「愛することはない」と言われましても、そもそもその必要はございません。『コミカライズしました!』
※思いついたネタをリハビリがてらに書きました。
楽しんでいただけたら幸いです。
「私があなたを愛することはない」
結婚式を終えた後の夜、昼に誓ったはずの言葉はあっさりと覆された。
いわゆる初夜、夫婦の寝室で夫になったはずの人を待っていたキャロルは、驚いたように目をぱちくりとさせる。
その視線に佇むのは、夜着というには緩みの少なすぎる部屋着に身を包んだスラリとした体躯の中性的な美形。
色味の薄い肌、一つに括られた絹糸のようなサラサラと流れる長い銀の髪に水色の瞳と全体的に儚げな印象で、辺境伯という激務に耐えられるのかと心配になる線の細さだが、これでも領主としては優秀で、よく治めているという評判は聞く。
だが、人間としてはどうやらあまりよろしくないようだ。
「あらあら……どういうことでしょうか、ジュリアス様。この婚姻はそちらから望まれたものであり、政略結婚としてもあまり旨味がないものだと思いますが」
そんな失礼極まりないジュリアスの言葉に、花嫁であるはずのキャロルは小首を傾げ不思議そうな顔で尋ねる。
ジュリアスとは対照的に濃い焦げ茶の髪に健康的な肌、初夜とあって薄めの夜着に包まれた身体は細いところは細く豊かなところは豊かで、なんとも生命力に満ちた色気を醸しだしているのだが、ジュリアスの心を捉えるには至っていないようだ。
元々表情に乏しい人ではあったが、明かりの抑えられた部屋で見れば最早抜け落ちたかのよう。
このまま消えていってしまうのでは、とどこかズレた心配をキャロルがし出したころ、ようやっとジュリアスの口が開いた。
「あなたの言う通り、この結婚はこちらから申し込んだもの。だがそれは、あなたを恋い慕うからではなかったのだ」
「まあそれは、随分なお言葉ですねぇ。とはいえ、わたくしとしましても、お会いしたこともなかった方からのお申し入れでしたから、何事かとは思っていましたけれども」
キャロルの家である子爵家にジュリアスの辺境伯家から婚姻の申し入れがあったのは、ほんの一年前。
一年という貴族としては短い婚約期間を経てのスピード格差婚とあって、何事かと様々な憶測が流れたものだが、ジュリアスからその説明がされたことはなかった。
その後の婚約期間においても扱いは貴族としては、つまり政略結婚としては普通の交流が為され、険悪という関係でもなかったように思う。
当たり障りのない距離だったとも言えるが。
「申し訳ないが……あなたの家が、あなたが一番都合が良かったから、というのが本音のところだ」
「それはつまり、経済的、あるいは権力的な都合ではなく、ということです?」
「……いや、ある意味権力的なこと、だな」
しばし言葉につまったジュリアスが零すように言えば、その表情に陰りが落ちる。
何やら込み入った事情がありそうだとキャロルが待てば、それを察したのかジュリアスの視線が一瞬上がり、しかしまた落ちて。
ゆるり、と小さく首を振った。
「今日なんとか結婚にこぎ着けることが出来たことに、まずは感謝を。ありがとう、あなたのおかげで私は無事辺境伯当主の座を継承する権利を得ることができた」
「いえいえ、どういたしまして。……けれど、この流れで言われましても、あまり嬉しくはございませんわね」
「だろうね、あなたの立場としてそれは当然だと思う」
キャロルの言葉に少しばかり咎めるような色が混じったのは、至極当然のことだろう。
流石にそれはわかっているのか、ジュリアスの唇が苦笑のような形に僅かばかり歪む。
その表情を見たキャロルは、一瞬だけ眉を寄せ、それをすぐに消してしまいながら口を開いた。
「つまり、辺境伯になるために、わたくしの家との婚姻が必要だった、と? 後ろ盾としては役に立ちませんが、騎士としての力はそれなりにありますし」
キャロルの家は子爵位だが、王国に古くから仕える騎士の家柄でその功績は傑出したものがあり、準伯爵位とでも言うような扱いを受けている。
そのため、通常であれば伯爵家や侯爵家と婚姻するのが通例である辺境伯家が娶っても、あまり他家からの横やりも入らなかった。
当然備えている武力も相応であるため国防を担う辺境伯家にとって有用であることは間違いないのだが。
「いや、それも違う。私が求めたのは、辺境伯と婚姻できる最低限の家格の家であることだから」
「更に酷い言い方になったような気がするのは気のせいでしょうか?」
「気のせいではないね、私も酷いことを言っている自覚はあるから」
呆れたように言うキャロルだが、何故か怒る気にはなれない。
