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コメディ

はまってしまった少年

作者: ルーバラン

食事中には読まれないほうがいいと思います。ご注意ください。

「『ノン、私はフランス人ではない、ベルギー人だ』……ふふん、ポワロめ……今回こそお前より先に犯人を当ててやるからな」


僕はぶつぶつと呟きながら本を読みふけっていた。

……ここ最近、僕の中では推理小説がはまっている。朝夕問わず、学校の授業中も先生の話なんかまったく聞かないでホームズだったりマガーク探偵団だったりを読んでいる。

ハードボイルドに事件を解決! その名は浜田吉之<はまだよしゆき>! と言われるのがここ最近の夢だ。今はまだ残念ながら、普通に『はまだ』としか呼ばれていない。

今日もまた真剣にポワロに勝負を挑んでるのだが……いかん、ちょっとトイレにいきたくなってきた。


「ふふん、別にトイレに行きながらでも本は読める。こうやって時間を惜しんで自分を鍛えなければ一流の探偵にはなれない」


……いかん、決めゼリフを言っている場合じゃなかった。この感じは大の方だ。急いでいかねば。

そう思って布団から起き上がりトテトテとトイレの前まで歩き、本から目を離さないまま器用にドアを開けて……トイレに入る。

ふむ……犯人はこの4人の誰かに絞られたな。一体誰だ、まだ情報がたりない……僕は片時も目をそらさずに、器用にズボンとパンツをおろし、トイレに座る。


ズボッ!


「……はっ? お、おい!? な、なんだなんだどーなってるんだ!?」


いつもある高さに座ろうとしたら、そこにトイレがなかった。そのまま僕はズボッと落ちた。

な、なんだ!? トイレが消えた!? いや、トイレは消えてない、辺りを見渡したら、いつも通りのトイレの風景が広がっているだけだ……じゃあ何が起きたんだ!?


「落ち着け……名探偵たるもの、何時だって冷静でいなければならないんだ」


お尻が水に浸かってしまって集中できないなんて言い訳だ。まずは軽く辺りを観察してみよう……ふむ、目の前にはドア。トイレットペーパーの残りが少なくなっているな。後で代わりのを持ってきとかないと……他にはと……後ろを振り返ってみると、外蓋と内蓋、2つの蓋が上がっていることに気がついた。


「なるほど、謎は全て解けた! 僕はトイレの内蓋が上がっていることに気がつかないまま座ってしまい、トイレにはまってしまったんだ!」


ふっ、見事な名推理。金田一耕助も真っ青だな。


「さて、それじゃそろそろこの状態から脱出しないと。このままじゃかっこつかないからな……よいしょ! ……あれ?」


お、おかしいな。尻が抜けない。力を抜きすぎたかな?


「もう1回! せーの、よいしょ! ……ぬ、ぬけない……」


なんか完全に尻と便器がマッチしてしまっている。接着剤みたいにピタッとくっついてしまって、うんともすんとも動いてくれない。


「つー……冷たい……」


なかなか抜けないと分かったら、急にお尻が冷たくなってきた。水がずっと当たって、このままずっとついてたらふやけちゃいそう……。


「ぬ、ぬけないなんてバカなことがあるわけないだろ!? ……よいしょ! ふーっ、よいしょ! ……ふっ、ふっ、よいしょ!」


だ、だめだ。尻が便座に完全にはまってしまって全く抜けない。


「こ、こうなったら助けを呼ぶか? いやでも、こんな姿姉ちゃんにでも見られたら……」


大爆笑するに違いない。兄ちゃんも同じ理由でダメだ。母ちゃんや父ちゃんは怒るからダメだ……。ダメだ、これじゃ誰にも助けを呼ぶことはできない。

自分で何とかしないと!


「でも、あんなにふんばっても抜けなかったのに、どうやったら便座から尻がぬけるんだろう……」


打開策が思い付かない。こんな風に便座にはまったりした時、ポワロだったら打開策を見つけるんだろうか? くそ、俺の灰色の脳細胞では、何も思いつかない。


「……いかん、もう1回挑戦してみよう! せーの、ふんっ!」


ぶふんっ!


