人は人、私は私。つまるところは…
中途半端すぎるとはいえ、いつまでも塩漬けしておくのも良くないのでお焚き上げとして投稿。
一番近いと思いタグにはつけましたが悪役令嬢でも聖女でも、婚約破棄でもなく淡々としたお話です。
「…殿下や皆様の仰りたい事はわかりました。
婚約者である私よりもそちらのご令嬢…アンジー様を愛してしまった為婚約を解消したい、と」
「あぁ」
王城にいくつか存在する小さな談話室。
そこに婚約者である王太子フェザル様に呼び出された私、キャロライン・ルーガッドは粗方の話を聞き終えると供されていた紅茶と焼き菓子を口にする。
何処やらの国では公の場での婚約破棄や冤罪を何重にも被せ追放や処刑へと追い込まれる悲劇が疫病のように流行していると聞いていましたが、どうやら我が国では解消のようです。
まぁ常識的とは言えませんがまだ良心が残っている方でしょう。
卒業式の前日という最悪なタイミングである事は置いておいて。
元より、貴族学校に入学し元平民の男爵令嬢であるアンジー様と出会ってからというものフェザル様のお心が離れているという自覚はありましたし、この時が来ることも予測し出来得る限りの対策は練ってきたので不安はありません。
さて、どう切り出したものか…。
フェザル様の傍らに座るアンジー様を何の気なしに見つめてみると、睨まれたと思ったのか肩をビクリと震わせフェザル様の腕に豊かな双丘を押し付けている。
改めて見ても、やはり可愛らしい方ですわね…ふわふわと柔らかそうな桃色の髪に大きな薄緑の瞳。小柄で、しかし出るところは出ている。
背が高く細身で、ストレートの白銀の髪に紫の瞳を持つ私とは全く違う魅力があります。所謂綺麗系と可愛い系という奴でしょうか?
とはいえ私に魅力がないわけではないのは理解していますし、フェザル様にとっては彼女の方が好みだった…それだけの話ですわね。
しかしこれだけ魅力があるなら、計画に変更はありません。
「キャロライン、君には申し訳ないと思っているがアンジーをそう睨まないでくれ…彼女は元々平民で君よりもずっとか弱いんだ」
「はぁ…それは気が付きませんでしたわ」
平民がか弱いなんて王太子ともあろうお方が世間知らずだこと…彼らは王族や貴族などよりもずっと逞しいというのに。
それにあの顔の緩みよう…アンジー様はお顔も可愛らしくお体も同じ年頃の中では群を抜いて凹凸が明確ですから仕方ないとは思いますが、あまりに情けない…。
あちらの周囲に騎士のように立つ貴族子息達もアンジー様に骨抜きにされていると聞きますし、御両親の教育はどうなっているのかしら?
「……婚約を解消する前に、アンジー様にいくつかお聞きしてもよろしくて?」
「何のために」
「このような言い方は卑怯と存じておりますが…私にも幼い頃から王太子妃になるべく育てられた矜持というものがございます。
せめて後を任せる方にそのお覚悟をお聞きしとうございます」
「………アンジー、大丈夫かい?」
「はい…フェザル様がいてくださるなら」
了承は取れた、と。
もう一口だけ紅茶で喉を潤すと、改めてアンジー様へ向き直り、なるべく柔らかい表情を心掛け問いかけます。
「アンジー様は王太子妃…次期王妃となり、どのような暮らしをお考えでいらっしゃるのかしら?」
「暮らし…?それは勿論、フェザル様と共に民を幸せにできるような…」
「それはお役目でしょう?
