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前編

 ここは俺の故郷の村近くにある湖のほとり。

 周りは木々に囲まれているが、この場所だけは頭上にぽっかりと穴が空き、天が俺を見つめている。


 わざわざ足を運んだ場所ではあるが、ここは別に村の仕事で訪れないといけない場所ではない。けれども俺は足を運んだ。


 そう、ある目的のために…


 ス、と目を瞑り、一拍。ヒュッ、っと小さな音を響かせながら息を入れる。


「俺は、この国にその人あり、と皆が知る立派な騎士になり!歴史に名を残す英雄になってみせる!!」


 それを聞く者はいない。当然だ。周囲には誰もいないのだから。しかし、俺は高らかに叫ぶ。誰のためでもなく、ただ、己の誓いを自分の中に刻み込むために。



 俺はごく普通の農民の出だ。

 その上、村で一番剣術が優れている、だとか、体格に恵まれているだとか、実は騎士の薫陶を受けている、だとかは特別な事は何もない。


 けれど、憧れた。ただただ憧れたのだ。

 俺達が苦しかった時、それを救ってくれた彼らの勇姿。それはこの目にしかと刻まれていた。瞼を閉じればすぐに思い返せるほどに。


 俺の村は国境の境にある村だ。


 今でこそ隣国とは小康状態ではあるが、ガキの頃には緊張状態にあったらしく各地で小競り合いが続いていた。その影響か俺達とは似ても似つかぬならず者どもがあろうことか汚い足で俺たちの村に踏み入り、食料を奪う、なんて蛮行に及んでいた。


 その頃の俺達は奴らに支配されていたと言っても過言ではないだろう。


 勿論、最初はそんなことされてたまるか、と奮起した。当然だ。何が嬉しくて略奪者に頭を下げなくてはならないのか。村を守らんと村の若者を集め、抵抗を試みた。


 しかし、俺達にとってはならず者、異邦人の類とは言え、奴らは腐っても戦う者だった。後になって知ったことではあるが、そのならず者達は隣国の正規軍人であったらしい。


 対して俺達は碌な武器の用意もない、鍬をもっただけの農民だ。比べるのも馬鹿らしくなる力の差がそこにはあった。


 結果は火を見るよりも明らか。力の差は如実に現れ、俺達を襲う事になった。


 当時の俺達としては徹底抗戦をしていたつもりであったが、思い返してみれば、あの時のそれはとてもではないが抵抗、ましてや戦い、などと呼べるものではなかった。


 蹂躙と名付けることができるのであれば、まだよかったのかもしれない。奴らにとってのあれを名付けるとするのであれば、そう。

 ただのじゃれあい。児戯の類であったのだろうと思う。


 初めて奴らと遭遇したあの日。


 俺達の大切な人が必死の形相を浮かべながら武具を手に立ち向かっていた。しかし、奴らにはそれを意に介した様子もなかった。

 ただでさえ醜い顔をさらに歪ませながら、げらげらと野太い汚い声を響かせる度に、一人また一人と村民は地面に転がっていった。


 ある者は正面から顔面を鷲掴みにされるとそのまま地面に叩きつけられていた。

 ある者は手に持った鍬を真っ二つに断ち切られ、呆然となったところを執拗に顔面に殴打。

気絶したにも関わらず、執拗に殴打されていた。


 まさに児戯といった様子を挙げるとすれば、足をひっかけ、地面に倒れた姿を煽り散らす、なんてものもあったと思う。あの時の笑い声は悪魔の類が発したものであったと錯覚しても仕方がないだろう。


 しかし、これでもまだいい方だった。


 転がされた後に何度も頭を叩きつけ続けられ、思わず発してしまった呻き声に意識が遠のいている事に気づいたならず者は、まだ、寝るには早い、仕方がないからいいものを食わせてやろう、などと言って、辺りの土を適当に掴むと乱暴に口に突っ込む。

 咳込みながら泣き顔を晒した青年に、ほら気付けになっただろう、などと意味の分からない事を問いかけるという、おおよそ人へのものとは思えない扱いを受けた者もいた。


 そんな事があれば、当時の村民達の抵抗する気力はすぐに萎え、ならずもの達の要求である食料の譲渡。到底納得できるものではなかった。しかし、先の惨劇の後とあっては、唯々諾々と従うより他なかった。


