23 ルイード皇子視点〜番外編ガールズトークの盗み聞き〜付き
今調べている国についての資料が欲しくて、俺は初めて図書室へ足を運んだ。
俺達の教室には今エリン皇女しかいない。
リディアとノア皇子は一緒に行動しているのか、と心がざわつく。
図書室では、数人の生徒が資料本を紙に書き写す作業をしている。
自分もお目当ての本を見つけ出したところで、棚の反対側から2人の男の声が聞こえてきた。
「さっき……見たか? リディア様は今日も可愛いな」
「俺の隣に座ってくれないかと期待したが、奥に行ってしまったな」
「話しかけに行ってみるか?」
静かな声で話していたが、本の隙間からしっかりと聞こえてくる。
俺がいる事には気づいていないようだ。
リディアが今図書室にいるのか……?
俺は彼らよりも先に、すぐに図書室の奥へ向かった。
小説の棚を整理していると聞いた事があるが、その作業でもしているのだろうか。
そう思いながら奥の棚に近づくと、リディアとノア皇子の姿が目に入った。
胸がザワっとして早歩きになった瞬間、ノア皇子の声が聞こえてくる。
「ねぇ、キスしたいと思うのは、そういう好きってことでしょ?」
キス!?
こんな誰もいない場所に2人きりで、一体なんの話をしているんだ!?
「キスしたいってなに?」
気づけば俺は2人の会話に口を挟んでいた。
リディアが驚いた顔で振り返る。
「さっき、俺がリディアにキスしたいと思ったって話だよ」
「は……?」
悪びれた様子もなく軽く答えるノア皇子に、つい荒い本音が出てしまった。
顔を作る余裕もないため、きっと嫌悪感丸出しの顔をしているに違いない。
キスしたいと思った……? という事は、実際にはしてないんだよな!?
でもどんな状況になれば、この何事にも興味なさそうな皇子がキスしたいって思うんだ!?
何かあったのか!?
「あ。大丈夫だよ。我慢したから」
「…………」
全然大丈夫じゃない!! 我慢ってなんだ。
我慢できてなかったら、してたって事じゃないか!
リディアが困った顔でノア皇子と俺を交互に見ている。
「……リディア」
「はっはい」
「……ちょっと来て」
そう言うなり、俺はリディアの手を掴んで歩き出した。
話を聞きたいというのもあったが、早くノア皇子の隣から引きはがしたかったのが本音だろう。
俺の心の中がドロドロとした黒い感情に包まれているのが、自分でもよくわかる。
図書室から出て空き教室に入ると、誰にも邪魔されたくなかった俺は鍵をかけた。
一瞬の静けさがきた後に、リディアが焦ったような声で話しかけてきた。
「あ……あの、ルイード様……」
黒い感情がうまく制御できなくて、いつものように笑顔が作れない。
不機嫌なのが伝わってしまうとわかっているが、俺が今嫉妬で怒っているということをリディアに知ってもらいたい……という気持ちもある。
不安そうにしているリディアを見つめ、その頬にそっと触れた。
「……ノア様になにかされた?」
「さ、されていないです……」
その言葉にホッとする。
「じゃあなんでキスしたいって話になったの?」
「え……っと、私の上に本が落ちてきそうになったのを、ノア様が庇ってくれて……。そ、その時に距離が近くなってしまったからだと……」
……なるほど。ノア皇子がなにかしたとかではなく、結果的に近づいてしまったという状況か。
庇ってくれた事には感謝だが、ノア皇子も今の俺と同じくらいリディアとの距離が近かったのだろうか……。
顔を赤くして照れているリディアは、こちらの理性を簡単に壊してしまえるほど可愛い。
この距離でこんなリディアを見たなら、キスしたいと思ってしまうのは仕方ないと思えるほどだ。
でも、仕方ないとは思っても、やはり他の男にキスされていたかもしれないと考えると黒いモヤモヤが溢れてくる。
頼むから、自分の魅力を自覚してくれ。
俺はリディアの顔を少し上向きにして、その唇にキスをした。
すぐに離すことができず、自分のこの気持ちが伝わるようにと長くキスを交わす。
唇を離すと、少しだけ息切れしているリディアの真っ赤な顔が目に入り、心臓がドクンと大きく跳ねる。
「……距離が近いと、こうやって簡単にキスされちゃうんだよ。それは頭に入れておいてもらえるかな」
「は……はい」
虚ろな目で答えるリディアが可愛くて、心臓が激しく動き出す。
こんな顔を男に見せたら、すぐに襲われてしまうぞ……と心配になる。
「ちゃんと防衛して欲しいんだけど」
「次からは……気をつけます……」
「……うん」
そう言って俺はリディアをぎゅっと抱きしめた。
温かくて柔らかな感触に心が癒され、黒いモヤがどんどんと薄れていく。
それと同時に、俺の頭も冴えていく。
…………あれ? 俺、なに偉そうに「うん」とか言っちゃってるんだ?
いくら気をつけて欲しいからって、あんな無理矢理なキスをしておいて…………ってそうだよ!
またやってしまった!!!
リディアの気持ちも考えずに……!!