もっと身近な…例えばご友人とのお付き合いなどのお話ですわ」
「え…そ、そうですね…今のお友達とはずっと仲良くしていきたいので、お仕事がお休みの日はできるだけお茶会を開いたり一緒にお買い物にも…」
「あら残念」
指折り数え始めたアンジー様の答えを遮り、自らの頬に手を当てながら思案するように溜息をつく。
フェザル様とその仲間たちは目つきを鋭くし警戒心をあらわにするが気付かぬふりをしていよう。
「アンジー様、大変言いにくい事ですがそれは叶わぬかと…」
「ど、どうしてですか?」
「私達は明日卒業式を迎えますでしょう?そうなればもう成人です。成人した王太子妃候補となる女性は王城内の後宮に居を移し王太子妃教育が施されますわ。
その段階からアンジー様は公人と変わらぬ扱いになりますし、その御身は後宮で大切に守られます。
婚姻を結び御世継が誕生なされるまで殆ど城から出る事は叶いませんし、御世継が生まれた後も基本的に身内以外の男性との面会は公務においてのみになるでしょう」
「えっ…」
「フェザル様から説明をお聞きにならなかったのですか?
あぁ、後宮の事は男性には遠いお話ですものね…。
ご令嬢や夫人方とのお茶会は特に禁止されておりませんが、お声がけするのも非常に面倒な手続きがあるそうで、王妃様は年に数度が限界だと零されていました。
何処ぞの国ではお忍びで仮面舞踏会、なんてお話もあるそうですがこの国ではもっての外。常に王家の影がつき、女性による護衛騎士が片時も離れる事はありません」
「…な、なんでそんなに…」
「なんでも数代前の王妃様が非常に魅力あふれる御方で、国を揺るがさんほどのスキャンダルを巻き起こしたそうですの。
それを教訓にしたのだとか…」
あらあら、そんなに顔色を悪くして。
フェザル様は特に顔色が変わっていませんが、仲間たちは絶望している様子…王太子妃になっても今まで通り『交流』できるとでも思っていたのでしょうか?
「王太子妃としてのお役目以外にも後宮の主としての役目がありますので外出する余裕など一切ございません。
これまではフェザル様達と度々城下でお買い物をなされていたとのことですが、成人した以上不可能でございましょうね…」
「そんなの自由がないじゃないですか…!」
「えぇ、自由などありません。
あくまで王を支えながら次代を産み、育むのが王妃の役目ですもの」
王太子妃とは、王妃とはそういう存在なのです。
少なくともこの国ではそうだし、私はそうなるべく育てられてきた為特に異存はありません。
…男性に囲まれていたアンジー様にとっては耐えがたい不自由のようですが。
「そんなの聞いてない…聞いてないよ…」
「……申し訳ありません、しかしいざその場になって禁じられるよりはよろしいかと…」
「…うぅ…」
「…アンジー様、少々お耳を拝借しても?」
フェザル様は私の言葉に待てと制止しましたが、アンジー様は王家での暮らしを隠していた彼への不信感かその手を振り切り、ソファから立ち上がると私の横、半人分空いた場所へと腰かけてくださいました。
あぁ、きっと香りにも気を配っているのでしょう、甘くどこか官能的な香水の匂いがします。
けれどやはり男爵家…あまり質のいいものではありませんね。
私は持っていた扇を広げ、私とアンジー様の間をそっと隠し囁きます。
その扇は我が家が隣国と共同開発した吸音効果のある魔道具ですので、唇も読ませず音も一切聞かせません。
「貴女が望むものを、私ならご用意できるかもしれませんわ」
「…どういうことですか」
「アンジー様が望むのは、人々からの賛美と、美しいドレスや宝石に囲まれた優雅な暮らしでは?」
「………」
「確かにそれらは王妃であっても手に入ります。しかし、王妃にあなたの望む自由はありません。そうですね?」
「…えぇ…」
「王妃と同程度の賛美や宝飾、そして王妃には決して許されない自由が得られる立場があると言ったら、どうなさいます?」
「…………」
「もしもご興味があるならば今夜私の邸にいらしてください。悪いようにはいたしませんわ」
その後はどこか真剣みを帯びたアンジー様が早々に帰ると訴え、その場は何の進みもないまま解散となりました。
婚約解消に関しては王家の判断に任せるとだけお伝えしましたがどうなることやら。
「いらっしゃいませ、アンジー様」
「…お招きいただきありがとうございます」
