26 相思相愛……?
人の気配のなくなった静寂な空間で、私は呆然としていた。
なぜ……交流会の最終日、楽しいダンスパーティーの日に、可愛く着飾った私は1人閉じ込められているのだろうか。
まさか……まさかこんな今時中高生でもやらなそうないじめを、公爵令嬢がやるとは。
しかも、それにまんまと騙されてしまうとは。
「はぁ……」
いきなりレポートの情報収集に協力してくれたのは、私をここに連れてきやすくするためだったのね。
優しくなった……なんて信じてた私、バカみたい。
うっすらと1階の会場から楽団の奏でる曲が聞こえてくる。
これだけ大きい音がしているのなら、ここで叫んだとしても私の声は下には聞こえないだろう。
借り物のドレス姿で暴れるわけにもいかないし。
悔しいけど、出してもらうのを待つしかない。
子どものような嫌がらせだが、実際には精神的に結構きつかったりする。
楽しみにしていたダンスパーティーに出られないかもしれない不安もあるし、この薄暗い部屋もちょっと怖い。
それに、ルイード様……。
一向に現れない私をどう思うかな。きっと、ドレスが気に入ってもらえたのかソワソワしているはず。
ルイード様を不安にさせてしまうことが申し訳ない。
「こんな何もない3階になんて、誰も来ないわよね……」
ジェシカへの怒りはあるが、彼女の言うとおり私は彼女のせいだと声を大にしては言えないだろう。
巫女として特別に参加させてもらっている身としては、何事もなく……国や陛下に迷惑をかける事なく終わりにしたい。
「大丈夫、大丈夫!! ここに閉じ込められたくらい、なんだっていうのよ!
私なんて地下の牢に閉じ込められて、他国に売られそうになった経験だってあるんだからね!
いつかは出してくれるって言ってたし!」
寂しさを紛らわすために、やけに大きな声で独り言を言ってしまう。
今は何時なんだろう。もうパーティーが始まる時間になった?
ジェシカの気が向いて、早く出してもらえないかな……。
そんな事を考えていると、足音が聞こえてきた。
思っていたよりも全然早い。
ジェシカではない誰かが、たまたま3階に来たのかも! これはチャンスだ。
「助けてください!!」
そう叫ぶと、足音は部屋の前でピタリと止まり、ガチャリと鍵が開けられた音が聞こえた。
やった!! 開いた! 誰だろう……講師の誰かかな?
「リディア!」
「!! ……ノア様!?」
「良かった……。本当にいた。大丈夫?」
ノア皇子が、少し疲れた様子で息切れをしながらこちらに歩いてくる。
正装している姿は初めて見るので、一瞬誰だか分からなかった。
「ノア様……どうしてここに?」
「エリンに聞いた。リディアとジェイカが一緒に出て行くところを見たから、後をつけたって」
ジェイカではなくジェシカです、ノア様。
パートナーの名前を覚えていないのね…………というか!
「エリン様が見てたんですか!? それならどうしてすぐ助けに……」
「俺に助けに行かせたかったみたい。
俺が男子寮出たのが遅かったから、こんな時間になっちゃった。ごめんね」
ええええ!?
プチ監禁されたのを見ておきながら、放置ですか!? エリン様!
