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37 万が一何かあったとしても、責任は取れんことを承知しておいてもらおうか


「では、陛下は例外を認められるということでございますね?」


 舞い上がったソティアの心を貫くかのように、あくまで静かな声音でマルガレーナが斬り込む。


「ソティア嬢に例外を認められるのでしたら、わたくしにも例外を認めていただき、聖獣の館に留まるご許可をいただける余地はあるかと存じます」


「……本気か? いつ邪神の欠片に襲われるやもしれぬというのに、残ることを選ぶと?」


 マルガレーナの真意を見抜こうとするかのように、黒瑪瑙の瞳が細くなる。

鈴が転がるような美しい笑い声が、マルガレーナから上がった。


「皆様の前では恐ろしげに話してらっしゃいましたが、本当は襲われる可能性は低いのでございましょう? もし、本当に襲われかねないのでしたら、荷造りの猶予ゆうよなど与えず、即座に聖獣の館から退去させていたはずですもの」


 マルガレーナの指摘に、ジェスロッドは苦虫を嚙み潰した顔で肯定も否定もしない。


「加えて、聖獣の館の侍女達も多少浮足立っているようですが、ひどく怯えている様子はございません。ということは、本当はさほどの脅威はないと陛下は判断されてらっしゃると推測いたしました」


「だが、ソラレイア嬢は現に邪神の欠片に取りかれたぞ?」


 滔々《とうとう》と説明するマルガレーナの言葉を断ち斬るように、ジェスロッドが厳しい声で告げる。


「あれこれと想像の翼を羽ばたかせるのはマルガレーナ嬢の自由だが」


 席を立ち、ことさらゆっくりと歩み寄った長身のジェスロッドが、小柄なマルガレーナを見下ろす。黒瑪瑙の瞳が射貫くようにマルガレーナを見据えた。


「危険が及ぶやもしれぬゆえ退去したほうがよい、との王家の勧告があったにも関わらず自分の意志で残ることを決めたのなら、万が一何かあったとしても、責任は取れんことを承知しておいてもらおうか」


「もとより、覚悟のうえです」


 マルガレーナの澄んだ声は硝子のように硬質だ。


「ですが、もし陛下が万全を期されたいとおっしゃるのでしたら、万が一わたくしに何かあったとしても、カヌンゲルク侯爵家は一切責任を問うことはいたしませんと、一筆したためましょう」


「そこまでのことは求めん」


 きっぱりと言い切ったマルガレーナに、気勢をそがれたようにジェスロッドの声が揺れる。


 マルガレーナを見下ろすまなざしには戸惑いがにじんでいた。


「マルガレーナ嬢。なぜ、そうまでして聖獣の館に残ろうとする? 館に残ったところで、マルガレーナ嬢に益はないだろう? もしカヌンゲルク侯爵に退去を叱責されるというのなら俺からも――」


「いいえっ!」


 いままで一度たりとも揺れたことのなかったマルガレーナの声が、不意にひび割れる。


 自分で自分の声に驚いたかのように、マルガレーナが息を呑む。


 が、それは一瞬のことで、麗しい面輪にすぐにいつもの優雅な笑みが浮かんだ。


「わたくしが残ることを決めたのは、どうしても陛下と二人でお話させていただきたかったからですわ」


「……何? たったそれだけのことか?」


 虚を突かれたような声でジェスロッドが問う。


「はい。その内容次第では、わたくしもすぐに退去いたします。陛下、どうかわたくしに少しお時間をいただけないでしょうか? ほんの少しの間でいいのです。陛下と、二人きりで話がしたいのです」


 真っ直ぐにジェスロッドを見上げ、マルガレーナが祈るように告げる。


 だが、ジェスロッドの返事はにべもなかった。


「すまんが、断る。邪神の欠片がどこかに潜んでいるのは確かだ。そんな状況でユウェルを俺の目の届かぬところにやることはできん」


「へ、陛下……っ! 発言をお許しくださいますか?」


 ジェスロッドの返事にマルガレーナの小柄な身体が不可視の剣に貫かれたように震えたのを見た瞬間、ソティアは思わず声を上げていた。


「どうした?」


 ジェスロッドが気遣わしげにソティアを振り返る。ユウェルリースを抱っこしたまま、ソティアはおずおずと申し出た。


「マルガレーナ嬢が、残るという決断をなさってまで陛下との対話を望まれてらっしゃるということは、きっと大切なお話をなさりたいのでございましょう。そのような内容を無関係の者が聞いてよいとは思えません」


 長く続く大人たちの声に、ユウェルリースの眠りが浅くなり、むずかりだす。


 慌てて抱きなおし、ゆっくりとゆすりながらソティアは抑えた声で言葉を継いだ。


「ユウェルリース様も、このままでは眠りにくいようです。お二人がお話されている間、私とユウェルリース様は寝かしつけを兼ねながら別室でお待ちしておりますので、どうぞお気遣いなきようお願いいたします。もちろん重々注意いたしますし、もし何かありましたら、すぐにお知らせいたしますので……」


 マルガレーナがどんな意図でジェスロッドとの会話を望んでいるのか、ソティアにはまったくわからない。


 だが、強張った表情ですがるようにジェスロッドを見つめるマルガレーナの様子は、そばで見ているソティアの胸まできしむほど切なげで……。


 お節介だと承知していても、放っておくことはどうしてもできなかった。



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