……ヤバい……今、もしかしてちょっともれたか? ……だ、大丈夫そうだ、空気だけで、実は出ていないようだ。


「ってかくさっ! 自分の屁なのにくさっ! 逃げられないし! ちょ、くっ、目に染みるっす!」


くっ、かのホームズでもこんな苦境に立たされたことは無いだろう。なのに……頑張れ僕!


「ってかヤバい、さっきふんばったせいで、糞意がすっげーつよくなってきた……ふん、ふん、ふん、ふんしてえ! うんこもれそう!」


く、苦しい……今、大声を出しただけでも勢いで実が出てしまいそうだ。

大声すら出せないとは……。


「あ、そうだ。この態勢のままでうんこしちゃって、水を流しちゃえばいいんだよ!」


僕ってば頭いい! そうと決まったらまずうんこしちゃって……あ、その前にちゃんと水が流れるか試してみた方がいいな。


「……あれ?」


……届かない。トイレについてるあの蛇口に届かない。

手を伸ばしても届かない。手に持つポワロの名作集を伸ばしてもギリギリで届かない……。


「ま、まじかよ……これじゃ水流せないじゃんか……なんだよそれ! トイレにいてウンコできないなんて! そんな話聞いたこともないよ!」


出来ないと分かったら余計にウンコがしたくなってきた。このままウンコを我慢するか……それともウンコをしてしまって、すっきりしつつもくさいにおいと格闘するか……ううむ、難問だ。


「こ、こうなったら恥も外聞も何もかも捨てて、誰か救援を呼ぶしかない! おおい! 誰かあ! 助けてくれえ! トイレで遭難してるんだあ!」


トイレで遭難した小学5年生……わ、笑えねえ……けど、それよりも何よりもウンコがしたい!


「誰かあ!? 誰かいないのー!? 助けてくれ! 俺はここにいるんだあ!」


……こ、こない? 返事がない!? ま、まさか今家に誰もいないのか?


「姉ちゃん! 兄ちゃん! 父ちゃん! 母ちゃん! 誰もいないのかよお!? ウンコ、ウンコがしたいんだよお!」


……返事がない……まじかよ……何でみんなこんな時に限っていないんだよ!? いつも、邪魔して欲しくない時ばっかりそばにいるくせに!

とその時、再び玄関の方からピンポン、というチャイムの音が聞こえた……も、もしかして僕を助けてくれる誰かか!?


「ちわーっす! ピンポンダッシュでーす!」


ピンポンダッシュかよ!? わざわざ叫んでくところが律儀だけど、今はそんなことはどうでもいい!


「お、おーい! 助けてくれえ!」


「……お、おい? 何だ今の声?」


「さ、さあ? もしかして、この家に誰かが捕まってるのか?」


……おい! お前ら、僕の声が聞こえてるんだろ! 早く助けてくれよ!


「もしかして凶悪犯かも! 怖い! 何でこんな家に凶悪犯がいるんだよ!?」


「や、やべえよ。俺たち捕まったら何されるかわかんねえよ!」


ど、どんな発想だよ……お願いだ……このトイレから脱出させてくれるだけでいいんだよ。ウンコがもれるんだよ!


「そ、そんなやつはいないから助けてくれえ! ウンコー! ウンコー! ウンコが出るんだよー!」


「……やばい、捕まっているやつは発狂寸前だ。俺たちに出来ることは何もない」


「……そうだな、逃げるぞ!」


な、何で逃げるなんていうことになるんだよ! 僕を助けてくれよ! 行かないでくれよ!