それは、こうして語るジュリアスが割れそうな程に薄いガラスのような張り詰め方をしているからだろうか。
「何故そのような、無意味とも思えるような婚姻を望まれたか、お聞きしても?」
「もちろん。というか、そのつもりでここに来たのだから」
そう言いながらジュリアスは、己の衣服に手を掛けた。
え、いきなり? と突然のはしたない行為に思わずキャロルは両手で顔を覆い、指の間からジュリアスの姿を見ていたのだが。
その視線の先には、予想外のものが映っていた。
「さらし……? それに、まさか……」
前ボタンで留められた胸元が開かれれば、その向こうに見えたのは真っ白な布地。
グルグルと巻かれたそれは、その下にある肉の塊を……それも、キャロルに匹敵する程に豊かな質量を締め付けている。
キャロルの視線に気付いたのか、ジュリアスはあからさまな自嘲の笑みを浮かべた。
「そう、私は、女なんだ」
「一体どういうことですか!?」
あまりの爆弾発言に、ここまで穏当に対応していたキャロルも流石に声を上げざるを得なかった。
だがジュリアスにとってその反応は予想の範疇だったのだろう、あまり驚いた様子はない。
「順を追って説明しよう。私は先日他界した父上、先代辺境伯の唯一の子供。私が生まれた後に負った怪我でそれ以上の子が望めず、故に、この辺境伯家に伝わる秘儀を伝え聞いている唯一の人間でもある」
「ああ……確かこちらの国境砦には、辺境伯家の方にしか扱えない魔導兵器があるとか……」
「流石、よくご存じだ。その起動や操作に関しては直系の人間にしか伝えられないし、操作も行えない。だから私が辺境伯家を継ぐ必要があったんだ」
「割と強引な帰結ですわね!? あ、でもということは、魔力パターンが一致しないといけないだとか、何某かあるわけですね。そして、我が国は既婚男子にしか爵位継承権がないから……」
未だに古くさい制度が横行しているこの国では、男尊女卑も横行している。
そのため爵位だとか様々な権益は基本的には男子にしか相続されない。
「ただ、それにもいくつか例外があるらしい。負傷後王家に相談した際に教えられたそうのだが……一時的に親戚が継承し、娘が男子を出産した時点で戻すというものが一番多い。
しかしこれは我が家では使えない。例の兵器が使えなくなるから。
だから、もう一つの手段が取られたわけだ」
「それが、ジュリアス様を男子として育て、爵位を継承させる、ということですか?」
キャロルが問えば、ジュリアスは驚いたように一瞬目を瞠り、それからゆっくりと首を縦に動かした。
「察しが良いね。その通り、私は爵位を継承し、魔導兵器を扱える家を途絶えさせない為に男として育てられた。
後は誰かと婚姻を結んで爵位を継承し、白い結婚の影でどこからか子種を得て男子を産んで、となる」
「それって……」
「ああ」
あまりの事情に二の句が継げないキャロルへと、先程浮かべた自嘲の色を深くしながら、ジュリアスが頷く。
「私という存在は、辺境伯家を存続させ魔道兵器を受け継ぐためだけにある、ということさ」
「そんなのって……」
「ああ、勘違いしないで欲しいのだが、割り切れないところはもちろんあれど、私自身は一応納得はしているんだ。
貴族として当然の責務ではあるし、平民の兵士達に比べれば随分といい暮らしもさせてもらってきたのだから、返すべきものは返さないと」
そう言って、ジュリアスは笑う。割り切れないものも飲み込んだ、貴族の笑みで。
辺境伯家という常に戦場と隣り合わせな人生を送ってきたからか、ジュリアスは己がまだ恵まれている立場なのだと肌で知っている。だから、飲み込めてしまったのだろう。
キャロルにはそれが、何とも切なく思えて仕方が無い。
だから彼女も、飲み込めてしまったのかも知れない。
「なるほど、だからわたくしなのですね。娘が傷物になることよりも辺境伯家と縁続きになる益の方が大きくなる、武門の子爵家。
おまけに離縁の後に縁談がなくともしぶとく生きていけるだけの技能とたくましさもある、となれば」
「え、まって、それは知らない」
納得したように頷くキャロルへと、ジュリアスがまったをかける。
キョトンとした顔を見せるキャロルにいやいやと首を振って見せ。
「運悪くあなたの家とあなたの年齢がこちらにとって都合が良かったというだけで、事が落ち着けば離縁して、十分な慰謝料と新たな相手を斡旋するつもりだったんだよ?」
完全に辺境伯家の事情だけで婚姻を願ったのだ、これでも十分とは言えないがその後の補償はすべきだろう。
だが、一番の被害者であるキャロルは全くそんな気はなかったらしい。
「あら、わたくしが騎士としてそれなりに働けることをご存じだったのではないのですか?
