表と裏と
小林勝海は休みを返上し、あの事件の「裏」を必死に調べていた。
すでに所轄の手を離れ、公安が追っているあの事件には、とんでもない「裏」がある。
世間には「事故」となってしまったが、現場で見たときの遺体の表情がどうしても気になっていた。
「どうしてあんなにも怯えていたのか」
3人ともなのだ。
外傷もない。臓器にも異常は見つかっていない。
大谷の言った「呪いのビデオ」という表現も調べれば調べるほど、頷きたくなってくる。
その後一度、「小早川」に会った。
署の方で会い、「一度飲みに行きたいですね」なんて悠長に言われた。
大谷は相変わらず激怒していたが、これはチャンスではないかと勝海は考えていた。
昨日は署に遅くまで残り、同様の事件について調べた。
そのかいがあり昨年の夏、まったく同様のケースが同じ管轄内で起こっていたことを突き止めた。
そして同じように「公安6課」が引き継ぎ、事件性はないとされていた。
名前は「鍵峪順子」、29歳。原因は「心臓麻痺」。元々心臓に持病を抱えていたことになっていた。
午前中のうちに、その被害者というのだろうか。……女性の母親に会うことが出来た。
母親はとても物腰の低い女性で、突然家に訪れた勝海を、暖かくもてなしてくれた。
そして母親は、勝海にこう言った。
「あの子は神様に選ばれてこのお役目を任されたのに。果たしきれず、重荷になってしまったんですね……」
一瞬なにかの宗教かと疑った。
事件の資料にはそんなことは書かれていなかったが。
「でも、1年以上たった今でもこうしてあなたのような方を心配して遣してくださるのですから。
〔カタルシス〕の皆様には本当にありがたく思っています」
〔カタルシス〕?なんだそれは?
一体なんのことなのか?
だが、勝海は母親の話に合わせてみた。
そうして、母親はひとつの小さな水晶の原石を持ってきた。
また水晶かと勝海が思う間もなく、こう切り出した。
「私が持っていても、辛さが募るだけです。なんの意味もありませんが、
あなたの方で、「組織」にお返ししていただけませんか?」
その女性の家を後にすると、勝海は1人の知り合いに連絡をとった。
大学の先輩にあたるその人物は、「馬鹿」がつくほどの「鉱物マニア」だった。
1時間以上電車に揺られ、ツクバ市に到着した。
駅で待ち合わせをし、昼食もそこそこにすぐ家へと向かった。
遠野重文。名前だけなら、昔の政治家でも連想しそうだが、家は隙間もないほど所狭しと見たこともない「石」という「石」が並べられていた。
中には「岩」という大きさの代物もごろごろしている。
「まったく、お前の「正義バカ」も変わってないね」
「俺、先輩だけには言われたくないですけどね」
「で、〔カタルシス〕だっけ?」
昼食をとったファミレスで、簡単に内容を話していたが、遠野の方から「ほれ」と
ひとつの水晶を渡された。
「これは?」
「〔永久水晶〕って呼ばれてる水晶だ。
外見は単なる水晶だけどね。お前が預かった水晶も同じもんだよ」
「えっ?」
手渡された水晶は3cm程度の小さい玉だった。
そして預かった水晶は5cmほどの長さの原石だった。
「エターナルクリスタルでしたっけ?なんかそれ……」
「そんな狐につままれたような顔すんなよ。
俺も初めて聞いたときは、そっち系かって危ないこと考えたもんなぁ」
「誰だってそう思いますよ」
「これは実は、茉莉のやつがくれたんだ」
「あ……あの、茉莉倭先輩ですよね?」
なぜか勝海の表情に怯えが走る。
「まぁ、あいつの名前を聞いてとる、小林のリアクションはある意味正しいと思うよ。
あいつに頭上がるやつなんて見たことないもんなぁ」
しみじみと遠野が語った。勝海も「えぇ」と頷いたが、声が僅かに震えている。
「お前は茉莉に気に入られていたもんな」
「やめてくださいっ!!俺の汚点ですよ」
「わかった。今度茉莉に会ったら、そう伝えておくわ」
「もっとやめてくださいぃぃっ!!」
遠野は大学の同期だった茉莉倭に聞いたと言う、「カタルシス」やその関連した話を勝海に語った。
「壮大な先輩らしい話ですね」
勝海がけして前向きではない感想を述べた。
「まだ嘘だと思っているだろう。
まぁ。あいつは大学にいるときから「物書き」やってたからな。
今もそこそこ売れてんだろうけど。お前がそう考えたくなるのもよくわかる。
でも嘘でもなんでもないらしいぞ。俺なんか、あいつから勝手に「カタルシス」の「外部協力者」なんてもんにされているんだ。その証拠って言って、その水晶をもらったんだぜ」
勝海は遠野の話に、頭を掻いた。どう信じろというのか。
そこまで話を聞いた勝海は、ある疑問に当たった。
「先輩。先輩が聞いた話だと、「浄化者」というのはみんなその「永久水晶」を持ってるってことですよね……」
「そうだ。で、お前のその「事件」っていうのは、「地球」から与えられた使命とかに嫌気がさして逃げ出したやつが、「罰」をうけて殺されちゃうことらしいぞ」
「で、「公安6課」がその「カタルシス」のメンバーで、その遺体の回収と状況の調査を受け持つ組織ってことですか。政府は裏で知っていて、黙認していると」
「そう。らしい……」
仕方がないが、遠野の返事があまりに頼りない。
「じゃぁ……」
一昨日の事件。武藤隆と小松健太郎の持ち物から、携帯のストラップと、財布の小銭入れの中に入れてある水晶が見つかっている。が。
本来の部屋の住人である高幡茂の持ち物からは、水晶はなにも見つかっていない。
あの部屋は高幡が住んでいたのだから、一番見つかる可能性が大きいはずだ。
それがひとつも出てこないとなると、元から持っていなかったということを意味するのではないか?
