9 ピュア皇子が黒皇子になりましたよ
「本日は大変でしたわね。
ただ見ているだけの私は少し楽しかったですが」
講習が全て終わり、寮に戻るなりマレアージュが私の部屋にやって来て言った。
おそらくエリン皇女の前では話せない内容だからこそ、食堂ではなくわざわざ私の部屋に来たのだろう。
野次馬根性というか、ザ・女子! というか……。
「楽しかったなら良かったですわ。
ところで、エリン様の様子はどうでしたか?
あの後は講習が全て別だったので、お会いできていないんです」
私はそう皮肉を言うと、私達が去った後のエリン皇女の様子を聞いた。
マレアージュは少し呆れたような顔で、肩をすくめながら答えた。
「それはそれは驚いていらっしゃったわ。
男性に断られたのは初めて……とおっしゃっていましたもの。
でも特に怒っている様子でもありませんでしたし、大丈夫だと思いますわ」
「そう……」
「エリン様も悪気がないから困ってしまいますわね。
でもあそこまではっきりと言われたなら、もうルイード様に何か言うことはないと思いますわ」
「そうね……。そうだといいのだけど」
「……何か不安でも?」
「だってエリン様ってあんなに可愛いんですもの。
男性にもすごく人気だし、心配にもなります……」
「…………」
リディアだってエリン皇女に負けないくらい可愛いし、ルイード様は私を本当に大切にしてくれている。
疑うなんて失礼だけど、自信がない……。
エリン皇女は背が小さくて仕草も女の子らしくて、顔だけではなく全体的に可愛いのだ。
見ると女の私でさえキュンとしてしまう事があるのだから、男性であれば尚更だろう。
性格だって天真爛漫で愛らしいし、私はエリン皇女に勝てる要素なんてない……。
そんな少し落ち込んだ様子の私を見て、マレアージュが大きな声で言った。
「……リディア様ってぜーーーーんぜん! まっっったく周りが見えていないのですね!」
「え……ええ!?」
マレアージュは大きなため息をついて、信じられない! とでも言いそうな顔で私を見ている。
「リディア様に男性が寄ってこないのは、ルイード様が…………いえ。やっぱりなんでもないですわ」
「ええ!? 気になる……」
「とにかく、リディア様はエリン皇女と同じくらい人気がありますから!
あの素敵なカイザ様の妹なのですから、もっと自信を持ってくださいませ。
それに、ルイード様があんなに大切にしてくれているのですし、全く心配する必要はないですわ」
何やら話をまとめられてしまったが、マレアージュが私を励ましてくれてるのは伝わってくる。
嬉しい……。
出会った頃のマレアージュとは絶対仲良くなれないと思っていたけど、意外と友達は大切にするタイプなのかもしれない。
敵に回すと恐ろしいけれど。
マレアージュに感謝をしながら、2人でカイザの話などをして楽しい時間を過ごした。
いつの間にか夕食の時間になっていたため、そのまま一緒に食堂まで向かう。
すると、少し早めに来ていたらしいエリン皇女が、私達に気づくなり立ち上がって手を振ってきた。
その場に着いて挨拶をすると、エリン皇女が私に向かって笑顔で言った。
「リディア。私、ルイード様のこと気に入ってしまったわ。
婚約を解消してくださる?」
悪びれている様子は一切なく私を見つめる瞳。
それは一点の曇りもない眩しいほどに輝く瞳。
「…………え?」
一瞬何を言われているのか理解できなかった。
ルイード様のことを気に入った……?
婚約を解消して……?
婚約……解消……って、え!?
ようやく何を言われたのか理解できた時には、すでにマレアージュがエリン皇女に言い返していた。
「エリン様! 何をおっしゃっているのですか?
ルイード様はリディア様と婚約されているのですよ?」
「わかってるわよ?
だから婚約解消してってお願いしてるんじゃない」
エリン皇女は不思議そうな顔でマレアージュを見つめている。
そのあまりにも悪意のなさに、私もマレアージュも言葉を失ってしまう。
「リディア達だって、勝手に決められた婚約だったのでしょう?」
「それは……そうですけど……」
「じゃあ問題ないわよねっ!
そちらの国だって、巫女様よりも私と結婚した方が利益も大きいし、悪い話じゃないと思うわ」
「ですが! エリン様の今の婚約者様はどうされるのですか?」
うまく言葉が出ない私の代わりに、マレアージュが問いただしてくれている。
私達の異様な雰囲気に気づいていないのか、気づいていても関係ないと思っているのか、エリン皇女は余裕ある態度を崩すことなく会話を続けている。
顔はずっと可愛らしく微笑まれたままだ。
「婚約者なんて、こちらも破棄しますから何も問題ないですわ。あっ! リディアにも、もちろん次のお相手は見繕ってありますわ!
