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54 何やら、興味深い噂が流れているようだな?


 すでに前国王夫妻と王弟のルーシェルドが入室しているというのに、式典の場である大広間はざわめきが収まらぬようだった。


 ジェスロッドが立つ扉のこちら側にまで、居並ぶ貴族達のさざめきのような低い声が聞こえてくる。


「国王陛下のご入場!」


 侍従の声とともに扉が開けられ、ジェスロッドはゆったりとした足取りで部屋へ足を踏み入れる。


 ジェスロッドの姿に、一瞬ざわめきが大きくなったものの、すぐに波が引くように静かになる。


 貴族達を一瞥いちべつすらせず壇上の中央に進んだジェスロッドは、居並ぶ貴族達を睥睨へいげいする。


 ジェスロッドの険しいまなざしに怯えるように、貴族達が身を震わせた。


 あえて長い間を取ってから、ジェスロッドはおもむろに口を開く。


「今日は、邪神を再封印したことを祝う式典のはずだが……。何やら、興味深い噂が流れているようだな?」


 エディンスが聖獣の館へ送ってくれた報告書のおかげで、ジェスロッドが王城を不在にしていた間に、アルベッドがどれほどろくでもない企てを画策していたのか、すでに把握済みだ。


 告げた途端、一部の貴族達が鞭打むちうたれたかのように身を震わせる。


 それらの貴族達が視線を向けた先は、最前列にいるアルベッドだ。


 だが、隣国の王太子らしく今日も豪奢な服を纏ったアルベッドは、ジェスロッドと目が合った途端、「ひぃぃっ」と情けない悲鳴を上げる。


 貴族達がアルベッドに注目していることにも気づいていない様子だ。


 アルベッドの顔が蒼白なのは、昨夜ユウェルリースに止血だけしてもらった傷が痛むからなのか、それともジェスロッドの剣幕に恐れをなしているからなのか、ジェスロッドには判断がつかない。


 様子を見るに、邪神の残滓に憑りつかれたうえに聖剣で貫かれたことで、己がどれほど愚かな企みをなそうとしていたのか、ようやく理解したらしい。


 が、ジェスロッドはこの程度で許してやる気はない。


「どうやら、俺が邪神の再封印に失敗したという噂が、まことしやかに流れているらしい」


 貴族達を見回しながら告げると、幾人かの貴族達が目が合った途端、気まずげに視線を揺らした。


 中には、ジェスロッドのまなざしに耐えられず、顔を伏せた者もいる。


 この貴族達がアルベッドにくみし、ジェスロッドを糾弾して王位から引きずり降ろそうと画策した者達に違いない。


 今頃、壇上のすぐ下に控えているエディンスが、しっかり名前と顔を把握しているだろう。


「そのような噂が流れたのは、俺の不徳ゆえのこと。聖獣ユウェルリースの力を借り、邪神の本体を封じたのはよいものの、残滓を取り逃がしてしまったのは俺の手落ちだ。そのことについては、弁明のしようもない」


 殊勝に視線を伏せると、貴族達の間から、ほっとしたような吐息が洩れた。自分達が振り回された噂が、根も葉もないものではないと知って、安堵したのだろう。


「だが」


 ゆるみかけた空気を、ジェスロッドは強い声音で引き締める。


「昨夜、邪神の残滓は俺がこの手で跡形もなく滅ぼした。――お前もその目で《《しっかりと》》見ただろう? なぁ、アルベッド」


「ひっ!」


 話を振られたアルベッドが、押し殺した悲鳴を洩らし、壊れた操り人形のようにがくがくと震えながら頷く。


「あ、ああっ、ジェスロッドの言うとおりだ……っ! 邪神の残滓は完全に滅ぼされた……っ!」


 アルベッドは他人をおとしめる奸智かんちけてはいるが、そういう者に限って、己が傷つく覚悟は持っていないものだ。


  己の欲望のために邪神の残滓を利用しようとして失敗し、ジェスロッドに刺されたアルベッドは、すっかり化けの皮が剥がれ、臆病な本性があらわになっている。


 アルベッドに味方していた貴族達が呆れ果てた目で見ているのにも気づいていないようだ。


 卑屈な笑みを浮かべ、怯えながらジェスロッドを見上げるアルベッドには、もはや王族の矜持きょうじは欠片も感じ取れない。


 アルベッドがローゲンブルグ王国の貴族達の支持を得ることは、今後、二度とないだろう。


 ふだんのジェスロッドならば、ここまでで満足し、アルベッドに退出を許していた。


 だが。


 アルベッドの姿を見るだけで、胸の中に凶暴な感情が湧き上がってくるのを抑えられない。


 脳裏にちらつくのは、昨夜アルベッドがソティアに剣を突きつけていた姿だ。


 恐怖に震え、血の気を失くしていたソティアの面輪や、アルベッドに腕をひねり上げられ、思わずこぼしていた苦痛の呻きを思い出すだけで、己の不甲斐なさとアルベッドへの怒りで、我を忘れてしまいそうになる。


 危険な目に遭わさぬと誓ったというのに、あれほど恐ろしい目に遭わせてしまうなんて、いくら詫びても詫び足りない。


 いや、何よりも情けないのは、ソティアにあんなことを言わせてしまった自分の無力さだ。


 自分には人質としての価値などない、と。自分のことなど捨て置いてほしいと。


 そんな哀しいことを言わせてしまった自分が情けなくて仕方がない。


 天地がひっくり返ろうと、ソティアを見捨てることなどできるはずがないのに。


 愛しくて大切な彼女を――。


「っ!?」


 息を呑み、ジェスロッドは片手で口元を覆う。


 自分の心をよぎった感情がとっさに信じられなくて。


 初めてソティアに会った時は他の令嬢達と同様にユウェルリースをないがろにしているのではないかと疑った。


 だが、彼女を働きぶりを見、言葉を交わした途端、疑いはすぐに感謝に変じた。


 ユウェルリースの世話をするソティアはいつだって真摯で慈愛に満ちていて――。


 これまで出逢った令嬢の誰よりも、好ましいと感じた。


 けれど、それはユウェルリースの世話係としてのはずで……。


 突然、動きを止めて口元を覆ったジェスロッドに、貴族達がいぶかしげな気配を漂わせ始める。


 だが、ジェスロッドの目には入らない。あれほど憎々しく思ったアルベッドさえも。


 いますぐ、ソティアの元へ駆けつけたい。


 彼女の顔を見て、この胸に初めて宿った想いを伝えたい。


 だが、その前に。


 ジェスロッドはひとつ吐息してはやる心をなだめると、口元から手を外して背筋を伸ばす。


 貴族達も威儀を正したジェスロッドにつられるようにかしこまった。


「あらためて、貴公らに宣言しよう」


 居並ぶ貴族達を見回し、ジェスロッドは厳かに断言する。


「邪神の再封印は完了した。我が治世の間、邪神の封印は決して解けることがないと、ローゲンブルグ国王の名においてここに誓おう」


 ジェスロッドの宣言に、貴族達がいっせいにこうべを垂れる。


 その様子に満足して頷き、ジェスロッドは今度こそきびすを返した。



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