4 恋する女は盲目になるのですね、わかります
「……なんの御用でしょうか?」
断っても後がめんどくさそうなので、マレアージュの誘いを受けて彼女の部屋に入ることにした。
部屋のインテリアや家具は全室共通なのだろう。
私の部屋と区別がつかないほど、全て同じだった。
マレアージュは1人掛けソファに座り、私にももう一つのソファに座るよう促してくる。
長居するつもりはないのだが、ここは言うことを聞いておいた方が良さそうだ。
私はマレアージュと向かい合わせになるように、ソファに腰掛けた。
オレンジ色の派手な髪に、吊り上がった眉毛、キリッとした切れ長の瞳。
美人ではあるが、どうにもキツそうな印象が強すぎる。
悪役令嬢さながらな見た目のマレアージュは、なかなか話を切り出せないらしく指を弄りながらソワソワしている。
なにこの態度……。
前は言いたいことを堂々と遠慮もなく言ってきてたのに、一体どうしちゃったの?
私から視線を外していたマレアージュは、ボソッと小さな声で話しかけてきた。
先程の偉そうな態度はどこへ行ったのか。
「ルイード様とは順調なのかしら……?」
「え? えーーと……順調と言いますか、なんというか……。
あっ! もしかして、まだルイード様との婚約を望まれていらっしゃ……」
「違うわ! もう、ルイード様のことはあなたに譲りましたもの」
マレアージュが私の言葉に被せて否定してきた。
だがその言葉に引っかかりを感じる。
……なんでお前が譲ったことになってるんだ。
どこから目線なんだよ。
……まぁいいや。
「……では、私に何かお話でも……?」
「あ、あの……お、お、お兄様はお元気ですの……?」
「お兄様?」
マレアージュは頬を赤く染めながら、焦った様子で問いかけてきた。
もじもじしながら赤くなるその様子は、まるで恋している乙女のようだ。
え!! お兄様って……まさか、マレアージュはエリックのことが好きなの?
あれだけ美青年のエリックに惚れるのはわかるけど、この2人に接点なんてあったっけ?
いつの間に……。
でもこんなに照れるなんて、マレアージュも可愛いところがあるのね!
私はこの部屋に入って初めてニコッと微笑みながら、質問に答えた。
「エリックお兄様なら、とてもお元気ですわ」
「エ、エリックお兄様……? 違いますわ!」
「え?」
「私が言っているのは……あ、あの、英雄騎士の……その……」
「え!? カイザお兄様なの!?」
驚きすぎて、思わずタメ語になってしまった。
カイザの名前が出て、マレアージュの顔がさらに真っ赤になる。
……ウソでしょ。……カイザ?
エリックじゃなくて、カイザ?
「マレアージュ様……カイザお兄様のこと……」
「えっ……えっと……」
真っ赤になって答えられずにいる姿が、本気度を表している。
どう見てもふざけているようには見えない。
え? 本気で?
本当にカイザが好きなの?
少し頭の中がプチパニック状態の私。
「……理由をお聞きしても?」
「え? それは……あの日、リディア様を助けに颯爽と現れたカイザ様がまるで王子様のようで……」
王子様? あれ、これ誰の話?
「私……頬を打ってしまいましたが、忠告されただけで許してくださいましたし。
あの時のカイザ様の、凛々しく男らしい素敵なお姿が忘れられないのです……」
「…………」
「……リディア様?」
はっ!! 白目になってたわ!!
まさかこんな厳格な公爵令嬢が、カイザを王子様と言って憧れているなんて!
「そ、そうですか。がんばってください……」
「そんな他人事のように言うのはやめてくださいませ!
私、リディア様の義理の姉になるかもしれませんのよ!
ぜひこれからは仲良くしてくださいな」
マレアージュは私の両手をガシッと包み込み、にっこりと微笑んだ。
……義理の姉って……。
やっとサラから解放されたというのに、今度はマレアージュなの!?
部屋の準備があるからと理由をつけて、私はげっそりしたまま自分の部屋へと戻った。
なんだか一気に疲れた気がする。
部屋の案内が終わった後、またルイード皇子と合流できると思っていたが、今日はもう寮からは出れないらしい。
学園の案内は、明日行われるオリエンテーションで全員一緒にされるそうだ。
疲れた心をルイード皇子の笑顔で癒してもらおうと思っていたのに、残念……。
寮生活初日の夕食は、コレットが部屋に運んで来てくれた。
今夜と明日の朝だけは、食堂ではなく各部屋での食事になると伝えられた。
オリエンテーションで会うまでは、一体どんなご令嬢達がいるのかわからないのね……。
1人はすでに会ってしまったけれど。
うまくやっていけるのか……不安な思いを抱えながら、その日は早めに就寝することにした。
次の日、慣れない場所だからかめずらしく朝早くに目が覚める。
カーテンを開けると空は雲一つない晴天で、私の少し憂鬱な気持ちを晴れやかにしてくれた。
昨夜と同じように部屋まで朝食を運んでくれたコレットが、私の髪を綺麗に整えて、着替えを手伝ってくれる。
朝食を食べ終わり準備が整うと、オリエンテーションを行うという学園内の施設へと案内された。
並んだ机や椅子が後ろにいくほど高い位置になるように段差があり、座っている人の顔が全員しっかりよく見える。
準備の早い男性はすでに集まっていたのか、パッと見るだけでも30人以上は席に着いている。
ご令嬢は私を入れてもまだ3人しかいない。
私が入ると、一斉にみんなの視線が集中したのがわかった。
うっ……。めっちゃ見られてる……!
