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11 そんなに険しい顔で凄まなくてもわかっているさ


「なんといっても、数十年に一度の邪神の封印は、各国の関心を引かずにはいられないからね。ハランドル王国の老王はかなり慎重で猜疑心さいぎしんがお強い方だ。自分の目で確かめずにはいられなかったんだろうさ」


 アルベッドが肩をすくめる。


 聖なる一角獣が棲まう聖域の地下に邪神が封印され、何十年かに一度、ローゲンブルグ国王が再封印を施していることは、各国の一定以上の地位の者ならば、誰もが知っている。


 二年前、ジェスロッドが二十二歳の若さで父王から王位を継いだのも、邪神の封印に用いる聖剣を振るうことができるのは、ローゲンブルグ王家の血を引く者だけだからだ。


 よわい五十を過ぎた父よりも、まだ若く剣の腕に秀でたジェスロッドのほうが明らかに勝機がある。ジェスロッド自身、父を危険な目に遭わせるくらいなら、自分が邪神と対峙したほうが何十倍もましだ。


 退位したとはいえ、父が権威を失ったわけではない。母と、そして十歳年下の弟・ルーシェルドとともに隣国に近い重要な立地の領に暮らす父は、領主として陰から息子を支えてくれている。


 ハランドル王国との会談の前に立ち寄った際、両親と弟は息子が無事に邪神を再封印できたことを心から喜んでくれた。


「アルベッド。わかっていると思うが……」


 鋭い視線を目の前の従兄弟に向けたジェスロッドが最後まで告げるより早く、アルベッドが飄々《ひょうひょう》とした仕草で肩をすくめる。


「そんなに険しい顔ですごまなくてもわかっているさ。聖獣様の現状を口外する気はない。だが……」


 アルベッドが気遣わしげに美貌をしかめる。


「聖獣様があんな状態になった原因や対処方法は判明したのかい? 癒やしの力はどうなっているんだい?」


「いま、学者や文官達が必死で文献をひっくり返している。赤ん坊になる前のユウェルは、さほど動じていなかったからな。おそらく、遠い昔にも同じような状態になったことがあったに違いない。その時の文献を見つけられれば、対処もわかるだろう」


 答えながら、ジェスロッドの胸に渦巻くのは後悔だ。


 最初から、ジェスロッドはユウェルリースと二人だけで邪神を封印するつもりだった。


 だが、万が一の事態を案じた高官達の一部が、アルベッドの同席を求めたのだ。『もしアルベッド殿下にご同席いただけないのでしたら、前王陛下か王弟殿下にご同席たまわりたい!』とまで言って。


 五十歳を過ぎた父や、まだ十二歳の弟を邪神との戦いに巻き込みたくなかったジェスロッドは、仕方なくアルベッドに同席を求めた。


『おぬしに戦わせるつもりはない。部屋の外で待っているだけでいい。俺とユウェルだけで邪神を封じてみせる』と告げて。


 邪神を封印さえすれば、アルベッドが扉の外にいようといまいと、何の問題も起こらぬはずだったというのに……。


 まさか、ユウェルリースが赤ん坊の状態になったのを、よりによってアルベッドに知られるとは。


「それで、用とはなんだ? 帰国の日取りが決まったのか?」


「きみの求めに応じてわざわざローゲンブルグ王国まで来たっていうのに、それはひどいんじゃないかい?」


 ジェスロッドの冷やかな問いに、アルベッドが傷ついたように美貌をしかめる。


「逆だよ、逆。間もなく、王城内で邪神の封印を祝う宴が行われるんだろう? わたしもそれに出席させてもらおうと思ってね。バーレンドルフへ帰るのはそのあとにするよ」


「王太子ともあろうものが、そんなに長く国を空けていていいのか?」


 言外に『早く国へ帰れ』という意志を込めて告げたが、アルベッドはにこりと優美な笑みを浮かべて、ジェスロッドの言葉を受け流す。


「確かにわたしは何の役にも立たなかったとはいえ、せっかくローゲンブルグ王国へ来たんだ。こちらでさまざまなよしみを結んでおくことも、王太子として必要な務めだろう?」


 確かに、無骨で女性のあしらい方にうといジェスロッドと異なり、線の細い美青年で王太子であるアルベッドは、令嬢達の人気の的になるに違いない。


 が、ジェスロッドはアルベッドの言葉を素直に信じる気にはなれない。


 アルベッドはローゲンブルグ王国の王位を密かに狙っているのではないかと、ジェスロッドは疑っている。


 証拠はない。だが、アルベッドが優美な見た目とは裏腹に、欲深い性格であることを、幼い頃からのつきあいがあるジェスロッドは知っている。


 ローゲンブルグ国王の座についた者が得られるのは、邪神を封じる義務と、癒やしの力を持つ聖獣の力だ。


 いやむしろ、聖剣と聖獣の助力が得られるからこそ、邪神を封じられているのだと言っても過言ではない。


 ジェスロッドとて、ユウェルが一緒に戦ってくれなければ、ひとりでは決して邪神を封じられなかった。


 どんな傷もたちどころに癒やすことができる聖獣の価値は計り知れない。しかも、邪神の復活は数十年に一度と言われている。ジェスロッドが再封印したいま、あと数十年は邪神の脅威はない。


 が、逆に言えば、邪神封印という最大の危機を乗り越えたジェスロッドが身の危険に晒されることはそうそうないということだ。


 それに、ジェスロッドにもし何かあったとしても、年の離れた弟である第二王子のルーシェルドがいる。


 アルベッドがバーレンドルフとローゲンブルグ、二国の王冠をいただく事態になるはずがない。


 だというのに、アルベッドの言動をつい探るような目で見てしまうのは、ユウェルリースが赤ん坊になってしまったことが、自分で考えている以上に、心の負担となってしまっているのかもしれない。


 ジェスロッドにとって、ユウェルリースは幼い頃からずっと優美な美青年のユウェルリースのままで、彼だけはジェスロッドに何があろうと、いずれ年老いてあの世に旅立つ日でも、唯一変わらぬ存在だと思っていたというのに……。


「お疲れのようだね。わざわざ時間をとらせてしまったことを謝るべきかな?」


 アルベッドの言葉に、ジェスロッドは己が無意識に溜息をついていたことに気づく。アルベッドの前だというのに、感情を素直に出してしまうとは。


 もともとジェスロッドは腹芸が得意なほうではないが、それでも迂闊うかつすぎだ。


「おぬしが望むなら、宴までいるといい。話はそれだけか? なら、もうよいな」


 会話を断ち切るように席を立つが、アルベッドは引きとめない。


「ああ、感謝するよ。……楽しみだね」


 背中にかけられたアルベッドの声を遮るように、ジェスロッドは扉を閉めた。


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