5 ルイード皇子視点
巫女の誘拐に関する裁判が全て終わった。
無事全員に処罰を与えることができたし、陛下にもよくやったと褒めてもらえたが……俺の心は晴れるどころか沈んでしまっている。
全て片付いたのは嬉しいが、これでもうリディアは自宅へと帰ってしまうのだな。
毎日少しの時間でも彼女に会えることが本当に幸せだった。
もう明日からは、なかなか会えなくなってしまうのか……。
自分が会えないことに関しては、そこまで残念には思っていない。
会いたいと思えば会いに行くことはできるのだから。
ただ俺が会えずにいる間も、イクスはずっと彼女の近くにいられる。
それが辛い……悔しいのだ。
仕事を全て終わらせた後、俺は楽な服装に着替えてからリディアの部屋へ向かった。
明日帰ってしまう前に、どうしても2人で話したい。
こんな時間に訪ねてしまい、迷惑に思われないだろうか……という心配は、彼女の笑顔にかき消された。
良かった……。
ホッとしていると、リディアは俺が通れるように身体をずらしながら言った。
「どうぞ」
どうぞ……?
俺の思考が一瞬停止する。
え? 今、俺は部屋に入っていいと言われたのか?
いや……いやいやいや。……ダメだろ!!
顔がボッと一気に熱くなったのがわかった。
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、リディアが不思議そうに訊ねてくる。
「……? どうかされましたか?」
どうかされましたかって……。
なんでこんなにも危機感がないんだ!?
こんな時間に男を部屋に入れてしまうのが危険だと、わかっていないのだろうか。
「いや……あの……さすがにこの時間に部屋に入るのは……」
「…………あっ」
そこまで言えばさすがに気づいたのか、リディアの顔が赤くなった。
うっ……。ここでその顔するのは逆効果だろ……。
可愛すぎる……!
部屋に入ってしまいたくなる気持ちをなんとか堪えて、散歩に行くことにした。
はぁ……これでは自宅に帰らせるのが余計に心配になる。
後でしっかり注意しておかなければ……。
それにしても、すんなり部屋へ入ることを許可された俺は、信用されているのだと喜ぶべきなのか……男として意識されてないと落ち込むべきなのか……。
複雑な思いを抱えながら、俺は彼女と庭園へ向かった。
リディアと共に3ヶ月間の短期学園交流会に参加することになった。
話を聞いてすぐに、俺はリディアの意見も聞かずに了承した。
まぁ聞いていたとしても、決定事項として陛下が話していた時点で参加は免れなかっただろうが。
ずっと病弱だった俺は、今回が初めての参加となる。
不安がないとは言えないが、リディアが一緒となれば話は別だ。
また彼女と一緒にいられる。
しかも今回護衛騎士であるイクスは参加できない。
自分がリディアといられる事ももちろん嬉しいが、リディアと彼を離せた事が正直かなり嬉しかったりする。
……ある程度は自覚していたつもりだが、俺は自分で思っていたよりも性格が悪いみたいだ。
リディアの制服を送ったと報告があってからというもの、エリックからリディアの参加辞退についての動きがあったが、全て邪魔してやった。
せっかく邪魔者のいない場所でリディアに近づけるというチャンスを、俺が逃すわけがないだろう。
きっと、制服を着たリディアが可愛くて焦っているに違いない。
先にその姿を見られてしまったのは気に入らないが、仕方ないな。
……俺も早く見たい。
交流会初日、オリエンテーションを行うという施設へと案内された。
席は特に決まっておらず、自由に座って良いらしい。
令嬢達はまだ準備に時間がかかっているのか、会場には男しかいない。
何人か顔見知りの貴族や他国の王子と挨拶を交わし、俺は1人離れた場所に座った。
自由に座って良いのなら、リディアと一緒に座りたい。
こんなことでワクワクしてしまっている自分が少し恥ずかしいな……と思いながらも、リディアが来るのを待っていると、周りから色々な話し声が聞こえてきた。
「噂の巫女様が今回参加されてるらしいぞ」
「すごい美人らしいな! ぜひお近づきになりたいものだ」
「なれるだろ。それがこの交流会の目的なんだからな」
「それもそうか!」
「俺はこの交流会で婚約者になる人物を探して来いと言われている。
まだ婚約者がいないのでな」
「俺もだよ。できれば他国とのつながりをもちたいからと、この交流会を待っていたらしい」
そのような会話を聞いた途端、焦りが出てきた。
リディアと一緒に通えることが嬉しくて、そんな可能性を考えていなかったのだ。
この年齢でこの地位にあるご子息なら、全員婚約者がいるものだと思っていた。
自分にそんな気が全くなかったからといって、その考慮が欠けていたとは。
そうか……。
ここにいる者の中には、リディアに好意を寄せる者が現れる可能性があるのか。
イクスと離れたことを喜んでいる場合ではなかった……!
