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つかの間の時間

 「初菜ちゃん。少しは落ち着いて……。大丈夫だから」


  時刻は午後9時半。

 初菜は自宅に帰るのを止め、この日は桜梨の部屋に泊めてもらうことになった。

「どうして希空が?」

 初菜はこんなことをずっと繰り返し呟いている。

「あれはあたしたちが「歪み」って言ってる症状でね。

〔支配系〕の〔発現者〕の弱点みたいなもの。

 本来の〔自我〕と、〔永久水晶〕の持つ〔使命〕の間で、拒絶反応のような症状が出るときがあるの。

〔トランス状態〕のときってね、ある意味強力な〔催眠〕状態とも言えるのよ。

〔永久水晶〕の〔能力〕をまんま自分に写し取っている感じとも言えるかな。

 神楽が言うには自分の中に、もう1人冷静な自分がいるような感じなんだって。

 でも途中で初菜ちゃんはその〔トランス状態〕が解かれた。

 それは田中さんのこと思ったから急に解けたんじゃない?」

 桜梨は落ち着きのない初菜に、戦いの最中倒れ、自宅に運ばれた希空の状況の説明をゆっくりとした口調ではじめた。

 初菜がまだ聞ける精神状態とも思えなかったが、このまま何もわからず、希空の心配で潰れるよりはという考えでもあった。

〔発現者〕として目覚めて間もない初菜にとって、まして「守る」と決めた親友とも言える希空が突然倒れたことで、ひどく動揺していた。

 こんな初菜を希空の家に連れて行くことは出来ず、この日は桜梨の部屋に泊めることにしたのだった。


 「……たぶん」

 自信なさげに初菜は答えた。

「初菜ちゃんは〔発現者〕として覚醒して日が浅いから、まだ能力を〔支配〕する力が弱いのかもね。

 だから、少しの動揺で〔トランス状態〕が解けた。

 同じことが希空にも言えるけど、あの子は能力が高いのと、天性の才能なんだろうな。

 強力な〔トランス状態〕を作ることが出来る。それが今回裏目に出たんだと思う。

 友達が危ないってわかったとき、あの子の中で、「初菜を助けたい」という感情と、「このまま他の相手に初菜を任せて、〔根源体〕を倒すことが本来の役目」っていう使命の二つの人格がぶつかって、一瞬で精神に大きな負荷がかかってしまった。

 結局、後者の思いが勝ったわけだけど、それは希空の本音じゃない。

 あの時、初菜ちゃんのように希空の〔トランス状態〕も解けていればああにはならなかったと思うけど……。精神の負荷が、まんま体に表れた結果だと思う」

 初菜の瞳みるみる涙が溜まっていく。

「初菜ちゃん。こんなとき一番頼りになるのが、田中のおっちゃんなんだよ」

「えっ!?」

 桜梨はにっこりと初菜に笑いかけた。

「田中さんね。〔心の癒し〔セルフヒーリング〕〕の能力がすごく高くてね。特に、こんな〔歪み〕の症状なんか一番得意としてんのよ。今ごろ希空はケロっとしてるかもね」

「……だと、いいけど」

「もう少ししたら電話してみる?希空が大丈夫になったら電話くれることになっ……」

 桜梨がここまで言いかけると、初菜の携帯に希空から電話があった。


  希空が電話を切った。

「初菜ちゃん、どうだった?」

「……泣いてました。ずっと大丈夫?って言って……」

 田中が尋ねると、希空が力なく答えた。

「体は?」

「大丈夫です。まだ少し、ふわふわした感じがありますけど……」

 田中に心配かけまいと、希空は笑顔を見せた。が、その笑顔に生気は感じられなかった。

「僕も一度そうなったことがあったよ。なんか自分の体じゃない感じがして。

 2~3日は動けなかったから。そのときは田中のおっちゃんがいなかったから、そんなに時間がかかったのかもしれないけど」

「お前も一応は気を使うんだな、神楽。おっちゃん、安心したよ」

「うるさいなぁ」

 希空を安心させようと話した神楽を、田中が茶化すと、神楽はすねた様子でそっぽを向いた。

「……一度は〔支配系〕の〔浄化者〕が通る道だと兄から聞いています。

 でも、大事なのはこれから先のことで、恐れが残れば力の発現に支障をきたす事になりますから。今は安静にして休んだ方がいいですよ」

 この時間は、瑠璃垣姫香と出かけていた神宮司尚哉も戻り、自宅のマンションには戻らず、こうして希空を心配して倭の部屋に顔を出していた。

「本当にごめんな。俺が余計なことしたばかりに……」

 田中がぽつりと呟いた。

 希空には過ぎたことで、いたらなかった自身の責任だと何度も言われていた。

 これ以上は希空の罪悪感を刺激するだけだとわかっていたのだが、つい口に出てしまう。

「田中さんって……本当に優しいんですね。これで安心して初菜ちゃんを任せられます」

 希空は力のない笑顔でも、田中に笑ってみせた。

 