……ダッダッという足音が聞こえ、徐々に小さくなっていく……ピンポンダッシュの2人組が消えていく……。


「『……そして誰もいなくなった』……ってそんなこと言っている場合じゃないっす! 誰か来てくれよお!」


……ダメだ……これ以上叫んでいるとマジで実が出てしまう。


「誰かあ……冗談なんだろ……?」


僕が声を出すのをやめると、物音ひとつしない静かな家の中……これは、本当に誰も家にいないみたいだ……。


「お願いだよお……嫌いなピーマンも今日だけは食べるからさあ……早く帰ってきてくれよお」


……帰ってこない……。


…………帰ってこない……。


……………………かなり待ったけど帰ってこない。みんなどこいったんだよお。僕のおなかは爆発寸前なんだよお……。

とその時、再び玄関の方からピンポン、というチャイムの音が聞こえた……た、助かった! これがきっとラストチャンスだ! 誰かは知らないけど、僕をこの窮地から救ってくれる人が来た!


「こんにちはー、浜田さーん、回覧板でーす!」


……こ、この声はゆみちゃん!? ちょ、ちょっとまってくれよ!? いつもだったら大歓迎なんだけど、何でこんな時に限ってくるのがゆみちゃんなんだよ!?

ゆみちゃんにこんな格好は見せらんないだろ!? 大事なあそこまで、この格好だと丸見えなんだぞ!? それをみんなのアイドルゆみちゃんにみせることになるなんて……明日から僕、学校でどんな顔して会えばいいんだよ!?


「あれ? いないのかな? 浜田さーん? よしゆきくーん?」


い、いるんだけど! でも! この格好でゆみちゃんには会えない! で、でも! もう本当に限界だ! ゆみちゃんが帰ってしまったら、次の人がいつ来るか分からない! ど、どど、どーすんの!? こんな難事件、僕には無理だよ!


「しょうがないっかあ、浜田さーん、回覧板、ポストの中に入れときますからねー」


ああ、帰っちゃう! 女神様が帰っちゃう! もももも、漏れる漏れる漏れる漏るモルもる……!


「ゆみちゃん! まって! 帰らないで! ちょっとこっち来て助けてえ!」


……言った、言ってしまった……終わった、僕の人生……いいや! もうどうにでもなれ!


「あれ? よしゆき君? いたんだー?」


「いたんだよー! ちょっとこっち来て助けてよー! 僕1人じゃどうしようもないんだよー!」


「ど、どうしたのよしゆき君!?」


「いいから家に入ってきてー! お願い! もう時間がないんだよ!」


「う、うん! わかったよよしゆき君! ちょっと待っててね! ……あ、お姉さん、こんにちは」


おおい!? 姉ちゃん!? な、何でそんなバッドタイミングで現れるんだよ!? 僕、何のためにゆみちゃん呼び止めたのさ!? うあああ、ど、ど、どうすんの僕!?


「おお、ゆみちゃんこんちはー。あれ? 回覧板ポストに入れちゃって、今よしゆきって家にいないの?」


「あ、今よしゆき君が大ピンチみたいなんです! 早く助けに行かないと!」


ガチャッと玄関の開く音がして、ドタドタとこっちに近づいてくる音がする。ゆみちゃんが家の中に入ってしまったみたい。

ああうう、ここは姉ちゃんに頼んで、ゆみちゃんには帰ってもらうか!? それとも……く、くそお!? もうウンコがしたくて何も考えらんない! ま、ま、間に合わない!?


「う、う、うまれるー!」


「よ、よしゆき君!? ここ!?」


バタンッ! とトイレのドアが開いた。トイレにはまって大事なあそこを丸出しにしている僕、トイレの入り口に突っ立って呆然と仁王立ちをしているゆみちゃん……2人の目があった。


「……ッぎゃぁぁあああーっ!!!」


「痛い、痛い!? 痛い!? 痛い! やめ、やめて! 殴らないで! あそこまで殴らないで! おなかは、おなかはあ……はぅ! …………はぁあああああ……」


ゆみちゃんに殴られながら、とてもすっきりした顔をきっと僕はしているだろう……出た……出てしまった……終わった…………。








後日、全校生徒にばれ、僕の呼び名は『はまだ』から『はまたー』とか『はまったー』と呼ばれるようになってしまった……。はまたー……。


ご飯中に読んだ方ごめんなさい。

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