跡継ぎ問題が解消しました後には、どこぞのご令嬢の護衛ですとかをご紹介いただければと思っていたのですが」
「ほんとにたくましいね!? いやしかし、それは流石に申し訳ないよ」
「我が家の家訓は『働かざる者食うべからず』ですので、そこはどうかお気になさらず」
「それは女性にまで適用されるものなの……?」
この時代この国において、貴族女性が働くのはかなり例外的なものだ。
確かに武家の女性が女騎士となって身分の高い女性の護衛に就くことはあるが、それもかなり例外的なもの。
まして形だけの上とはいえ辺境伯夫人となった女性が働くなど。
だが、ジュリアスの目の前でキャロルは首を横に振る。
「女性であることを隠しながら辺境伯としてお勤めなさっているあなた様に言われましても。それに、戦場においては男も女もありませんし」
「なんでそこで戦場が引き合いに出されるの!?」
「『常在戦場』もまた、我が家の家訓でして」
「あなたの家、物騒過ぎないかな!? 最前線の辺境伯家でもそこまではないよ!?」
あまりに常識外れなことを言われ、思わず何度もツッコミを入れてしまうジュリアス。
いや、非常識さでいえば、今回の婚姻だって負けてはいないのだが。
「はあ……いや、まあ、今後のことを考えたら、それくらいたくましい方がいいのだろうけど」
「この後、ですか? 無事に結婚式も終わりましたのに、他に何があるのでしょうか?」
「うん、後は国境の砦に行って、そこで魔道兵器に対して私の登録を行って、無事に起動できれば辺境伯位を正式に継承したことになるんだけれど、そこで一緒に来て立ち会ってもらう必要があって」
と、そこまでジュリアスが説明したところで、キャロルは胸の前で両手を合わせ、キラキラと目を輝かせた。
「まあまあ、噂に名高い国境砦をこの目で見ることが出来るだなんて!」
「……うん、そういう反応で嬉しいよ。普通のご令嬢なら、危険な国境砦なんて近づきたくもないだろうに」
予想外の……いや、ここまでのやり取りで『もしかしたら』程度には期待した反応に、ジュリアスは苦笑する。
だが、そんな顔を向けられたキャロルは、不本意だとばかりに唇を尖らせる。
「とんでもないことでございます! いかに立派な砦だったか父が熱弁しておりまして、これは一度は見なければいけないと常々思っておりました!」
「そ、そうなんだ……そういえば、確かに以前、援軍として来ていただいたことがあるけど……」
思い返せば、目の前のキャロルとはまるで似ていない、いかにも無骨といった子爵の姿が思い出せる。
無愛想ながらも実直だった彼に評価されていたのは、そこはかとなく嬉しいものがあった。
「はい、その時のことを折に触れて! ですから、こうしてご縁があったこと、わたくしとしてはとても嬉しいのですよ!」
「……ごめん、あなたが本心から言ってるのはわかるのだけれど、だからこそこう、罪悪感が……」
家の為だけに利用しようとしているのに。
揺らいだ視線の先に見えたのは、どこか不敵な笑みだった。
「利用価値があると思っていただけたのであれば、こちらとしても好都合。
世の中持ちつ持たれつギブアンドテイクと申しますし、こちらとしても利用させていただければ」
「それは構わないけど、その言葉は聞いたことないなぁ!?