 そんな蛮行はしばらく鳴りを潜めていたが、俺たちが従順な態度を続けていると調子に乗った奴らの悪意は再び鎌首を擡げだしてきた。


 村に対する要求が次第にエスカレートしていったのだ。


 詳しい内容は当時は子供だった俺には知らされていないが、相当に辛かったのだと思う。

なにせ、両親があまりにも辛そうにしていたため、子供ながら、大丈夫か、と尋ねた事があるほどだ。


 そして、その問いに答えた時の両親の顔は今でも頭にこびりついている。この身に明日は来るのだ、と信じる事すらできないような、暗い湖の底のような色を瞳に宿していた。それでも一言、心配するな、と。


 それまでは、辛いことがある中でも努めて笑顔を振りまいていた両親。その二人がこんな顔をするのかと衝撃が体を駆けた。そして同時に悟った。俺達はもう、この状況から脱することができないのだ、と。そう思った時に自分の中で何かがごっそりと抜け落ちる感覚に陥ったのをよく覚えている。


 その日からは何をしていたのかよく覚えていない。


 奴らがいつ来るのか、とびくびくしながら息をひそめながら生きる日々。いや、あれは生きていた、と言えるのだろうか。


 働かなくてはいつか死ぬ。

 その思いがそれまで日々の喜びであったはずの仕事をただの作業へと変え果てた。


 死にたくない。

 その本能は無機質に、淡々と、粛々と、なんの感動もなく作業を積み重ねる絡繰りへと変貌させた。


 俺たちはだれ一人として生きることに希望を見出せなくなっていたのだ。


 そんな時間が過ぎていく中、誰かが、あぁ、雨季か、と、うんざりとした声でため息をついていた。村の近くで何人かと作業をしていた時だったと思う。


 雨季には作物を雨から守るための対策をしなければならない。それは確かに大変なことで、折角、育てている作物がだめになってしまう、それを考えれば、億劫な思いを感じるのは無理からぬことだ。


 しかし、この時の呟きはそんな事を危惧したものではなかった。


 雨が続けばものが腐る。

 ものが腐れば、奴らが来る回数が増える。

 今日も奴らは俺たちの村を荒らしているというのに、こんな時期になってしまえば、次はどれくらいの食料が奪われるのか、食料だけで済むのか。こんな事が一体、いつまで続くのか、こんな事ならもういっそ……。そんな諦観が胸の内を占めていく。


 ぽつり


 ついに崩れ始めた天気が俺の鼻先に水滴を落とした。

 それは日常の一コマ。特別な事など何もない。あー、降ってきてしまったか。そんなちょっとの残念さをにじませる。一週間後には忘れてしまうような出来事だ。


 しかし、その時の俺にはそれが、文字通り呼び水となった。誰の目から見ても日常の小さな小さな不運は俺の心から今までせき止めていた気持ちを溢れさせた。


 そうだ、俺もずっとずっと辛かった。

 日に日に暗くなっていく村の空気。奴らが来るたびに聞こえてくる泣き声。目を背けたい現実は容赦なく俺を責めたてていた。


 そんな現実に俺だって泣きたくて、泣きたくて。


 でも皆も頑張っているはずだから、と。

 何にもならないかもしれないけど、俺だけでも泣かなければ、いつかこんな日々が明けてくれるのではないか、と。


 摩耗していても心のどこかで縋っていた。縋るしかなかった。


 けれど、そんな世界のどこかで当たり前のように繰り返されるそれが、どうしようもなく俺を嘲笑っているように思えてきて、そう考えると自分がなんだか、どうでもいい存在であるかのように思えて。

俺の体を打ち付け続けるそれも、まるで自棄になりつつある俺の考えを肯定しているように思えて。


 踏ん張っていた俺が馬鹿らしくて、滑稽でおかしくておかしくてたまらなくなってきた。

知らずあいつらみたいに口元を歪ませていた俺が下品な声をあげてやろうか、そんな考えが頭をよぎった時だ。


 雨の音に混じって規則正しく。コツコツ、と聞き覚えのない小さな音が耳に届いた。


 普段であれば、そちらに目を向ける事もしなかっただろうが、その時の俺はちょっとおかしくなっていた。いや、音がした方に注意を払うのは、別段、おかしな事ではないのだが、当時の精神状態を鑑みれば、その行動は常とは異なる行動だったと思う。