気まずい……もっと遅く来れば良かった……。
男性の声で何やらザワザワしているのがわかり、余計に気まずい思いが増す。
その時、大きな声で自分の名前を呼ばれた。
「リディア!」
呼ばれた方を向くと、ルイード皇子が椅子から立ち上がってこちらに手招きをしていた。
皇子の顔を見ただけで一気に安心感に包まれる。
「ルイード様……」
「こっちへおいで」
ルイード皇子が、自分の隣の席の椅子を引いてくれる。
私はさささっと急ぎ足で皇子のところまで行き、隣の席に着いた。
「ありがとうございます、ルイード様」
「うん。おはよう、リディア」
ルイード皇子は挨拶をしながら私の頭を撫でている。
ニコニコしているが、何故かどこか不機嫌そうなオーラを感じる。
…………ん? なんで頭を撫でてるの?
しかもなんか……ちょっと顔近くない?
「お、おはようございます……」
「昨日はよく眠れた?」
「はい……」
ただの普通の会話をしているだけなのに、何故か皇子は頭をなでなでしたままだ。
こんなこと、普段はする人じゃないのに……どうしたんだろう?
「あ、あのルイード様……なんで頭を撫でているのですか……?」
「んーー……?」
私の質問にルイード皇子は曖昧な返事をしたかと思うと、急に自分の顔を私の左耳あたりに近づけてきた。
すぐ横に皇子の顔がある。
その距離の近さに、身体が硬直してしまった。
周りからザワっとした反応が聞こえてくる。
こんな人がいる場所でこの近さは……!
はは離れないと……!
慌てているのは私だけなのか、皇子は周りの反応を全く気にしていないようだ。
そんなルイード皇子は、私にしか聞こえないくらいの小さな声でボソッと囁いた。
「ここにいる男達への牽制だよ」
「え? けん……?」
それだけ言うと、皇子は私から離れてにっこりと爽やかに笑った。
その可愛い笑顔は、何かに満足したかのようにとても晴れやかだ。
よくわからないがつられてヘラッと笑ってしまう私……。
え? 牽制? ……ってどういうこと?
よくわからないけど、今私達が周りからジロジロ見られていることだけはわかったわ。
は……恥ずかしい……。
私が俯いている間に、ふと気づけば会場が人で埋まってきていた。
男女合わせて60……いや70人くらいはいるだろうか。
全員同じ制服を着ているため、どの国から来ているのか……王族なのか貴族なのか、見ただけでは判別できない。
上位貴族らしく堂々とした態度で座っている者、気怠そうに座っている者、机に置かれている用紙に目を通している者、知り合い同士おしゃべりをしている者、そして……目立つ異性に視線を向けている者などがいる。
周りに座っているご令嬢は、みんなルイード皇子をチラ見しては頬を赤らめてひそひそ話をしている。
これはもう、アレね。
すでに『ルイード皇子ファンクラブ』ができている気がするわ。
あの輝かしいご令嬢達の瞳ときたら!
さすが皇子!!!
みんなの爽やかピュアアイドル!!
……でもね。それはいいのだけど、同時に私に向けられている視線が痛い。
なんなのあの女!? っていう空気がすごい……!
そうですよね。そうですよね。
何故か気づけば椅子が少しズラされていて、隣に座ってるルイード様との間隔がやけに狭くなっているし、これはくっついているように見えますよね。
どんな関係なの!? って感じですよね。
わかります。ええ、わかります。
とても怖いです。
ご令嬢達からの威圧感、ハンパないです!!
「リディア? どうかした?」
私のビクついてる様子に気づいたのか、ルイード皇子が顔を覗き込むようにしながら声をかけてくれる。
はい! なにその上目遣い!
可愛いです!
怯えていたのに、ついキュンとしてしまった。
この小悪魔皇子め……!
でも、癒されたのはいいのですが、さらにご令嬢達からの視線が強くなってしまいました……。
もう……私の学園生活は不安しかないんですけど。