場末のアダルトショップで異世界の聖女と出会った話
※下ネタあり
私が住んでいる町は、これといった特徴が何も無い、人口数万人程度の地方都市。
都市と呼ぶのもおこがましく、駅前には申し訳程度の商店街があるものの、シャッターを下ろした店の方が多い。
少し離れれば田んぼと住宅地が広がるばかりで、車がなければ生活するのも少々不便だが、かといって車で出かけるほどの娯楽があるわけでもない。
映画館は十年前に潰れた。
大型書店も五年前に潰れた。
若者が集まりそうな店も無いし、イベント毎といえば町内の夏祭りがせいぜい。
そんな町だから、国道沿いにあるその店は、もう何年も前からそこに取り残されている。
大きな看板には、色褪せた文字で書かれた店名。
建物は妙に横長で大きいくせに、外壁にはところどころ汚れが目立つ。
駐車場は広いのに、停まっている車はいつも片手の指で数えられる程度。
昼間でも薄暗い店内には、成人向けのDVDや雑誌、その他諸々の商品が所狭しと並べられている……そう、所謂アダルトショップと呼ばれる店だ。
インターネットが発展しダウンロード作品が幅を利かせるこの時代、わざわざ訪れるような店でもない。
けれど潰れない。
こういう店は、こういう店で需要があるのだろう。
少なくとも私にはある。
ライブ感とでもいうのか、アダルトショップ特有の空気というのか、直接手にとって品物をチェックするこの時間はここでしか味わえない。
そして、
「こんばんは、《露出さん》」
「こんばんは、《巨乳さん》」
この異世界から来たらしい友人にも、ここでしか会えないのだから。
「なんか良さげなのあった?」
「今五つまで絞りました」
「絞れてないからそれ。どんなの……っていやどれも似たようなのばっかじゃん」
「全然違いますよ! こっちは女教師モノ! こっちは」
「いいって全部巨乳モノでしょ。私スレンダーな方が好きだから。てかその女優さん豊胸でしょ。形のバランス悪いくない?」
「いいんです! 大きい胸は母なる証です!」
「意味わからん」
DVDの棚の前で、思春期の男子さながらに商品を吟味するこの妙ちきりんなコスプレ女性は、《巨乳さん》。
本名は知らないけど、異世界の聖女らしい。
ある日突然何故かこの店と異世界とが繋がって以降、週に一度開く転移門を通ってやって来る。
最初こそこのピンクな空間にドギマギしていたような気もするけど、すぐに順応して今ではパッケージの裏面をじっくり見入るようになった。
「そういえば今日は《露出さん》の好きなレーベルの新作の発売日では?」
「そうそうそう! そうなんだよ! めちゃくちゃ楽しみにしてたの! っぱ露出モノよなぁ! 露出モノしか勝たん!」
「外で営むだけの退廃的な思想は理解出来ません」
「んだとコラ。外という非日常の中で羞恥に頰を赤らめる女の子最高だろ」
「私の世界では認識阻害の魔法をかければ外だろうが玉座だろうが致し放題なので」
「異世界つまんな。情緒なさすぎ」
「魔法も使えない原始人が何か言いました?」
「黙ってろ貧乳」
「浄化しますよ独身三十路」
夜中のアダルトショップで女二人。
多少騒いでも気に留める人はいない。
週に一度、ここで出会うだけ。
好きなジャンルをあだ名にするような仲になるくらいにはそこそこ付き合いは長いけど、それ以外のことはほとんど知らないし、お互い追求することもない。
「この前オススメされた露出モノ拝見しましたけど、最終的にホテルや家の中で終わるのってどうなんですか?」
「それな。べつにまぐわってるのが見たいわけじゃなくて、外で恥ずかしい思いしてる女の子が見たいんだっつーの。《巨乳さん》理解力たっか。スケベじゃん」
「褒めてるんですかそれ」
「そういえばこの前買ってたオモチャ、あれどんな感じ?」
「ツブツブが凄くて一夜で五回至りました。さながら原生林に蠢くテンタクルの如し」
「マジかよ私も買おう」
恋人無し。
エッチなのが好き。
この場所が好き。
それくらいの距離感が心地良い。
好きなジャンルが被ってるわけでも、同じ女優さんを推してるわけでもないのに、何故か妙に波長が合う。
だからこんな関係が続いてるんだろう。
なんてことを、考えながら新作コーナーの棚に目をやっていた折。
