物語 前-語り-
綾香から一通りの説明がなされた後、綾香以外の全員が「外」へと戻った。
すでに落ち着きを取り戻していたが、まだ少し目の赤い希空の手を、和が〔神奈備〕から出てからずっと握っていた。
初菜はそれを微笑ましく見ていた。
思いがけない展開に希空が大泣きすることとなり、それが落ち着くまで待つこととなった。
このとき、物陰でことの成り行きを見ていた〔茉莉倭〕と〔竹森桜梨〕という新しい仲間に加わった。
2人とも、26歳ということで歳の近い初菜から見ても、面立ちが整った落ち着いた雰囲気の美男、美女だった。
神楽や和もそうだが、ここでは〔浄化者〕の基準は「美形」なのだろうかと考えてしまう。
希空はと言うと、本人は強く否定するのだが、小学生の頃、芸能界の関係筋からから何度かスカウトされるほどの噂の「美少女」だった。なぜかすべて断ったということだったのだが。今はさらにその「美」に磨きがかかっている。
田中は……スーツを着こなす紳士的な「すてきなおじさん」だし。
実際こう言ったら田中に怒られるだろうが、見劣りするどころか、若いメンバーに少しも引けをとらない経験豊富な大人の男という感じが漂っている。
さて自分は……初菜は先ほどああも言ったが、すでに大きな不安に苛まれていた。
桜梨は、初菜のパートナー候補という紹介をされた。
初菜としては、希空と一緒に行動することになるのかと考えていた。だが〔神奈備〕の
〔浄化者〕は2人一組で、同じランク同士が組むことが基本だと説明を受けた。
コンビで能力の差があまりに大きい場合、パートナーに無理がかかるなどの、障害が出ることになる危険性がある。という説明に対し、初菜にも6年間の活動の中で、散々田中や片岡の足を引っ張った経験から思い当たることがたくさんあったので、そのことには否応なくすぐに納得は出来た。
希空のパートナーは、「妹系萌えキャラ」と、勝手に心の中で初菜が名づけた和だった。
ランクは〔A+〕。一体どれほどの能力なのだろうと、ふつふつと恐怖感が沸き起こった。
それを言えば希空はさらにその上をいくという。
〔S〕ランクは希空のほかに綾香と、ここにはいない綾香の娘〔瑠璃垣姫香〕が
いると言われたが、姫香はこの〔神奈備〕の〔守護者〕という役目を負っているため、
実際の〔浄化〕には関われないのだそうだ。
綾香は〔トモエグループ〕の総帥であり、〔カタルシス〕のトップでもあるため
やはり〔浄化〕は論外ということにある。
一体それほどの能力だというのか。
「これからみてくりゃいいだろうよ」
と、綾香はそう言って初菜たちを送り出した。
初菜にはわからないことばかりだった。
そして今まで、初菜が知っていた事実と異なった情報を知らされた。
末端の〔浄化者〕たちはどのぐらいこの事実を知っているのだろう?
隆や健太郎たちの顔が浮かぶ。
「騙された」と言っていた2人は、この事実に怒っていたのだろうか?
初菜の中に、苛立ちにも似た「疑問」が生まれた。
初菜たちがずっと〔浄化〕し続けた〔存在〕の本当の名は、〔霊長意識集合体〕ということを知らされた。
思考というべきものが発生してからなのだろうか?
「霊長類」と呼べる存在が発生してからなのだろうか?
はじまりは定かでない。〔肉体の死〕を迎えた〔生物の思念〕は、本来〔地球〕の〔意思〕に取り込まれ、〔地球〕に戻るのだそうだ。
元々この〔地球〕に生きる万物は、全て〔地球〕の一部だった。
それは変わることの無い「営み」のはずだったが。
しかし「霊長類」は「個」の存在を発達させてきた。
その「個」は〔地球〕とひとつに戻ることを拒絶した。
〔生きたい〕と願う想い。〔在りたい〕という欲求。〔ここに存在した〕という柵。
それらは序々に増えていき、融合し合いながら巨大な〔意識体〕となっていった。
日本の表現では、〔地球〕の〔意思〕のことを〔神の住まう国〕という意味で
〔常夜〕、〔常世〕と呼んでいる。
前者は〔黄泉の国〕、後者は〔高天原〕などとも考えられるようになり、意味合いとしては別々の〔存在〕となるが、〔カタルシス〕では行き先は同じと考えていた。
〔ミュトス〕は〔常世〕とこの世界である〔現世〕のその境、〔磐境〕に彷徨う〔存在〕となっていった。
集まれば、集まるほど、〔現世〕への執着が蓄積し、より集団化した〔ミュトス〕は境を越え、〔現世〕の生物の〔現世に存在する力=生体エネルギー〕を集めるようになった。
いくつもの種が絶滅し、いくつもの大地が荒廃した。
いつしか〔地球〕を覆うほど巨大となった〔ミュトス〕を〔浄化〕し、〔地球〕に戻すことが、〔地球〕に選ばれた〔浄化者〕たちの命を懸けた〔使命〕となった。
とても長い物語ではある。
数千年続いたこの〔浄化〕は、いくつもの悲劇を繰り返しながら、今日の形を作り上げた。
世界共通の組織として作り上げられた〔カタルシス〕。
初菜や希空たちはその1人として、ここに〔存在〕している。
「えっと……。〔不浄の者〕が本当は〔無意識体〕と言って。
〔厄〕が〔根源体〕と言われていて。
〔根源体〕が私たち〔能力発現者〕を襲う……と。
〔ミュトス〕は〔物語〕とかいう意味で、それに対抗して〔ロゴス〕は〔心理〕とかいう意味で……」
田中は、ぶつぶつと説明されたことを繰り返す初菜を見て、学生が試験の前日に勉強しているような印象を受けた。
