22 初めて見るルイード皇子の姿
「貴女に教えることなど、何もありませんわ!
教えて欲しいのであれば、今すぐ私とグループを交換することですわね」
そう言ってジェシカは教室へと入って行ってしまった。
これで断られるのは何度目だろうか。
はぁ……とため息をつきながら、私も自分のグループが使っている教室へと戻ることにする。
ジェシカのグループが使っている教室までお願いに来たのだが、バッサリと断られてしまった。
簡単には教えてもらえないとは覚悟していたが、まさか2週間経過しても何も状況が変わらないとは……。
初めて彼女に声をかけた時は、それはそれは酷い態度だった。
こちらの質問には何も答えずに、ずっと私の事を見下す言葉を言い続け、グループを抜けろというセリフしか言われなかった。
レポート作成という理由がなければ、近寄りたくもない相手である。
テーマは他にもあるので、この2週間何もしていないわけではない。
その間に他の調べものは進めているが、『現在の流行』についてだけはまだ白紙のままである。
あーーもう!!
ジェシカってば……まさか本気で教えないつもりなのかな!?
このレポートにはその国出身の人の協力が必要ですってガイダンスでも言われたじゃん!!
今の年齢で講師にチクるとか、そんな子どもみたいな事はしたくないし……どうしよう。
てゆーか、私が気に入らないからって協力しないとか、もうグループ作って2週間も経ってるのにまだ交換を求めてくるとか、アホですか!?
「あぁ……どうしよう……」
今さら調べる国を変えることなんてできないし、現在と過去のファッションなどの流行を調べようって提案したのは私だし、変更したいとは絶対に言えない。
なんとかあと1ヶ月……いや、レポート提出までは3週間。
それまでに、ジェシカから情報をもらわなければ……!
廊下を歩いていると、いつも図書室に向かう時通っている通路に出た。
左に曲がってまっすぐ行けば図書室である。
「そういえば、あとで資料使って調べようと思ってたのがあったんだった!」
誰もいない廊下で独り言を呟き、私は教室ではなく図書室に向かうことにした。
いつもは担当者しかいない静かな図書室だが、今はレポート作成のために数人は必ず生徒がいる。
今の時間は特に人気らしく、少ししか席が空いていない。
男が多いな……。椅子も真隣しか空いていないし、もう少し空いてから調べものをしよう……。
そう思い、私はいつもの奥の棚へと向かう。
奥の棚周辺には資料関係の本がないため、生徒は誰もいない。
ちょこちょこと整理していた棚も、あと少しで終わりが見えてきていた。
なんとか交流会の間に終わりそうで良かった!
よし! 残り、今やっちゃおう!
ジャンルごとに分類する作業は終わったので、あとは作家別、タイトル順に並べ替えるだけだ。
集中して黙々と作業していると、突然右肩をぽん……と叩かれた。
ちょうどホラー系タイトルが並ぶ列を作業していた私は、驚きすぎて数センチ浮いたのでは? ってくらいに飛び上がり、左半身を思いっきり棚にぶつけてしまった。
「あっ」
その声が聞こえてきた時には、自分の頭の上に黒い影がうっすらと揺れたのが見え、何かが覆いかぶさってきた。
バサバサバサッ
本が数冊、床に落ちた音がする。
おそらく上の方に3冊ほど横にしておいてあった本が、棚にぶつかった衝撃で落ちてきたのだろう。
私の真上にあったはずなのに、私の頭の上に本は落ちてこなかった。
本が落ちてくると覚悟してつぶっていた目を開けると、すぐ目の前には両手を棚につけた状態のノア皇子がいた。
私はその腕の中に囲われている。まさか……
「大丈夫?」
「ノア様! ノア様こそ本が当たってしまったのでは……!」
「俺は平気。一応これでも男だし」
落ちてくる本から、ノア皇子が私を庇ってくれたみたいだ。
自分のせいで他国の皇子様に怪我をさせてしまったのでは、と不安になる。
「でも……」
「それより、こんなに顔近づけていいの?」
「!?」
言われてみれば、ノア皇子との顔が近い。
ノア皇子は男性の中では背が低い方なので、自然と顔も近くなってしまうのだ。
思わずさっと離れた私を見て、ノア皇子はふっと優しく笑った。
「あ……頭とか、痛くないですか?」
「大丈夫」
「庇ってくださってありがとうございます」
「元々驚かせたのは俺だしね。まさかあんなに驚くとは思わなかったけど」
「う……す、すみません。でも、ノア様は皇子様なんですから、次からは私を庇ったらダメですよ。
ノア様になにかあっては大変ですから」
そう伝えると、ノア皇子は無表情のままジッと私を見つめて言った。
「でも好きな女の子は守らないとね」
「!!」
まっすぐなその言葉に動揺してしまうが、照れている様子もないノア皇子に疑問も感じる。
本当に好きなら、顔が赤くなったりするものじゃないのかな?
