「ふっふっふー、これを使うんだよ佳奈ちゃん!」
「――っ、ぷはーっ!」
快晴の秋空の下。
私が作ってきたアイスカフェオレ(例によってコーヒー成分はちょっぴり)を一息に半分ほど飲んで、椅子に深く座っている美愛は心地よさそうに息を吐いた。
「いやはや、一仕事終えたあとのカフェオレはたまりませんなぁ」
「どういうキャラなのよそれ……ところで美愛、これ。言われたとおり、バター持ってきたけど」
キューブ状のバターが入った箱を美愛に手渡して、私も椅子に腰かける。
カフェオレを作り行こうとしたときに引き留められて、バターを持ってきてほしいと美愛に頼まれていた。
「ありがとー、じゃあお昼ご飯にしよっか」
「任せてって言ってたけど、お昼ご飯はどうするの?」
「ふっふっふー、これを使うんだよ佳奈ちゃん!」
そう言って美愛は、自分の椅子のそばに置いたトートバッグに手を突っ込む。
「じゃじゃーん!」という謎の効果音と一緒に、中から取り出されたのは鈍色に光る――
「おー、ホットサンドメーカー。買ったの?」
「うん! 前々から欲しいなーって思ってたし、買っちゃった。テントを安くした分、ちょっとだけ余裕があったし。これでいつでもホットサンドが食べ放題だよ!」
喋りながら、美愛はカセットコンロの上にそれを置くと火にかけた。
それからまた、トートバッグから八枚切りの食パンやら、丸型の保存容器やら、色々と取り出してテーブルの上に並べていく。
コンパクトなテーブルなうえ、カセットコンロを置いていることもあってテーブルの上がいっぱいになりそうだったので、私が使っていたコーヒー関連の道具はテーブルからどけておく。テーブルが少し小さかったかもしれない。
「――おっと。もういいかな」
そう言うと、美愛はホットサンドメーカーを開け、火にかけられている面へとバターを一つ入れて溶かすとまんべんなく塗り付け、そこへ食パンを置いた。溶けたバターの甘い香りが、鼻と空のお腹をくすぐる。
器具を閉じてそのまま火にかけている間に、美愛は保存容器を次々と開けていく。中には玉子サラダやツナマヨ、エビとアボガドのマヨ和え、それにレタスやきゅうりにハムやチーズ――つまりは具材が入っていた。
「家で作ってきたの?」
「うん。夜は借りるつもりだけど、お昼にまでキッチン借りるのは悪い気がしたから……」
「別に気にしなくていいのに」
「あたしが気にするんだよー」
ホットサンドメーカーがひっくり返され、もう片面も火にかけられる。
「佳奈ちゃん、食器持ってきてくれてたよね? ちょーだい。あ、あとスプーンも」
「ん、ちょっと待ってね」
部屋に入ってお皿を二枚とスプーンを持ってくる。
今日使う予定のものは、冷蔵品以外はそこにあらかじめ運び入れておいてあった。
「よしっ、焼けたよー! 佳奈ちゃん、お先にどうぞ。はいっ」
「いいの? ありがと」
焼きたてのトーストをお皿に載せてもらう。もうテーブルには置けないので、お皿は膝の上へ。
ホットサンドメーカーで焼かれたトーストは焼き目がばっちりとついていた。これだけでもおいしそう。
「あとは好きな具材をパンにのっけて、折って挟んだらお手軽ホットサンドの完成だよ!」
「へー……ホットサンドって具材挟んでから焼くものだと思ってた」
「こっちの方が楽だし、それに火を通さない方がおいしい具材ばっかり作っちゃったからね。あっ、でもハムとチーズは焼いた方がおいしいから、食べたいなら次は載せて焼くよ?」
「じゃあ次はそうしてもらおっかな」
次はそうするとして、最初は何を食べよう――やっぱり定番の玉子サラダかな。
容器からスプーンですくおうとして、そこでふと、私は手を止めた。バターは片面にしかついてない。今お皿と接している面がそう。
