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「はじめよっか、バルコニーでキャンプ!」

「うわぁ、すっごい見晴らしいいね!」

「でしょ?」


 土曜日、私の家に来た美愛みあは三階にある板張りのバルコニーに出た途端、笑顔を浮かべてうれしそうな声をあげた。その喜びようにつられて私もうれしくなる。

 飛びつくようにバルコニーの手すりに手をかけた美愛の隣に私も並んで、一緒にバルコニーからの景色を見る。


 三階建てである私の家は周囲(といっても距離は離れているけど)の家よりも高く、他に高い建物もないためバルコニーからは遠くの景色まで見通すことができた。

 もっとも、私の家があるのはそこそこ田舎なので民家の他には、収穫直前で金色の稲に覆われた田んぼや、こげ茶色の土で埋もれた畑なんかがあちこちにあり、見晴らしはいいが景色がいいかと言われると微妙なところだった。

 それでも、遠くには山が見えるし、普段は見えない堤防の向こうの川も見える。


 雲一つない晴天の十月半ばの秋空、バルコニーには太陽の光が降り注いでいた。

 今日の気温は少し高めだけど、秋の涼しい風がそよそよと吹いているおかげで過ごしやすい。


「ん~~……気持ちいいー……」

「そうだねー……」


 そんな快適な天気の中、手すりにもたれかかって気持ちよさそうな声を出す美愛を見て、誘ってよかったな、と思う。


 今日の美愛は普段は下ろしている長くてきれいな髪をひとまとめにしてキャップを被っていた。服装も長袖のシャツにサロペットスカートという、どことなくアウトドア味を感じる格好だ。

 これまで美愛と遊ぶ中で、こんな系統の服を着ているところは見たことがない。いつもの美愛は私より一回り小さい身体と、お人形のような可愛らしい顔に似合うガーリーな服装をすることが多いのに。

 今日のためにわざわざ準備したのかもしれない。美愛は今日のことを本当に楽しみにしていたから。いつもは渋々やるテスト勉強ですら頑張っていたほどに。


「よし、それじゃあ」


 張り切った声をあげ、美愛は勢いをつけて手すりから身体を勢いよく離した。

 そして、今日の空にも負けない晴れやかな笑顔でこう言った。


「はじめよっか、バルコニーでキャンプ!」



*****



 ――きっかけは中間テスト前、美愛との会話からだった。


「美愛、なに読んでんの?」

「うん? アウトドアの雑誌だよ」


 昼休み、ご飯を食べる前にお花を摘んで教室に戻ってくると、美愛が雑誌を渋い顔をして読んでいた。

 窓際席である美愛の一つ前、自分の席に横を向いて座り、雑誌の表紙を下から覗き込むと、確かにアウトドア雑誌だった。表紙には大きいフォントでキャンプがどーのこーのという売り文句が並んでいる。


「……アウトドアに興味あったっけ?」


 美愛にそんな趣味があるなんて知らなかった。中学三年生の途中で知り合ってまだ一年ちょっとの付き合いなので、知らないこともあって当然なんだけど。とはいえ、美愛からアウトドアのアの字も聞いた覚えはない。

 私の疑問に、美愛は雑誌から顔を上げて、


「えっと、あたし昨日ヒマでスマホばっか触ってたんだけどね」

「ヒマって。来週から中間テストなんだから勉強しなよ……」

「……そっ、それはともかく。そしたら女の子がキャンプしてる漫画があってね? 読んでたら、なんかこういうのいいなー、って興味沸いちゃって。スマホで調べたりとか、雑誌も買っちゃった」


