最初で最後の"普通"の日常
「ねえ、これ何?」
「自動ドア、近づくと勝手に開く」
「わぁ!すごい!ねえ、これどうなってんの?」
「俺に聞くな」
さっきからエルゼ―――L06じゃいろいろと不都合があるからこの呼び方にした―――はこの調子だ
どんな生活をしていたのかは知らないがエルゼにとって何もかもが新鮮らしい
さっきから何を見ても「何故、何」状態
まるで3歳児だ
まあ、俺も楽しいから良いけど
それで、今俺たちがいるのはこの町唯一の大型ショッピングセンター
日用品から生活雑貨まで幅広くそろえてある
買うものは食料調達もあるが主にエルゼの服
彼女を見つけたときに来ていた服は血で真っ黒になっていたし他に服はないらしい
今は俺の持っているジーンズと白のシャツを着ている
正直言ってこれだけでもかなりかわいい、いやマジで
だけど、やっぱり男物の服をずっと着てるわけもいけないわけで買いに来たというわけだ
「それで、どこで何するの?」
「服屋に行ってお前の服を買う」
「買うって何?」
やっぱりこいつまともな育ち方をしてないみたいだ
「ん~、物々交換みたいなものだな」
「ふ~ん。あっ!これなんだろう?」
そう言って目の前にある噴水に駆け寄るエルゼ
まったく忙しい奴だな
常に水が吹き上がる噴水に興味があるらしい
俺が近寄って行ってもジッと噴水を見ているエルゼ
「なんでなの…。お父さん…」
ふいにエルゼの口からそんな声が漏れた気がした
顔を気づかれないように覗き込むと、悲しげな瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた
エルゼは今どんな気持ちでいるのだろう
あまり詳しくは話してくれないが、どうやらエルゼは殺されかけたようだ
ただ、「何に」殺されかけたのか、「どうして」なのかまったく分からないらしい
そしていつも助けに来てくれるらしい「お父さん」がそのときに限って来なかったという
そのお父さんがエルゼをなぜ助けに来れなかったのかという考えとともに、どうしても助けなかったのではないかという考えも浮かんでしまう
それはエルゼも同じようでいろいろ話して強がってはいるけど、時折遠くを見つめて落ち込んでいるエルゼを見るとやっぱり腹が立ってくる
と、彼女を見つめていたらいきなりこっちを向いてきて、目を輝かせると
「早く『買い物』行こう!!」
そう言って詰め寄ってきた
…ったく、立ち直り早いんだから
催促するエルゼに腕を引っ張られながら買い物をするためにその場を後にした
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私は今、初めての『買い物』に来ている
正直どういう意味なのか、裕輔に聞いてみたけどさっぱりわかんなかった
だけど服の『買い物』は楽しかった
私が見たこともないような服が、見たこともないほど部屋に並んでいた
この中から2着だけ持ってっても良いって言われて私は相当悩んだ
ホントに人生でこれだけ悩んだことがないほど悩んだ
結局、真っ白のシャツみたいな奴―――ワンピースと言うらしい―――と、血の色をしたシャツと白色のショートパンツって言われてる布をもらった
2個って言ったのに3つ持っていったから起こられるかな?って思ったけど別に裕輔は怒らなかった
だから裕輔に代わりに何かしてあげようと思った
―――裕輔に何を返せるんだろう?
こんなことを考えたのは初めてだった
家じゃあいろんな人が優しかったけどこんな気持ちにはならなかった
それだけ私にとって裕輔が特別なのか、裕輔が特別なのか
―――やっぱり良く分からないな
考えることが少しめんどくさくなって今は目の前のことを楽しむことに決めた
「裕輔!これなあに?」
透明な壁?の中に変な形をしたものが並んでいた
色もそれぞれ違ってピンクや茶色、紫に緑色と色とりどりだ
「これはソフトクリームだ。食いもんだから食べてみるか?」
「うん!」
何もかもが新鮮だった
透明な壁の向こう側にいる人間も、その人間が作る”ソフトクリーム”とかいうものも
あの家の世界はこんなにも広くて、こんなにも楽しかったのだ
これからも裕輔と一緒に過ごせたらいいなと思いつつ、その食べ物をなめてみる
冷たい感触と、甘い味
初めて知るものだった
立ってなめていると裕輔が呼ぶ声が聞こえた
声のほうを向くと裕輔が椅子を手でたたいている姿が見えた
座れと言っているらしい
かけて行って隣に座る
裕輔も同じものをなめているのかと思いきや裕輔のは色が違う
茶色のものだった
ちなみに私がなめているのは緑色のものだ
「裕輔?それなに?色が違うけど」
「ん?これはチョコアイスって言うんだ。エルゼの持ってるのは抹茶アイスで味が違う」
「ふ~ん。ちょっとなめていい?」
「しょうがないな」
裕輔が持っているアイスを私の顔の前に下げてくれた
恐る恐るなめてみると”マッチャ”とは違う味がした
「これもおいしいね?」
「気に入ったか?」
「うん!」
「じゃあこれもやるよ」
そう言って”チョコアイス”を手渡された
私はうれしくなって両方交互になめていた
こんな幸せ、ずっと続けばいいのに
そう私が思った瞬間、少し離れた場所ですごい音が響いた