夕食も終えた頃にやってきたアンジー様は一人で来たらしく、動きやすい簡素なワンピース姿でした。
挨拶もそこそこに私個人の小さなサロンに案内し、予め侍女に用意させていた数枚の資料をテーブルに並べると一枚目を指さして話し始めます。
「アンジー様は聖女というものをご存知かしら?」
「…馬鹿にしてるの?」
「ほほ、とんでもございませんわ。
聖なる魔法を使い人々を救う神秘の女性、この国では子供の寝物語として語られるお話ですわね。
………でも、聖女は実在しますのよ?」
資料の見出しは『大聖堂による聖女募集』
その文字を指でなぞれば、アンジー様の目もそれに沿って動きだす。
「聖堂と呼ばれる場所は秘密裏ではあるものの各地に存在し、その土地の有力者が経営しております、王都にある大聖堂は我がルーガット公爵家による経営ですわね。
聖堂では聖女達が暮らし、日々迷える方々をその聖なる御業で救っているのです」
「…修道院と何が違うのよ」
「そうですね…異なる点は聖堂に来る方は男性のみであることでしょうか?」
「男ばっかり来る所で働くなんて、娼婦じゃないんだから………え?」
ピンと来たようですね。
「察しがよろしいのも聖女向きですわね。
えぇ、えぇ、そうなのです…わかりやすく言えば聖堂は娼館、聖女は娼婦でございます」
しかし、ただの娼館ではありません。
「在籍するのはワケアリの貴族令嬢や元貴族の寡婦の方々。
行き場のないまま育ってしまった孤児などもいますが皆貴族令嬢と同等の教育を受けていますわ。
そしてその体には誤って天使を授からないよう特別な魔法を施しております。
顧客…信徒の皆様は紹介制ですが王都の貴族家の殆どは誰かしら入信してらっしゃるので、寄付の金額に応じた位の聖女がつくことになります。位が高い聖女であれば確定で高位貴族か裕福な下位貴族、商家のご当主をお相手する事になるでしょう。」
「……お給料は?」
「そういったものはございません。
聖女の御業はあくまでも救いの手段であり、信徒の皆様からのご寄付は聖堂の経営に回しております。
しかし…そうですね。これはかつて在籍してらっしゃった大聖女の記録ですが、かの方は当時の国王から隣国の皇帝までもが足しげく通うほどの聖なる魅力に溢れ、専属の侍女が常に10人待機し身の回りの物はスプーン一本とっても全て王家どころか隣国の皇室と遜色ないほどの最高級品だったそうです」
「そんなお金、どうやって」
「…寄付は聖堂の経営に回しますが、信徒の皆様から聖女への個人的な贈り物や心づけについては一切の回収を行いません。こういえばおわかりいただけますかしら?」
アンジー様は私の話を聞きながらも資料を穴が開くほど見つめ、時折小さく頷いています
さぁここでトドメ…最後の資料を提示しましょう。
「もしアンジー様が聖女となる事を望まれるのならば五年間、特級聖女としての地位をお約束いたしますわ」
「特級聖女?」
「聖女にも位がある事は書いてありますでしょう?
特級聖女は大聖女の次の地位になります。現在は大聖女が不在ですので実質のトップですわね。
とは言っても実力で特級まで上り詰めた聖女の方は数人いらっしゃいますし他の聖女の方々も頑張っておりますので、五年を過ぎた段階でその立場を維持できるかはアンジー様次第ですが…」
まだまだ未熟だけれど、デビュタント前でこの体を持ち、王太子をたらしこもうとする野心や強かさもある。
聖堂で五年も過ごせばきっとよい聖女になるでしょう。
私の言葉に闘争心を刺激されたのか、アンジー様の瞳は爛々と輝きを増します。
「―――――やるわ」
アンジー様はその後、フェザル王太子達の前から姿を消しました。
皆様それはもう嘆き悲しんでいらっしゃいましたが、男爵家に遺されていた書置きは自身の夢を叶える為に旅にでるといった内容だったため悔やみながらも納得せざるを得なかったようです。
そしてその消えたアンジー様は、特級聖女アンとして王都の大聖堂へと迎えられました。
庇護欲をそそる可愛らしい顔立ちと、幼く感じるほどの年齢にも関わらず成熟した妖艶な体は瞬く間に信徒の方々を魅了し、一年後には特級聖女の中でもトップへと上り詰めました。
当時の彼女は礼儀作法も技術も発展途上もいい所だったようですが、どうやら彼女の御体はそれを補って余りあるほどの『良さ』があったそうで…。
男女に体の相性があるとは言いますが、誰にでも合う人というのも存在するのですね?