「……ノア様が謝ることはないです。助けに来てくださって、ありがとうございます」
「ルイード様もずっとリディアを探してるみたいだよ。寮にいないってわかって、かなり慌ててたのを見た」
「あ……じゃあ、ルイード様にも伝えてくれたんですか?」
「ううん、教えてないよ。だって俺が助けたかったから」
「……え?」
気づけば、すぐ近くにノア皇子が立っている。
あまり近い距離に行かないというルイード皇子との約束が頭に浮かび、離れようとしたところで腕を掴まれてしまった。
「……なんで今逃げようとしたの?」
「に、逃げたわけでは……」
「ルイード様に遠慮してる?」
やはりノア皇子は意外と勘がいい。
ここは、正直に言った方がいいよね。
「……はい。他の男性とはあまり近づかないようにしています。
手、離してもらってもいいですか?」
「イヤだ」
「ノア様……」
「ごめん。俺、本当はリディアをここから出したくない」
「えっ……?」
そう言うと、ノア皇子は私の腕を自分に引き寄せ、強く抱きしめてきた。
「俺と一緒にここにいようよ」
「……! 離してください! ノア様!」
力いっぱい押し返そうとしているが、ノア皇子の抱きしめてくる強さには敵わない。
普段のんびりしている皇子だが、やはり男なのだと気づかされる。
「お願い、リディア……ルイード様じゃなくて俺を選んで」
「!!」
耳元で囁かれた真っ直ぐな言葉に、胸が切なくなる。
ずっと、それは本当の恋ではないって否定して逃げてたけど、はっきりと伝えなければ。
「ノア様……私はルイード様のことが好きなんです」
「知ってるけど」
「他の方を選ぶとか、そういうのはないんです。ルイード様だけなんです……」
「……リディアが困ってる今も、ここにいないのに?」
「それでも……」
「ノア様! リディアから離れてください!」
突然扉が開いて、ルイード皇子の声が聞こえた。
ノア皇子の腕が緩んだので、強く押し返してなんとかその腕の中から逃れると、ルイード皇子が私達の間に入ってきた。
ルイード皇子はゼィゼィと息切れをしていて、とても疲れているように見える。
「ノア様。人の婚約者に抱きつかれては困ります。……はぁはぁ」
「なんだかすごく疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫です。それより……」
「うん、もうしないから。今思いっきりフラれたし」
「……え?」
怒った顔をしていたルイード皇子が、目を丸くしてノア皇子を見つめる。
ノア皇子は部屋に置いてあったソファに座ると、ふぅ……と一息ついてから私達に向かって言った。
「早く行きなよ。もうパーティー始まるんじゃないの?」
「あ……あぁ。……ノア様は?」
「俺はめんどくさいから行かない。ここで寝てる」
そう言うと、ノア皇子はゴロンと横になって目を瞑ってしまった。
私とルイード皇子はお互い無言のまま視線を合わせて、そのまま何も言わずに部屋から出て行った。
部屋を出ると、少し気まずそうな顔でルイード皇子が私の手を引いて歩き出す。
皇子が向かった先は、下に向かう階段ではなくバルコニーであった。
涼しい風が吹いていて、とても心地の良いバルコニーは、3階だと言うのにパーティー会場で流れている音楽がよく響いて聴こえてくる。
夕日に照らされた景色の良い場所で、正装姿のルイード皇子は優しくこちらに微笑んでいる。
いつも以上にカッコ良いルイード皇子にドキドキしながら、私は気になっていた事を訊ねた。
「ルイード様、私があの部屋にいるってどうしてわかったんですか?」
「リディアが会場の方に行ったのを見たって者がいたから、その……手当たり次第に探してた……」
「え? この建物の中を?」
「うん……」
恥ずかしそうに私と視線を合わせずに答えるルイード皇子。
いつも冷静な皇子らしくない場当たり的な行動に驚いていると、慌てて説明を始めた。
「いや! あの、リディアがいなくなったって聞いて、頭で考えて探すよりも全部探した方が早いかなって思って……」
「……それであんなに息切れして、汗までかいてたんですね……」
ルイード皇子の優しさに胸が温かくなる。
ジッと皇子を見つめると、少し遠慮がちに私に近づき、優しく抱きしめてくれた。
「……大丈夫だった? リディアを閉じ込めたのは、ジェシカ嬢で間違いない?」
「はい。でも、彼女には何もしないでください。
大事にしたくないですから」
「だが……」