「先輩。俺がさっき話した事件。3人の被害者がいるんですよ。
そのうち2人は「永久水晶」と考えられる水晶を持っていたんですが、その部屋に住んでいた住人からはひとつも水晶が見つかっていないんです。
たとえば匿ったってだけで、「地球」に殺されちゃうんですかね?」
「……俺が知るかよ。そういうのは茉莉本人に聞いてみたらどうだ?
あいつ今、埼玉の五式市に住んでるらしいから」
勝海はじっと遠野を見つめた。
「なんだよ。俺はあくまで「外部協力者」だからな。それ以上わかるか」
「……。遠野先輩。どうしてそんなに最近の倭先輩のこと詳しいんですか?
あの人の性格から考えると、あんまり頻繁に人に会うって考えにくいんですよね」
ここで遠野が渋い表情となった。
「お前、いやなところで「警察官」になるなぁ」
「「刑事」って呼んでくださいよ。で、俺の質問に答えてください」
ますます渋面となり、視線を逸らす遠野から、勝海は一切視線を逸らさなかった。
「あぁ。お前となんか会わなきゃよかったよ。あいつから、いろいろレアな鉱物を格安で都合してもらってるんだ。すごいルートを随分知ってるからな。あいつ。
その見返りに、俺は「外部協力者」やってるわけ。わかった?」
「まさか、「天然記念物で採取の禁止されている」なんていう代物を、ネットとかで売りさばいてる。 なんてことしてませんよね?」
「なんでお前がそんなことっ!?」
「前にそんな事件がありましてね。まさかとは思いますが……」
遠野の顔から血の気がどんどん失せていく。
「本当にまさか……!!?」
「やってない、やってないっ!!本当だってっ!!」
「……信じますよ。その代わり、倭先輩の連絡先教えてくれませんか?あの人、一体いくつ携帯持ってるかわからないんで」
遠野はぶつぶつと聞き取りずらい文句を垂れながら、自分のカバンから出した手帳を片手に、広告の裏側にすらすらと携帯番号を書き出していく。
「うわぁ。先輩、結構アナログなんですねぇ」
「うるさいよ。アナログのどこが悪いっ!!」
半ギレの状態で、遠野は勝海に番号を書き出した広告の切れ端を突き出した。
「これでいいだろ?」
「ありがとうございます。で、これ。間違いないですよね?」
「しつこいなっ!!大丈夫だっ!!」
「なら、いいんです。
ところで遠野先輩。今後、こんな事件がありましたら、いろいろとご協力をこれからもお願いします。本当、今日は先輩にお会い出来てよかったですよ」
血の気の引いた後に、今度は顔を真っ赤にして遠野は言葉を吐き出した。
「お前はたしかに茉莉の後輩だよっ!!そんなところまでそっくりだっ!!」
遠野の家を後にし、勝海は力なくとぼとぼと駅に向かっていた。
これはとても効いた。
「アオシマ刑事」に憧れて警官になったというのに。
もっとも恐れている「茉莉倭」に「そっくり」とまで言われ、心までへし折れそうになった。
しかし落ち込んでもいられず、勝海は遠野の家を出ると倭の携帯番号に連絡を試みた。
が、何度かけても繋がらない。やはり嘘を教えられたのか。
そこへ、大谷から連絡が入った。
{小林、お前今どこにいる?}
大谷の第一声がそれだった。
「は?今、知り合いに会いにツクバに来てます」
{ちょうどいいな。そのままツクバエクスプレスに乗って行けば五式市はすぐだろう?}
「……あの?大谷さん?」
勝海は話が見えず、しばしの沈黙のあと、大谷に聞き返した。
{さっき、分けのわからない電話が署にあってな。武藤隆の友達ってやつが、昨日、五式市のリリアガーデンでやつを見たって言うんだよ}
「え……。でも……」
勝海はそれ以上言葉が見つからなかった。
{普通、そういう反応になるよな。
そいつは高校のときの友達らしくてな。
新聞で武藤の死亡記事を読んで驚いていたところへ、武藤を見たもんだからさらに驚いたらしい。おばけかなんかかと思ったそうだが、そいつは本人と話したらしいんだ。
「俺も驚いてる」とか言ったらしい。その友達は、武藤が事件かなんかに巻き込まれてんじゃないかって、わざわざここへ連絡してきてるんだ。あながち嘘とも思えなくてな。
で、お前のことだから、納得いかずに調べてるんじゃないかって思ってかけてみた。
昨日も随分遅くまで残ってただろう?}
「ありがとうございます、大谷さんっ!!早速、五式市へ向かってみますっ!!」
{まぁ、ほどほどにな。まったくの嘘かもしれないし}
大谷は気のない様子で電話を切った。
勝海は一度、倭への連絡をあきらめ駅へと急いだ。
どうしてかずっと止まない胸騒ぎが、大きくなることを感じながら。