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生きた「女神」

 「あはははははっ!!」

 豪快な笑い声が〔神奈備〕の中に響き渡る。

 心なしか〔瑠璃垣綾香るりがきあやか〕の笑い声の勢いで、舞う桜の花びらの量が増えたような……。


 「……もしかして。審査をやった病院から初菜ちゃんを帰らせてくれた「背の高いきれいな女の人」って……」

 豪快な綾香に対して、生気を吸われたような田中の声。

「なんとなくは感じてたけど……」

 同じく希空。

 

  ことは数時間前。

 初菜のランクアップ審査は、リリアガーデンのある五式駅西口とは逆の、東口から歩いて数分の総合病院で行われた。

 その病院もまた、〔トモエグループ〕の経営だった。

 事の発端は、初菜は書類の手違いで、〔D〕から〔C〕ランクのアップ審査と間違われたことだった。

 滅多にあることではないが、担当官は手馴れた様子で初菜を診察室を装った専用の部屋へと誘った。

 

  30分行われた問診で、面談を行った担当官が疑問を感じ、初菜にもう一度確認すると、「えっと……はつげんだったかな?の力を使える能力者かもということで審査しに来ました」と答えた。

 田中に教えてもらった言葉を初菜は口にした。だけだった。

 が、病院は……担当官たちは大騒ぎになった。

 担当官は何十時間も訓練を受け、熟練した者たちであった。

 しかし……〔能力発現者〕のランクアップ審査など、マニュアルは存在していても、前代未聞の話。

 誰もそんな審査はやったことのない、過去数十年に渡ってデータなど皆無なのだ。

 面倒を背負い込んだ病院は、関係者全てにしらみつぶしに聞く方法を選んだのだ。

 ひどく時間のかかる「行為」だった。

 結果、初菜は4時間待たされることとなった。

 何度問い合わせても、「もう少々お持ちください」や、「結果を出すには、あと2時間かかります」などと、担当官は繰り返した。

 しかし初菜の扱いは恐ろしいほど、丁重になっていたが。

 関係者にさんざんたらい回しにされ、最後の切り札である綾香に連絡をとり、発生から4時間以上。綾香が初菜に話すことは数分。で終了することになった。

 だがその後、関係者が綾香の怒号をあび、数人の担当官が処分処置として、「再教育の必要あり」と、教育機関がある静岡に送られることになった。


  真相を知った田中には、病院に綾香が駆けつけた後の行為が、目に浮かぶようだった。が、そのことを口にはすまいと固く心に誓い、「そんなことになってたんですね」と穏便に、温和に言葉を十分に選んで口にした。

 

   初菜は改めて〔瑠璃垣綾香〕を見上げた。

 病院で会ったときよりさらに美しさも、神々しさも、迫力も。全てがパワーアップしたように感じた。

 170cmを越える身長は、真っ赤なハイヒールのお陰で、180cmを越えているだろう。白く透石膏セレナイト色の肌。

 長い黒髪は腰まであり、毛先には軽いウェーブがかかっている。

 一文字の眉、切れ長の目、真っ赤な唇がかすかに、それでも大胆に笑みを浮かべて。

 世界中の、「美しいもの」を集めて組み合わせたような人。


  初菜はそう感じたが、気持ちは落ち着いていた。

(だって、この人は「人」だもの)