ルイード皇子は納得がいっていないようだったが、なんとかお願いした。
怒りはもちろんあるが、彼女はすでに自分のした事に対する報いを受けているはずだから。
今頃、ダンスパーティーでペアであるノア皇子が現れない……という恥をかいているだろう。
プライドの高い彼女が1人でパーティー会場に立ち尽くしている姿を想像すると、同情の気持ちが出てしまうくらいである。
「会場に戻る?」
「いえ。私、やっぱりダンスには自信ないですし。それに、もう少し2人でいたいです」
「……! その姿でそれ言われると、色々と我慢できなくなるんだが……」
ルイード皇子の抱きしめる力が弱くなり、自然と2人で見つめ合った。
夕日のせいか、皇子の頬が赤くなっているように見える。
「そのドレス、とても良く似合ってる。……すごく可愛い」
「あ、ありがとうございます……。こんなに素敵なドレスを選んでもらえて、本当に嬉しかったです」
「うん」
ルイード皇子がにっこりと可愛く微笑んだ。
眩しすぎるほどの笑顔に目が眩んでいると、皇子の顔がだんだんと近づいてくる。
ゆっくりと目を閉じながら、私は彼の優しいキスを受け入れた。
しばらくしてルイード皇子と一緒に会場に戻ると、入り口に立っていたエリン皇女が私を見つけるなり走り寄ってきた。
「リディア、ごめんなさい。すぐに助けてあげなくて」
「平気です。ノア皇子には伝えてくれたみたいですし」
「さっき、ノアに会ってきたわ。あんなに落ち込んでいるノアを見るのは初めてよ」
「え……」
エリン皇女がめずらしくシュンとしているのは、それが原因なのだろうか。
ノア皇子が落ち込んでいると聞いて、私の胸もズキっと痛んだ。
最後に会ったノア皇子はいつもの調子で、そんな素振りはなかったのに……。
「失恋って思ったよりもとても辛いものなのね。
私はそんな状態になったことないわ。きっとルイード様にも、他の誰に対しても……私は本当の恋をしたことがないのね」
「エリン様……」
「今まで邪魔してごめんね。なかなか会えなくなるけど、これからも友達でいてくれるかしら?」
「……! もちろんです!」
「ふふっ。ありがとう。ルイード様も、お幸せに」
エリン皇女はそう言って可愛らしく笑うと、盛り上がっている会場の中に戻って行った。
その姿を見送っていると、オレンジ色の髪をした令嬢がこちらに向かってくるのが見えた。
「リディア様! どこに行っていたのですか?」
「マレアージュ様。えっと、ちょっと2階の控室に……」
「えっ!? 鬼のようなジェシカ様に攻撃されませんでしたか?」
「お……鬼?」
マレアージュは周りをキョロキョロしながら私に顔を近づけて、コソコソと話してくる。
「実は、お相手のノア様が来なかったのですわ。
ジェシカ様ってばそれはもう鬼の形相で会場中を探し回っておりまして、近くにいるご令嬢達に当たり散らしながら2階の控室に行ってしまったのです」
「そ……そんなことに……」
2階の控室には近寄るべからず、ね。
ルイード様が少し嬉しそうな顔になっている気がするのは、気のせいかな?
「……これで交流会も終わりですわね。なんだかあっという間の3ヶ月でしたわ」
「そうね。本当に……」
「今後とも仲良くしてくださいね。リディア様のお家にも遊びに行きたいですし」
「……それは私よりもカイザお兄様目当てですよね?」
「良いではないですか。私も、リディア様とルイード様のような相思相愛の2人になりたいのですわ」
「え……」
「相思相……」
私とルイード皇子の顔が赤くなったのを見て、マレアージュが笑った。
チラリと皇子の顔を見ると、同じようにこちらに視線を向けていた皇子と目が合う。
「……相思相愛らしいですよ」
「その通りかもね」
お互いふふっと笑い合うと、私達も盛り上がっている会場の中に入って行った。
ルイード皇子ルートを最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本編は完結しましたが、不定期で番外編を更新する予定です。
ひとまず『悪役令嬢に転生したはずが、主人公よりも溺愛されてるみたいです』シリーズが全て完結となりました。
今後は番外編などをたまに書いていきたいと思います。
新しく『心を捨てた若き伯爵は、自分の執着に気づかない』を連載中ですので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n0741hc/
菜々