 とはいえ、はじめにその影を見たときに感じたのは諦念。


 それはそうだろう。村の外からくる人影など奴らをおいて他にいない。奴らとは明らかに異なる近付き方だったのにも何の疑問も持たずに、近付いてくる影を眺めていた。影が村に入るだろうか、その時になってようやく俺はそれらが奴らではない事に気が付いた。


 その影の主に視線を向ければ、まさに荘厳という言葉がしっくりくる勇姿がそこにはあった。


 角のついた兜をかぶり、どのような用途があるかは分からないが、ところどころに装飾が施された甲冑を着た軍馬。その体に目を向けてみれば、色艶の良いたてがみに太い脚、はち切れんばかりに発達した太ももを備えている。


 村が襲われる前、行商人が連れた馬を見た事があったが、本当に同じ生物なのか、と疑問に思ってしまうほどに上等な馬である、と推測するに固くない馬体を誇っていた。


 そして、その威容を誇る馬体が霞むほどの存在感を放っていたのは馬上の騎士達であった。


 村の誰よりもがっしりとした体躯。

 頭全体を同じようにすっぽりと覆う鉄兜には外を見るためであろう眼の部分には縦に穴が空いている。


 直接目を合わせた訳でもないのにその奥からは獲物を射殺さんとする強い意思が感じられるような気がした。


 全身隈無く覆う重厚感を漂わせた鈍色に光る鎧。鎧の縁を彩った赤色も相まってさらに威圧感を高めていた。


 そして彼らの背には否が応にも目に入ってくる、彼らの身長と同じ程の長くがあろうかという大剣。


 自分の腕くらいあるのではないかという太い柄に簡素な鍔。人によっては鎧の装飾に比べ図分みすぼらしい武器を使っているのだな、という印象を受けるかもしれない。しかし、それは大きな間違いだろう。


 一度振るわれれば、次の瞬間には人一人を確実に両断する、そのための道具である、という事を器物でありながら自らの存在意義として主張するための姿だ。


 そんな出で立ちは雨の影響で少なからず、周囲は暗くなっている視界であったはずなのに、威圧感のせいからか不思議と輝いているように見えた。その姿に圧倒されて馬鹿みたいに口を空けながら呆然と彼ら見ていた俺に一番前の騎士から、一言。


 「もう、大丈夫だ」


 酷く優しい声だった。


 その時、俺はこの人達に任せておけばもう大丈夫なのだ。根拠なんてなかった。


 それでも、騎士たちが助けに来てくれた事実。それが先程までの泣きたくなった気持ちとは正反対の気持ちから溢れそうになったが、目の前の人達にはかっこ悪いところを見せたくなくなった俺はうつむいていた。


 そんな俺の気持ちはきっと彼らには丸わかりだっただろう。


 それを察してなのか、悔しさだとか安堵だとか、ちょっとだけ湧き出てきた意地だとか、そんなものを一切合切振り切るように叫ぶ。


「突撃ぃっ!!」


 空気を切り裂く大音声。

 号令に続いて一斉に大気を震わせる咆哮。


 それらに気圧され俺がつい、顔を上げた、次の瞬間には一気呵成とばかりに村の中に雪崩込む。


 そこからの光景を俺は生涯忘れることはないのだろう。


 驚いている村民を余所にわき目も振らずに異邦人たちに制裁を加えていった。


 一度、剣が閃めけば一人の異邦人が地に伏せる。

 二度、剣が空を裂けば異邦人の首が飛ぶ。

 三度、剣が弧を描く頃には異邦人の戦意が削がれていくのが見て取れる。


 しかし、制裁は終わらない。


 今まで俺たちを苦しめる存在でしかなかった奴らは彼らの手によって断末魔を叫びながら、瞬く間に人であったものへと変わっていく。


 悪しきをくじき、虐げられた者たちを救うその様はまさにおとぎ話で耳にしていた英雄そのもの。血風吹き荒れる戦いの場において、その勇姿は俺の瞳に焼き付いて離れなくなった。


 その光景、その時に感じた思いはこの身の不足を補って余りある『やってやる』というという気持ちに昇華された。この気持ちだけは誰にも負けないと自負している。


 騎士たちが異邦人どもを排した後、自分たちの力不足を感じ、組織された自警団。俺は二もなく入団し、剣術の訓練を積んだ。

 剣術の模擬戦で負けることはあったが、他の奴らがあくまでも村を守るための力を保持するという消極的な理由だった中、俺は騎士になるという明確な目標を持って訓練にも励んでいた。