 雑誌をぱたん、と閉じた美愛は「読む?」とその雑誌をこちらに向けてくる。

 あまりアウトドアに興味はないけれど、試しにパラパラと眺めてみる。表紙の売り文句通りにキャンプに関連した記事が写真付きで掲載されていた。


「それで? なんで、この雑誌を読んで渋い顔してたわけ?」

「ここ見て、佳奈かなちゃん」


 美愛が前のめりになって、私が開いていたページのとある部分を指した。そこには記事内で使用しているテントが紹介されていて、その値段が――


「――たっか⁉」

「でしょー? テントだけでもこんなにするのに、他にも色々揃えなきゃいけないからお金がかかるし、高校生がやる趣味じゃないなーって、渋い顔してたわけですよ」


 掲載されているテントはお年玉を注ぎ込んでようやく買えるか、といったレベルの金額をしていた。そして、恐ろしいことにこんなにも高いのに一人用らしい。キャン道具、恐るべし。


「もちろん、もっと安いものもあるんだけどね。それでも一式揃えたら結構な額になっちゃうし、お小遣い全部キャンプ道具に注ぎ込むわけにもいかないし」

「お小遣いだけじゃ厳しいよね、うちの高校バイト禁止だし」


 バイトができればまだ金銭的な問題はどうにかなったかもしれない。けれど残念なことに、通っている高校は長期休暇以外でのバイトは禁止されていた。

 雑誌に載っている金額を見た限りでは、夏休みと冬休みの間だけ、という短期間のバイトでキャンプ道具を揃えるのは困難なように思う。


「ありがと」と雑誌を返したら美愛はそれを鞄にしまい、代わりにお弁当を取り出した。それにならって、私も鞄からお弁当を取り出す。

 二人してお弁当箱を開けると、ただ冷凍食品と昨日の残りを詰めただけの、茶色系統のおかずが多い私のお弁当とは違って、美愛のは野菜を中心にした色鮮やかなお弁当だった。


 見た目にもおいしそうなそのお弁当を食べながら、美愛はため息を一つ。


「それに道具以外にもキャンプ場の使用料とかそこまでの交通費とか、キャンプすること自体にもお金がかかるんだよね……」

「――ほんとだ、一泊二千円とか書いてある」


 美愛の言葉を受けて、試しに適当に検索して出てきたキャンプ場のサイトを見ると、一泊の料金が書いてあった。ホテルなんかに泊まるよりは全然安いけれど、それでも毎回この値段を払うのは確かに懐に厳しそうだ。

 行儀が悪いとは思いつつも、お弁当を食べながらそのままそのサイトを見て――とある欄に目を留めた。


「このデイキャンプっていうのは? これだと五百円でいいみたいだけど」

「それはね――」


 デイキャンプとは朝~夕方頃までの日帰りで行うキャンプで、宿泊する必要がない分、料金も安いし道具も必要最低限でいい、手軽にできるキャンプなんだよ――と、デイキャンプについて、美愛が説明してくれる。

 とりあえずキャンプがしてみたいだけならそれでもいいんじゃ? と私は思うのだけど、美愛的にはそうではないらしく、その顔は晴れない。


「キャンプの漫画を読んであたしが特になんかいいなって思ったところがさ、夜空の下でご飯を作って食べたり、朝にだんだん明るくなっていく景色を眺めるところなんだよね」

「それだとデイキャンプじゃなくて、泊まりじゃないとダメだね」

「そうなんだよー……」


 がっくし、と肩を落とす美愛。そのまま「まぁでも」と美愛は言葉を続けて、


「お金のことがどうにかなっても、キャンプしたい、なんてそもそもお母さんが許さないんだけどね……」

「美愛のお母さん、すごい過保護だもんね」

「あー、うん……そうだね……」


 たまに美愛が私の家に泊まることがあるけど、そのときも私のお母さんが電話口で変わらないと許可してくれないほどだ。キャンプなんて到底許してもらえそうにないのは何となくわかった。


「キャンプしてみたいけど、大学生になるまでお預けかなー……」


 浮かない顔をしてもぐもぐとお弁当を食べる美愛を見て、なんとかしてあげたいな、と思う。


 付き合いは短いけれど、美愛は大事な友達――親友と言っても過言ではない存在だから。

 恥ずかしくて『親友』なんて言葉、面と向かって美愛には言えないけれど。


 どうにかしてキャンプする方法はないかな、と美愛と一緒にお弁当を食べながら私は頭を悩ませるのだった。

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