  カタカタカタ。背後からかすかな食器の震える音がした。

 見ると和がトレイに6人分のカップを用意して、ぎこちない手で運んでいる最中だった。

 すぐに尚哉と神楽が助けに入り、キッチンから直後にポットを持って現れた倭を攻めた。

「知るか。僕が気がついたら和がトレイを持っていなかったんだから」

 倭が尚哉と神楽に反論している。

 そんな様子を見つめながら、田中が口を開いた。

「買い被りすぎだよ。希空ちゃん……」

「ここへ来る前。五式のお店に異動になる少し前、初菜ちゃんのお母さんに会ったんです」

「な……」

 希空の急な話しに、田中が言葉を失った。

「少し感じが小さくなったみたいで……。初菜ちゃんのこと頼みたいって何度も何度も言われて。様子がおかしいから、尋ねたんです。そうしたら……」

「……聞いたのか。初菜ちゃんのこと……」

「はい、全部……。なんで田中さんや片岡さんが初菜ちゃんに6年間もついていたのかも」

「……そうか……」

 田中はそれ以上何も言わなかった。

 倭、尚哉、神楽、和は2人の様子からすぐには近づかないでいたが、やがて倭が2人にジャスミンティを入れたカップを運んできた。

「これ。落ち着くのにとてもいいお茶なんですよね。希空さん……」

「はい。そうですよ」

 倭に手渡され、希空はうれしそうに倭に微笑んだ。

 田中は2人をじっと見つめると、口にカップを運んだ。

「……うまい。なんだかほっとするな」

「和はこのお茶が一番好きだよ」

 和がソファに座り、田中の言葉に続けた。

「これ、日本名だと「茉莉花茶」っていうんですよね」

 と、倭が続けた。

「その名前は俺は嫌いだ」

 容赦なく田中が言い捨てた。

「好きでなくてかまいませんよ。味さえ気に入ってくれれば。うちの和のお気に入りですし」

 倭が薄ら笑いを浮かべて田中を見つめた。

「なにそこギスギスしてんのっ!?」

 神楽が怪しい雰囲気の田中と倭に突っ込んだ。

「うちの和か……」

 田中が呟いた。

「希空ちゃんは、倭と結婚するのかい?」

 急に何を思いついたか、田中は希空に聞いてきた。

 ジャスミンティを噴出しそうになりながら、希空は田中を見た。

「な、なんですか、急に?」

「いや……こんなどうしょもないやつだと、あとあと苦労しそうだからね」

「それは田中さんご本人のことでは?」

「経験者だからアドバイスしてんだよ」

 再び、倭と田中の間に怪しいオーラが立ち上った。

「いい加減にしませんか?希空さんが困ってますよ」

 尚哉の冷静な言葉に、田中と倭が困惑している希空を見て、ようやくオーラが消えた。

「まだ……わかりません。でも、いつかはそうなると思います……」

「……えっ?」

 倭が頬を赤く染める希空をまじまじと見つめた。

「だから「いつか」で。今は……」

「いや……。いつかでも嬉しいですよ、希空さん」

 倭の微笑みに、ますます希空の頬は赤みを増した。

「わかった。こんなろくでもないやつだが、希空ちゃんがいれば少しは安心だ。

 この家には和や神楽、尚哉もいるしね。

 初菜ちゃんは俺に任せてくれ。しっかり面倒をみるよ」

「……田中さん」

 希空は残りのジャスミンティをくいっと飲み干し、立ち上がる田中の動作を目で追った。

「ひとこと多い方ですけど、ここは田中さんに協力しますよ。それに初菜さんはぼくらの仲間ですし。 希空さんの親友なんですから」

「倭からそんなこと言われると、本当に怖いな。

 でも、希空ちゃんはしばらく見ていてくれ。体の調子が戻ったら復帰してくれればいいよ。

 店も明日はお休みだ。いいね」

「はい……。田中社長」

 倭に支えられるように立ち上がると、希空はまたあの惹きつけるような女神の微笑みで田中に微笑んだ。

「うん、たのむね」

 笑顔でそう言うと、田中は玄関に向かった。



  倭のマンションを出た頃は、すでに時刻は10時を回っていた。

 しんしんと冷える寒さに、思わずコートの襟を立てた。

 こんなに能力ちからを使ったのは久しぶりだった。

 あれだけ派手に暴れたせいか、〔ミュトス〕の気配はどこにも感じられない。

 田中はふぅとひとつため息をつくと、予約してあるホテルへと足を向けた。


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