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12 やっぱり、陛下の想い人は、密かに噂されているとおり――。


 国王の執務室へ戻った途端、ジェスロッドは秘書官のエディンスを呼びつけた。


 エディンス のほうも予想していたのだろう。待つほどもなく明るい金髪の小柄な青年が入ってくる。


「とりあえず、一発いいか?」


「いきなり何言ってるんですか陛下! 陛下の怪力で殴られたら俺死んじゃいますよっ!」


 低い声で告げたジェスロッドにエディンスが悲鳴を上げる。


 もちろん冗談だ。エディンスもそれをわかってあえて大仰に反応しているのが付き合いの長いジェスロッドにはわかる。


 アルベッドとのやりとりに苛立ちが募っていたジェスロッドは、いつものくだらないやりとりに少しだけ心の中のもやが晴れるのを感じる。


 秘書官のエディンスは、小柄な身体つきと童顔のせいで、まるで実際の年より若く見えるが、ジェスロッドと同じ二十四歳だ。


 見た目ゆえにあなどられることも多いが、エディンスの優秀さを知るジェスロッドは、誰に何と言われようと、彼を秘書官から変える気はない。


 ジェスロッドに萎縮いしゅくせず、気のおけないやりとりができるという点でもありがたい存在だ。


 なぜか、ときどき憐みに似た視線を向けられるのがせないが。


 気を落ち着かせたところで、ジェスロッドは本題に入る。


「おい。どういうことだ、『あれ』は」


「『あれ』、とは何のことでしょう?」


 完全にわかっているくせに、素知らぬ顔でエディンスが問い返す。


「とぼけるな。俺はユウェルの世話係を集めろと命じたはずだ。花嫁候補を集めろとは、ひとことも言ってないぞ?」


「え〜っ! そんなことをおっしゃられましても……。アレでも、頑張ってかーなーりご遠慮いただいたんですよ? も〜っ、おれ、あちこちからかなり恨まれたんですから!」


 睨みつけるジェスロッドの眼光の鋭さなど全く頓着とんちゃくした様子もなく、エディンスが哀れっぽい声を上げる。


「人から多少恨まれたところで気にするお前ではないだろうが」


「ひどっ! 陛下ってばひどいですよ! おれがどれだけ苦労して人数を絞ったと思ってるんですか!? ほんと、大変だったんですよっ!?」


「花嫁候補を退けるなど、いつものことだろう?」


 二年前に父から王位を譲られたジェスロッドだが、いまだ妃はおろか、婚約者すらいない。


 ジェスロッドの言葉に、エディンスが抗議の声を上げる。


「以前とは状況がまーったく違いますっ! 陛下が邪神を封印したせいで、もう最強の断り文句が使えなくなったんですからっ!」


 ジェスロッドは音高く舌打ちをする。ジェスロッドの機嫌の悪さに、エディンスが情けない声を上げた。


「だって仕方がないじゃないですかぁ~っ! 『邪神の封印の際に、この身が無事でいられるか、保証はない。俺に何かあった時は弟が王位を継ぐ』って公言してたら、そりゃあ貴族達も娘を嫁がせるのを躊躇ちゅうちょしますよ! 嫁がせたはいいが、王子を生む前に未亡人にされちゃあ困りますからね!?」


 お世話係の人数を絞るのによほど苦労したのか、エディンスの愚痴ぐちは止まらない。


「でも陛下が無事に封印を成就されたとなれば、『次は未来の国王を!』って貴族達がこぞって言うのも当然じゃないですかぁ~っ! 今回のお世話係の募集だって、時期が時期だけに、『お妃候補募集っ!』って貴族達が受け取ったのも仕方がないですよぉ~っ!」


「だからといって、そのまま採用する奴があるか! 実情を知っているお前が不採用にすればいい話だろうが!?」


「無茶言わないでくださいよぉ~っ! 高位貴族の皆様に束になってかかってこられたら、秘書官にすぎないおれじゃかないませんって! っていうか、マルガレーナ嬢とか、お妃候補序列第一位じゃないですか! 家柄よし、頭の回転よし、美貌と気品もよし! あんな美人に立候補されたら、陛下だって悪い気はしないでしょう!? あーもう! うらやましいっ!」


 エディンスがやけになったように叫ぶ。


「マルガレーナ嬢? 言っておくが、彼女を王妃に迎える気など、欠片もないぞ」


 あっさり告げるとエディンスが信じられないとばかりに愕然がくぜんと目を見開いた。


「えっ、本気ですかっ!? ほんとの本気ですかっ!? 陛下、熱とかありませんよね!?」


「あるわけがないだろう。どうした? お前こそ、心労で錯乱したか?」


 思わずといった様子で叫んだエディンスに、さしものジェスロッドも心配になる。気遣わしげに問うと、エディンスが我に返ったようにかぶりを振った。


「い、いえ……。大丈夫です。けど、マルガレーナ嬢以外に陛下とつりあいそうな方なんて……」


 エディンスが何かに気づいたように鋭く息を呑む。


「やっぱり、陛下の想い人は、密かに噂されているとおり、ユウェル――」


「――おい」


 低い声と同時に、卓上のペンを投げナイフの要領で投げつける。


「うぉっとぉっ!?」


 派手な悲鳴を上げて、エディンスが辛うじてペンをかわす。かっと固い音を立て、ペンが木製の家具に突き立った。


「それ以上くだらない口を叩いたら、今度は目玉を狙うぞ」


「陛下の腕前で言うと、冗談に聞こえないのでやめてくださいっ! いくつ目があっても足りないじゃないですかっ!」


 エディンスが青い顔で抗議する。


「冗談で言ったつもりはないぞ。というか、なんなんだ、そのたちの悪い噂は……っ! いったい誰が流している!?」


「いや、誰というか……。陛下がユウェルリース様にお心を砕いてらっしゃるのを見た者が自然発生的に……」


 ぎんっ! と鋭く睨みつけられたエディンスがふたたび情けない声を上げる。


「だって、ユウェルリース様は性別はオスですけど、女神のようにお美しいじゃないですかぁ~っ! おれも陛下の戴冠式で初めてじっくり拝見しましたけど、あの美貌は性別関係なしに見た者を魅了しちゃうというか……。しかも、特別な式典でもない限り、実際のお姿は滅多に見れないですから、どんどん噂に尾ひれがつくばかりで……。実際、陛下も三日とあげずに聖獣の館に通われてましたし!」


 だからといって、どこをどう間違えたら、ジェスロッドがユウェルリースと恋仲だという噂が発生するのか。心底、意味がわからない。



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