6 エリン皇女が可愛すぎると思うのですが、皇子はどうですか?
オリエンテーションでこの交流会の主な方向性を確認して、私は心底安心していた。
良かった……! あまり知識は関係なさそう。
転生前の記憶がない私は、この世界の基礎的な勉強のレベルがわからない。
普通に難しい内容だったらどうしよう……と心配していたが、なんとか大丈夫そうだ。
最終日に行われるダンスパーティーについての説明になると、令嬢達がソワソワしだした。
みんな周りにいる男性に視線をチラチラと向けている。
もちろんルイード様に集まっている視線の数はダントツで多い。
これは……たくさんの令嬢から声かけられてしまうのでは?
一応今は私の婚約者という立場だけど、もしルイード様のすごく好きなタイプの令嬢から誘われたら、どうするのかな。
「当日までにパートナーを見つけておくように」と説明の最後に言われ、私はチラリと隣にいるルイード様を横目で見た。
パチっと目が合い、一瞬息が止まる。
えっ……皇子も私を見てた……?
ルイード皇子も少し驚いたような顔をしていたが、やわらかく微笑んだ後にゆっくり視線を離された。
び……びっくりした……。
完全に盗み見するつもりだったのに、目が合っちゃうなんて。
……ていうか、授業中に目が合ったって喜ぶ青春時代を思い出して、無性にムズムズする!!
なんなんだろう……このムズ痒い感じ……。
その後は、自己紹介をしたり学園案内をしたりして初日の交流会は終わった。
次の日、私は朝から気合を入れていた。
これから朝食を食べに食堂に行くのだが、おそらく私は昨夜同様ぼっち飯になるだろう。
まだ知り合いがルイード皇子とマレアージュしかいない私は、女子寮では孤立しているのである。
社会人の頃は1人でカフェに行くのも全然平気だったのに、なぜか今は寂しく感じてしまう。
心まで学生の頃に戻ってしまっているのだろうか……。
とにかく、気合を入れていないと1人メシは結構メンタルにくる。
マレアージュはきっと今朝も仲の良い公爵令嬢と一緒だろうし……私は1人でも大丈夫よ!
よし! 行こう!
ふぅ……と小さなため息をつきながら食堂に入ると、中には3人の令嬢が集まって朝食を食べていた。
早い時間だからか、まだ食堂には彼女達の姿しかない。
座っておしゃべりをしていた3人の視線が、一気に私に注がれる。
うう……。き、気まずい……けど、挨拶しなきゃだよね……。
「ごきげんよう」
私なりの精一杯の笑顔で挨拶をすると、3人はお互いの顔を合わせてから静かに立ち上がった。
3人から向けられている瞳には、私に対する好意の色は見えない。
えっ……なんでこっち来るの?
なんかこれヤバそうな感じ?
なんとなく察したその微妙な空気は、間違いではなかったらしい。
「貴女……巫女様ですわよね?
巫女という称号はありますが、実際は侯爵令嬢だというのは本当なんですの?」
「あ……はい。そうです」
「まあ! 噂は本当なのですね!
この場に相応しくない勘違い女が混ざっているというのは……」
「か、勘違い女……?」
「嫌ですわ。公爵家以上のご令嬢しかいらっしゃらないと言うから来ましたのに。
これでは話が違いますわね」
「…………」
3人はクスクスと嫌味っぽく笑い合っている。
これ、もしかして私バカにされてる?
侯爵家の娘だから?
……初めて会った時のマレアージュといい、どうして私の周りにいる公爵令嬢ってこんな女ばっかりなのよ。
「私は確かに侯爵家の娘ですが、こちらへは巫女として参加しておりますから、何も問題はありませんわ」
私がにこやかに言い返すと、3人はクスクス笑いをピタリと止めてこちらを見た。
「本来はそんな規定はございません!
王族でも公爵家のご令嬢でもない貴女は、ここにいる権利なんてないですわ!」
「巫女というのも、本当かどうかも疑わしいですわ。
予言をされたと聞きましたが、ただの偶然だった可能性もありますし」
3人はまるで悪役令嬢のように、腕を組み蔑むような目つきで言い放ってくる。
悔しいが、確かに私は予言ができないエセ巫女ではあるので言い返せない。
相手が公爵令嬢ならまだしも、皇女様だったりしたら大変だし……。
昨日自己紹介はしたものの、70人近い人数を全員覚えてなんかいない。
皇女様だけは覚えようとよく見たから、この3人は違うと思うんだけど。
でも自分の記憶力に自信ないんだよなぁ……。
どうしよう……。
「この国で行われる交流会だからと、特別扱いでもされたのかしら?