「そういえば、田中さんは元々〔A〕ランクの人だったんですね」
急に初菜が田中に振り向いた。
時刻は午後7時少し前。
〔神奈備〕を出て、リリアガーデンから7~8人の集団がとぼとぼと、あてども無く歩いている姿は、飲み会の1次会を終え、2次会会場に向かう集団に見えなくともない。
と、先ほど倭が発した「この集団」の表現だった。
倭か。あいつは本当に油断も隙も無い奴なんだよな。
と、過去何度か痛い目にあっている田中は、手をつなぐ和と希空を挟んでその隣にいる倭を見た。
180cm弱の身長に、細身の体。〔能力発現者〕の男性陣の中でも、群を抜いて美形である倭を、少々警戒していた。
あいつは掛けているメガネが知的で優しげな印象を与え、紳士的な物腰をしているが、腹黒さは綾香さんに匹敵するものを持ち合わせている。
「それ」が今、希空と同居しているという事実を聞かされて、田中の心配はそこへ向いていた。
「田中さん?」
初菜が田中の顔を覗いた。
「どした、初菜ちゃん??」
驚き、少し身を引いた田中を、初菜が不思議そうに見ていた。
「誰、見てたんですか?」
「んー、希空ちゃん。誰かさんが泣かせてたからな……」
「……すみません」
「うそうそ」
田中と初菜のやり取りを、新しく初菜のパートナーとなった桜梨がじっと見ていた。
「ねぇ、倭くん。親父がのろけてるー」
桜梨は、「竹を真っ二つに割った」ような性格をしていると自分で表現するほど、
豪快で姉御肌の女性だった。
初対面では落ち着いた雰囲気に感じたが、性格は真逆でとってもアクティブだった。
初菜と綾香のやりとりを見ていて、希空以上においおいと泣き、お陰で希空が早く泣き止むことが出来たという、情に脆い一面も見せてくれた。
初菜はその第一印象で、桜梨を好きになることが出来た。
それは綾香の計らいだったということは、田中はわかっていた。
その桜梨が倭に叫んだ。
「やらせといてあげてください。老い先短い親父には、かわいい女性との少しの楽しみぐらいないと……」
棘ありまくりの倭の返事。
田中の視線から「殺気」を感じても、倭は涼しい笑顔のまま受け流していた。
あの初対面に感じた印象は一体なんだったのか。初菜は全身から力が抜ける思いがした。
「田中さん、皆さんと仲がいいんですね?」
と初菜に言われ、「これでっ!?」と田中は即答していた。
「仲よくしてあげてるんだけどねぇ」と桜梨。
「俺、言われ放題じゃねぇか……」
田中がいじられキャラを演じているのか、本当にいじられているだけなのか。
初菜には、判断が難しかった。
「そういえば、初菜ちゃんは俺になにか言おうとしてたんじゃない?」
「あ、そうそう。田中さんは元々〔A〕ランクの方だったんですね。と」
これには田中も、希空のように「ごめんなさい」と、きっちり謝らなければならない事実だった。
「うん、まぁ。俺は〔共鳴系〕の〔A〕ランク。でも、結界を作ることが出来るから、
〔能力発現者〕にも入るんだけどねぇ。〔結界発現者〕って意味でね。
それは〔C〕ランクでも〔発現者〕に入るって言われたろ?
でも、俺はそれに関しては能力低いから、〔根源体〕に狙われるほどではないんだ。
〔磐境〕の中ならランクは〔A〕。ちなみに片岡は〔B〕。
でもあいつも〔共鳴系〕の〔結界発現者〕でもある。
俺と片岡はさっき言われた表現で言うなら、タイプ〔S〕ってことだ。
〔S〕は〔Sympathy〕、〔共鳴〕という意味。
〔C〕は〔Control〕、〔支配〕という意味。
ここには、初菜ちゃんや希空ちゃんが入る。
タイプ〔C〕は100%、〔根源体〕との戦いに関しては、〔攻撃〕を担当する。〔磐境〕の中でも、〔根源体〕の動きは素早いからな。
能力を素早く発現出来る〔支配系〕の〔発現者〕の方が、断然有利。
しかも、〔ミュトス〕を感じ取ると、〔トランス状態〕と言った、冷静沈着で戦いに有利な精神状態になるんだ。
そこが能力を使うのに、集中しないといけない俺たち〔共鳴系〕との大きな違いだ。
逆に〔S〕タイプは結界を張ったり、それを維持したり、中には結界内なら怪我を治療したりというサポート役が得意なんだ。まっ〔守備〕役ってわけ。
だからその違うタイプ同士でコンビを組むと、うまくいきやすいというわけさ」
「なーるほど」
田中の説明はいつ聞いても、わかりやすい。
初菜は6年間、この田中のお陰で、いろいろ助けられてきた。
「ねぇ、希空~。親父が初菜ちゃん騙してるよ~。あたしが守ってあげていいぃ?」
桜梨は今度、矛先を希空に向けた。
「あたしに答えを求めないで……!!!」
希空が答えを止めた。
「いよいよ来たねっ」
田中が笑みを浮かべながら呟いた。
希空が、神楽が、初菜が。その表情から一気に、「感情」という表現を消した。
和が両手を思い切り左右へと広げる。
〔空間〕が変化する。
薄暗い、所々で七色の光がふわぁと瞬いては消え、瞬いては……を繰り返している。
そんな〔空間〕が覆っていた。
そして全員が感じ取っていた〔気配〕は、この〔空間〕自体を飲み込んでしまうほどの巨大な〔根源体〕であることを知らせていた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
やっと主要メンバーが出揃いました。
次回、「戦闘」が始まります。