「いいですねこの世界は。性的嗜好品が豊富で」
《巨乳さん》がふとそんなことを呟いた。
「向こうって、あれ……なんだっけ? 娼館?しかないとか言ってたっけ」
「ええ」
「行けばよくない? お金払って気持ちいいことしてくれるんでしょ」
「私一応聖女なので。そういう俗物的な場所には近寄ることは禁じられているんです」
「聖女って偉いんだっけ?」
「国王の次くらいには」
「じゃあ聖女権限で夜伽的なの命令すればよくない?」
「私を色狂いか何かと思ってますか?」
少なくとも毎週エロDVD二、三本買っていくくらいにはスケベだろ。
「私的に権限を使うような真似しませんよ。民のために在れ。代々の聖女が胸に刻んできた言葉です」
「立派立派。今日のオカズ選びながらじゃなかったらもっと立派だった」
「というかそもそも、神に操を立てた身なので。そういったことは出来ないんですよね」
「聖女ってか聖処女ってことか」
「私の世界なら不敬で首が飛んでますよ。そういう《露出さん》はどうなんですか?」
「三十近くて処女なわけねーだろ」
…………まあ、嘘は言ってない。
自分でアレしてアレしただけだけど。
未だかつて恋人どころかおセッセしたことも無いのが悪いんかって話。
「《露出さん》って恋人出来なさそうですよね」
「ケンカの合図? 全然顔面グーでいけるぞ」
「いや、一人でも楽しく生きていけそうだなって思って」
「どーせ恋人はオモチャだろ寂しくイッてろってか聖女ふざけんなてめぇちょっと顔がいいからって調子乗んなよ」
「そこまで言ってません。あっ、このDVDはなかなか良さそうですね」
「……《巨乳さん》って一週間……七日に一人で何回スんの?」
《巨乳さん》はジトりとした目を向けてきた。
「なんでそんなこと訊くんですか?」
「世間話的な」
「……《露出さん》が言ったら言います」
「一回」
「絶対嘘! 嘘ですよね! なんとなく《露出さん》は一回じゃ満足出来なさそうです!」
「ぅぐ……たしかに……仕事でイライラした日とかは何回も……てか寝る前にスるのは寝付きが良くなるって科学的根拠があんの!」
「変態」
「人のこと言えんのかって! じゃあ《巨乳さん》は何回スんのか言ってみろ!」
「一回です」
「さっき五回とか言ってただろ! 性に目覚めたての猿くらい至ってるだろ! 部屋とか臭いだろ絶対!」
「う、うるさいですね! いいじゃないですか誰にも迷惑かけてないんですから!」
って、《巨乳さん》は顔を真っ赤にして怒った。
私もまあ、同じくらい顔を赤くしてるんだろう。
ああ、暑い暑い。
どの層に需要があるかもわからない使用済み下着、褪せたコスプレ、やたらと高額な磔台……店内を隅から隅まで回ってから、私たちは各々の買い物を済ませる。
戦利品入りの黒い袋をぶら下げる女二人とは、何ともシュールな光景だ。
「今日もたくさん買ってしまいました」
「部屋の中とか置いといてバレない?」
「【空間魔法】使えるので」
「便利すぎるな魔法」
何でもアリ感がすごい。
DVDもオモチャも、魔力とかいう不思議な力で動かしてるっぽいし。
「っし、今日の戦利品で週明けの仕事に精出すかぁ」
「私も公務を頑張らないと」
用が済めば帰るだけ。
この後ご飯行ったりもしない。
というかそもそも、この店の外に《巨乳さん》は出られない。
転移門の制約どうこうがあるらしいけど、魔法に関して無知な私にはまったく理解出来ないわけで。
「んじゃ、また七日後」
「はい。お身体に気を付けて。おやすみなさい《露出さん》」
「おやすみ、《巨乳さん》」
淡白な関係。
だから、この別れの瞬間が寂しいということもない。
「…………」
店を出てから、私は一度だけ振り返った。
もちろん、もう《巨乳さん》の姿は見えない。
「……また七日後、か」
まあ、別に待ち遠しいわけじゃないけど。
起きて会社に行って、適当に働いて家に帰る。
ご飯を食べてお風呂に入って眠りにつく。
そこそこ真面目に、親を悲しませない程度にはちゃんと、もう何年同じことを繰り返してきたんだろう。
ふと、このまま無為に年を重ねて生きるのが怖くなった。
そんなあるときだ。
無色な日々に彩りを、なんて大それたものがあったわけじゃないけれど、なんとなくその場所が目に止まった。