そんな不正は許されませんわよ」
「そうですわ。それに……」
「貴女達、そのお言葉は我が国の陛下に対する暴言と捉えてよろしいのかしら?」
私が黙っているからか、どんどん責めてくる3人組の言葉を誰かが遮った。
この声は……。
振り向くと、私の後ろにマレアージュが立っていた。
「リディア様を巫女だと認めたのも、この交流会への参加を認めたのも陛下ですもの。
それを疑い不服を申すのであれば、その矛先はリディア様ではなくて陛下になりますわ」
マレアージュの言葉を聞いて、3人組の顔色が曇る。
焦っているのを隠すように言い返してきた。
「わ、私達はそんなつもりでは……本当に巫女様なのであれば、証拠を見せていただきたかっただけです」
証拠……!?
「予言を、ぜひここで見せてくださいませ」
えええ!!! 無理ですけど!!
いきなりは無理です! って言って、素直に聞いてくれるかしら。
どどどどうしよう……!!
「証拠を見せる必要はありませんわ。
私が証明できますから」
突然聞こえた可愛らしい声に、その場にいた全員が声のする方を振り返った。
「エリン様!」
声をかけてきたのは、薄いピンクの波打つロングヘア、綺麗な紫色の瞳、身長150cmなさそうな小柄でとても可愛らしい他国の皇女様だ。
にっこりと微笑みながらこちらに近づいてくる。
な……なんでこの方が私を庇うの!?
わけがわからずエリン皇女を見つめていると、皇女は3人組に向かって話し始めた。
「彼女が巫女様である事は、すでに証明されております。
私の国は巫女様に救われたのですから」
「え……?」
「彼女が未知だったペニータという流行り病の治療法を教えてくださったおかげで、多くの国民の命を救う事ができたのです。
病にかかった少年を一目見ただけで、病の名前も原因も治療法もわかってしまうなんて……。
そんな事ができるのは、本物の巫女様だけですわ」
ペニータ……? 病にかかった少年……?
あっ!! グリモール神殿で突然私の前に現れた、腕に赤いボツボツが出ていたマントの少年……!
あの少年の国の皇女様なの!?
エリン皇女にそこまで言われてしまった3人組は、バツが悪そうな顔をしながら大人しく席へ戻って行った。
その後嬉しそうにこちらを振り返り、エリン皇女は私の手を両手でギュッと握りしめてきた。
「リディア様! お礼が遅くなってごめんなさい。
お会いできて嬉しいわ。
ペニータの件、本当にありがとう」
「い、いえ。とんでもないです……」
キラキラした瞳で見つめてくるエリン皇女。
背が低いので自然と上目遣いになるその姿は、女の私から見てもキュンとするほど可愛い。
これは……男にめっちゃモテそうなタイプだわ!!
放っておけない守りたいタイプ! 可愛いっ!
「あの、こちらこそありがとうございました」
「いいえ〜」
「マレアージュ様も、ありがとうございました」
「これくらい……お礼なんていらないですわ」
そのまま私達は一緒に朝食を食べることにした。
エリン皇女はとても話しやすい方で、この学園に来て初めての楽しい食事となった。
もしかしてこの2人は、この学園での私の初めての友達……になる……のかな?
「なんだか嬉しそうな顔をしているね?」
講習と講習の間の休憩時間、私はルイード皇子と中庭のベンチに座っていた。
一体どんな顔をしていたのか、皇子は私の顔を覗き込みながらそう聞いてきた。
「そ、そんな顔をしてました……?」
「うん。なんだか幸せそうな顔をしてたよ」
うわ……恥ずかしい……。
「あの、お……お友達ができたのが嬉しくて」
「そうか。それは良かった。
どんな方達なんだ?」
「1人はフランシス公爵家のマレアージュ様です」
「え? ああ……そ、そう」
皇子は少し気まずそうな顔をしている。
マレアージュのことを知ってるのかな?
元々婚約する予定だったと言っていたし、元気になった後に何かあったとか?
とりあえずそこには触れずに話を続けた。
「あとお1人はエリン皇女様です」
「エリン皇女様……?」
「はい。背が小さくて目がキラキラしてて、すっごく可愛い方なんです!
声まで可愛くて……きっと会えばすぐにわかると思います」
私がそう言うと、ルイード皇子がふっと軽く微笑んだ。
その笑顔にドキッとしてしまう。
「そうかな? わからないと思うよ」
「本当に可愛い方なので、一目見ればきっと……!」
「んー……でも、俺はリディア以外の女性を可愛いと思った事がないからなぁ」
「…………え?」
あまりにもサラッと言われて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
ルイード皇子はベンチから立ち上がると、私に手を差し出してきた。
その手を取り、私も静かに立ち上がる。
「そろそろ休憩時間も終わりだ。戻ろうか」
「……はい」
……絶対に顔が赤くなってる気がする。
皇子も何故かちょっとニヤニヤしているように見えるし。
私達は手をつないだまま、教室へと戻った。