7 無気力系ノア皇子
交流会には様々な講習が用意されていた。
出身国ごとに集まり、特に交流が多い国とペアを作って一緒に受ける講習。
男女に分かれたり、王族貴族に分かれたりして、それぞれに必要な情報を学べる講習。
個人的に興味のある分野の講習を自由に受けられる講習……などがあった。
私はマレアージュやエリン皇女と仲良くなったが、講習の間はルイード様といる事が多く、マレアージュも知り合い数人と一緒にいる事が多かった。
エリン様に至っては、常に3〜5人の男性と一緒にいる。
しかもメンバーがコロコロ変わっていたりする。
私の想像通り、エリン様は男性からとても人気なのだ。
あれだけ可愛らしい皇女様なのだから、当然だろう。
「どのお方がエリン様の婚約者様なのですか?」
ずっと気になっていた私は、交流会が始まって1週間経った日の夕食中に、本人に聞いてみた。
エリン様は不思議そうな顔で答えた。
「婚約者? 今回の交流会には参加していないわ。
彼はもう19歳だから」
「あっ。そうだったのですね」
「いつも必ず一緒にいらっしゃる男性が、エリン様の婚約者様かと思っておりましたわ」
マレアージュが少し驚いたようにそう言うと、エリン様は人差し指を口元に当てて、可愛らしく悩んでみせた。
「いつも一緒にいる男性……?」
「あの……普段は黒いのに光に当たると紫に見える、不思議な髪色をされた方です」
「ああ! ノアの事ね!
ノアは私の弟よ。双子のね」
「双子!?」
私とマレアージュが同時に叫んだ。
食堂にいた令嬢達が何事かと振り向いたが、エリン様が笑顔で「何でもないわ」と答えていた。
「そんなに驚くことかしら?
自己紹介でも言っていたわよ」
「すみません……。全員は覚えていなくて……」
「私も、お顔とお名前を覚えるのに必死でしたわ……」
失礼なことを言ってしまったと青くなる私達を見て、クスクス笑うエリン様。
本当に見た目だけではなくて、中身まで可愛らしい……。
「いいのよ。ノアは大人しくて目立たないから、覚えられなくても仕方ないわ。
何をするにもやる気がなくて、寝てる時間が1番幸せ……なんて言うような男ですから」
「……エリン様とは似ていないのですね」
「そうね。社交的な私とは正反対だわ。
髪も、私は母譲り、ノアは父譲りですし……でも、顔だけはよく見るとそっくりなのよ」
エリン様に似た顔!?
それ、間違いなくイケメンじゃん!!
……全然顔が浮かばないけど……。
「明日紹介するわね。
そういえば、リディアはいつも一緒にいるあのやけに可愛らしい顔をした皇子様が婚約者なの?」
「えっ……ええ、そうです」
突然ルイード様の話になり、鼓動が少し速くなる。
「彼、女性にとても人気よ。
私の国の令嬢達も噂していたわ」
「ルイード様の人気は本当にすごいですわ。
リディア様、恨まれないようにお気をつけくださいね」
マレアージュよ……お前がそれ言うか?
