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第16話

「レオンさま。さっき、マタタビをユリアさまに渡してくれてありがとうございました」

「ジュリアほどじゃないが、俺だって猫の知識はある」

 レオンは手頃な小石を拾うと、猫に当たらないように転がした。仔猫が数匹反応して、石に釣られて走って行った。

 私は「そうみたいね」とくすっと笑った。


「私、レオンさまのことをわかろうともしなかった。誤解してたみたい。ごめんなさい」

「俺こそ、君のことをちゃんとわかってなかった。ジュリア。俺は、君に謝りたくてここまで来た」

 レオンは私に向き直ると頭を下げた。


「レオンさま。もう、謝らないで」

 彼は下げたまま首を横に振った。


「婚約者の立場に甘んじて、知る努力も知ってもらう努力も怠った。本当にすまなかった。身勝手な俺のことは許さなくてもいい。好きになってくれとも言わない。ただ、一つだけ、お願いをさせてくれ。……この国のために、未来の王妃になって欲しい」


 顔を上げ、向けられた瞳はまっすぐで、猫神のレオのように澄んでいた。


「王妃はジュリアしかいないとわかっていたのに、聖女に頼り、婚約を白紙にしようとした俺が愚かだった。後悔している。猫神さまの力を弱らせてしまったことも、王妃教育で十年ものあいだ君を縛り付けていたことも、許してくれとは言わない。罰を受けろと言うなら受ける。ジュリアが戻ってきてくれるなら、どんな条件でも飲む」


「……そんなこと、言ってもいいのですか?」

 レオンは「かまわない」と言って続けた。


「旅をしたいなら好きにしていい。猫を囲いたいならいくらでも好きなだけ猫を城に呼んでくれ。君の願いは叶える。君が王太子妃になってくれるなら、他は何も望まない。だから、……傍にいて欲しい」


「猫も、私も好きだと言ってくれたのに、私の気持ちは望まないのですか?」

「君にしてきた仕打ちを考えると、そんな贅沢は望めない」

 彼の誠意が伝わってきた。私の気持ちを尊重してくれている。


「私、レオンさまは何でもそつなくこなせる人だと思っていました。でも、本当は真面目な人だったんですね。そして、ちょっと不器用?」

 レオンは頬を赤く染めた。


「君に、振り向いて欲しくて、背伸びをしていた。かっこつけていた。年下扱いをされたくなかったんだ。認めて欲しいとか、子どもでごめん」

 私は首を横に振った。


「レオンさま。私には、前世の記憶があります。この世界の未来、……殿下に、婚約破棄される未来も知っていました。でもそのことを私は黙っていました」

 一度言葉を切り、呼吸を整えてから続けた。


「私は悪役令嬢だから。と、最初から諦めていました。自分の保身ばかり考え、レオンさまがいつか現れる聖女に惹かれる未来を変えようとは思わず、ちゃんと、殿下と向き合わなかった。私こそ、謝らせてください」

 レオンに向かって深く頭を下げた。


「君が冷たかったのは、俺が猫を追い払ったからだと思っていた」

 私はぱっと顔を上げた。

「そのとおりです。猫に冷たくする人は嫌いです」

「す、すまなかった。反省している。もうしない。誓う!」

 心から謝ってくれているのが伝わり、怒りはすぐに収まった。


「レオンさまが婚約を破棄してくれたおかげで、猫のレオと楽しい旅ができました。色んな猫と人々に出会えました。蝗害もこの目で確かめることができました」

 レオンは真剣な顔になって頷いた。


「俺も、ここに来るまでに蝗害にあった畑や村をこの目で見た。酷い現状に胸が痛んだよ」

「殿下。私、一つお願いが、」

「大丈夫。城の食料備蓄ならすでに民に配りはじめている」

 お願いしようとしていたことを先に言われ、私は目を見開いた。


「この国と民と猫は俺が守る。王太子妃の君が暇で、自由に旅ができるようにがんばる、だから、一緒に帰ろう。いや、帰ってくれませんか?」

 レオンは手を差し出した。


 私は、彼の婚約者でありながら、レオンと結ばれる未来をちゃんと考えたことがなかった。

 レオンは、何も望まないと言ってくれたけれど、私はお飾りの王太子妃にはなりたくない。

 困っている人たちを助けたいし、彼を支えたい。


 私は一度深呼吸をして覚悟を決めると、彼の手のひらに、指輪を置いた。

 え。と驚いている彼と目を合せる。


「花束のリボンに通して結んでいたの、レオンさまですよね?」

 私は微笑むと、手を差し出した。


「指輪、外してごめんなさい。レオンさまの手でもう一度、嵌めてもらっても良いですか?」

 レオンは固まり、しばらくまばたきを繰り返した。

「いいのか?」

「はい。殿下が望むなら」

「本当に?」とレオンは信じない。私は困ってしまい、眉尻を下げた。


「私は自分の生き方は自分で決めます。しかたなく、戻るんじゃありません。殿下の考えと気持ちも尊重したいんです。この国を良くしようとするレオンさまのお手伝いを、私にもさせてください」

 レオンの眼差しが真剣なものに変わった。ゆっくり頷くと、私の手をそっと掴んだ。




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