しかし彼女はそこで立ち止まる事はありませんでした。
聖堂に在籍する先達や教育係から学び聖女としての御業に磨きをかけるだけでなく、大聖女になるべく己の価値を高めようと経営者である公爵…私の父に依頼し家庭教師やダンスの講師、礼儀作法の講師などを呼ぶとそれらを貪欲に身につけていきました。
そうして培われた淑女然とした優雅な所作や、知性を湛える眼差しは更に多くの信徒の心を奪い、褥に上がらずとも一杯のワインを傾けながら語らうだけで心を満たす…そんな存在へと登りつめていきました。
そんな彼女に並ぶ者は最早おらず、大勢の信徒からの推薦により異例の速さで大聖女となったのです。
勿論、彼女を妬む聖女もいるにはいました。
ですがこれもまた彼女の魅力なのでしょうか?アンに敵意を向けていた聖女も少し彼女と話をするとすぐに打ち解けてしまったそうです。
おまけにアン自ら聖なる御業の手ほどきをしたり、受けきれない客を流したりと結果的に聖女側が得をする事になり敵意など綺麗さっぱり消えてしまったとか。
また、彼女はまだ聖女となる前の幼い少女達を専属の侍女として周りに置き、髪の手入れや美顔法、教養などなど自身が持つものを余すことなく教え込みました。
自身で独占せず、横へ下へと采配を振る彼女のおかげで王都の大聖堂のレベルは飛躍的に上がったと言えるでしょう。
(とはいえ一番美味しい所はちゃんと抱え込んでいたようですが)
そんな彼女に信徒から贈られるドレスや宝飾品はどれも最高級品で、毎日違うものを身につけても消費しきれないほどの山を築いているそうです。
美しさへの賛辞、愛を乞う甘やかな言葉、熱烈な口付けと愛撫…聖女アンは降り注ぐそれらを全身で受け止め、きっと女性として日に日に美しさを増しているのでしょう。
私は彼女が聖堂入りした日以降、直接会う事はありません。
感謝の気持ちなのか、年に数度…時節の折に珍しい花や稀な果実などを贈ってくださり王城で暮らす私にとっては何よりも嬉しいものです。
えぇ、私は今王城で暮らしています。
フェザル王太子殿下…いえ、フェザル王子は王太子の座を自ら退かれました。
一体どこから話が漏れたのか、アンジーに瓜二つの聖女がいると聞きつけ信徒であるどこやらの侯爵を半ば脅すように聖堂へやってきたのです。
けれど彼女はもう既に人気の聖女となっていましたから、予約がなければ会う事もできません。
まだ当時は王太子だったため経営者である父もどうしたものかと悩んだそうですが、聖女アンは笑顔で通すように言ったそうです。
………信徒の方々の合間、たった五分の事だったそうですわ。
大聖堂から戻ったフェザル様は酷く憔悴しておられたそうで、翌日には国王陛下に王太子辞退の旨をお伝えされました。
その代わりに王太子となったのは第二王子のクリス様。
私はその妃となりました。
クリス様にも婚約者のご令嬢はいらっしゃいましたが、王太子妃などとても務まらないとこれまた辞退されたそうです。
王太子妃と王子妃では役目も教育内容も大きく異なりますし、それも致し方ないでしょう。
今はクリス様を支えながら後宮の主としての心得を王妃様に教わっている段階です。
「キャル、義父上から手紙だよ」
「まぁ、お父様ったらクリス様を小間使いのように…断ってくださっても構いませんのよ?」
「君に会いに来る口実なんだから、断るなんてできないよ」
「毎日会っているでしょうに」
後宮内にある私の執務室にやってきたクリス様はシンプルな封筒を差し出し、受け取るついでに手の甲にキスをされました。…いえ、これはいつもの事です。
クリス様はフェザル様よりも情熱的な方らしく、ことある毎に私へ口付けを送ってくださいます。
最初こそ円満である事を周囲に知らしめる為なんだろうと思っていましたが…最近は好意からくるものなんだと理解もしました。深い愛というのは本当に人を変えてしまうのですね。
