。

「こんだけの証人がいるんだ。夢オチなしだよ。こうやん」

「わかってる。本気だよ、俺は」

 田中は落ち着いた様子で、片岡に答え、すぐに初菜に向き直った。

「怖い思いをまたさせちまった。使えないおやじだけど……。

こんな俺と一緒にずっといてくれるかい?」

「…………はい」

 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。というレベルではなく、「滝のように」と表現したくなるような量で、初菜は泣き出した。

「ごめん、ごめん。でも今はゆるしてくれよ」

 と、田中に抱きしめられ、余計、初菜の涙は止まらなくなった。

「やれやれ、やっとこれでひとつ心配が減ったけど、今度は失敗はなしだぜ。こうやん」

「わかってる。大丈夫だっ!!」

 片岡の笑顔に、田中は初菜を胸に抱きつつ、疲れた顔でむくれていた。




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