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39 この状態のユウェルを放ってはおけん


「……たとえ相手が誰であろうと、いまは王妃を迎える気はない」


 ジェスロッドがマルガレーナの瞳を真っ直ぐに見返し、はっきりと宣言する。


「ローゲンブルグ王国の国王の最たる務めは、邪神の封印を保持し続け、決して破らせぬことだ。俺が父上のあとを継いで即位したのも、邪神と戦うのなら若い俺のほうが戦いを有利に進められるからに他ならん。だが……」


 ジェスロッドの黒瑪瑙くろめのうのまなざしが、ちらりとユウェルリースを振り返る。


 それだけでぱくんっと鼓動が跳ね、ユウェルリースを抱く腕に思わず力がこもる。


 「うぅ~?」


 どうやら、目が覚めてきてしまったらしい。ユウェルリースがこてんと首をかしげて可愛い声を上げた。


「……邪神の再封印は国王だけではできん。ユウェルの……聖獣の力がなければ、邪神が放つ瘴気しょうきに侵され、まともに相対することすらかなわぬだろう。そのユウェルが、赤ん坊の姿になってしまったのだ。この状態のユウェルを放って己の結婚を考えることなど、決してできん」


 穏やかな口調とは裏腹に、ジェスロッドの声音には揺るぎない固い意志が宿っていた。


 ユウェルリースが大きくなるまでは、ジェスロッドは誰も王妃に迎えない。


 反射的に湧き上がった薄暗い喜びに、ソティアは己を嫌悪する。


 そんなことを嬉しいと感じてしまうなんて、己の心の浅ましさが嫌になる。


「では……」


 マルガレーナの声に、ソティアははっと我に返る。


 ジェスロッドを見上げたまま、マルガレーナが新たな問いを紡いだ。


「ユウェルリース様が成長されたあかつきには、わたくしをめとることをお考えいただけますか?」


「っ!」


 一歩も引く気はないと言外に告げるようなマルガレーナの声に、鋭く息を呑む。


 清楚で華奢きゃしゃだというのに、ジェスロッドをも圧倒するような覚悟を持って告げられた言葉は、まるでソティアの淡い恋心など敵にもならないと言いたげで、ソティアは無意識に唇を噛みしめる。


「それ、は……」


 戸惑った声を上げたジェスロッドが、思わずといった様子でふたたびソティア達を振り返る。


 ユウェルリースを見ただけ――。


 そうわかっているのに、心臓が飛び出してしまいそうなほどとどろいてしまう。


 ジェスロッドの黒瑪瑙の瞳は困惑に満ちていて、マルガレーナの問いがまったく予想もしていない内容だったのだと見ただけで知れた。


 心の中を探るように、ジェスロッドの凛々しい眉根が寄せられる。紡がれた声は、ジェスロッドらしい誠実さに満ちていた。


「マルガレーナ嬢。俺は――」


「お待ちください、陛下」


 ふるりとかぶりを振って、マルガレーナがジェスロッドを押しとどめる。


「どうか、お返事はじっくりと考えてからにしていただきたいのです。陛下のご婚姻となれば、ローゲンブルグ王国の最重要事項のひとつ。前国王ご夫妻や高官の方々のご意向もございますでしょう。お返事を急かすつもりはございません。どうか、さまざまな要素をご考慮いただいた上でお答えいただきたいのです」


 マルガレーナが完璧な所作で優雅に一礼する。


「……そなたの要望はわかった」


 吐息とともに吐き出されたジェスロッドの低い声が、こうべを垂れ続けるマルガレーナの細い肩をすべり落ちる。


「そなたがここまでして伝えようとしたのだ。じっくりと考慮した上で答えを返させてもらおう」


「陛下の寛大なお心に感謝いたします」


 身を起こしたマルガレーナが可憐に微笑む。


「陛下とお言葉を交わせる機会が得られて嬉しゅうございました」


 どこか儚げに微笑むマルガレーナは、守ってやらねばと庇護欲をかき立てられずにはいられないほど可憐で、並の男性なら、いますぐ彼女を妻にと望むことだろう。


 前国王夫妻や高位貴族達の意向を確認するまでもなく、凛々しい青年国王のジェスロッドと花も恥じらう美しい侯爵令嬢マルガレーナの婚姻を反対する者など、ひとりもいないに違いない。


 たったひとつの障害は、先ほどジェスロッドが告げたとおり、聖獣であるユウェルリースが赤ん坊だということだけだ。


「だぁーぅ?」


 ソティアの心で渦巻く感情など知らぬユウェルリースが、無邪気な声を上げて、小さな手のひらでてちてちとソティアの腕を叩く。


 胸の痛みをごまかすように、ソティアはそっとユウェルリースを抱きしめた。あたたかな重みが、ほんのわずかに心の軋みを癒やしてくれる心地がする。


 ジェスロッドは、赤ん坊のユウェルリースを放って自分が結婚することなど考えられないと言っていた。 


ユウェルリースがどれほど成長すれば、ジェスロッドが自分の結婚を考えるようになるのかはわからない。


 だが、生真面目なジェスロッドがそう考えるのなら、ソティアにできることはただ、ジェスロッドの心配を少しでも減らせるよう、しっかりユウェルリースの世話をすることだけだ。


 かかし令嬢のソティアなどがジェスロッドに想いを伝えていいとは思えない。


 ジェスロッドとて、単なるお世話係にすぎないソティアにそんなことを告げられても困るだけだろう。


 何より、ジェスロッドにまで迷惑そうな顔で冷ややかに見られたら、今度こそ心が砕けて壊れてしまう。


 想いを伝えられなくてかまわない。ただ、ほんの少しでもジェスロッドの役に立ちたい。


 ユウェルリースが手がかからぬほど大きくなるまでのほんの少しの間でよいから。


 ソティアはそっとジェスロッドを見上げるが、ジェスロッドは思い悩むように眉を寄せたまま、何を考えているのかうかがい知れなかった。



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