いや、本当にお互いに利用し合えるのならば、こちらとしても気兼ねなく利用できるというものだけれど」
そう言いながら、少しだけジュリアスの表情が緩んだ。
辺境伯家の看板と、そのためにキャロルを利用した罪悪感。
それらがわずかばかり緩んだ、そのタイミングで。
「まあ、でしたら是非とも利用させていただきますね!
ここは一つ、父も入れなかった砦の中のあれやこれやをお見せいただければ!」
「ぶはっ!」
完全に意表を突かれた要求に、ジュリアスは吹き出してしまった。
財力だけで言えば公爵家にも引けを取らない辺境伯相手に、望むことが、これである。
それは、ジュリアスの心の中にある何かを、しっかりと掴んでしまった気がした。
「わ、わかった、無事辿り着けたら、好きなところを見ていいよ」
「本当ですか、ありがとうございます!
……はて、無事に、ということは……途中で妨害がありそうだということですか?」
喜色満面で頷いていたキャロルが、はたと気がついたように問えば、ジュリアスが見せたのは苦みの滲んだ顔だった。
「ああ、恐らく私の叔父が仕掛けてくるんじゃないかと思っている。
彼は嫡子じゃないから継承に関するあれこれを聞いてない。それで私が居なくなれば自分が辺境伯になれると勘違いしているっぽくてね」
「あらまあ、ということは必要な引き継ぎを全くこれっぽっちも受けていない状況で、ですか? それは継承した後に治めることを、そして隣国への対応を考えていない、ということになると思うのですが」
「その通り、なんだろうね。叔父からそういった類いの話を聞いたことがないから。
確かにこのところは隣国からの侵攻はないけれど……それは父や騎士、兵士達が命を賭けて戦ってくれた結果相手が恐れをなしてくれただけだというのに……」
冷静に語ってはいるものの、ジュリアスの拳はぎゅっと握り込まれている。
最前線で身体を張っていた者達の背中を見て育ったジュリアスからすれば、叔父のその態度は許しがたいものなのだろう。
そしてその憤りは、『常在戦場』を掲げる家に生まれ、それを体現する家族を見てきたキャロルにも通じるものがあった。
「なんということでしょう……辺境伯という武の最精鋭たる家に繋がる者が、そのような浅い考えなどと!
万が一でもそのような方に辺境伯の地位を譲り渡すわけには参りません!」
まさかの、義憤と言っても良い反応にジュリアスは思わずパチクリと目を瞬かせ。
それから、くすりと小さく笑った。
「ありがとう、そんなに怒ってくれて。
そんなあなたを、危険が予想される旅路に誘うのは申し訳無いけれど……一緒に来てくれるかい?」
「もちろんですとも! そのような事情でしたら、同道せねば武門の名折れ! わたくし一人がおめおめと生き延びでもすれば、母から斬って捨てられます!」
「え。お父上でなく、ご母堂なの……?」
「はい! 嫁に来た身ながら、母が一番苛烈で強いので! ちなみに私は二番目です!」
「まって、ということは子爵殿は三番目なの……?」
問いかけながら脳裏に浮かぶのは、以前砦に援軍としてやってきた子爵。
無骨な外見そのままに発揮していた無双の力と、それでいて冷静で的確な指揮が思い出される。
その彼よりも、目の前でベッドに座るキャロルは個人の武勇で言えば強いというのか。
それ以上言葉が紡げないジュリアスの前で、ゆっくりとキャロルは首肯した。
「ええ、どちらかと言えば父は頭脳労働担当ですから」
「あれでそうなの!? いや、確かに指揮官としてもとても優秀だったけれど!」
一騎当千という言葉の意味を、子爵の奮闘ぶりで初めて理解した気になっていた。
だが、キャロルやその母親はそれ以上だという。
正直に言って、ジュリアスには理解が出来なかった。
「まあまあ、お褒め頂いてありがとうございます。
そうですね、もしも砦に向かう間に敵襲などございましたら、一度ご確認いただこうかと」
「出来れば、そんな機会は無い方がいいんだけどね……」
ワクワクしているキャロルへと、疲れた顔で返すジュリアス。
だが、その願いは虚しくも叶えられなかった。
「盗賊団らしき連中が前方に!」