サンドイッチだと具を挟む側にバターを塗るはず。でも、お皿に塗ってない面を上にして置いたってことはこっちに具を載せるのかな。でもそれだとバターがついた面が外になって手が汚れるような……。
「……これ、どっちの面に具材を載せた方がいいの?」
「あたし的にはバターがついてる方を外にするのがオススメだよ! でも手が汚れちゃうから、それがいやなら反対の面を外にした方がいいかも」
やっぱり手は汚れるものなのか。
どうしようかな、と思いつつトーストをひっくり返して見てみれば、バターがついた面はカリッと香ばしそうに焼き上がっていた。どう見てもこっちが外の方が見栄えがいいし、おいしそう。
……まぁ、手は洗えばいいや。ということで、バターがついた面を外側にする。
玉子サラダを載せてから言われたとおりに半分に折ると小気味よい音と感触がした。
八枚切りだから、半分に折ってもそれほど厚くない。いただきますを言って、そのままかぶりつく。
ザクッとした食感のあと、バターの染み込んだトーストの味がまずやってきた。ホットサンドメーカーで焼いたからだろうか、いつも食べているトーストとは全然違って、なにより香ばしい。
そして、具の玉子サラダ。刻んだ玉ねぎとピクルスが混ざっているおかげで食感が楽しい。何度か美愛に作ってもらったことがあるそれは、安定のおいしさだった。
咀嚼し飲み込んで、コーヒーを啜る。
穏やかな秋空の下、のどかな景色を眺め、爽やかな風に当たりながら、美愛が作ったご飯を食べて、自分で淹れたコーヒーを飲む。なんて贅沢な時間。
ただ、さっき淹れてまだ全部飲んでいなかったコーヒーは少し冷めていた。
これは反省点かも、と私は思う。料理でカセットコンロを使っちゃうとお湯が沸かせないから、もう一つ火が欲しかったかもしれない。
まぁ、お湯を沸かすだけならそこの部屋で電気ケトル使えばいいんだけど。情緒もへったくれもないのはさておき。
「あたしはなににしよっかな……やっぱり最初はエビアボカドかなー……」
「アボカド好きだよね、美愛」
「うん、好きー、えへへ」
自分の分を焼いた美愛は、トーストを載せた皿を手に具材を悩んでいたけど、結局はエビアボカドに手を伸ばした。
アボカドは美愛の好物で、美愛の家にお泊りするときに高確率でそれを使った料理が出てきていた。私が初めてアボカドを食べたのも、美愛の手作りの料理だった。確かアボカドとトマトのサラダ。
ホットサンドに美愛がかぶりつく。けれど、身体に比例して口も小さい美愛は八枚切りの食パンといえど、かぶりつけるギリギリのサイズだった。
口の中も小さいみたいで、一口食べただけで頬がパンパンになっている。リスみたいでちょっとかわいい。
「んー! おいふぃー!」
「飲み込んでから喋りなって……あっ、美愛ちょっとそのままストップ」
「う?」
その頬にマヨネーズがついていた。かぶりついたときに付いたんだろうそれを、椅子から少し身体を浮かして手を伸ばして拭ってあげる。
手に付いたそれをどうしようか悩んで――まぁいいか、と思って口に指を含んで、ちゅぱ、と舐め取った。
「――っ、ぁ、ありがと……」
「ちょ、ちょっと……美愛が照れたら私までなんか恥ずかしくなってくるじゃん……」
私の一連の動きを見ていた美愛が顔を真っ赤にしているのを見て、私も頬が火照るのを感じた。
頬に付いたものを拭き取ってそれを舐めるという行為は、確かにされた側からすると照れるものかもしれないけど、そこまで顔を真っ赤にするようなことでもないと思うんだけど。
私たちの間に妙な空気が流れる。
空気どころか動きまでぎこちなくなって、美愛はそのあとトーストを焦がした。
料理上手な美愛にしては、珍しいことだった。