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「それは罠なんだよ佳奈ちゃん」

「とうちゃーく!」

「……美愛(みあ)が寄りたかったのって、ここ?」


 駐輪所に自転車を留めた私は困惑した。

 放課後、美愛から「寄りたいところがあるんだけど、いい?」と言われてついてきてみれば、そこはホームセンターだったから。

 少なくとも、女子高生が放課後に制服で遊びに行くような場所じゃない。


「何か買うの?」

「ふっふっふー。まぁまぁ、ついてきてよ佳奈(かな)ちゃん」


 なぜかドヤ顔をしている美愛の後ろをついていく。

 ホームセンターへ来たのはいつぶりだろうか。必要なものはスーパーやドラッグストアで大抵買えてしまうので、私は普段ホームセンターに来ることはない。

 園芸用品だったり文房具だったり洗剤だったり車用品だったりペット用品だったりDIY用品だったり。ホームセンターらしい、様々な売り場を通り抜けた店の奥、美愛が足を止めたところには――


「――へぇ、ホームセンターでもキャンプ道具売ってるんだ」

「そうなの。調べてたらホームセンターでも売ってる、って見て。こういうのって専門店に行かないとないって思ってたのに」

「私もそんなイメージだった」


 キャンプ道具売り場はそこそこ広く、テントや寝袋はもちろんのこと、私が見ただけでは何に使うのかよくわからない道具だったり、炭や薪までもが売られていた。

 実物展示としていくつものテントが張られていて、物珍しくてついついその中をのぞき込んだみたりしてみる。


「買う買わないは別として、一回見に来てみたかったんだ。佳奈ちゃんはあんまり興味ないと思うんだけど……ごめんね」

「ううん、大丈夫。美愛と一緒ならどこでも楽しいし」

「……もっ、もう……またそんなこと言って……ありがと……」


 私の言葉に美愛の顔が赤くなる。長い髪に隠れて見えないけど、たぶん耳も赤くなっているはず。

 美愛を照れさせるのは、私の密かな楽しみでもあった。我ながらどうかと思うけれど。


 美愛と一緒にテント売り場を見る。

 雑誌に載っていたものよりリーズナブルなテントもかなりあるけれど、それでも高校生からしてみると十分高い。

 

「やっぱり高いなぁ……」


 美愛もそう思うのか、ぽつり、と声を漏らした。


「テント以外にも道具がいるんでしょ?」

「そうだねー。えっと、確か最低限必要なのが――」


 スマホにメモでもしていたのか、美愛がスマホを見ながら最低限必要なものを読み上げる。


 ――テント、テントの下に敷くシート、寝袋、照明、料理をしたいならバーナーや調理器具。


「とりあえずこれだけあればキャンプはできるみたい。快適に過ごすならあと椅子や机が欲しいって」

「結構あるね……寝袋はこっちかな?」


 美愛が読み上げたもののうち、寝袋がテント売り場の隣にあったのでそちらも見てみる。寝袋も数点、実物が展示されていた。

 ピンからキリまで、幅広い値段のものが売られている。高いものは恐ろしいほど高い。よくわからないけど、そんなに高性能なのか。

 でも、安いものは何なら今の手持ちでも買えそうなくらいの値段だった。


「寝袋は安いものなら買えるんじゃない? これとか」

「それは罠なんだよ佳奈ちゃん」

「罠て」


 棚に並ぶ寝袋、そのうちの一つを指してみれば、美愛は神妙な顔をしてそんなことを言う。


「佳奈ちゃんが指さしたやつは夏用なの。これからどんどん寒くなるのに、安いからって知らずに夏用を買っちゃったらキャンプ場で凍死しちゃう」

「へぇ、寝袋にも夏用とかあるんだ。ってことは冬用もある?」

「あるよー。えっとー……これかな?」

「っ⁉ いや、たっか!」


 美愛が指したものを見てみると、夏用のものと比べて遥かに値段が高かった。その額、一番上のお札五枚以上。思わず吹き出してしまう。

 でも冬に外で寝るわけだし、ケチると命にかかわりそうなので高い理由もなんとなくわかる。その分暖かいんだろう、きっと。というか暖かくあってほしい。こんなに高いんだから。


「まぁ、それはすっごくいいやつみたいだからね。冬用でももっと安いのはあるけど――この辺とか。でもやっぱりその分寒くなるみたい」

「……初心者が冬にキャンプをするのはやめておいた方がいいと思う、色んな意味で」

「あたしもそう思う……」


 さっきの私みたいに知識がなくて、安いからって夏用の寝袋を買って冬にキャンプをしてしまったら――そう考えるとゾッとする。

 懐的な意味でも冬用と夏用では明らかに格差があるので、キャンプを試してみたい美愛のような初心者がいきなり冬にキャンプするのは厳しそうだと思う。


 けれど見ているだけでも楽しいのか、美愛は跳ねるような足取りでテント売り場と寝袋売り場をちょろちょろする。行ったり来たりするその小さな後ろ姿を眺める。かわいくて微笑ましい。