一気に顔が真っ青になる。
あんな不機嫌なオーラ満載の状態でキスするなんて、最低すぎる。
前回反省したはずなのに、またやってしまった。
ゆっくりとリディアから離れ彼女の顔を見ると、まだ頬に赤みが残ったままの顔でにっこりと笑いかけてくれた。
「リ、リディア……。あの……さっきは無理矢理キスしてごめん……」
「えっ? どうして謝るのですか?」
「あんな一方的なの……嫌だっただろう?」
「…………」
リディアは俺の顔をまじまじと見つめると、突然ぎゅっと抱きついてきた。
彼女から抱きついてきてくれたのは初めてなので、嬉しくて動揺が隠せない。
「リディア!?」
「私は……ルイード様にだったら、なにをされても嫌ではないですよ」
「!!」
ボソッと聞こえた小さな声に、全身が一気に熱くなる。
抱きしめられた状態のまま動かない俺に、リディアがさらに可愛い言葉を投げかけてくる。
「……抱きしめ返してくれないのですか?」
「今抱きしめたら色々危険だからやめておく……」
「?」
こんな魔性な部分は俺以外の前では見せませんように……と願いながら、しばらく図書室には戻らずに2人で過ごした。
〜番外編。ガールズトークの盗み聞き〜
とうとうダンスパーティーで着るドレスを選ぶ日がやってきた。
令嬢達で話し合うと揉めることが予想されるため、ペアである男性がドレスを選ぶのだ。
リディアはやはりピンクが良いだろうか……。
だが王宮のパーティーで着ていた瞳の色と同じ薄いブルーのドレスも似合っていたし、巫女として着ていた真っ白なドレスも綺麗だった。
きっとリディアならどんな色でも似合うだろう。
各国の流行デザインのドレスだと聞いているし、どのドレスになっても問題はなさそうだな……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、太い柱の陰に隠れてコソコソしている令息2人を見つけた。
どうやら中庭でティータイムを楽しんでいる令嬢達を覗き見しているようである。
「なにやってるんだ?」
「うわっ! ルイード様!」
「しっ! 静かに! ルイード様も隠れて!」
「?」
言われるがまま隠れると、令息達が見ていた相手がリディア・エリン皇女・マレアージュ様だとわかった。
よく見れば、令息の1人はエリン皇女とペアを組んでいる公爵子息だ。
「今、エリン様のドレスの好みを調査中なんです」
「ドレスの好み?」
「エリン様は、貴方のセンスを楽しみにしてますわって言って、教えてくれないんですよ」
小さな声でコソコソと話し合う。
別にどのドレスも素敵なのだから、大丈夫ではないか……? そう思った時に、令嬢達の話し声が聞こえてきた。
「今日、とうとうドレスを決めるみたいですわね」
「ペアの男性がどの国のどのデザインのドレスを選ぶのか、楽しみですわね」
「これはセンスがでますもの。前にドレスを見せていただきましたが、私はべルーラ国のドレスは趣味ではありませんでした。
あのドレスを選ばれたらガッカリですわ」
「私はドーゴ国のドレスがあまり好きではないですわ」
盗み聞きしている俺たち3人の顔色が青くなる。
趣味ではない……? どのドレスも人気あるものではないのか?
『ガッカリする』という言葉に、背中に冷たいものが流れていく感覚が走った。
「べルーラ国はダメなんだな。よし」
「情報入って良かったな」
2人がそうコソコソ話している間も、俺の心は全然良かったなどとは思えなかった。
さっきからエリン皇女とマレアージュ様が話してばかりで、リディアはドレスに対する意見を全く言わないのだ。
「色も重要ですわ。私の髪色がこんなに可愛らしいピンクだというのに、暗い色なんて選ばれたらセンスを疑いますわ」
「私は可愛らしい色は似合いませんから、ピンクや薄いカラーを選ばれたら驚いてしまいますわ」
そ……そうなのか。どの色でも似合うと思っても、ダメなのだろうか……。
それにしても、なぜリディアは何も言わないんだ?
嫌な色やデザインがあるなら、教えてくれ……。本人に直接聞こうか……。
「私のペアの方は、先程どのようなドレスが良いか聞いてきましたのよ。
女性に直接聞くようではダメですわね。ご自身でしっかり相手に似合うドレスを選んでこそ、立派な紳士と言えますもの。そうでしょう?」
「そうですわね」
……!! あ、危ない……。聞いてはいけないのか……。
「リディアはどうなんですの? ドレスに何か希望はある?」
!!! よく聞いてくれた! エリン様!
初めてエリン皇女に感謝しながら、リディアに注目する。
リディアはうーーーん……としばらく考え込んだ後、にっこりと可愛く微笑みながら答えた。
「特に希望はありませんわ。
きっとルイード様なら素敵なドレスを選んでくださるはずですから」
!?
え……なんかその答えだと、余計に難易度が上がっていないか……?
一緒に盗み聞きをしていた2人が、それぞれ同情したような顔でポンと俺の両肩を優しく叩いた。
がんばれ……という心の声が聞こえてくるようである。
「ルイード様なら大丈夫ですよ!」
俺は2人に励まされながら、一緒にドレスの置いてある教室へと向かった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
7月からTwitterを始めたのですが、初めてファンアートというものを描いていただきました。
とっっても可愛いリディアを描いていただきましたので、良ければ見にきてください。
菜々Twitter→ @nanaco_312
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本当にありがとうございます。