他国の王子や力ある公爵子息……さらに強いライバルばかりではないか。
ましてや自分はまだリディアに正式な婚約者として認めてもらえていない。
もし、リディアがこの交流会を通じて誰かに惹かれてしまったら……!?
そんなことをモヤモヤ考えていると、周りがざわめきだった。
「おい! 誰だあれ!?」
「なんて綺麗な人なんだ……。どこかの皇女様か?」
嫌な予感がして会場の入り口を見てみると、リディアがこの空気に圧倒されたように怯えながら立っているのが見えた。
昨日初めて見た時にも思ったが、制服姿のリディアは目を見張るほどに美しく可愛い。
近くから「隣に呼ぶか?」という声が聞こえて、慌てて大声でリディアの名前を呼んだ。
俺をみるなりパァッと顔を輝かせたため、さらに周りの男共がざわめいている。
「こっちへおいで」
ここまで歩いて来る間、男達からの熱い視線を受けているというのに本人は全く気づいていない。
俺の隣にちょこんと座り、少し照れたような顔で「ありがとうございます」と言ってくるリディアに、心をグッと揺さぶられる。
全く……。これだから1人にしておけない。
「うん。おはよう、リディア」
俺はリディアの綺麗な金色の髪を撫でながら、意識してわざと普段よりも顔を近づけた。
彼女が少し戸惑っているのがわかる。
「お、おはようございます……」
「昨日はよく眠れた?」
「はい……」
そんな会話をしながらも、俺は彼女の頭を撫で続けた。
俺達が特別な関係に見えるように。
周りの男共から訝しそうな視線を感じる。
作戦は成功したのだろう。
わかってくれたかな?
彼女は俺のモノだから、手を出すなよ。
彼女の前では到底言えないような言葉を、俺の中の黒い自分が言っている。
俺の不自然な行動に疑問を持ったリディアが、遠慮がちに聞いてきた。
「あ、あのルイード様……なんで頭を撫でているのですか……?」
「んーー……?」
白い頬をうっすら赤く染めて、上目遣いに聞いてくる可愛いリディア。
でも、みんながいる場所で、こんな可愛い顔されるのは困るな。
俺はリディアの顔の横に自分の顔を近づけ、周りから見えないようにする。
彼女がビクッと硬直したのがわかり、自分を少しでも意識してもらえたのかと嬉しくなった。
「ここにいる男達への牽制だよ」
「え? けん……?」
リディアは俺の言ったことがよく理解できなかったみたいだが、それは別に構わない。
彼女と俺の特別そうな関係を周りに伝えることができたこと、それから俺を意識してくれたのがわかっただけで満足だ。
それにしても、まさか俺が人前でこんな事をするとは……。
自分がこんなにも独占欲が強いとは思っていなかった。
俺はこんなにも心が狭く、こんなにも黒い部分を持っているのか。
俺が笑いかけると、リディアも笑顔を返してくれた。
とりあえず、今はこの笑顔を独り占めできればいいか。
オリエンテーションが始まり、この3ヶ月の流れを説明された。
単純な勉学を学ぶのではなく、各国についての情報交換が1番のメインになるらしい。
それぞれの国の特徴、習わし、食事面でのこだわり、産業で盛んになっている物などをお互いに知ることで、今後の取引や付き合いを円満にするのが目的である。
交流会の最終日には、大ホールでのダンスパーティーが行われるらしい。
それまでに必ずパートナーを見つけるようにと言われたが……リディアは俺と踊ってくれるだろうか。
パートナーという言葉を聞いた時、無意識にリディアへ視線を向けてしまった。
ほぼ同じタイミングだったのか、隣に座っているリディアと目が合った。
「!!」
まさか合うとは思っていなかったので、心臓がドクン! と大きく跳ねた。
今はオリエンテーションの真っ最中。
会話をするわけにもいかず、お互い無言のままゆっくりと視線を外した。
心臓の音がまだドクドクと聞こえてくる。
……なんだこれは。
ただ目が合っただけなのに、何故だか無性に恥ずかしいな……。
赤くなっているかもしれないので、深めに頬杖をついて顔を見られないようにした。