「佳奈ちゃんならわかってくれると思った!」
「……佳奈ちゃんが寄りたいところってここ?」
「そっ。リサイクルショップ」
駐輪場に自転車を止めて、美愛と一緒に目の前の白い建物を見上げる。
さっきいたショッピングモールから程近いここ――リサイクルショップが、目的の場所だった。
美愛を伴って中に入る。
たまに来るときは古着や小物コーナーくらいしか見ないが、今日の目的はそっちじゃない。いつも足を向ける側とは反対方向へ歩いていく。
雑然とした店内を縫うように歩いて辿り着いたそこには――
「――キャンプ用品だ!」
目的のコーナーに辿り着いて、美愛が喜びの声をあげた。
そこにはキャンプ用品が所狭しと置かれていた。売り場としてはそこまで大きくないので、ホームセンターと違って展示販売はされてはいない。
「中古でもいいものは中古にしたら安く済むでしょ? それで、フリマアプリも考えたけど、リサイクルショップなら実際にキズの程度とか確認できるからこっちの方がいいかなって」
「そっか、その手が! 佳奈ちゃん天才だよ!」
興奮したのか、美愛が私に飛びつくように抱き着いてくる。
美愛の頭の中では、キャンプ用品は新品しか存在しなかったみたいで『天才!』とまで言われる始末。
よかった、私が気付いて。気付かなければ予算が足りなかったかもしれない。
うれしそうにふわふわと跳ねながら、美愛がキャンプ用品の陳列棚へと向かっていく。
テントが欲しい、と言っていたから真っ先にテントの棚へ向かうかと思ったら、美愛が足を止めたのはランタンの前だった。
箱に入ったものや、剥きだしのままのものがいくつも並んでいる。
その値札を見て美愛はわなわなと震える。
「こっ、これなら、ランタンはガスランタンにしても……!」
「ねぇ美愛。なんかさっきから異様にガスランタンってやつにこだわってるけど、明かりなんてどれも一緒じゃない?」
「――ハァッ⁉」
私の言葉に美愛が勢いよく振り返った。信じられないモノを見た、といった顔をして。
っていうか、美愛がそんなにもキレ気味の声を出したの、これまで一緒にいて初めて聞いたんだけど。
「全然違うよー! ガスランタンっていうのはね、なんていうかこう……――なんかいいんだよー!」
「そこはちゃんと魅力を説明しようよ……」
『なんかいい』って、説明になってない。
美愛も自分で説明ができないことが歯がゆかったのか「これ見て! これ!」とスマホを私に突き出してくる。
画面には、美愛の言うガスランタンがゆらゆらと火が揺れながら闇を照らしている動画が流れていた。
それ見て、なるほどと一人納得する。たぶんゆらゆら揺れている火が美愛の言う『なんかいい』っていうことなんだろう。確かに、見ているとどことなく落ち着く気がする。
「へぇ……これで夜を過ごすのはちょっといいかも」
「でしょー? えへへ、佳奈ちゃんならわかってくれると思った!」
にこにことした笑顔を私に見せると、美愛はランタンに向き直る。私もその隣に並んで、陳列されているランタンを見る。
ランタンといっても色々種類があって、一応、それぞれの種類で固められて陳列はされていた。美愛が見ているのはもちろんガスランタンだ。
売り場にはランタンの種類を説明するポップが貼られていて、それによるとガスランタンはガスの缶を繋いで使うらしい。ただ、よく見るカセットボンベの細長い形じゃなくて、見たことない形のガス缶だけど。
なにはともあれ、ガス缶を使うならバルコニーで使ってもそう危険ではないように思える。
そのガスランタの隣にはLEDのランタンが置いてあって、その値札を見るとなるほど確かに。美愛が『ガスランタン……』と渋い顔をしていた理由がわかった。
LEDよりもガスランタンの方が値段が高いものが多い。
美愛は真剣な表情で、一つのガスランタンに顔を近づけて熱心に見ていた。
箱がないのかそれとも見本用なのか、剥きだしで陳列されているそれは、上部が開いたまっすぐな円筒状のガスランタンだった。円筒部分のガラスが、店内の光を反射している。
「それがいいの?」
「うん……」
「気に入ったんならそれにしたら?」
中古とはいえ、そこそこの値段がするそのガスランタン。だからなのか、気に入ったって言うのに美愛はなかなか手を伸ばさない。
