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3 聖獣様のお世話係


「きゃああっ! ソティア嬢! 早く来てちょうだい!」


「いったい何をしているの!?」


「っ!? すぐに向かいます!」


 令嬢達の叫び声に、台所で小さく刻んだ桃を煮ていたソティアは、あわてて手を拭き、続きを侍女のひとりに任せると早足に『聖獣の館』の主であるユウェルリースの私室へ向かった。


 心配そうな顔の侍女達が数人ついてきてくれる。


 急ぐソティアの足元で、侍女達から借りているお仕着せの黒スカートがひらひらと揺れる。


 背中の中ほどまである栗茶色の髪は、ひとつにひっつめてお団子にしてあるので動くのに支障はない。


 彫刻が施された重厚な扉を急いで、だが礼を失しない程度の速さで押し開ける。


「お待たせいたしました。何の御用でございましょうか?」


 入室と同時に、深々と頭を下げて詫びる。ソティア自身は男爵令嬢だが、この部屋に詰めるのは侯爵家を筆頭とする錚々《そうそう》たるご令嬢達だ。


 逆立ちしてもソティアがかなう相手ではない。


「何の御用ですって!? 見てわからないの!?」


 令嬢のひとり、濃い桃色のドレスを纏ったソラレイアが尖った声を上げる。「申し訳ございません」と、もう一度深く頭を下げてから、ソティアは視線を上げ、広い室内を見回した。


 ここはローゲンブルグ王国の王城の一画にある『聖獣の館』だ。


 緑豊かな聖域に、建国当初より王国を守る聖なる一角獣が棲んでいるのは、王国の民なら子どもだって知っている。


 だが、聖獣が聖域から出ることは滅多になく、また、結界が張られたその中に入ることができるのは、王族と王家の許しを得た身の清らかな乙女のみと定められているため、実際に聖獣の姿を見た者はほとんどいない。


 建国神話によれば、聖獣は雪のような純白の身体と月の光をり合わせたような白銀のたてがみと長い角をもつ、それはそれは美しい一角獣だそうだが。


 約十日前、急遽きゅうきょ、王城から募集通知が出された『聖獣様のお世話係』に応募して合格するまで、ソティアはまさか自分が聖域に足を踏み入れることになるなんて、考えもしなかった。


 だが、お世話係の募集が寝耳に水だったのは他の令嬢達も同じらしい。


 現国王であるジェスロッドは御年二十四歳、剣の腕に秀でていると高名な凛々しい青年国王だ。いまだに婚約者も定まっておらず、国中の令嬢達の憧れの的となっている。


 王家と関わりの深い聖獣。そのお世話係ともなれば、憧れの国王と直接言葉を交わす機会も多くなるに違いない。


 とあれば聖獣のお世話係に希望が殺到しないわけがなく、今回、多数の希望者の中からお世話係として採用されたのは、行き 遅れである二十二歳のソティアを除けば、全員、十代後半でお年頃の高位貴族のご令嬢達ばかりだ。


 正直、ソティアはなぜ自分が合格できたのか、まったく、全然、さっぱりわからない。


 選考時の個人面接で『弟妹達のお世話をずっとしてきたので、お世話でしたらお任せください!』と熱弁を振るったのが効いたのだろうか。


 ともあれ、ソティアの実家であるケルベット家は裕福ではないので、お世話係に任じられてありがたいことこの上ない。なんせ、破格のお給金なのだ。


 そのためにも、決してくびになるわけにはいかないのだが……。


 急いで広い室内に巡らせたソティアの視線が真っ先に捉えたのは、令嬢達が座る立派な丸テーブルだ。


 お茶を楽しんでいたのだろう。テーブルの上には令嬢達が実家から連れてきた侍女達が用意したお菓子の皿やティーカップが並んでいる。


 聖獣様のお世話係と言っても、彼女達はソティアと異なり、国王陛下に見初みそめられるために来ているのだ。


 着ているものも聖獣の館に務める侍女のお仕着せを借りているソティアと異なり、色とりどりの華やかなドレスで、彼女達がいるところだけが、まるで舞踏会の会場のようだ。


 もっとも、ソティアが務めるようになってからのこの十日、国王陛下が聖獣の館を訪れたことはないため、令嬢達の苛立ちもそろそろ限界に達しそうなのだが。


「何をぼんやりしているの! ユウェルリース様が大変なのよっ!」


 伯爵家令嬢のソラレイアがソティアを叱りつける。先ほど聞こえた最初の悲鳴も彼女のものだ。


 大変だと言いながらも、ソラレイアは自分が動くつもりはないらしい。


 ソラレイアが指差すのは綺麗に整えられた大きな寝台の陰だ。


 きっとあそこに聖獣・ユウェルリース様がいらっしゃるに違いないと、ソティアはあわててそちらへ進んだ。


 寝台を回り込み、陽光がさんさんと降りそそぐ床の上を見てみれば。


「だぁっ!」


 ぺたんと座り込み、ソティアを見てにぱぁっと満面の笑みを浮かべたのは、顔中どころか、周りの床までクリームだらけにして微笑む愛らしい赤ん坊だった。


 月の光を融かしたような柔らかな銀の髪に、同じ色の瞳。顔中にクリームがついているものの、愛くるしい笑顔は見る者をとりこにせずにはいられない。


 だが、人間ではない証拠に、小さな額からちょこんと伸びているのは大人の指ほどの長さの白銀の角だ。


「だぁっ!」


 ユウェルリースがはずんだ声をあげながら、小さな両手をぱち、ぱち、と打ち合わせる。そのたびに両手にべったりとついたクリームの欠片が床に飛んだ。



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