「ノア様……。前に、これが好きってことなのかって聞かれましたけど、違うのではないでしょうか……?」
「俺はリディアが好きじゃないってこと?」
「恋ではないということです。私を見てドキドキしたり、胸が痛くなったり、切ない気持ちになったりしないのではないですか?」
「ドキドキ……胸が痛く……?」
ノア皇子が視線を斜め上に向けて考え込んでいる。
「ドキドキ……はさっきしたかなぁ?
でも、顔が近かったからキスしたいとは思ったよ。ルイード様がこわいから我慢したけど」
「!?」
「それって恋の好きってやつじゃないの?」
「ノ……ノア様……」
私は力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。
ノア皇子は不思議そうな顔で私を見ている。
もう……もう……誰かこの天然皇子なんとかして!!!
なんでここまで正直に言っちゃうの? オブラートに包め!! 思った事をそのまま言うなよ!
……いや、いいのか。そのまま言ってもいいのか。
いやでも!! そんなことまで正直に言う人います!?
なんでこっちが恥ずかしい気持ちにならないといけないんだ……。
落ちている本が目に入り、それを拾って棚に戻しているともう一度ノア皇子が聞いてきた。
「ねぇ、キスしたいと思うのは、そういう好きってことでしょ?」
「ノア様、それ……」
「キスしたいってなに?」
突然の声に振り返ると、ルイード皇子が少し不機嫌そうな顔で立っている。
手に資料本を持っている事から、ルイード皇子も調べもののために図書室に来たのだろう。
「ルイード様! あ、あの、それは……」
「さっき、俺がリディアにキスしたいと思ったって話だよ」
「は……?」
ノア皇子の言葉を聞いて、ルイード様の顔が険しくなる。
だぁーーかぁーーらぁーー!!!
なんっで全部正直に言っちゃうのかなあ、この皇子は!!!
「あ。大丈夫だよ。我慢したから」
「…………」
全然大丈夫じゃないと思いますノア皇子!!
そういう問題じゃないんです!!
そんなこと言ったら自分に都合悪くなるとか、そういうこと全く考えてないのかな。
「……リディア」
「はっはい」
「……ちょっと来て」
ルイード皇子はそう言うのが早いか、私の手を掴んで図書室の出入り口に向かって歩き出した。
席に着いて調べものをしていた学生達が、何事かとこちらに視線を向けているが、皇子は気にする事なくそのまま図書室から出て行く。
足を止めることなく歩き続け、どのグループにも割り当てられていない空き教室の中に入って扉を閉めた。
ガチャッと鍵を閉めた音が聞こえた気がする。
「あ……あの、ルイード様……」
「…………」
こちらに振り向いたルイード皇子は、どこか怒りの感情を隠しきれていない、不機嫌そうな顔をしている。
いつも笑顔で可愛らしい皇子とは全然違う、男らしい強い瞳にドキッとしてしまう。
皇子は少しだけ冷たい視線を向けたまま、私の頬にそっと触れた。
出ているオーラとは違い、触れてくる手はとても優しい。
「……ノア様になにかされた?」
「さ、されていないです……」
いつもより低い声にもドキドキしてしまう。
これは本当にルイード皇子なのだろうか。
突然、可愛かった少年がカッコいい大人になってしまったような戸惑いだ。
「じゃあなんでキスしたいって話になったの?」
「え……っと、私の上に本が落ちてきそうになったのを、ノア様が庇ってくれて……。そ、その時に距離が近くなってしまったからだと……」
「…………」
頬に触れていた手が、私の顔を少し上に向けさせる。
皇子と目が合った瞬間、少し強引にキスをされた。
「…………!」
初めての時よりも長いキスに、頭がクラクラしてくる。
やっと唇が離されたあと、皇子の頬にも赤みがさしているのが見えた。
「……距離が近いと、こうやって簡単にキスされちゃうんだよ。それは頭に入れておいてもらえるかな」
「は……はい」
「ちゃんと防衛して欲しいんだけど」
「次からは……気をつけます……」
ううう。な、なんかルイード様の雰囲気がいつもと違って……。
今まで可愛すぎてやばいと思ってたけど、この皇子もまたカッコ良すぎて……鼓動が激しくて倒れるかもしれない……。