 そしてそのうち、一つの実物展示しているテントの前で止まった。きれいな三角形のシルエットが特徴的で真っ白なそのテントをじーっと見つめている。


「それが気に入ったの?」

「うん! これ、すっごくかわいい! てっぺんの触角が特に!」

「触角が……?」


 美愛の言うとおり、テントのてっぺんには触角のようなものが数本飛び出ていた。構造を見る限り、触角のように見えるそれはテントを支えているポールらしい。

 そして、美愛はそこがかわいいと言う。美愛の感性がたまにわからない。


「入っていいみたいだし、入ってみたら?」

「うん! あっ、佳奈ちゃんも入ろうよ」


 テントの入り口は開けられていて、中に入ってもいいという注意書きが貼られていた。

 ローファーを脱いで、その白い三角テントに美愛と一緒に入ってみる。


 中は外観から想像していたよりも広く、高さも膝を曲げればどうにか立つこともできるほどだった。

 これなら二人でも寝そべれそう――と思っていたら、美愛がいそいそと寝そべりだした。たしたし、とその隣を叩かれて催促されたので、私も寝そべる。


 二人して寝転んで天井を見上げる。形が三角なだけあって天井は意外と高く見えた。

 お店の中だというのに、テントの中はまるでそこから切り離されたかのように静かでほのかに薄暗い。それがなんだか落ち着くような気がする。

 思っていたよりも広いけれど、離れて寝られるほどの広さではない。肩が触れ合う距離。ふと隣を見ると、美愛と目が合った。うれしそうに微笑んでいる。つられて私も頬が緩んだ。


「――なんかいいね、これ。うまく言えないけど」

「でしょー? ふっふっふ、佳奈ちゃんもキャンプの魅力に憑りつかれるがいいー」

「あははっ、なにそれ。美愛だってまだキャンプしたことないじゃん」


 顔を見合わせて笑い合う。

 胸がじんわりと温かくなる。美愛と一緒に過ごして、こうして笑い合うのが私は好きだった。

 

 美愛は制服のポケットからスマホを取り出すと腕を伸ばして、内カメラで寝転がった私たちの写真を撮った。

 ふとしたときに写真を撮るのは美愛の癖だ。たまに気が抜けているときに勝手に撮られたりして、間抜けな顔をさらしたりすることもある。今のはたぶんセーフ。


 スマホをポケットにしまうと、美愛は起き上がった。


「じゃあ次は、っと……焚火関連の道具はこっちかなー?」


 テントから出た美愛が陳列棚に挟まれた通路へと入っていくのでついていく。

 その陳列棚には金属製の台のようなものが大小さまざまに並んでいた。


「これはなに?」

「これはねー、焚火台!」

「焚き火用の台ってこと? 焚火って地面でやればいいんじゃないの?」


 わざわざ台の上でやらなくても、と私は思うのだけど、そうではないらしい。美愛が「ちっちっち」と指を振る。

 ……今日の美愛、なんかちょっとテンションがおかしい気がする。


「地面で焚火をすることを『直火』って言うんだけどね、直火は禁止されてるキャンプ場が多いんだって。だから焚火をしたいなら焚火台を買わなきゃだめなんだよ」

「へぇ、そういうものなんだ」

「焚火しないなら別に買わなくていいんだけどね。でもキャンプは焚火! ってイメージがあるからしてみたいなぁ」

「確かに。キャンプって言われるとそんなイメージある」


 並んでいる焚火台の実物を眺める。

 コンロのような形をしたものや、湾曲しているけれどまるでただの金属板が支えられているように見えるもの、まるでゴミ箱のように見えるものなど、色々ある。


「む~ん……」と呻き声を出しつつ、美愛はそれらを熱心に見ている。

 たぶん形によって使い方とかあるんだろうけど、聞いてもたぶんあんまりわからないし、楽しそうな美愛の邪魔をするのもいやなので尋ねることはせず、私は美愛から視線を外した。


 視線を外した先、焚火台の陳列棚の反対には小物が色々と陳列されていた。

 パっと見では何に使うかよくわからないそれらを眺めて――そのうちの一つに私は目を留めた。


「これって――」


 思わず手に取ってみる。

 円筒のステンレス容器、その頭に手回し用のハンドルがついたそれは――コーヒーミルだった。

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