翌日、砦へと向かって馬に乗っていたジュリアスへと、先行する護衛の一人が報告を寄越した。
『らしき』という言葉から予測された通り、彼らは一見盗賊らしい格好をしているが、手にした武器や盾は明らかにゴロツキが手にするような品質のものではない。
動きも統制が取れており、どうにもただの盗賊とは思えなかった。
「では、早速わたくしの出番ですわね!」
と、ジュリアスの隣で馬を操っていたキャロルが声を上げる。
ちなみに今は馬に乗りやすいよう、騎士服を着用しているのだが。そして確かに似合っているのだが。
意気盛んなキャロルへと、しかしジュリアスは首を横に振ってみせた。
「いや、別にあの人数なら護衛達に任せても……」
「とんでもございません、万が一ということもございます! まずは相手の出鼻をくじき、怯んだところを畳みかけませんと!」
「令嬢としてその発言はどうなの!? って、あ、キャロル!?」
何とか引き留めようとしたジュリアスだが、キャロルは意気揚々と馬を駆って突撃する。
「やあやあ盗賊ども、命が惜しくば去れ! さもなくばこの刃の雫としてくれん!」
勇ましくも可憐なその呼びかけに、盗賊達が恐れをなすことはなかった。
それが、彼らの不幸だった。
直後に巻き起こる、紅の旋風。
人馬一体、縦横無尽に馬を駆って動き回るキャロルが刃を振るう度に赤い飛沫が飛び、盗賊と自称する男達が倒れていく。
結局、十数人いた盗賊らしき連中は、キャロル一人によって倒されてしまった。
「ね、申し上げた通りでございましたでしょう?」
「いや、確かにその通りというか、それ以上だった気がするんだけど……」
驚いていいのか呆れていいのか。
ジュリアスは力無く笑うしかなかった。
だが、襲撃はそれで終わらなかった。
そして、キャロルの力がそんなものでなかったことが、その都度明らかになってしまった。
「傭兵らしき集団が!」
「やあやあ傭兵ども、辺境伯様のお通りなるぞ! 退かばよし、さもなくば斬って捨てる!」
「一人で突出しないでって、もう終わった!?」
と、傭兵団を蹴散らし。
「ホブゴブリンが率いるゴブリンの集団です!」
「やあやあゴブリンども、言葉がわかるなら退くがよい! さもなくば斬って捨てる!」
「なんでタフなホブゴブリンが一太刀で終わるの!?」
と、ゴブリンの集団を薙ぎ払い。
「突然ですが、ワイバーンです!」
「クレセント・スラッシュ!!」
「え、何それかっこいい」
問答無用に叩き込んだ対空技で宙に刃の弧線を描き。
「ド、ドラゴンです!?」
「今夜はドラゴンステーキですわ~!!」
「え、やだ、たくましすぎる……(トゥンク)」
敵方の切り札だったであろうドラゴンを的確に仕留めて鱗や牙を素材として獲得し、肉を美味しくいただいて。
ジュリアスに傷一つ負わせることなく、彼女らは国境の砦へと辿り着いたのだった。
なお、キャロルはかすり傷が僅かにあるばかりである。
「……あなたのご母堂は、一体どれ程の強さなのかな……?」
「さあ、わたくしもまだまだ未熟でして、お母様の本気を出させたことがないものですから」
「あれだけ強いあなたでそうなの!?」
そんなやり取りもありつつ、無事砦に辿り着いたジュリアスは恙なく魔道兵器の起動を行い、辺境伯位を正当に継承。
更にドラゴンまで駆り出して財力的に余力がなくなった叔父に対して証拠を固めた上で訴えを起こし、その他の余罪も明らかにしてこの世から追放し、辺境伯としての地位を盤石にしたのだった。
「……なんだか、終わってみれば夢だったかのように現実感がないな……」
全てが片付いて辺境伯の屋敷へと戻って来たその夜、ベッドに腰掛けたジュリアスはしみじみと呟く。
あっという間に、そして万事ジュリアスにとって都合の良い形で決着したのだ、そう言いたくもなるのも無理はない。
「あちらの仕掛けも少々杜撰でしたからね、こうなるのも当然かと」
「いや、普通なら少々杜撰でも押し切れるだけの戦力揃えてたからね?」
いくら辺境伯軍が精強だと言っても、ドラゴンなぞ繰り出された日には全軍でもって当たらねば対応することなど出来はしない。
だというのに、隣に座るジュリアスの妻は、たった一人でそのドラゴンを倒してしまった。