日常から切り離されたかのように、そこにはちょっとした非日常があった。
人気は少なく、誰に咎められることもなく嗜好品に囲まれていられる。
この場所にたどり着いたのは、きっと運命的な何かがあったんだと思う。
私にも、あの人にも。
「……次は巨乳モノでもオススメされてやるか」
そうやって一人笑った、七日後。
アダルトショップは潰れていた。
田舎は無駄に仕事が早い。
事前告知無しに大きな建物が更地になるなんてことざらにある。
「……時代だよなぁ」
客入りも悪くなってたみたいだし、一定層に需要があっても利益が出ないんじゃ店の存続は難しい。
遅かれ早かれこうなってた。
商品は他の業者が買い取ったのだろうか、なんて……瓦礫の山の前で私は立ち尽くした。
憩いの場が消える……そんなのは、三十年近く同じ所に住んでれば何度も体験したはずなのに、この虚無感は何なんだろう。
「《巨乳さん》は落ち込みそうだな」
まあ、元々いつ転移門が消えるかもわからなかったわけで。
いつこっちとあっちの繋がりが絶たれても不思議じゃなかった。
けどあのムッツリな聖女のことだ、こっちに来れなくなっても向こうの世界で自分なりに楽しめるだろ。
自分で魔法的なDVDの開発とか出来そうだし。
そのうち異世界の性の開拓者みたいになったりして。
「聖女ならぬ性女ってか」
そうなったら思いっきり笑ってやろう。
「アッハッハ……ハハハ……」
あー……もう会えないのか。
って、私はその場にしゃがんで膝に顔を埋めた。
誰も知らないほんのちょっとのファンタジーが在ったってだけ。
名前も知らない、年齢も知らない、どんなとこに住んでるのかも知らない。
巨乳好き以外の性癖も知らない。
まだまだ話したいことがあったはずなのに。
「いなくなんなよ……バカ……」
瓦礫と化したアダルトショップの前で、私は一人泣いた。
「誰がいなくなったと?」
泣いたまま、その声に向かって顔を上げた。
「いい大人なんですから。濡らすのは股間だけにしてはどうですか?」
「《巨乳さん》……えっ、なんで……。店は潰れて……っていうか転移門……」
「元々開いていた転移門は閉じてしまったようですが、私の魔法で試してみたら成功しました。これでも聖女ですから私。イェイ」
いや、チートすぎない?
「じゃ、じゃあ……」
「お店が無くなっても私は自由に世界を生き来出来るということです。転移門を開くのに大量に魔力を消費するので、七日に一度が限界ですが。しかし……お店が潰れたのはショックですね。また新たなお店を開拓しなければ。当然、《露出さん》も付き合ってくれますよね? 私に会えなくなったと思って、寂しくて泣いてたみたいですし」
「なッ?!!」
悪戯っぽく笑う《巨乳さん》に、私はかあっと顔を赤らめた。
「だ、誰が!」
「ありがとうございます」
って、《巨乳さん》が微笑む。
「私もちょっとだけ寂しくなったので。まだまだ話したいことあったのに、って」
不意をついたその笑顔に、私はまた顔を熱くした。
「そういえば、まだ自己紹介もしてませんでしたね。エルオーナ=ロストロード。はじめまして……に、しておきましょうか」
これは新たな出会いだ。
そして、私たちという関係の新たな始まりだ。
「江角浪子。よろしくね、エルオーナ…………《巨乳さん》」
「フフッ、その方が呼び慣れてしまいましたね。こちらこそ、《露出さん》」
その後も、私たちは友人関係を続けている。
時には《巨乳さん》が私の家に泊まりに来たり、私が向こうの世界に遊びに行ったりと、転移門を使って好き放題して。
「老後は異世界でアダルトショップでも開くかな」
「じゃあ私は常連になります」
そんな夢を語りながら、今日も私たちは好きなものを嗜む。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
百合っていいですよね。
百合って感じで。
長編では百合ハーレムファンタジー、短編では恋愛モノをメインに書いています。
もし興味がありましたら他の作品も読んでみて下さい。
何かしらお気に召すものがあることを祈ってm(_ _)m
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