「病院ではありがとうございました。本当に助かりました!」


  驚いたのは周りにいた人間である。

 初菜はこれだけ「プレッシャー」の塊である綾香を目の前に、堂々とした態度をとっていた。

 希空は1人、口元に笑みを浮かべた。

「そうだよね。助けてもらったんだもん。お礼は言わないと」

 そう。初菜は「そういう性格」なのだ。

 本当に必要なときに、物怖じしない。自分ではマネ出来ない尊敬するべき行為。

 初菜は誇るべき自分の「親友」なのだ。

「いやいや。こちらこそ本当にすまなかったな。

 関係者は全員「施設送り」にしてやったから、今度はあんなことはないぜ。

 安心していくらでもランクアップしていいからな」

 さすがに綾香のこの台詞は、初菜を含めた全員を「物怖じ」させた。


  「ところで〔春夏秋冬初菜ひととせはな〕よ」

 女性だが腹に響くような低音の声。受けたことは無いが、「神の啓示」とはこんな声なのではという想像を、初菜は抱いた。

「……はい」

「おれはこの〔神奈備〕の主。まぁ、〔神〕という奴だ……」

 全員が一斉に、綾香の姿に釘付けになった。

「はい……」

 初菜の頭の中に、田中の言葉が浮かぶ。

-ぶっちゃけ〔神〕さまだろうっていう、最高位クラスの〔S〕ランクの〔浄化者〕-

 あぁ、なるほど。この人が〔Sランク〕なのか……と思った。

 それならばこの美しさも納得がいく。それでもこの人は「人」だ。

 初菜は〔神〕を信じないわけではない。だが、ここではそう思ったのだ。

 初菜の中の〔神〕の基準は、〔地球ガイア〕という存在だったのかもしれない。


  「お前は、〔B+〔ビープラス〕〕の〔能力発現者〕だ。

 もう栗里支部にいることは出来ない。理由は田中から聞いてるな」

「はい」

「お前に不要な説明はいらないな。おれは「神」だ。お前のことはなんでも知っている。

 これからここの住人となるお前に、おれがひとつの褒美をやる。

 お前の「願い」をどんなことでも、ひとつだけ叶えてやろう。

 なにがいい?」


  綾香と初菜の話は淡々と進んでいた。

「固唾を呑んで見守っている」という表現は、このときの田中や希空たちに当てはまるのだろう。

 だが、綾香の最後の台詞に田中と希空。そして神楽と和も反応した。

 初菜の事情を知っているからだろう。意地悪いにも程がある。

 友人を失ったことを知ったばかりの初菜の気持ちを考えると、希空は居た堪れない感情にとらわれた。 綾香に言い返しそうになった。

 

  しかし踏みとどまる。自らが課した、綾香との〔約束〕のために。

 初菜を信じたのだ。綾香を信じる。と。


  初菜の手がかすかに震える。「なんでも」?本当に「なんでも」叶えてくれるの?

 脳裏を掠めるのは、隆や健太郎のこと。「なんでも」叶えられるなら……。

 

  初菜は小さく……誰も気がつかないように小さく。ふぅと息を吐き出した。

 そうしないと、自分が溢れ出る感情で爆発しそうだったから。

「では……。希空の本当の〔ランク〕を教えてください!!」

 はっきりと。初菜は〔神奈備〕内に響く声で答えた。

 視線をまっすぐ、綾香に向ける。

「……ふふ。……あはははははは」

 2度目の綾香の笑い。最初の笑いに比べ、どこか自嘲したものを感じた。

 唖然と全員が綾香を見つめていた。

 綾香の藍色の瞳には、優しげな輝きが揺れていた。

 険が消えうせ、慈悲に満ちた表情に変化していた。

「……初菜よ。おれの「負け」だな。希空、いいか?」

 初菜が勝ち取ったのだろう「褒美」。

 希空はどこか「仕方ない」といった苦笑いを浮かべた。

「希空のランクは〔S〕だ」

 初菜が弾かれたように、右隣の希空を見た。

 希空がきゅっと唇を噛んだ。「ごめん」という言葉が口から漏れようとした瞬間だった。

「……あのとき、おかしいって思ったんだよね」

 初菜が晴れ晴れとした顔をして、希空を見た。

「そっか。んじゃ、私の方が弱いかもしれないけど、私が希空を守ろう!!」

 初菜の言葉も、表情にも、少しの迷いも感じられなかった。

 本当に必要なときに「物怖じしない」。それが初菜の性格だった。はずだ。

 まっすぐに、自分の信じたものに突き進んでいく。それがあたしの「親友」だ。

 


 「……ごめん……」

 希空はもうこれ以上、溢れ出る涙を止めることが出来ず、嗚咽以外に言葉が出なかった。


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