と、いうか……実は誰にも話していないけど、もうすでに恨まれているのよね……。
小さい嫌がらせが毎日あるんです、とは言えない。
明日みんなで一緒に中庭に集まろうと約束をして、その日は解散した。
次の日、昼食を食べ終えた私達は中庭に集合した。
エリン様のアイデアで、大きなシートを借りてみんなで座り、ピクニック気分でおしゃべりを楽しむ。
ルイード皇子は講師に呼ばれてしまった為、後から参加される予定だ。
この場には私とマレアージュ、エリン皇女とノア皇子、それからエリン皇女の取り巻き公爵子息2人が、皇女の隣をキープしている。
「双子の弟、ノアです」
「よろしくお願いします。
……これ、俺も参加しなきゃいけないの……?」
エリン皇女が笑顔で紹介してくれたが、ノア皇子はとてもめんどくさそうな顔をしている。
ノア皇子はさすが双子とだけあって、近くで見ると確かにエリン皇女に似てとても整った顔をしていた。
しかしいつも笑顔の皇女とは違い、無表情でダルそうな態度をしている。
あまり会話に入ってくることもないし、ぼーっと空を見たりしている……なんとも不思議な皇子だ。
おお……。
これは俗に言う、無気力系男子ってやつではないですかね。
国の王になるかもしれない人が、そんなヤル気ない感じでいいのか……。
不思議なノア皇子を見ていると、髪の色が陽の当たり方によって違って見えることに気づいた。
室内で見た時には黒髪に見えていたのに、今は黒に近い紫色になっている。
特に陽に当たっている部分は明るい紫色に見える。
その綺麗な髪色に釘付けになっていると、突然隣に座っているノア皇子がこちらを向いて話しかけてきた。
「……なに?」
「え?」
「なんかすごい見られてた気がしたんだけど……」
「あっ! ごめんなさい!
髪の色が綺麗で、ついジッと見てしまいました」
「……別に謝らなくていいけど。
髪……俺は自分で見れないから、よくわからないや」
そう言いながら、ノア皇子は自分の前髪を引っ張って自分で見ようとしている。
その上目遣いになってる顔が可愛くて、つい吹き出してしまった。
「……ふっ。……ふふっ」
頑張って堪えようとしているのだが、我慢しようと思えば思うほど笑いが込み上げてくる。
鼻と口元を両手で覆い、少し俯いて顔を隠しているけれど、肩が震えるのだけは隠せない。
プルプル震えている私に、ノア皇子が問いかけてくる。
「……なんで笑ってるの? なんか変だった?」
「いえ……へ、変だなんて……ふふっ。
ご、ごめんなさい……」
失礼なことをしてしまっているのに、全く怒る気配もなくただ見つめてくるだけのノア皇子。
性格は正反対と言っていたけど、優しいところはエリン皇女と同じだと思った。
ノア皇子は、口元を隠している私の左手を取り、顔から離した。
突然手を触られて、驚きのあまり笑いが止まる。
「君、よく謝るね。
それに、笑いたいなら堂々と笑っていいよ。
顔を隠さなくていい」
「あ……は、はい」
無表情のまま言うノア皇子。
その顔からは、何を考えてるのかが全くわからない。
わからないけど……優しさで言ってくれてるのは、雰囲気でわかる。
……でも。
いつ手を離してくれるのかな?
嫌……という訳ではないけど、私は一応ルイード様の婚約者だしあまり他の男性と触れ合うのは……。
振り払うわけにもいかないし、「離してください」と言うのも……ど、どうすれば。
困っていると、突然左手首を誰かに掴まれ少し強引に引かれた。
それと同時にノア皇子の手が離れる。
振り返ると、後ろから現れたルイード皇子が私の手を掴んでいた。
真っ直ぐにノア皇子に視線を向けている。
「ノア様。リディアに何かお話でも?」
ルイード皇子はニコッと笑いながらノア皇子に問いかけた。
左手は私の左手を掴んだまま、右手は私の右肩にのせて、背中にはルイード皇子の温かい体温を感じる。
まるで後ろから抱きしめられているようで、身体が熱くなった。
ノア皇子はポカンとしたまま、相変わらず表情を変えることなく質問に答えた。
「え……? 話はもう終わったよ」
「そうですか。
ノア様……失礼を承知の上で申し上げますが、リディアは俺の婚約者です。
今後は気安く触れないでいただけますか?」
爽やかに笑っているのに、どこか威圧感を感じる。
そんなルイード皇子の態度に、ノア皇子は特に何も感じていないかのように反応なしだ。
「あ、そうなんだ。わかった」
表情を変えずにケロッと答えている。
ルイード皇子は、素直すぎるノア皇子の反応に拍子抜けしたようだ。
「あ……よ、よろしくお願いします」
「うん」
そんなやり取りをすると、ノア皇子はまたぼーっと空を見上げた。
本当にマイペースで不思議な皇子だなぁ……。