「うーん……もうちょっと考える! 他に必要なもの先に見よ!」
口ではそう威勢よく言いつつも、最後まで名残惜しそうに視線を残しながら、美愛はガスランタンの前からじりじりと離れていく。めちゃくちゃ後ろ髪を引かれているのが丸わかりだった。
ただ、美愛がそうやって慎重になる気持ちもわかる。だって、予算は限られているから。
二人してお小遣いとお年玉の残りをかき集め、合わせて四万円ちょっとしかない。内一万円はうちの両親からの援助だったりする。
この予算内でキャンプができるように道具を揃え、当日食べるものも準備しなくちゃいけない。
次に美愛が足を止めたのはアウトドア用の椅子のコーナーだった。
ちなみにコーナーのポップにそう書いてあるだけで、実際に椅子が並べられているわけではない。
持ち運びやすいようにコンパクトに収納された状態で陳列されているので、ポップがなければ袋に入ったそれが椅子だとは私にはわからなかった。
「やっぱりまずはチェアだね。キャンプにおいてチェアはちょー重要だから」
「超って。そんなに重要?」
「重要だよ! キャンプなんて基本ずっと座ってるようなもんなんだから!」
「なんかそれはすごい偏見な気が……?」
でも言われてみれば確かに『キャンプ』と言われて私も想像するのは焚火の前に座っていたり、座りながら料理をしたりする姿なんだけど。
「それに、チェアをどれにするか決めないとテーブルが決められないからね、高さ合わせないといけないし」
「椅子よりテーブルの方が高かったり、低すぎたりしたら悲惨だしね……」
「というわけでチェアを先に決めようよ、佳奈ちゃん」
「ん、わかった……けど、中古でいいの?」
「あたしは中古でも別に気にしないかなー――っていうか、座り心地がいいチェアって高いから、中古じゃないとお金がね……?」
そう言って美愛が値札を指差す。
「……そうだね」
納得するしかなかった。中古でも高い。
もちろん安いのもある。袋に収納されていなくて、ただ折りたたまれただけの簡易的な椅子とか。けれど背もたれがないそれに座ってキャンプの間中過ごすのはなかなかにしんどそうだ。
どんな椅子なのかがわかるように、陳列棚に並べられている収納状態の椅子には、それが組み立てられた状態の写真がポップとして貼られていた。
けれど、私には写真を見ただけでは良し悪しがわからなかった。それは美愛も同じだったようで――
「椅子は座ってみないと合う合わないがわかんないよねー……ちょっと店員さんに取り出して座ってみてもいいか訊いてみよっか。あっ、すみませーん!」
少し離れたところにいた若そうな女の店員さんに声をかけて、美愛は近寄っていく。
そしてそのまま、にこやかに店員さんと話し始める。
知らない人と話しても物怖じしないのは美愛のすごいところだ。二人で出かけたときに、そんな光景をよく見てきた。私なんかより、よっぽどコミュニケーション能力が高い。
その光景を見る度、私は思う。その気になったらきっと、美愛にはいっぱい友達ができるはず。
なのに、美愛はいつも私と一緒にいて、他のクラスメイトと仲良くしているところを見ない。自分から話しかけることもない。
私が美愛の邪魔をしているんじゃないか、と思うこともある。
私がいなければ、美愛はたくさんの友達に囲まれていたかもしれないのに。
孤独を美愛に救ってもらったことは感謝しているし、これからも一緒にいたいと思っている。
けれど、その一方でこうも思う――どうして美愛は、私なんかとずっと一緒にいてくれるんだろう。
以前にも気になって訊いたことがある。転校してきて少し経った頃、私に話しかけてきてくれるようになった頃。そのときは確か――
「――座らせてくれるってー! ……って、佳奈ちゃん、どうしたの? 難しい顔してる」
「えっ、あ、うん……なんでもないよ、大丈夫」
「あのね、このお姉さんがキャンプ用品担当してるらしくて、取り出して座らせてくれるって! 色々座って確認してみよーよ!」
店員さんを連れて、美愛が戻ってきていた。美愛のにこにこ顔に釣られてか、店員さんも笑顔だ。
楽しそうに店員さんとやり取りしつつ、うれしそうに椅子の座り心地を試す美愛を見て、私は胸にちくり、と刺さるトゲを感じていた。