ノアなんてどうかしら?
巫女であるリディアが私の国に嫁いで来てくれたら嬉しいわ」
「…………」
「エリン様!」
マレアージュがエリン様を止めようとしてくれているが、エリン様は私の返事をキラキラした瞳で見つめながら待っている。
えーーと、どうしよう。
なんて答えればいいんだろう……。
エリン様の言っていることは、間違ってない。
私もずっとそう思ってた。
ルイード様には私よりも他国の姫とか公爵令嬢が合ってるって。
私とは勝手に決められただけの婚約だし、私は王宮には嫁ぎたくないし……だから婚約を解消して欲しいと陛下にお願いしたのに。
今まさに私の望んでいた展開になっているはずなのに、なんで「そうします」って言葉が出てこないんだろう。
「リディア? どうしたの? 聞いてる?」
「私が……」
頭には優しく笑っているルイード皇子の顔が浮かんでいる。
「私が……勝手に決めることはできませんから……」
「あっ! そうよね!
皇子様相手に、リディアから婚約解消とは言えないわよねぇ。
では明日ルイード様に直接言うわ」
「!」
「じゃあお食事にしましょ」
「あ……私、今食事制限中だったわ。
今日はお昼に食べ過ぎてしまったから、夜は控えますね。
じゃあ……また明日」
「えっ!? リディア!?」
エリン皇女とマレアージュの呼ぶ声が聞こえたが、私は早歩きで部屋へと戻って行った。
食事制限してるというのはもちろんウソだが、今は全く食欲がない。
部屋に入るなり、私はベッドに横になった。
よくわからないモヤモヤした感情が胸の辺りにあって、気持ち悪い。
何故かため息がたくさん出てくる。
そんな状態でほぼ眠ることもできないまま、気づけば朝になっていた。
「……リディア、もしかして体調悪い?」
「え?」
教室に向かう途中の廊下で会うなり、ルイード皇子に言われてしまった。
皇子は少し険しい表情をしながら、私の顔をジロジロと観察している。
「顔が青白いし、目の下にもクマができてるみたいだけど……熱でもある?」
そう言うと、皇子は私のおでこに手を当ててきた。
突然触れられたことにドキッとして、思わず肩が上がってしまう。
「んー……熱はなさそうだけど」
「だ、大丈夫です。ちょっと寝不足なだけですから」
「そう? でもそれにしては……」
「リディア!」
ルイード皇子の言葉を途中で遮り、エリン皇女がノア皇子と一緒にこちらに向かってくるのが見えた。
心臓が大きくドクンと動いたのを感じる。
「エリン様……」
「リディアってば、今朝も朝食抜いたでしょ?
そんなに細いのに2食も抜いたら、倒れてしまうわよ」
「2食抜いた……?」
エリン皇女の言葉を聞いて、ルイード皇子の顔色が変わったのがわかった。
皇子は私に何か言いかけたが、またエリン様が無意識にそれを邪魔した。
「あ! もしかして、ルイード様に昨日のことを話してくれたのかしら?」
「え……いや……」
「昨日の話とは?」
「ルイード様とリディアが婚約を解消して、私とルイード様が婚約するというお話ですわ。
リディアのことは心配しないでください。
ノアとリディアで婚約させますから」
エリン様が明るく華やかな笑顔でそう言うと、ルイード皇子がピシッと固まって動かなくなった。
後ろから様子を見ていたノア皇子が「え……聞いてないんだけど」とボソッと言っている。
エリン皇女がノア皇子に事情を説明していると、私の横で固まっていたルイード皇子がゆっくりと振り向いて私を見た。
「……リディア? 俺にも説明してくれるかな?」
ルイード皇子は不自然なほどの笑顔になっているが、それが本当に笑っている顔ではないことくらいわかる。
背筋がゾッとして、急に寒気まで感じてきた。
こ……こわあっ!!!
この笑顔は……エリックと同じ暗黒系の笑みだわ!!
ル、ルイード様がこんなに怒ってるのなんて初めてかも。
こ……こわい……。どうしよう。
いつも読んでくださっている方、ブクマや評価つけてくださった方、本当にありがとうございます。
明日はルイード皇子視点です。
7月7日19時に、【イクスルート】の番外編『七夕夜デート』を投稿します。
もしよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
※その際には、リディアを【イクスルート】編のリディアに切り替えてお読みいただきますよう、よろしくお願いいたします( ᵕᴗᵕ )*・☪︎·̩͙