自分を奮い立たせるためにも村の奴らに俺は騎士になるのだ、と言い続けてきた。


 俺のその様に一部の村の人間はいい顔をしていなかったことも知っている。しかし、それでも歯を食いしばりながら耐えてきた。


 そして、その日々はついに報われることになる。


 そう、騎士の募集が行われるという知らせを聞いたのだ。その上、募集場所も来週にも近くの大きな街であるらしい。これは最早、俺に騎士になって欲しいと言っているに違いない。

今こそ、この夢を実現する時だと確信した俺はその募集を受けるべく歩を進めた。





 それから5年。




 あのときの宣言からはもうそれくらいの時間が経過している。では、俺が立派な騎士になっているか、と問われれば否。「ダメだった」と言わざるを得ない。


 しかし、考えてみればそれも仕方がない事だ。


 村という小さなコミュニティの中でさえ頭を張れないような実力しかなかったのだ。大して実力もない村人が急に騎士になれるか?なれるわけがない。


 道行く人100人に同じことを問うてみれば100人が否、と答えるだろう。俺だって今であれば即座に否と答える。しかし、当時の俺はそんな簡単な事も分析することができなかった。


 その上、ただでさえ気持ちだけで街を訪れた状態で騎士参加の募集について確認した俺は現実に愕然とする事になる。


 受験にはそれなりの金が必要だったのだ。


 当初の予定では俺は試験の日までは鍛錬をしながら過ごすつもりであった。しかし、試験内容の一つである模擬戦に利用する武器の類は自前で用意する必要があるというのだ。


 早めに確認していたため、時間的には金の工面をする余裕こそあったものの、いきなり計画を修正する羽目になってしまった。おかげで余計な苦労を背負わされたのだ。


 金の工面がさっと終わるのであればさほど負担にならなかっただろう。しかし、実際には

かなり長引いてしまい、終わったのはなんと試験の前々日。


 試験を受けるために必要だった武器の調達は武器屋の店員に頼み込んで一番安い物を何とか取り置きしておいてもらい、辛くも間に合わせた、という有様だった。


 まぁ、街での生活について色々と知ることができた、というのはプラスだったと言えなくもないが、代わりに事前の鍛錬ができなかったのは明らかにマイナスだ。そのせいで自分の調子の確認や試験に向けての集中力を研ぎ澄ます事ができず、訛っていたのだろうと思う。


 それにも増して、街で試験に関する情報収集が出来なかったのがかなり痛かった。


 故郷の村からは騎士など排出できておらず、騎士になる情報というのはまったく出回っていないため、街の方で情報収集する必要があったのだ。しかし、さしてそのための時間がとれなかった俺の情報収集先はもっぱら大衆酒場。


 情報といえば、酒場で甥っ子が騎士になりたいと言っているだとかは試験に関して言及しているだけまだいい方で、騎士の活躍を褒め称えているだけの話であるとか、まともな情報を得られなかった。


 まぁ、そういった苦労をしたおかげでその時に出来た酒場の店長であるとか、宿屋の女将さんなどといった、市井の人脈というものを作る事ができたというのはあるかもしれない。


 市井の人脈というのは騎士になった後には構築が難しい類のものであると思う。というのも、両者では社会的地位に大きな隔たりが発生するからだ。


 もし、騎士が市井の人間に話を聞こうと思えば、公的な機関としての事情を聴取するという形を取るだとか、金を使って情報を買うだとかといった事をする必要がある。いや、立場上、必要がある、というよりもせざるを得ない。


 こうなると、受ける側は自分の心象は悪くなる。自分達が下に見られていると思うからだ。そうなれば最後、自分達が切迫した状況でもない限り、深い話が出にくくなりやすい。


 その点、試験前に市井の中で汗水たらして同じ飯を食った俺ならば、そんな事はしなくても皆、快く話してくれる。酒の一杯でも奢れば、別の情報源だって紹介してくれるだろう。


 これに関しては試験前に苦労した経験が生きている、と言えるから、無駄な事ではなかったと思っている。実際、この時の人脈のおかげで不穏な街の噂話であるとか、世の中の情勢だとかを人伝とはいえ、耳にすることが出来、仕事や身の振り方の参考になっている。


 あぁ、そうだ。


 なんでそんな市井の話だとかに耳を傾けなくてはならないのか、という事であるが、理由は単純。騎士になれなかった俺は傭兵を生業として生計を立てているからだ。


 なぜ騎士を目指していた俺が傭兵になる事になったかだって?


