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君の音が聞こえなくなる前に

作者: 戸川涼一朗
掲載日:2025/10/21

この作品は、読者さんからの「音」というリクエストに応えて書きました。

普段の生活の中でふと耳にした音が、心を動かす瞬間があります。

短い物語ですが、どうか乙葉のバイオリンの音と、主人公の想いを感じていただけたら嬉しいです。

私には、好きな音があります。

それは——バイオリンの音です。


バイオリンの音色を聞くと、さまざまな気持ちになります。

優しい気持ち、ワクワクする気持ち、切なくなる気持ち……

音色によって、心の中に違う色が生まれる。

だから私は、バイオリンの音が好きです。


少し昔の話をしようと思います。


あれは、私が社会人になったばかりの頃。

慣れない仕事がうまくいかず、同期たちはどんどん成長していきました。

私は取り残されるような気持ちで、次第に心が折れていきました。


家族には心配をかけたくなくて、毎日「大丈夫」と笑って見せることしかできません。

だけど、限界はすぐに訪れました。

私は家族にも言えず、仕事を辞めてしまったのです。


次の日から、新しい仕事を探すために街を歩きました。

でも、自信を失った私は、どこへ行っても前に進めません。


そんな帰り道、ふと、優しい音が耳に届きました。

それは、街角でバイオリンを弾く一人の女性の音でした。

まるで心に直接語りかけてくるような音色に、私は立ち止まりました。


演奏が終わったあと、思わず声をかけてみました。

彼女の名前は——白鷺乙葉。


それから私は、毎日のように彼女の演奏を聴きに行きました。

話を重ねるうちに、乙葉は私に打ち明けてくれました。


「実はね……病気なの。

病院から許可をもらって、この時間だけ外で演奏してるの。」


「そんなに悪いの?」と私が聞くと、乙葉は少し笑って、静かに言いました。


「うん……もうあまり長くは生きられないの。

でもね、生きている間に——

好きなバイオリンを弾いていたいの。」


その瞬間、涙がこぼれて止まりませんでした。


「乙葉、明日も来る。絶対に聴きに来るから!」

私はそう約束して帰りました。


——でも、次の日。

いつもの場所に、乙葉の姿はありませんでした。

その次の日も。


後から聞いた話では、あの演奏のあと、病気が急に悪化してしまったそうです。


あの日、最後の音を聴けて本当によかった。

私の心には、今も乙葉の音が響いています。


だから——私は、バイオリンの音。

いいえ、「乙葉の音」が一番好きです。

読んでくださってありがとうございます。

この物語を書きながら、私自身も「音」の持つ力を改めて感じました。

バイオリンの音、そして乙葉の生き方——

短い時間でも、人の心に深く残るものは確かにあるんだと。

皆さんも、日常の中でふと耳にした音や、心に残る瞬間を大切にしてもらえたら嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
私からのお題『音』の物語を書いていただき、ありがとうございます バイオリンの音が繋いだ二人の出会いがとても運命的に感じ、「生きている間に好きなバイオリンを弾いていたい」という乙葉さんの意志の強さが伝…
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