それはどう考えても常識外れだし、この結果が当然だとはとても思えない。
「全てあなたのおかげだよ、キャロル。あなたがいなかったら、私はきっと今頃、ワイバーンかドラゴンの餌になっていた」
「それはようございました、わたくしの旦那様をまさかドラゴンの餌になどさせるわけにはいきませんでしたから」
済んだことだから、こうも軽く言い合える。
命がいくつあっても足りなかったはずの旅路が、こうして無事に終わったことを今更実感し、ジュリアスは大きく溜息を吐き出した。
「これで、やっと一息吐けたね……」
「ええ、そうですわね。これで、やっと……」
しみじみと呟くジュリアスに応じながら、キャロルが優しげな微笑みで頷く。
そんな彼女に微笑みを返したジュリアスの視点が、ぐるりと回った。
「……え?」
ぱちくりと瞬きをすれば、視線の先にあるのは、ベッドの天蓋。
「これでやっと、初夜のやり直しができますわね!」
「え!? ちょっとまって!? や、やり直しって!?」
キャロルに言われて、ジュリアスは自分が押し倒されたことに気がついた。
そう認識してしまえば、かぁっと頬に熱が集まってくる。
「やり直しはやり直しですわよ? あの日は衝撃のカミングアウトでお流れになってしまいましたし」
「い、いや、確かにお流れにはなったけども! そ、そもそも私達は、女同士なわけだし!?」
慌てて言い返すも、ジュリアスの身体は起き上がらない。
いや、起き上がれない。
ドラゴンも倒すようなキャロルに押し倒されているのだ、跳ね返せるわけがない。
自分の状況がかなり危険な状態だと理解したジュリアスは、必死に正論を繰り出した、のだが。
「あら、辺境伯領ってお堅いんですのね。わたくしの地元では全然ありですし、何なら女同士で子供が作れる魔法も開発されておりましてよ?」
「なんでそんなのが開発されてるの!?」
「それはもう、我が領も辺境伯領ほどではないですがそれなりに戦闘があり、跡継ぎが生まれる前に寡婦となる者も少なからずおりまして。
そんな時に寡婦同士で子を成して、婿を取るなりして家を存続させるためでございます」
「割と切実な事情だった!? ……あれ、いやまって、ということは……?」
あまりに常識外れなことを言われて混乱していたジュリアスだったが、はたと気付く。
女同士で子を成せる、ということは。
「はい、わたくしとジュリアス様で子を孕めば。……まあ、恐らく生まれるのは娘でしょうから、また一工夫が必要ではございますが……継承自体は問題無く行えるかと」
「無茶苦茶だ……そんな力業な解決方法があっただなんて……」
思わず脱力して、シーツの海に身を投げ出してしまう。
あれこれ悩み、策を弄した先に見えた、とんでもない力業。
もちろんまだまだ色々な問題は残っているが、それもきっとどうにかなってしまうのだろう。
根拠もなく、そう確信してしまうだけの力強さが、目の前で微笑むキャロルにはあった。
「さ、後はジュリアス様のお気持ち一つ。……わたくしに抱かれるのは、お嫌ですか?」
直球で聞かれ、覿面に真っ赤になってしまうジュリアス。
もうその反応だけで全てを物語っているようなものだ。
だから。
キャロルはそのままジュリアスを組み敷き、じっくりたっぷりと愛を注ぎ込んだのだった。
そして。
「ま、まって! た、確かに承諾した、けどっ! ずっと私ばっかりっ」
「あら、いいのですよ、ジュリアス様」
外が明るくなり始めた頃、息も絶え絶えなジュリアスが抗議の声を上げるも、艶然と微笑むキャロルはそれを聞き入れない。
なぜならば。
「あなた様がわたくしを愛する必要はございません。その分わたくしが、たっぷりと愛して差し上げますから……ね?」
そして、キャロルはもう何度目になるかわからないが、またジュリアスを押し倒す。
彼女はあの日あの時決めたのだ。そうスイッチが入ったのだ。
ジュリアスが自分を愛することがなくても問題ないよう、自分がジュリアスを愛せばいいのだと。性的な意味で。
そしてジュリアスは、思い詰めた末の言葉ではあったのだが、己の発言を長く長く悔いることになるのだった。
「私だって、キャロルを愛したいのに……」
と。