 話せばよくある話であるとは思うのだが、試験を受けた俺には試験内容の一つ、模擬戦においてどうにもならないと感じた事が二つあった。


 一つ目が武器の違い。


 俺は安物の剣を使って臨んだのに対して対戦相手の多くは専用の剣であった。


 急ごしらえの武器とは異なり、明らかに体格や戦闘スタイルに合致しており、相手の俺からみても華麗な戦い方をしていたように思う。しかし、俺の場合は専用の武器を調達するためには資金が足りなかった。


 試験に合わせて購入した剣はあくまで量産品。こいつに関しては何とか街の仕事で調達できる程度であったが、専用ともなればその100倍以上は当たり前。しかもそれはあくまで最低値。

 注文を付ければ付けるほど青天井に上がっていく。金を稼げるようになった今であれば、話は違うのだが、当時はそんな高価なものを調達するのは夢のまた夢、といった状況であった。


 そして、要因としてはこちらの方が大きいのだが、二つ目が模擬戦のルールだ。


 試験における模擬戦の勝敗条件は基本的には相手に致命的と思われる一撃を相手に叩きこむ事だ。しかし、調達する獲物の影響で模擬戦で扱う獲物も当然、真剣。そのため、寸止めが求められる。


 なんでも、自在に武器を扱えないようでは実力不足と断ずる事もやむなし、という話のようだ。なんだそれは。

 今でもこの形式はおかしいと思っている。


 実戦においては、敵を討ち取るために武器など振りぬいて当たり前。要は目的の場所に武器を正しく打ち込む事ができればよいのだ。


 あくまで模擬戦であるのだから、死亡者が出ないための配慮なのだろう。だが、それならば元から模擬戦用の木剣でも用意すればよいはずだ。にも関わらず、未だに受験者に獲物を用意させているのは意味が分からない。


 とはいえ、俺の意見など一市民の意見でしかない。貴族様が試験に関して異議でも唱えればまた変わってくるかもしれないが、最早どうしようもない事だ。


 話が逸れてしまったが、このルールは俺にとってかなり向かい風になった。


 なにせ、今まで村で訓練をしていた時には、寸止めなどしたことがなかった。

木人に対して打ち込んだり、木剣での模擬戦などをしており、基本的には武器を振り抜く事を想定したものばかりであったのだ。

 そんな状況で、試験では寸止め必須だから寸止めしてください、と言われてもすぐに対応できるはずはない。


 結果、俺は模擬戦において実力を十全に振るう事ができなかった。


 これらの不利な状況が重なった中でも、何度か勝ちを得る事はできた。しかし、やはりそれまでの不利を覆すことができず、やむなく不合格の印を押されることになってしまったのだ。


 そうなれば、それからの身の振り方を改めて考える必要がある。


 街で次の募集に向けて準備をする事も考えたのだが、専用の武器を調達するためにこの街に留まりながらでは鍛錬する時間など得られるはずもない。さりとて訓練するための時間を調達するために村に戻れば無理やり村の仕事に就かされて、一生を村の中で過ごす羽目になる。


 だが、俺は一つ目の夢、騎士になる、は諦めざるを得なかったとしても、英雄になる、という夢に関してはきっと叶えられると思ったのだ。というのも、そういう話を耳にしたの事があったのが理由だ。



 居酒屋で仕事をしていた時の事だ。吟遊詩人がやってきて、とある唄をそらんじていた。


 戦場で武功を上げ続けたとある国の傭兵の唄だ。


 曰く、強大な敵国の大将を討ち取った、自国の要人を戦場から命からがら救出したといった普通のエピソードがこれでもかと言わんばかりに唄われていた。


 中には暗殺されかかっていた貴族を助けた結果、その貴族の所の令嬢に秋波を送られるようになった、といった、それは一体どこのおとぎ話を取ってきたんだ、と突っ込みたくなるような話もあった。


 何にしろ、そうした活躍を続けた傭兵は貴族に見染められ、お抱えの護衛にならないか、という打診を受けたらしい。


 傭兵にとっては望むべくもない好待遇のはずだ。なにせ、傭兵などと言ってはいるが、荒事に手が出せるようになっただけで、その日暮らしの風来坊に毛が生えたようなものなのだ。そのため、定期的な収入を得られる当てができる、というのは大きい。