「………あら、まぁ」
「義父上はなんだって?」
「大した事ではありませんのよ。…私の友人が、嫁ぐそうです」
「めでたいことじゃないか」
父からの手紙には簡潔に、聖女アンの還俗…身請けについて書かれていました。
どうやら隣国の有力な貴族家当主に見初められ、またアンもその御方を好いた為縁が成ったそうです。
この家名には見覚えがあります…確か、二年ほど前に夫人が亡くなられ後継者となる子もいなかった筈。アンの年齢なら問題はありませんし、還俗と共に魔法を解けばすぐに授かる事でしょう。
アンが大聖堂に入ってもう六年、まだまだ花盛りとはいえどこかで見切りをつけなければズルズルと老いていくことになりかねません…きっと、良い頃合いというものなのでしょうね。
「結婚式には出席できそうもありませんが、お祝いは送らなければなりませんね」
「まだ君が離れるのは難しいだろうからねぇ」
クリス様はデスクの横に置かれたベビーベッドの中を覗き、その中ですやすやと眠る赤子を見つめる。
半年と少し前に生まれた愛娘、マーガレット。
最近ようやく執務に戻る事が出来たが随分と甘えたな子のようで、私が傍にいないと眠りもしません。
「本当は乳母に任せた方がいいのでしょうが…」
「乳母候補が軒並み嫌がられてしまったんだ、仕方ないよ」
「おかげであの子達はヤキモチを焼くし、大変ですのよ?」
今頃庭を駆け回っているであろう二人の王子は数えで五歳になります。
結婚してすぐに授かった双子の王子は乳母によってすくすくと育ってくれましたが、そのせいで私に育てられるマーガレットを羨ましく思っているらしく…勉強や遊びの合間に執務室に来てはマーガレットの頬をつついて泣かせてしまうので、どうしたものかと悩む毎日です。
「どうせ今だけだよ、マーガレットは君に似ているから少し大きくなればメロメロになるはずさ」
「そう上手くいくものでしょうか…?あ、父はまだ城に?」
「庭園を見てから帰ると言っていたよ」
「お祝いについて少しお話したいので、申し訳ありませんがマーガレットをお願いしても?」
「任されよう、僕も父親だからね」
マーガレットをクリス様に任せ庭園に向かうと、父は私を待つかのように佇んでいました。
「お父様」
「久しいな、キャロライン。
息災のようでなによりだ」
「お久しゅうございます…先程、お手紙を受け取りました」
「あぁ」
父と王城の中ですれ違う事はあっても言葉を交わす機会は多くありません。
双子とマーガレットの出産や公務に追われ実家に帰る機会もなくなっていた為、こうして面と向かって話すのも半年ぶり…でしょうか。
「彼女への言付けを頼んでも?」
「言付けだけでよいのか?」
「祝いは別で贈りますわ。
ただ、言葉だけでも先にお伝えしとうございます」
「ふむ…わかった。なんと伝える」
「強い貴女を尊敬し、心からその幸福を祈っていると…お伝えくださいませ」
「……あぁ、確かに伝えよう」
嘘ではありません。私は本当にアンを尊敬しているのです。
自分の身ひとつで生きていく強さは、私にはきっと生涯得られないものですから。
私は自由を引き換えに一生の安泰を得ました。それに不満はありません。
愛してくれる夫と可愛らしい子供達に囲まれる幸福も得ましたし、豊かな暮らしを送る民を見守る…その喜びは何物にも代えられません。
けれどアンは、自分で自分の幸せを掴み取った。
決まりきった道を歩いてきた私とは違い、自分で羽ばたく為の翼を磨き欲を満たしながらその先を選んで進んでいく…なんと眩しい事でしょう。
でも、彼女のように生きたいとは思えません。
私が聖堂に入ったとしても、彼女が王太子妃になったとしても、きっと何処かで立ち止まり座り込んでいたでしょうから。
そう、人は人、私は私。つまるところは…
「適材適所、ということでしょうね」