 しかし、傭兵は腰を降ろす事をしなかったという。それからも数々の戦場を渡り歩き、国難を払いのけたそいつはついには自身が特例的に貴族位を得るに至る。


 傭兵が市井からの生え抜きということもあり、その事は人々にも市井の英雄として広く知れ渡る事となったというものだ。


 これから先、俺が騎士になる目はないだろう。よしんばなれたとしても、あくまでもなった止まりになることは想像に難くない。


 しかし、この唄にあるような傭兵になら、手を伸ばせば、目指し続ければいつか届くのではないか、そう思えた。確かに勝算は少ない。


 それでも、湖で灯した誓いの炎は消えることなく、俺の心を焦がし続けていた。それを目指すのが難しいだとか、小賢しい計算は俺の歩みを止める理由にはなりえない。


 だから、英雄を目指すために俺は傭兵になったのだ。


 それからはかの元傭兵のように早く武功を立てるべく必死に戦場を渡り歩き、武功を立てるべく奔走した。


 超人的な実力がある訳ではないことは自覚していたので、俺は勝ち目のある勢力の傭兵として戦に参加し、生き延び続ける事を第一に活動を続けた。


 生き延び続けていればいつかチャンスは巡ってくる。

 それなりの地位にある首を取る事ができれば名を上げる事ができる。

 それを続けていれば英雄になれる。

 そう考えての行動であった。


 しかし、ここでも現実が牙を向く。


 戦場には化け物としか思えない俺とは隔絶した実力を持つ輩がごまんといたのだ。


 普段から戦闘訓練をし続けている騎士は言うに及ばず。俺と同じ傭兵の中にも、その手にした獲物が一度閃けば血の雨が降る。そんな猛者どもがひしめき合い、鎬を削る。蟲毒の壺の中身のような場所がそこにはあった。


 ーーあぁ、あれは無理だ



 幼い頃のように外からではなく、内側から見せつけられたその光景。俺如きの心を折るには十分過ぎた。


 さりとて一度はじめた傭兵稼業。色々と美味しい思いをしていたのも確か。となれば、英雄になれないから、じゃあいいや、と辞めるには惜しいのもまた事実だった。


 真っ先に挙がるのは飯だろう。村では食えなかった上手い飯や酒を口にしたのは一度や二度ではない。それだけなら金を貯めて年に一度くらいは体験できるだろう、と問われれば、確かにそういう事ができる機会もあるだろう。


 しかし、村にいただけでは絶対にできない経験であると断言できることがある。


 名の知れた傭兵との共同任務を終わらせた時の事だ。


 お前にも贅沢、ってもんを教えてやる、と言われ娼館に連れられた事があった。


 そこには、お目にかかった事のない美姫が視界を埋め尽くさんばかりにならんでいた。これだけで眼福極まるといった具合ではあるが、その美姫たちを侍らせて食いきれないほどの酒、飯を机に並べると来たものだ。


 その時はおこぼれに預からせてもらう、という形であったが、その贅沢の一旦でさえもまさに天にも上るようなその体験だ。それがどうにも忘れる事ができない。そして、それを自分の力で出来たのであれば一体どれほどの快感を得られるのであろうか。


 その願いは村にある金を全て奪い取ったとしても実現できる日は来ないだろう。この事を知ってなお、傭兵から足を洗ってただの農民に戻りたいか、と問われても首を縦に振る奴の方がおかしいと思う。


 傭兵を続けると決めてからは決して無茶をせず、与えられた依頼を粛々とこなす事を最優先してきた。


 求められた以上の仕事はできない。しかし、できる、と引き受けた事は完遂する、そんな姿勢が界隈で評価されてきたらしい。最近では俺から売り込みをかけなくても、依頼主から俺個人に対して結構美味しい仕事を貰えることも増えてきていた。


 これなら中堅どころになっただろうと自負してもいいのではないかと思っている。


 そう呟き、手に持った酒を一気に飲み干す。コトン、小さな音をさせながら杯を机に置き、幾ばくかの寂寥感を胸に落としながら小さく息を吐こうとする。


「なぁ!今度、帝国と戦争するんだってよ!それで兵の募集が来てる、金払いも良い、一緒に行かないか!?」


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